188 再生? (1)

「それじゃ、『再生リジェネレイト』の実験、しましょうか」

「えっと……?」

 宿に戻り、昼食を済ませた俺たちは、部屋に集まっていた。

 メアリとミーティアをベッドに座らせてハルカが言った言葉に、2人は首をかしげる。

「『再生リジェネレイト』って何ですか?」

 あまり使い手のいない魔法だけに、メアリの知識には無かったようだ。

 そもそも魔法を使える獣人はほぼいないし、人間の魔法使いも数が少ない。

 庶民が魔法を目にする機会なんて殆ど無いのだから、知らなくてもおかしくはないだろう。

「簡単に言えば、その火傷痕、それを治せるかもしれない魔法ね」

「な、治せるんですか!?」

「治して欲しいの! お姉ちゃん、可哀想なの!」

 これまで俺たちは話題にしないようにしていたし、メアリたちも何も言わなかったが、女の子の身体に――特に、メアリは目立つ顔に火傷の痕が残っているわけで、見るだけでも非常に痛々しい。

 懇願するようにすがりつくミーティアを宥めるように、ハルカがその頭を撫でる。

「落ち着いて。治せる『かもしれない』ね」

「それでも嬉しいの……」

 少し涙ぐみながら、ミーティアが笑みを浮かべる。

 メアリが大火傷を負った原因が自分にある事に、やはり負い目を感じていたのだろう。

「努力はするわ。それじゃ、メアリは私、ミーティアはナツキが担当しましょうか。取りあえずは、顔の部分だけにしてみましょう。メアリ、良い?」

「はい! お願いします!」

 メアリが覚悟を決めたような表情でハルカの正面に座り、目を瞑って顔を差し出す。

 かなり緊張しているのか、微妙に耳がプルプルと震えている。

「そんなに力む必要は無いんだけど……。それじゃ。『再生リジェネレイト』!」

 ハルカの呪文が聞こえると同時に、メアリの顔の火傷部分がほんのりと光を放つ。

 そのまま数秒。

「――っ! はぁはぁはぁ……」

 ハルカが荒い息を吐くと同時に光が収まるが、メアリに残っていた瘢痕は完全には解消されていなかった。

 だが、皮膚の凹凸は無くなり、赤いあざが残る程度にまで改善されているため、見ただけでは火傷痕とは解らないだろう。

「これ、必要魔力が……、とんでもないわね……」

 そんな魔法を為したハルカだったが、その顔色は少々悪く、息を整えるのにも苦労している。

「あぁ、解る解る。滅茶苦茶辛いよな?」

「だよねっ! 身の丈に合わない魔法はすっごく辛いよね!」

 以前、ユキが土魔法で貴金属を作ろうとして失敗した後、試しに俺も挑戦してみたのだ。

 結果はもちろん失敗。

 ユキ同様に倒れかけた。

 だがハルカの『再生リジェネレイト』は効果を現しているわけで……もしかするとあの時の俺たちの魔法も、目に見えないレベルで貴金属が生成されていたのだろうか?

 もちろん、見えない量の貴金属なんて、何の意味も無いのだが。

「でも、十分効果は出たんじゃねぇか?」

「うん! お姉ちゃん、だいぶ綺麗になったの!」

「本当? わ……」

 自分では見えないだけに、メアリは手で自分の顔を触り、その手触りの違いに頬を緩める。

「そうね。多分、あと1、2回も使えば元通りになると思うわよ? 今日はもうダメだけど。魔力が無いわ」

「でも、この調子なら、結構すぐに治せそうだな?」

 予想よりも良い結果に、俺はそう言ったのだが、ハルカは困ったように首を振る。

「そう簡単じゃないわよ。今、癒やした範囲は手のひらほどよ? 1日1回使うとして、その範囲を綺麗に治すのに2、3日。服のおかげであまり見えないけど、メアリの火傷の痕は身体にも広範囲にあるから……」

「そういえば、生きているのが不思議、とか言ってたよな」

 人間、身体の表面積の3割から4割ぐらいの火傷をすると、命に関わると聞いたことがある。

 つまりメアリの火傷の範囲も、それぐらいに達していたのだろう。

 その状態で1週間ほども生きていたことを考えると、さすが獣人の生命力と言うべきなのか、それともミーティアを守るという意志の強さなのか。

 どうやって生き延びていたのか詳細は聞いていないが、どちらにしてもとんでもない。

「火傷痕の治療でこのレベルだと、指の再生とか、ましてや腕の再生なんか、とてもじゃないって感じね。今のところ」

 練達するにつれて効率も、魔力量も増えていくのだろうが、確かに皮膚の表面数ミリを再生するだけで、ハルカのこの様子。

 腕のように、皮膚に加えて、筋肉や血管、骨なども再生する必要がある場合、どれだけ困難なのだろうか?

