187 ケルグ騒乱(結末)
それは、俺たちがちょっと愚痴りながら、古着屋から宿へと向かっているときだった。
「紫藤さん!」
突然かけられた声に、俺たちの間に緊張が走る。
声の主へと視線を向けると、そこに居たのは全身を薄汚れたローブで覆い、フードで顔を隠した人物。
どう見ても不審人物である。
いや、呼びかけ内容から、ほぼ確実に元クラスメイトという事は判っているのだが、地雷持ちの可能性が高いので、不審と言っても問題は無いだろう。
さすがにそろそろ、本当にヤバいクラスメイトは残っていないと思うが、ケルグの状況が状況である。
警戒する俺たちにその人物は、少しフードを
「――っ!!」
一瞬にしてその人物の前まで踏み込んだトーヤは、その拳を彼女のお腹に叩き込む。
『ドスッ』という鈍い音と共に、彼女の身体がくの字に折れ曲がり、一瞬宙に浮く。
そしてそのまま、声を上げる事も無く脱力し、地面へと崩れ落ちた。
「素早い……」
「いや、だって、喋らせるな、って書いてあっただろ?」
思わず呟いた俺に、トーヤが肩をすくめて平然と答えるが、それにしても一切の躊躇無く女の子の腹を殴れるかと言えば……。
地面に倒れて、
一応、知り合いの可能性――いや、ユキの名前を呼んでいたのだからほぼ確実に『高松さとみ』のはずなのだが、実際の顔を見ても、薄ぼんやりと覚えている高松とは結びつかない。
こちらに来て、なかなかに濃い経験が半年以上続いているせいで、どうでも良いことは記憶の彼方ではあるが……こんな顔じゃなかったよな?
「少しは面影がある様な気もするけど、これは気付かないね」
「手配書を見たときに予想はしていましたが……『魅力的な外見』のスキルでしょうか?」
少なくとも、美少女である事は間違いない。
「でもトーヤ、なかなか思い切り殴ったね?」
ユキが少し呆れたように言うが、それも仕方ないだろう。
下から掬い上げるように殴りつけて、身体が宙に浮くほどって、どんだけだよ、って話である。
「だってオレ、首筋トン、で気絶させるような技術は持ってねーし?」
「そりゃそうだよね。あれって、脳震盪なのかな?」
「普通に考えればそうでしょう。ですが、そんな威力で叩くと、下手をすれば、むち打ちになりますよね。一番マシなのは、恐らく柔道のように締め落とす事でしょうか。障害も起きにくいでしょうし。これも力加減を間違えれば死にますけど」
ナツキがなかなかにリアルなことを言う。
人間、物語のようにクロロホルムなんかじゃ気絶しないし、首筋トンもできないのだ。
一瞬で意識を奪うのであれば、多分、二酸化炭素でも吸わせる方が効果的なんじゃないだろうか。
意識と一緒に命も奪うのなら、また別だろうが。
「だろ? だから腹を殴ったオレは悪くない」
「いや、腹を殴って気絶させるのも大概じゃないか?」
「ちょっとやり過ぎても問題ないか、ぐらいの気持ちで殴ったからなぁ。この町の惨状とか、メアリたちのこととかあったし」
「あぁ……」
思わず納得してしまった。
ユキたちもまた、同意するように頷き、倒れた高松を見下ろす。
「この子が原因とも言えるもんねぇ……」
宗教を立ち上げた是非は横に置くとして、その後の対応がマズかった。
何かで『新興宗教で稼ぐ方法』と言うのを見たことがあるが、そのコツは『巻き上げる金額は、収入の一定割合以下に抑える』であった。
巻き上げすぎれば、信者の生活が破綻して社会問題になるし、短期的には稼げても、長期的には収入源が途絶えてしまう。
高松はそのさじ加減を間違え、その後の対応にも失敗した。
それによって、メアリたちの父親は死に、彼女たちも大火傷を負うことになったのだから、責任がないとは言えないだろう。
「ま、生きて捕まえても、殺される事になるだろうしなぁ。力加減をミスっても……」
なかなかに怖いことをトーヤが呟くが、確かに否定できない事実である。
知り合いとは言え、リスクを冒して助けるほどの仲ではないし、残念ながらやった事も問題がありすぎる。
匿ったりしたら、俺たちが犯罪者の仲間入りだ。
もし情けをかけるのであれば、今この意識の無い状態で、首を切り落としてやる事かもしれないが、あえて俺たちの手を汚すほどの義理も無い。
このまま引き渡して忘れてしまうのが良いか。
「……取りあえず、捕縛しましょうか」
「ちょっと憂鬱になりますが、仕方ないですね」
ユキたちが気絶した高松に猿轡と目隠しをして、手足をロープで縛る。
更に元々着ていたローブを被せて、その上からもロープを結び、梱包。
その状態でトーヤが担ぎ上げる。
「このまま、この町の冒険者ギルドに届けてしまいましょ。みんな、変に関わりたくないでしょ?」
