153 時空魔法はいらない子?

 ダールズ・ベアーに目処が付いても、トーヤの防具はまだ完成していなかった。

 ハルカたちによる属性鋼の作製が必要だったことも一因ではあるが、一番の理由は、バックラーだけではなく、ガントレットも作ることになったため。

 破損した篭手は革製だったので、『同じ革製でも』という話もあったのだが、ダールズ・ベアーによって見事に粉砕されたトーヤの腕のことを考えれば、少々コストと時間がかかったとしても、属性鋼を使った金属製のガントレットを作るべきだろう、と俺たちの間で意見が一致したのだ。

 粉砕骨折までならまだしも、腕がなくなってしまってはどうしようもないのだ。

 今の俺たちに、多少の時間とお金を惜しむ理由はなかった。

 必然的にその間は、それぞれ自由に過ごすことになったのだが、俺は石臼を作った後、暇になってしまったので、久しぶりに時空魔法の検証を行っていた。


 きっと便利、と思ってポイントを注ぎ込んで取った時空魔法とその素質だったが、今のところ、戦闘では全くと言って良いほど役に立っていない。

 最初の頃に若干敵の動きを遅くするのに使ったりしていたのだが、それ以降は全くと言って良いほど使用していないのだ。

 理由は言うまでも無く、『効果が低すぎる』こと。

 もちろん効果が無いわけじゃないのだが、その程度の支援で結果が左右されるような戦闘を行ってしまった時点ですでに負けである。

 それは『安全第一』の俺たちにとって『適正レベル』ではなく、金に困っていた頃ならばともかく、今となっては避けるべき戦闘なのだから。

 最初の頃こそ多少は戦闘に使っていた時空魔法も、今ではごく希に実験的に使うのみ。本当に万が一の際に使えるように練習する程度でしか使っていない。

 では、直接攻撃に関してはどうかといえば、一応使えそうな魔法はあるものの、『火魔法の方がよっぽど使い勝手が良い』のだ。

 例えば、レベル3の『圧力領域プレッシャー・フィールド』。

 「敵を押しつぶすとか、格好良さそう?」とか思わないでも無いのだが、敵を潰せるほどの威力を出すとなれば魔力がスッカラカンになりかねないし、無理して実行したところで、「その後どうするの?」ってなものである。

 絶対に絵面は最悪だし、女性陣からの受けも悪いだろう。

 更に、潰れた肉なんて買い取ってもらえないだろうから、稼ぎにも影響する。

 それならば火魔法で頭を飛ばす方がよっぽど良い。

 最近は何とか、レベル5の『空間分断プレーン・シフト』を使えるようにもなってきたのだが、これまた滅茶苦茶難しくて使えない。

 簡単に言えば任意の空間を分断して、その場所にある物を切断することができる魔法なのだが、今の俺では分断した異空間の把握、発動にはかなり時間がかかり、とてもではないが動いている敵に使う事なんてできない。

 上手く発動できれば石でもスッパリと切れるほどの魔法なのだが、万が一場所がズレて味方の居る場所で発動したら……ヤバすぎるね。うん。

 しかも、魔力消費もかなり多いものだから、火魔法に対するアドバンテージがゼロである。

 現状で役に立っているのは、『聖域サンクチュアリ』ぐらいだろうか?

 指定領域への敵の侵入を防ぐことができる魔法なんだが、野営をすることが無い俺たちの用途は虫除け。

 レベルのおかげで普通の虫に刺されることはないのだが、周りを飛び回るだけでも虫はうっとうしいので、その点はありがたい魔法なのだ。

 ただし、空気などは素通しになるので、『暖房ワームス』で周辺の空気を暖めても意味が無いのが少し残念。

 空気まで遮断してしまう魔法としては、レベル5の『隔離領域アイソレーション・フィールド』があるのだが、これはこれでやや注意が必要な魔法である。

 この魔法であれば、確かに『暖房ワームス』で暖めた空気は逃げなくなるのだが、つまりは『空気の出入りが無い』わけで、ずっと使っていれば窒息死、である。

 多少の休憩ならともかく、就寝時には使えない魔法だろう。

 一応、更にレベルが上がれば『転移テレポーテーション』などもあるし、夢は広がるのだが、現時点での使い勝手だけ見るなら、他の魔法に比べて実用性はイマイチという評価にならざるを得ない。

 ならば、消費したポイントが勿体なかったかと言えば――そうとも言えないんだよなぁ。

 それはマジックバッグの存在。

 これを自由に作れるというのは大きなアドバンテージで、俺たちの生活の基礎と言っても過言では無い。俺たちが他の冒険者に比べて稼げているのは、ひとえにこの輸送力があってこそなのだから。

 尤も、これも錬金術師がいてこそなんだが。

 もしハルカがいなければ、時空魔法はかなりいらない子になっていたと思う。

 ありがとう、ハルカ。マジで。


「でも、もうちょっと使える子にアップグレードしたいよなぁ」

 せっかく時空魔法の素質を取ったのに、素質を取っていない火魔法より使われていない現状は少々寂しい。

 火魔法さんみたいに常に使える子にならなくても、『時空魔法さんは困ったときに頼れる子』ぐらいになってくれないだろうか?

