166 ダンジョン? (2)

「「『浄化ピュリフィケイト』!」」

 戦闘開始は当然の如く、ハルカとナツキの魔法から。

 むしろアンデッド相手に、この魔法を使わないという選択肢は無い。

 普通であれば、少人数を広い場所で待ち構えるのは正しい戦術なのだろうが、それが多数のアンデッドと光魔法を使える少数となれば、全く逆になる。

 相手が近づいてこないのであれば、遠距離から『浄化ピュリフィケイト』を使い続けることで、安全に削れるのだから、俺たちには近づく意味が無いのだ。

 しかもかなり密集して待ち構えているのだから、ハルカたちからすれば、なんとも魔法が使いやすい事だろう。

 1度目の魔法で3分の1以上が溶け、2度目の魔法が発動する直前になって、ようやく動き出すスケルトンたち。

 だが、その対応もまずい。密集して突っ込んでくれば、はっきり言ってただのカモである。

 その集団に2人の『浄化ピュリフィケイト』が再度飛び、スケルトンがガラガラと崩れ落ちる。

 正に一網打尽。

 廃鉱の入口で戦った集団の場合、1度目の魔法が使われた直後には動き始めていた上に、ある程度ばらけて近づいてきた。

 それと比較すれば、はっきり言ってこっちは作戦ミスだろう。

 前衛組が一切戦っていないのに、すでに残っているのがスケルトン・ナイト4体と、スケルトン・キング1体ということを考えれば、それは明らかである。

「スケルトン・キングって、もしかしてバカなのか?」

「よく解らないけど、素体の問題じゃ無い?」

「なるほど。バカ貴族がベースになっているから」

 本当にそうなのかは判らないが、スケルトン・ナイトが指揮していたときよりもダメとなれば、その可能性が否定できない気もする。

「そいじゃ、行くか!」

 飛び出したのはトーヤ。

 このまま『浄化ピュリフィケイト』で削るのもありだろうが、残り5体である。俺たちも多少は活躍すべきだろう。

 一瞬で1体のスケルトン・ナイトを砕き、スケルトン・キングへと接近したトーヤの後を追い、俺とユキも前に出る。

 スケルトン・ナイトがトーヤに向かわないよう、俺が槍で2体を牽制し、ユキが1体を受け持つ。

 単なるスケルトンに比べれば、ナイトは若干手強いが、ある程度の経験を積んだ俺たちにとっては力押しでもなんとかなる程度でしかない。

 俺がやや強引に1体の頭を砕き、もう1体の首を刎ねて転がった頭蓋骨を粉砕したときには、ユキも当然のように1体のスケルトン・ナイトを斃し終えていた。

 そして、スケルトン・キングもまた同様に、魔石と剣を残して消え去っていたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「なんつーか、雑魚だったな。キングなのに」

