186 姉妹の事情 (3)

「ミー!?」

「トーヤ、いつの間に……。すでに光源氏計画を完遂してたとは……」

 思わず声を上げるメアリに、感心したような声色でトーヤを見るユキ。

「いくら何でも手が早すぎない?」

「せめてメアリの……いや、どっちも同じか」

「してねぇ! 何もしてねぇ!」

 ハルカと俺の言葉に、必死に首を振るトーヤ。

 もちろんそんな時間が無かったことは知っているが……俺も夜は寝ていたから、可能性がゼロとは言えない。

 昨晩は同じ部屋で寝ていたわけだし、俺が寝ている間にミーティアと……。

 いや、無いとは思うが一応な?

「お父さん言ってたの。お金を持ってる良い人がいたら、『やしなって』もらえって」

「お父さん……」

 ミーティアのその言葉に、メアリがなんとも言えない表情を浮かべる。

 しっかりとした教育と言うべきか、それともいくら何でも早すぎると言うべきか。

「えっと、ミーティアちゃん、意味解っていますか?」

「ご飯、食べさせて貰えるの!」

 ミーティアと視線を合わせ、冷静に訊ねたナツキにミーティアが答えた内容はそれだった。

 間違ってはいない。

 そしてそれは、この世界で結婚相手を決めるのに、結構重要な要素だったりする。

 外見やら恋愛やらの前に、まず甲斐性。

 稼げない男に人権は無い――とまでは言わないが、まず嫁は貰えない。

 逆に言えば、稼げる男は嫁が貰える貰える。そう、複数でも。

 不細工でも金持ちの方がモテる。

 美形以外にも優しいのがこの世界。

 ある意味では平等で、ある意味ではとてもシビアである。

 ちなみに、同じ金持ちなら美形の方がモテるのは言うまでもない……。

「ミーティアはある意味、したたかね。メアリ、どうする? もちろん、怪しいと思うのなら、このまま出て行っても構わないわ」

「不審に思うのは理解できますしね。私たちとしても、無理強いするつもりはありませんから」

「ただし、決断は待てないわ。一応、私たちも仕事の途中だし」

 結構あっさりとしたハルカたちの言葉に、メアリが考え込む。

 見知らぬ人がいきなり、「助けてあげます。付いてきなさい」と言っても、まず怪しむのが普通だろう。いや、むしろ怪しむべき。

 当然俺だって怪しむが、ミーティアは思い切りが良いのか、それとも先ほど2人で話していたように直感で生きているのか、姉に対して決断を迫る。

「お姉ちゃん、チャンスを掴めるのは、一瞬の決断ができる人、なの!」

「うっ……えっと、助けてもらうとして、私たちは何をすれば?」

 妹に背中を押され、一瞬言葉に詰まったメアリが、ハルカを窺うように訊ねる。

「そうね……あえて言うなら、うちの雑用? 掃除……はあまり必要ないから、料理の手伝いとか、庭の手入れとかがメインになるかしら?」

 少し考えてハルカが口にした内容は、仕事とも言えないような内容だったが、実際、あまり任せる仕事も無いんだよなぁ。

 普通なら面倒くさい家の掃除も魔法でなんとかなっているし、料理に関してもスキル持ちのハルカたちと同等の物を作るのは難しいだろう。そもそも、味の好みなどの問題もあるわけだし。

 あえて仕事を見つけるなら、ハルカの言うように庭の手入れや家庭菜園になるが、いずれも必須ではないわけで。

 家庭菜園はただの趣味みたいな物だし、庭の手入れにしても、ほぼ訪れる人もおらず、見るのは自分たちだけ、しかも殆どの時間は外出しているのだから、放置でも困るわけではない。

「雑用……それだけですか? 私、こんな顔になっちゃいましたし、身体も貧相ですが……」

 都合が良すぎると思ったのか、メアリはそう言って、俺とトーヤの顔をチラチラと見る。

 なるほど、夜のお仕事か。

 だが、いくら何でもメアリぐらいの年齢の子供相手には、さすがに無理。

 火傷しているから容姿がどうとか、それ以前の問題として、対象外である。

 それはトーヤも同様だったようで、苦笑を浮かべている。

「それは無いから、安心して。年齢を考えなさい」

「え、でも……貴族の人だと、私ぐらいの年齢の子供も……」

 はっきりと断ったハルカに、メアリは少し戸惑うようにそんな事を口にする。

「無いから! 少なくともオレたちは!」

「そうそう」

 異世界の貴族、半端ねぇ!