「うん。さっさと届けてしまお」
「ですね。逃げる手助けなどさせられては、私たちが犯罪者になってしまいます」
高松のスキルが何かは不明だが、関わらないのが一番である事は間違いない。
俺たちは、嫌なことはさっさと終わらせるべく、冒険者ギルドへと急いだ。
◇ ◇ ◇
久しぶりに訪れたケルグの冒険者ギルドは、相変わらず盛況な様子だった。
街中はイマイチ活気が感じられなかったが、そんな状況だからこそ、冒険者としての仕事は多くあるのかもしれない。
特に日雇いの仕事などは、復興需要で引く手、
そんなギルドの中に、怪しげな布巻を持って入っていった俺たちは、否応なく視線を集めたが、それでも絡んでくる人がいないのは正直助かる。
生活の糧をギルドに握られている冒険者の大半は、基本的にお行儀が良いのだ。
――少なくとも、ギルド職員の目がある場所では。
目を付けられてしまえば、ランクは上がらないし、割の良い仕事も請けられないのだから、当然と言えば当然である。
俺たちはそんな視線を無視してカウンターへ向かう。
「えーっと、こんにちは?」
俺たちの顔と、トーヤが担いだ物とで視線をさまよわせ、少し困ったように挨拶をする受付嬢に俺たちは苦笑し、ここでも当然のように壁に貼ってあった、例の手配書を指さす。
「アレを持ってきたんだが」
「アレ……? はっ! え、捕まえたんですか!?」
受付嬢は何のことを言っているのか理解できなかったのか、一瞬呆けて、すぐに驚いたように声を上げた。
「ええ、まぁ」
「まさかそんな……あっ! 確か、ナオさんにトーヤさんでしたよね? 以前、盗賊退治を引き受けて頂いた」
信じられない、と言った表情を浮かべた受付嬢だったが、改めて俺たちの顔を見て、ハッとしたように俺たちの名前を口にする。
「あれ、覚えていてくれたんですか?」
このお姉さん、以前ケルグに来た時、資料室に入り浸っていて少し仲良くなったお姉さんなのだ。
俺の方は数少ない知り合いなので覚えていたのだが、お姉さんからすれば大勢来る冒険者の中の1人、しかも何ヶ月も前のことなので、てっきり忘れていると思っていたのだが……。
「高ランクの将来有望そうな方を覚えておくのも、受付の役目ですから! 無事に討伐して頂けたようで。報告、受けていますよ。それに、ナオさんはエルフですからね」
一応、指名依頼的な物を請けたワケだし、覚えていてもおかしくは無いのかもしれないが、さほど顔を覚えるのが得意ではない俺からすれば、なかなかスゴイと思う。
お姉さんが言うとおり、俺がこのあたりでは珍しいエルフという事も、影響はしているのだろうが……。
ま、今は、面倒な物を早く引き渡してしまう方が優先である。
「ははは……何とか。それで、こちらの方、良いですか?」
「あ、すみません。それでは、奥の方へ」
トーヤの持つ物を指さして俺が促すと、お姉さんはカウンターから出て、奥の部屋へと俺たちを案内する。
他の冒険者の視線が少々痛いが、これは多分『俺たちの受付嬢と仲良くしやがって!』みたいな嫉妬ではなく、俺たちが得られる報酬の方が原因だろうなぁ。
この町を拠点にしている冒険者であれば、あの手配書を見ていないはずがないし、その報酬額に関しても記憶に残っているだろうから。
短絡的に襲ってくる冒険者がいるとは考えたくないが、一応、注意しておいた方が良いかもしれない。
「この部屋で少しお待ちください」
案内されたのは、一見すると取調室にも見えるような小さめの部屋。
頭も通らないような小窓が1つあるだけで、家具の類いは何も無く、かなり薄暗い。
お姉さんが壁面を操作すると、灯りが
俺たち5人と受付のお姉さんが入るだけでも、少し窮屈に感じられる部屋に、簀巻きにされた高松――いや、聖女サトミー。
俺たちがその部屋の隅に簀巻きを下ろすと、お姉さんは部屋を出てすぐに2人の男を連れて戻ってきた。
前回来たときに見た覚えは……多分無いな。俺の記憶なので、あまり信用はできないが。
1人は屈強な男で、もう1人は初老の男。
計9人、しかも1人はマッチョなので、これが同じ部屋に入るとかなり狭い。
「すまんの。一応用心のためなんじゃ」
そんな俺の心情を理解したのか、それとも自身もそう思ったのか、入ってきた初老の男がすぐに謝ってくる。
「用心というと?」
「一応、そいつは指名手配犯じゃろう? この部屋はかなり頑丈に作ってあるからの」
「なるほど」
ハルカがそう答えて、部屋を見回す。
そう言われると確かに、牢屋のようにも思える。家具が無いあたりとか。
普通に見える板壁も、裏に鉄板でも仕込んでいるのだろうか?
