第6章 家族

165 ダンジョン? (1)

「トーヤ、ストップ!」

 暢気のんきに宝箱に近づこうとしたトーヤを慌てて止めたのは、ハルカだった。

「えっ?」

「こんな所に宝箱とか、あからさまに怪しいじゃない!」

 そう。廃坑の中に宝箱とか、どう考えても怪しい。

 それを何も考えずに触ろうとか、自殺行為だろ。

「いやいや、宝箱と言えばダンジョン、ダンジョンと言えば宝箱。つまり、確定的明らかなことに、ここはダンジョン」

「短絡的すぎる!? 誰かが置いたという可能性もゼロじゃ無いだろ!」

 『ふ~、やれやれ』みたいに肩をすくめるトーヤに、俺は反論する。

 俺も少し考えはしたが、だからといって宝箱イコールダンジョンと考えるのはどうなんだ?

「ここまでの経路を考えれば、それは無視して良い確率だろ?」

「他にここに入る道が無ければな」

「……なるほど。他の出入り口か」

 経路に大量のアンデッドや魔物がいたことを考えると、この場所に宝箱を置くことは難しそうに思えるが、近くに別の出入り口があるとするならば、話は違ってくる。

 むしろ、歩いた距離を考えるなら、俺たちが使った入口よりも利便性の良い場所に別の入口がある可能性すらあるわけで。

「いや、でも、こんな場所に置いておくか? 危ねぇじゃん?」

「この世界、銀行とか無いからねぇ。その上、大金になると、とにかく嵩張かさばるし」

「私たちはほぼ全財産を持ち歩いていますが、普通の人には無理ですよね」

 この世界の財産と言えば、通貨と貴金属、それに宝石類など。

 通貨はすべて硬貨であるためかなり重く、俺たちの持つ資産程度でも、マジックバッグが無ければ持ち歩くのは難しい。

 かといって、家に置いておくのもまた危ない。

 鍵をかけておけば安心、などと言えるほど治安は良くないのだ。

 なので、俺たちのように家を留守にする機会が多い人は、家に金目の物を置かないし、それが常識なので、逆に泥棒も入らない。

 では、マジックバッグを持たず、しかしある程度のお金を持っている人はどうするのか。

 その時に利用されるのが宝石や装飾品類である。

 硬貨に比べれば、重量当たりの単価が高く、持ち運びにも便利なのだが、欠点としては地域による価格差と粗悪品を掴まされる恐れがある事が挙げられる。

 信用できる知り合いの商人がいるならともかく、そうでなければ素人には見分けが付きにくい宝石に手を出すのは、かなりのリスクがある。

 もちろん俺たちは手を出していない。

 ナツキであれば多少は宝石の目利きができるようだが、その基準がこの世界と一致するかは別問題。必要性も無いのに、リスクを取る理由が無い。

 また、その他の方法として利用されるのが、どこかに隠す方法。

 単純なところで、家の床下に穴を掘って埋める方法や、どこか自分しか知らない場所へ隠す方法など。

 タンス預金や金庫は、ある程度の治安が担保されてこそ意味があるわけで、ほぼ利息ゼロでも安全にお金を預かってくれる銀行の価値、地味に実感する今日この頃。

 ちなみに俺たちも、万が一すべての荷物を捨ててでも逃げなければいけない場合に備え、ある程度の金は隠してあったりする。

 再び、ほぼ無一文スタートは厳しい……事も無いか?