 トーヤがなんだか少し不満そうに、そう言葉を漏らす。

 強くて手に負えないよりはよほど良いと思うが、気持ちは解らないでもない。

「まぁ、同じ魔物でも個体差がある可能性も――っ!」

 俺がそう言いかけた途端、あたりに『ガラガラガラッ!』と何かが崩れるような音が響いた。

 慌てて音のした方に目をやると、そこでは壁面の一部が崩れ落ち、ポッカリと暗い穴が空いていた。

「崩落……じゃないよな?」

「タイミングが良すぎ――いえ、ピンポイント過ぎでしょ」

「下に向かって、坂道が続いていますね」

 移動にあたって俺たちは、ハルカとナツキが1つずつ『ライト』を浮かべてあたりを照らしているのだが、そのうちの1つをナツキが穴の方へ移動させ、中の状況を報告する。

 戦闘があったので壁が崩れたと言う可能性はあるが、派手な魔法を使ったわけでも無く、ドッカンドッカン壁を叩いたわけでも無い。

 しかも都合良く奥へと続く道があるとか……ゲーム的に考えるなら、ボスを斃したので道が開いた、という感じである。

「ダンジョンって、こういう感じなのか?」

 俺の疑問に、ハルカたちは揃って首を振る。

「ダンジョンについてはよく判ってないのよね。少なくとも、常識の範囲では」

「そうそう。あたしの【異世界の常識】も、簡単なことしかカバーしてないし」

「私も多少話を訊いて調べた程度ですが、あまり情報は……」

 ラファンの町に図書館なんて存在しないし、話を訊こうにも他の冒険者はまず当てにならないので、情報源としてはディオラさん一択になってしまう。

 それらの範囲で集めた情報は、『ダンジョンは普通とは違う環境が存在しうる』、『宝箱が出てくる』程度でしかないらしい。

 食べ物が無いのに魔物が存在して生態系的にあり得ないとか、そう言った部分もある様だが、それはダンジョンに限らず魔物全般に言える事なので、案外、ダンジョンなのか、それとも洞窟に魔物が住み着いているのかの区別は難しいようだ。

 一応、『宝箱があるならダンジョン』と判断してほぼ間違いは無いようだが……。

 もしかすると、支部長であればもう少し詳しい話を訊けるのかも知れないが、さすがに気軽に話を聞けるような関係は築けていない。

「あの先はちょっと気になるが、さすがに帰るんだよな?」

 トーヤが坂道の下を覗き込みつつ、そう言うと、ハルカも頷く。

「えぇ。すでに1週間過ぎてるわけだし、ね」

 予定としては1週間から10日ほどだったのだが、タイミング的にはちょうど良いところだろう。

 トーヤの言うとおり、新しいエリア(?)には少し興味があるが、次回のお楽しみと言ったところか。

「あ、でも、抜けている脇道だけは、チェックしておきたいけど、良いかな?」

「私は構いませんよ。食料などは余裕がありますから」

 バージョンアップされた簡易寝台は最初の物よりも寝心地が良く、また少し慣れた影響もあるのか、前回よりも疲れが溜まっていない。

 そのため、ユキの提案に特に反対する人もおらず、俺たちは更に1日ほどかけて、マップの抜けていた部分を完成させたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ラファンへと戻ったのは昼を少し過ぎた時間だった。

 俺たちは久しぶりにアエラさんのお店で昼食を摂り、その足で冒険者ギルドへ向かう。

「ただいま、ディオラさん。見つけたわよ」

「お帰りなさい。おめでとうございます!」

 笑顔で出迎えてくれたディオラさんのところへ向かい、カウンターの上に目的の家宝の剣、それについでに回収しておいた紋章付きの剣を6本並べる。

 並べてみるとよく判るのだが、実用一辺倒な他の剣に比べ、家宝の剣は鞘などに施された装飾が細かく、高価そうに見える。

 とはいえ、刀身自体は他の物と同様に白鉄製で、装飾も実用上問題ない範囲であるため、剣としての価値はそこまで高くなく、ネーナス子爵家の家宝という、歴史の部分にこそ価値があるのだろう。

 だが、1ヶ月掛かって金貨300枚という依頼料は、俺たちの普段の稼ぎからすると、ちょっと安いよなぁ。赤字では無いのだが……うん、俺たちも贅沢(?)になったものである。