「こちらが、このギルドの支部長ウィリアムです。後ろのは護衛のサイラスですが、覚えなくて良いです」
「オイオイ、ちょ、ひどくね? ケトラよぅ」
受付のお姉さん――ケトラと言う名前らしい――の紹介に、サイラスと紹介されたマッチョが抗議するが、ケトラさんは平然と首を振る。
「あなたと関わる可能性なんてないですから。むしろ関わらないでください。将来有望な若者に変な影響があると困ります」
なかなかにキツいことを言うケトラさん。
きっとサイラスは怒って良い。
だが、ケトラさんより立場が弱いのか、サイラスは特に言い返すことも無く、苦笑するのみ。
「こりゃ、2人とも。そんな事より確認じゃろ? サイラス」
「おう」
ウィリアムに促され、サイラスが部屋の隅の簀巻きに近づき、フードを剥ぐ。更に目隠しを取り除き、一つ頷くと、再び目隠しとフードを被せる。
「間違いねぇ。コイツは聖女サトミーだ」
その言葉に、支部長がホッと息を吐く。
今回の騒乱の中心人物が捕まっていない状況には、やはり色々と問題があったのだろう。
普通であれば、メンツ的にも領主が捕縛するべき対象にも拘わらず、冒険者ギルドへも協力を依頼しているわけで……やっぱ、あまり首を突っ込まない方が良いな。
「しかし、良く見つけたのぅ」
「たまたま、ですね。この町に立ち寄ったのも依頼の道中にあっただけで、別に探していたわけでもないので」
感心したような言葉に、ハルカが正直に答える。
実際、サトミーが自爆しただけで、声をかけられなければ俺たちが気付くことは無かっただろう。
彼女の敗因は、トーヤの思い切りの良さを見誤ったか、スキルを過信したところか。
会話さえできれば、丸め込めると思ったのかもしれない。
「運の良さも冒険者の資質じゃて。サイラス、お前はここで見張っておれ。お前たちは上へ行くぞい」
小部屋にサイラスを残し、俺たちが向かったのは、どうやら支部長の部屋だったようだ。
2階へと上がり入った部屋は色々な書類が置かれ、少々乱雑に散らかっている。
その奥にある椅子に支部長が「よっこらせ」と年相応の声を漏らしながら座った。
「さて、本人確認もできたわけじゃし、賞金を払おうかの。ケトラ」
「はい。こちら、賞金の金貨一千枚になります」
「ありがとうございます」
すでに用意してあったのか、部屋の棚から取り出してきた革袋を俺たちに差し出す。
大金と言えば大金だが、今となっては見慣れた額でもある。
大きさ的には手のひらに載るサイズの革袋なのだが、すべて金属だけにダンベルでも持っているかのように重いのだ。
ケトラさんの近くに居た俺が受け取り、バッグの中へ収納。
明らかにそんな重量物が入ったようには見えない俺のバッグに、支部長が少し興味深そうな表情を浮かべるが、それに関しては特に何も言われることはなかった。
「お前たちには、確か以前、盗賊の討伐も請けてもらったんじゃよな?」
「はい。無事に完遂したとの連絡が、ラファンより入っています」
さすがに一冒険者の依頼内容を支部長が把握しているとは思えないが、事前にケトラさんから聞いていたのかもしれない。
「今回のも含め、ランクを上げるに値する功績なんじゃが、今のランクは……」
「えっと、あの時はランク4でしたよね?」
「はい。今はランク5ですね」
ケトラさんの記憶力、半端ない。
ハルカが頷きつつ、今のランクを伝える。
「さすがにランク6にするには早いのぅ。パーティー名はなんと言うんじゃ?」
「『明鏡止水』と名付けました」
「『明鏡止水』……よし、覚えておこう。何かあれば頼るとえぇ。できる範囲で手助けしよう」
それが1つの報酬代わり、という感じか。
まぁ、組織の力はバカにできないし、コネクションができたのは悪くない。
「ありがとうございます」
「良い良い。質の良い冒険者はギルドの宝じゃ。今後ともよろしく頼むぞ」
懸念が解消したからか、それとも言葉通り、俺たちを『質の良い冒険者』と思っているのか、機嫌良さそうな支部長に見送られ、部屋を出る。
そしてそのまま下に降りて、ギルドの外へ。
「さすが高ランクの冒険者ですね! お疲れ様でした!」
なぜか『高ランク』を強調してお見送りをしてくれるケトラさん。
視線を向けると、ニッコリと笑ってウィンクしてくれた。
……あぁ、なるほど。牽制してくれているワケか。
具体的なランクは口にしていないが、受付嬢が高ランクと断言しているのだ。
そんな相手を襲うのはよほどのバカか、腕に自信があるバカか。
普通の高ランクの冒険者に襲われる心配は、まず無いだろう。
金貨一千枚は確かに大金だが、高ランクの冒険者であれば十分に稼げる金額であるし、リスクにリターンが見合わない。
よほどのバカであれば返り討ちにすれば良いだけだし、問題になるのは腕に自信のあるバカだろう。
ただの自信過剰なら問題ないが、武力は高くとも行動に問題があってランクの上がらないヤツがいたら厄介である。
面倒事に巻き込まれる前に、この町を出たいところだな。
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