「んー、それはアレじゃね? 今回の治療みたいに、ちょっとずつやるのかもよ? 1日1ミリずつとか」

「……すっごくシュールね。1日に1ミリ伸びる腕とか」

 トーヤの例えに、ハルカが顔をしかめる。

「しかもそのペースですと、数年かかりますよね。その間、『再生リジェネレイト』が使える術者をずっと拘束する事を考えると、治療費は凄い値段になりそうです」

 実際、『再生リジェネレイト』が『使える』術者が、どの程度のレベルで部位欠損を治療できるのか解らないが、エルフで光系の魔法の素質を持つハルカですら、この調子なのだ。

 かなり困難な魔法である事は間違いないだろう。

 俺たちであれば数年がかりでも、ハルカたちが治してくれるかもしれないが……やはり部位欠損はしないように気を付けよう。

「それじゃ、次はミーティアちゃんを治しましょうか。ミーティアちゃん、手を出してください」

「はい!」

 メアリの様子を見ていたからだろうか。

 ミーティアは特に気負った様子もなく手を差し出し、その手をナツキが取る。

「『再生リジェネレイト』」

 今回ナツキが対象にしたのは、ミーティアの手の甲の部分。

 その範囲はハルカが癒やした範囲の半分ほどだが、それでも光が収まったあとのミーティアの手の甲には、メアリよりは薄いが、痣が残っていた。

「……ふぅ~~。これでも足りないですか。要訓練、ですね」

 ミーティアの手を放し、疲れたように息を吐いたナツキは、そのまま後ろに倒れ込み、ベッドの上に寝転んだ。

 俺やトーヤの前では、あまりだらしない姿を見せないナツキには珍しい行動で、それだけ疲労したという事なのだろう。

「ナツキお姉ちゃん、ありがとう、なの!」

「いえいえ。また明日、今度は綺麗に治してあげますね」

 ミーティアの素直なお礼に、ナツキは少し疲れた顔に笑みを浮かべて応える。

 俺の経験から言って、数時間ほどはこの状態だと思われる。

 魔力を使い切ると、動くのもしんどくなるんだよなぁ。

 そう考えると、今後治療を行う場合は、寝る前に行う方が良いだろう。

「しかし、メアリたちの傷痕が治るまで宿に留まろうかと思ったけど、これはさすがに無理ね。時間が掛かりすぎるわ」

「大丈夫です! 体力も回復してますし、明日はちゃんと歩けます」

「ミーも! ミーも走れるの!」

 さすがにメアリたちのペースで移動することはできない――ことはないが、そのペースで歩くのは面倒なので、誰かが背負って走ることになると思うが、彼女たちの言うとおり、2人ともかなり元気そうで、一昨日まで半死半生だったとは思えないほど。

 魔法と薬の効果もあるのだろうが、やはり獣人の生命力の強さ故と思われる。

「それなら当初の予定通り、明日、出発しましょう。メアリたちはこの町でしておくべき事はありますか? 知り合いへの挨拶とか……」

「できれば、父を弔いたいですが、無理にとは……。もう遅いかもしれませんし」

「家が焼けたのが1週間ほど前ですよね……」

 もし日本で火災に遭い、万が一誰かが焼死でもしようものなら、消防や警察の現場検証などで焼け跡は保全されるし、遺体に関しても当然のように保存されて遺族の元へと返される。

 だが、そのあたり、この世界の事情は、少し特殊だ。

 まず遺体の処理。

 誰かが亡くなった場合、その亡骸は荼毘に付される。

 その主目的は遺体のアンデッド化を防止することにあり、骨も残さず跡形も無く焼き尽くされるのが基本。

 アンデッド化は滅多にある事ではないらしいが、万が一にでもあると困るため、これは必然だろう。

 最上の方法は、『聖火ホーリー・ファイア』で火葬することと言われているが、そんな事をできるのはごく僅か。大半の人は薪を集めて火葬することになる。

 だが、それに必要な薪の量はかなりの物で、それだけの燃料が用意できずに骨の形が残った場合には、手作業で砕いた上で埋葬されることになる。

 その埋葬も、個別の墓を持つのは一部の金持ちや貴族だけであり、庶民の遺灰は神殿に設けられた共同墓地へと一括して放り込まれることになるし、それが普通のことである。

 現代日本人の感覚からすれば、概して遺体の扱いが雑なのだ。

 メアリたちの父親にしても、火事からすでに1週間ほど。

 彼女たちの住んでいた家が自分たちの家であればまた違うのかもしれないが、完全な借家。

 しかも、話を聞く限り、大家の質が少々悪い。

 遺骨が回収されて、神殿に埋葬されているならまだマシ、下手すれば瓦礫と一緒に砕かれて、適当に処分されている可能性すらある。

「とりあえず、現地に行ってみよっか?」

「はい。お願いします」

「ハルカとナツキは留守番してるよね?」

「えぇ。お願い。ちょっとしんどいわ、これ」

「私もです。これは、ゆっくり休める状況じゃないと使えませんね。少なくとも、戦闘中は無理です。たぶん、いくら上達しても」

 戦闘中に腕が吹き飛ばされた!

 でも、『再生リジェネレイト』で回復させて、戦闘続行!!

 なんてことは無理って事か。

 万が一、レベルが100とか200とか、そういう領域まで上がるなら別かもしれないが、そんな頃、俺たちは何と戦ってるんだよ、って話だろう。

「ミーティアは……どうする?」

「行く!」

 俺の躊躇ためらいに、すぐに答えたのは本人。

 だが、躊躇うのはそれ相応の理由がある。

 すでに回収済みならまだマシ、悪ければ父親の白骨死体や焼け焦げた死体、最悪では腐乱死体を目にする可能性すらある。

 いくら肉親とは言え、そんな物を幼い子供に見せるべきだろうか?

 メアリも十分に幼いと言えば幼いのだが、ほかにいない以上はどうしようも無い。

「たぶん、大丈夫だと思います。……時期も、時期ですから」

 そっと目を伏せ、メアリがそう口にして、俺も少し考えて納得する。

 簡単に言えば、今は夏なのだ。

 そんな状態で1週間も遺体を放置したら?

 あまり想像したくない状況である。

 当然、周辺に住む人たちは、そうなる前に何らかの対処をすることになるだろう。

「……なら、ハルカとナツキ以外の、5人で行くか」

「はい。お願いします」

 少し暗い表情ながら、メアリは気丈に頷いた。

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