 一緒に回収した紋章付きの剣が上手く捌ければ、それなりの稼ぎにはなるので、そちらに期待したい。

「これですか……。恐らく間違いは無いと思いますが、報酬の支払いはネーナス子爵家の方に確認してからとなりますが、よろしいですか?」

「それは、仕方ないわよね。本物かどうかなんて、判らないわけだし」

「ケルグの方はまだ落ち着かないので、少々時間が掛かるとは思いますが……もし良かったら、紹介状を書きますので、ハルカさんたちで交渉されますか?」

「いいえ。ギルドにお任せするわ。私たちのパーティー名『明鏡止水』を多少覚えてもらう程度でよろしく」

 ディオラさんの提案に、ハルカはすぐさま首を振った。

 俺たちも貴族と交渉するなんて、やりたくない。

 日本の常識で、普通に礼儀正しく話すことぐらいはできるが、こちらの貴族相手だとそれで良いのか判らないのだ。

 せっかく多少恩を売れそうなのに、危ない橋は渡りたくない。

 ちょっとだけ名前を売るぐらいが、ちょうど良い塩梅だろう。

「そうですか? 上手くすれば、庇護を受けられる可能性もありますけど……」

「ノーサンキュー。ちょっと好印象を与えるぐらいで十分かな、今のところは」

「わかりました。他の剣も合わせて交渉、承ります。あ、一応言っておきますが、依頼の剣以外は、子爵家の買い取り価格から手数料は引かせて頂きますよ?」

「それはそうでしょうね。もちろん、構わないわよ」

 やや変則的ではあるが、他の素材と同様、ギルドが買い取って他へ卸す様なものである。

 俺たちが持っていても売れないし、子爵との直接交渉も大変となれば、手数料程度は取られて当然だろう。

「ケルグの見通しの方は、判りますか?」

「はっきり言ってしまうと、さっぱりですね。領主様としては、できるだけ穏便に抑えたいとは思っておられるでしょうが……」

 ナツキの問いに、ディオラさんはため息をつき、少し声を潜めた。

「恐らくですが、何かのきっかけがあれば、強硬手段を取られると思います。今のところ、ケルグ以外への影響は多少荷が滞る程度で済んでいますが、万が一、この町の食糧不足が顕在化する様な事があれば……」

「強硬手段を取らずにいた方が、ダメージが大きい、と?」

「はい。この町の家具産業、地味に税収を稼いでいますからね」

 領民からの支持は勿論として、産業面でも影響があるか。

 民主制度では無いが、領民から支持される領主とそうで無い領主、どちらが統治しやすいかと言えば、言うまでも無いだろう。

「ちなみに、強硬手段とは?」

「えっと……サトミー聖女教団、でしたか。武力で潰されるでしょうね。関係者は恐らく処刑されるかと」

 あっさりと言ったディオラさんの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。

 日本であれば、宗教弾圧だ、なんだと言われるだろうが、この世界はそんなに甘くは無い。

 すでに町の治安を乱しているのだ。

 何時潰されてもおかしくない状況にもかかわらず、未だそこまで至っていないのは、先々代の汚点があるから。

 薄氷の上を歩いている事を理解していないのだろうか?

 ――気付けないから、天狗になって失敗する人がいるんだろうなぁ。

 誰かがそのへんの舵取りをしそうなものだが、仮に『聖女』の持つスキルが洗脳的な物だとすれば、そのような判断もできないのかも知れない。

「なるほど。ケルグには近づかない方が良さそうですね」

「そうですね。武力を持つ冒険者は、こういう時、やや厳しい目で見られがちですから」

 クラスメイトが絡んでいるわけだし、物語の主人公であれば、混乱の収拾に奔走するのかも知れないが、基本、そう言う物には背を向け、安全地帯を確保するのが俺たち――いや、『明鏡止水』クオリティー。わざわざ地雷原に飛び込むつもりなんて無い。

 クラスメイトが何をしようと、俺たちの責任じゃ無いわけで、誰かが解決してくれるのを待つべし、ってな物である。

 あえて言うなら、アドヴァストリス様の責任かも知れないが、別にそそのかしたわけでもなし、結局は本人の資質だと思うわけですよ、えぇ。

 もし彼女が何も悪いことをしていないのなら別だが、現実的に治安を乱している以上、かばえないし。

「ちなみに、肥料の方は?」

「順調、みたいですよ。この町は比較的、狩り場と町の距離が近いですからね。代官様としては、万が一の保険と考えていたみたいですが、採算が取れそうなので、ケルグの情勢とは関係なく、続けることになりそうです」

「確かに、この町の冒険者の仕事だと、ちょうど良いのかも知れないですね」

 大半の冒険者が、南の森で伐採の護衛に付いているため、そこにコンポストを持っていけば、魔物の死体も集まりやすく、冒険者も運ぶ距離が少なくて済む。

 冒険者は小遣いが得られ、農家は作物が多く作れて収入が上がる。

 代官としては、肥料販売自体で利益が出ずとも、農作物が多くできれば税収は上がるわけで、問題は無い。

 うん、ウィンウィンの関係というヤツか。

 あえて言うなら、開発者たる俺たちの利益が少ないわけだが、まぁ、そこは良いだろう。本業は冒険者なわけだし。

 町の発展に寄与できたと満足しておく事としよう。

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