 今の実力があれば。

 でも、あえてしなくて良い苦労は、わざわざ買わないスタイル。若くてもね。

「つまり、誰かの隠し財産かダンジョンの宝箱って事だな。……良し、開けよう」

「だから待てって。気持ちは解るが」

 再び宝箱に手をかけようとしたトーヤを止める。

 ちなみにこの世界、少なくとも町の外であれば、拾得物横領という罪は無い。

 つまり、仮にこれが誰かの隠し財産だとしても、見つけた俺たちがもらっても問題は無いのだが……。

「宝箱には罠。危険性は考慮すべきだろ?」

「えー、最初のへんに出てくる宝箱に罠が無いのは常識じゃん?」

「どこの常識――いえ、それはゲームの話でしょ? そもそも、ダンジョンと決まったわけじゃないんだから」

「ですね。人が隠したのなら、罠がある可能性は否定できません」

「トーヤがおとこ解除してくれるなら別に良いと思うけどねー」

 当たり前のことを言うハルカとナツキに、なかなかに酷いことを言うユキ。

 おとこ解除、つまり、罠の被害を気にせず開けてしまえと言うことなのだが、さすがにそれは嫌だったのか、トーヤは宝箱から手を離す。

「……中の物に被害があると嫌だし、それは止めておこうかな?」

「人が仕掛けたなら、それは無いと思いますが……」

 財宝を守るために、財宝が破損するとか本末転倒。

 『他人の手に渡るぐらいならぶっ壊す!』という人でなければ、そんな罠は仕掛けないだろう。

「取りあえず、調べてみますね」

 俺たちの中で【解錠】と【罠知識】のスキルを両方持つのはナツキのみ。

 一応、【罠知識 Lv.1】だけは俺も持っているが、宝箱を調べるには片手落ちと言う物だろう。

 俺たちは少し離れて、その様子を見守る。

 やや薄情なようだが、万が一ミスをして罠が発動した場合、全員が被害を受けたら救助もできないのだ。ある意味、当然の対策である。

 そうやって見守ること数分ほど。ナツキは少し首を捻りつつ、立ち上がった。

「どうだ?」

「鍵は掛かっていません。罠も無い、と思います」

「なんだか曖昧ね?」

「私の知識にある罠は見つからなかった、ですから。解除したわけではないので。まだレベル1ですし」

「無い事は証明できないよなぁ。よし、トーヤ、開けてもいいぞ?」

「え、この話の流れで? ナツキが調べる前より不安になったんだが?」

 俺がニッコリと笑ってトーヤを促すと、トーヤは先ほどとは打って変わって躊躇う様子を見せた。

 最初は楽観的に大丈夫と思っていたようだが、ナツキの微妙な態度が不安をかき立てたらしい。

「多分大丈夫だとは思いますよ? これでも一応、スキル持ちですから。――宝箱の罠を調べたのは、初めてですけど」

「ますます不安になったんだが?」

「そんなあなたに、10フィート棒。これを使え」

 俺はマジックバッグから取り出した3メートルほどの棒をトーヤに握らせる。

 古来より、多くの冒険者の命を救ってきた道具である。

 ――ゲームの世界で。

 そしてトーヤを除く俺たちは、示し合わせたように更に距離を取った。

「……やるぞ? やるからな?」

「早くやれ」

 無駄に何度も確認するトーヤに、俺はGo、Goとジェスチャーを送る。

 トーヤは宝箱と俺の顔を何度か見比べて、諦めたように腕を伸ばし、棒の先で宝箱をツンツンと突く。

 反応は無し。

 それに安心したのか、更にガタガタと揺らして何も起きないのを確認すると、蓋をゆっくりと押して宝箱を開けた。

 ガタン、という音と共に宝箱の蓋が開く。

 そのまま数秒。

 何も起きないのを見て、トーヤは大きく息を吐く。

 そして慎重に宝箱に近づき中を覗き込むと、少し首を捻り、手を突っ込んで何かを取り出した。

「……剣だね?」

「ああ。しかも【鑑定】してみたら、これ、単なる鉄の剣だぞ?」

「なんとも微妙な結果だな?」

 ゴミと言うほどには酷くもなく、かといって大した価値があるわけでもない。

 売れば金貨数枚程度にはなるかも知れないが、10枚には届かないだろう。

 魔物の魔石に換算すれば数匹程度であり、せっかくの『宝箱』なのに、ガッカリ感が凄い。

 もう『宝箱』じゃなくて、『箱』と改名すべきじゃないだろうか?