 結婚相手としてであれば、家同士の繋がりや利害関係で、たとえ幼くとも婚姻を結ぶこともあるかもしれないが、性的関係の相手としては無いだろ、普通。

 ……いや、まぁ、普通じゃない人がいることは否定しないが。

 日本でも、希に逮捕される人もいたわけだし。

 ただ少なくとも、俺とトーヤは違う。

「そもそもさ、別に働かせる必要も無くねぇか?」

「トーヤ、それはダメ。単純に養うだけというのは良くないわ」

「学校も無いし、それ、完全にニートだもんねぇ」

 ニート、つまり、『Not in Education, Employment or Training』。

 勉強もしてないし、就労も訓練もしていないこと。

 メアリぐらいの年齢でもニートと言うのかは議論の余地があるが、日本であればすでに就学年齢に達していることを考えれば、学校に行っていない以上、間違いでは無い。

 だが、ハルカが働かせるべきと主張するのには、恐らく別の意図があるのだろう。

 俺たちからすれば、「可哀想だし、助けてやるか」ぐらいの軽い気持ちでも、メアリたちからすれば、肉親でもないのに、何の仕事もせずに養われるわけで。

 それの居心地が悪い事は、容易に想像が付く。

 役に立っていないという事は、逆に言えば何時いなくなっても問題ない、つまりいつでも追い出せる状態なのだから。

 少しでも働いていれば、気持ち的にも少し楽になるだろうし、我が儘とまでは行かずとも、自分の意見を多少は言いやすくなるのではないだろうか?

「一応言っておくと、私たちに付いてくるなら、ラファンへ移ることになるわ。私たちの家はそこにあるから。この町に残るなら、孤児院に送るぐらいのことはするけど?」

「うっ、孤児院はちょっと……」

「……あまり良くないのですか? この町の孤児院は」

 困ったような顔で目を伏せるメアリに、ナツキが訊ねる。

 天罰があるおかげで不正も行われず、ラファンの孤児院を見てもそう悪くはないと思ったのだが、ケルグでは違うのだろうか?