「ですが、ダンジョンである可能性はかなり高くなりましたね」

「そうか?」

「はい。だって、普通の人が安物の剣を、こんな場所に隠すと思いますか?」

「あり得ないな」

 もしそんな人物がいるとするならば、それはかなりのトリックスターであろう。

 そして、こんな余裕の無い世界に、そんな人物がいる可能性は、かなり低いと思われる。

 地球なら、お遊びで宝物を隠して、宝の地図とか作っちゃう人もいそうだが。

「ダンジョン、ね。その可能性があるのなら、一応、罠も警戒する必要があるわよね。ナツキ、お願いできる?」

「はい。微力を尽くします」

 そう。ダンジョンならダンジョンでお宝を得られる可能性と共に、危険性も増す。

 ハルカに話を振られたナツキは、神妙な表情で頷いたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 あれから4日。

 探索範囲を広げた俺たちだったが、他に出入り口が見つかることは無かった。

 その代わりに、新たな宝箱をもう1つ見つけ、ますますダンジョンの可能性が高くなっていた。

 ちなみに、こちらの宝箱から出たアイテムは効果が微妙な、傷を治すポーション。

 なぜ微妙かと言えば、ハルカたちの作った物と比較すると、同等かやや劣るレベルでしかなかったから。

 一応、【鑑定】で効果は判別できたのだが、同等の効果であればハルカたちが作った方が安心できるので、正直、要らない。

 売却できるかどうかも微妙だし、仮にマジックバッグを持っていなければ、荷物になるので放置していたところである。

 警戒していた罠に関しては、今のところ遭遇することも無く、杞憂に終わっていた。

 トーヤ曰く、「序盤から罠は無いんじゃね?」との事だったが、この世界のダンジョン、『浅い階層であれば罠が無い』とかそういう訳では無いようなので、全く安心はできない。

 ナツキに負担はかけるが、今後も注意して進んでいくしか無いだろう。


 そしてその翌日。

 俺たちはついに目的の物と遭遇していた。

 かなり広い場所に集まっていたのは、スケルトンの群れ。

 50体を超えるようなスケルトンに4体のスケルトン・ナイト。そして、1体のスケルトン・キング。

 そのスケルトン・キングの持つ剣は一際ひときわ高価そうな装飾が付いていて、あれこそが子爵家の探している家宝だと思われる。

 最近はすっかりアンデッドと遭遇する機会も減っていたのだが、それを払拭するかの如く大量のアンデッドである。

「どうやら、本命、だな」

「そうね。ほぼラストっぽいのが、運が良いのか悪いのか……」

 脇道などもきちんと潰しながら進んできた俺たち。

 ユキの描いたマップを見ると、目的のアンデッドが居る広間以外の場所は、殆ど残っていないのだ。

 2本ほど別の道はあるし、アンデッドの居る広間の奥に、更に道が続いている可能性はあるのだが、やや無駄足を踏んだような気がしないでもない。

「ま、良いんじゃね? 宝箱があるかも、と思ったら、結局他の道も行ってみることになるんだし?」

「え、行くの? 仮に宝箱があっても、多分、ゴミアイテムだよ?」

「可能性がほぼゼロでも、見逃したくない。何となく!」

 気持ちは解らなくも無い。

 多分無い、と思っても、ちょっと『もやっ』とする物が残るくらいなら、多少の手間をかけた方がすっきりするし。

「別に確認に行くことは反対しないから、取りあえずは目の前のことに集中。幸い、あの広間から出てくることは無さそうだけど」

「はい。理由は解りませんが……戦術でしょうか?」

 広間から延びる通路、そこに隠れて様子を窺ってはいるが、俺たちから見えている以上は相手からも見えている可能性が高い。

 しかも、俺たちの方は『ライト』で照らしているのだから、かなり目立つはずである。

 それでも通路から出て襲ってこないのは、そちらの方が不利になると思っているからだろうか。

 確かに人数差を考慮すれば、普通なら広間で待ち受ける方が有利なのだろうが……。


 そう、普通なら、な。

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