「孤児院の子に知り合いがいるんですけど、あんまりお金が無いみたいで……。人数も多いみたいだし、今回のことを考えると……。私たち、獣人だから……」

「あぁ、お金かぁ。しかも、今回の騒乱で、増えてるよな、人数」

 不正が行われなくても、寄付金で運営されている以上、寄付が少なければどうにもならない。

 領主からの援助もあるとは聞いたが、十分ではないのだろう。

 しかも、今回の騒乱で、メアリのように親を亡くした子供も少なくないだろうし、そうなれば当然孤児院に入る子供も増え、運営を圧迫する。

 更にメアリたちは、珍しい獣人。

 大人たちの間で明確な差別は無いが、子供なんて、同じ種族でもちょっとしたことでイジメが発生するのだ。

 はっきりとした違いのある獣人なんて、格好のターゲットになりかねない。

「お姉ちゃん……」

「う~~、解りました! 働かせてください!」

 ミーティアの視線に再び背中を押されるように、メアリはそう言い切った。

 「助けてください」では無いのは、単に世話になるだけではなく働くという意思表示だろうか。

 労働意欲があるのは良いことである。

 日本であればまだモラトリアムの期間だが、この世界では成人が早く、自立も早い。

 孤児院のイシュカさんの話に依れば、メアリなどあと数年程度で働き始める年齢。

 それこそトーヤが『養う』のなら話は別だが、そうでなければきちんと働いて生計を立てないといけないわけで。

「そう。良かったわ。こうして知り合った以上、さすがにこの街に放り出していくのは心配だったし」

「そうですね。それじゃ早速、宿の延長をしておきましょうか。メアリたちも体力を回復する時間が必要でしょうし」

「あ、いえ、大丈夫です! 歩けます! なんだか想像以上に体調が良くて。ねぇ、ミー?」

「うん! 元気なの!」

「そうなのか?」

 確かに、顔色や身体の動きを見ても、昨日行き倒れて、死にかけていたとは思えないぐらい。

 魔法や特製ジュースのおかげだろうか?

「でも、心配だし、もう1泊はしておきましょう。魔法も試しておきたいし」

「……あぁ、『再生リジェネレイト』?」

 ハルカの視線はメアリとミーティア――正確に言うなら2人の瘢痕に向いていた。

「ええ。あれを使うと、私もしばらく動けなくなる可能性が高いし……使うのは今日の用事が済んでからね」

「用事……本屋はすでに行きましたし、後はメアリたちの服を買うことぐらいでしょうか?」

「確かに、この服はマズいよな……」

 メアリたちが元々着ていた服はボロボロだったので、今は俺たちの中では一番小柄なユキの服を着せているのだが、かなり強引に紐であちこち結んで、何とか着ている状態。

 はっきり言って、ぶかぶかである。

 部屋の中を歩く程度ならともかく、とても外を歩けるような格好ではない。

 ただ、普段俺たちが着る服は、ナツキたちの手作りなワケで。

「今回は作らないのか?」

「さすがに私たちでも、1日で作るのは難しいです。それは帰ってからですね。取りあえずは1着、買ってきましょう」


    ◇    ◇    ◇


 本当であればメアリたちを連れて、身体に合わせて服を買いたいところだったが、さすがにあの格好で外に連れ出すわけにもいかず、俺たちは彼女たちを宿の留守番に残して、街へと出てきていた。

 古着屋を数軒巡り、購入したのは丈夫さ優先の服。

 可愛さは無いが、ハルカたち曰く、「可愛い服は自分で作る!」との事。

 実際、俺たちが着ている服はすべて自作で出来も良いし、休日に彼女たちが着る私服は、少なくともそのあたりを歩いている庶民が着ている服とは一線を画している。

 娯楽が少ないこの世界、半ば趣味として作っている部分もあるのだろう。

 布も相応に使っているし、コストは結構掛かっていると思うが、縫製費用が不要な分、それでも「程度の良い古着よりは安い」らしい。

 このあたりは完全にハルカたちに任せているので、妥当な金額であれば、俺たちがどうこう言う立場にはない。

 ちなみに、今回メアリたちに買った服は、俺たちが最初にこの世界で手に入れた古着よりも高かったのだが、これにはやはり騒乱が影響しているらしい。

 メアリたちのように家を焼け出された人も少なくなく、そういう人たちは必然的に、家財と共に服も失っている。

 日本のように『災害時でも同じ値段で』とか『いつもより安く提供』なんて事は、当然無く、需要が増えて品不足なら値上がりするのが経済原理。

 俺たちも割高な古着を購入させられるハメになった。

 かなり不満そうなハルカたちの様子を見るに、もし布が手に入れば、買わずに服の製作に取りかかったのではないだろうか?

 しかし残念ながら、このケルグでは布の値段も上がっているし、俺たちも服に使えるような布は持ち歩いていない。

 いくらマジックバッグに大量の品物が入るとはいえ、不要な物はさすがに家に置いたままで、縫製用の布などは家の裁縫部屋にストックしてあるのだ。

 今回購入した服は、俺の目から見ても可愛くもなんともなく、ハルカたちもかなり不満そうなので、恐らく家に帰ったらすぐに新しい服が作られることになるのだろう。

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