「てなわけで、ハルカ、ちょっと相談に乗ってくれ」

「うん? 突然なに?」

「かくかくしかじか、まるまるうまうま」

 と、俺が適当に説明すると、ハルカはふむふむと頷く。

「なるほどね。私も一応、時空魔法の魔道書はさらっと目を通したけど……あれって基本的に戦闘に使う魔法じゃなくない?」

「それは俺も感じてる。でもそこを押して、何かアイディィィアを!!!」

「なんでそんなに力入ってるの!? ……ま、考えてみるけど」

「すまん、助かる」

 正直、転移関係が使えるまで使い道が無いとなると、レベルアップを図るためのモチベが保てない。マジックバッグに関して言えば、今のレベルですでに必要十分みたいだし。

「と言っても、『空間分断プレーン・シフト』が難しいとなると、直接攻撃に使えそうな魔法はないわよね……『停滞領域スタグネント・フィールド』は? 支援系だけど、指定エリアの時間、つまり動きを止めるのよね?」

「あ、それは無理。同じエリアに居たら、敵と味方の区別もないから」

 空間指定なので、そのエリアに居る者、ある物すべてが対象なのだ。

 故に、エリア外から遠距離攻撃を行ったとしても、そのエリアに入った途端動きが止まり、効果はかなり限定的になる。

 まあ、使い方次第――例えば、対象エリアに向かって周囲から何度も矢を放ち、矢が貯まった時点で魔法を解除、大量の矢が一気に殺到、みたいなことはできるだろうが、あまり普段の戦闘で使うような方法ではないだろう。

「う~ん、案外使い勝手悪いわね。周りの時間を止めて、自分だけ動ける、とかないの?」

「それじゃチートじゃん。この世界的に、そんなのが簡単にできるはずがない」

 仮にできるとするならば、俺のようなペーペーの時空魔法使いではなく、世界最高レベルの人ぐらいだろう。メタ的に言うなら、世界観的に?

 いや、あの神様ならもうちょっと地雷を仕込んでいそうだな。

 例えば……そう、自分は動けるけど、服は動かないとか。

 【スキル強奪】の事を考えると、あり得ないと言い切れないあたりが怖い。

 その場合、どうなるんだろう? 下手に動くと素っ裸? いや、物質が動かない時点で息も出来なくなるか……?タイミングを

 なるほど。そう考えれば、自分だけが動ける状態というのは、別の意味で致命的か。

「マジックバッグで活躍してるんだから、無理に戦闘で使わなくても、と思うんだけど……」

「いやいや、レベルは上げたいんだよ。そのために何かしら、モチベーションアップになる使い道が欲しい」

「訓練なんて、基本、退屈なことの繰り返しだと思うけど……そうね、ちょっと考えてみましょうか。ちょっと魔道書を貸して」

 俺はハルカに言われるまま、時空魔法の魔道書を取り出し、手渡す。

 それをパラパラと眺めながら、ハルカは少し難しい顔になって首を捻る。

「基本的には、エリア指定なのよね? 『圧力領域プレッシャー・フィールド』で敵の動きを鈍らせるとかは?」

「それ、結構消費が激しいからなぁ……接敵を遅らせるみたいな使い方はできるだろうが……」

 敵の移動に合わせて領域を動かすなんてことはできないので、ちょっと微妙。

「対象指定の魔法は『加重ヘビー・ウェイト』と『軽量化ライト・ウェイト』? 『軽量化ライト・ウェイト』で動きを速くする、のは難しかったのよね?」

「あぁ。単なる移動ならともかく、戦闘中にそれをやるとよっぽど練習しないとバランスが崩れるな」

 これまでと同じ力で踏み込んでも、そのスピードや移動距離が異なるのだ。

 訓練を重ねればそれはそれで使えるのかも知れないが、自分でしばらくやってみた感じ、普段の感覚との解離が大きく、かなり難しい。

 普段使いするわけでもないのに、それの訓練に時間を当てるのは少々非効率だろう。

「『加重ヘビー・ウェイト』は敵に使うと、体当たりのダメージが増えることにもなりかねない、わよね」

「だな。動けなくなるほどにすれば別かも知れないが」

「手持ちの武器に使うのはダメだったの?」

「発動のタイミングは調整できるんだが、都合良く解除ができないんだよ」

 例えば武器を振った瞬間に『加重ヘビー・ウェイト』をかけることはできるのだが、解除ができないので、身体が持って行かれてしまうのだ。

 謂わば、巨大なハンマーを振るようなもの。

 バランスは崩れるし、コントロールができないので、下手をすれば自分を傷つけることにもなりかねない。

 しかも自分の筋力以上のエネルギーを持つことになるため、攻撃したときに想像以上の反発力が発生し、手を痛めかねない。

 と言うか、『加重ヘビー・ウェイト』を使って地面を叩いたとき、メチャメチャ痛かった。

 それを防ぐためには身体を鍛えるしか無いのだが、それが可能なら普通にその時の筋力に応じた重量の武器を使えば良いだけで……。

「てなわけで、他人の武器に使うのはもちろん、自分の武器に使うのも無謀。使うなら、もう乾坤一擲って感じだな」

 更に言うなら、接近戦をしつつ魔法を使う余裕があるのなら、『加重ヘビー・ウェイト』よりも『火矢ファイア・アロー』を使う方が意表を突けて効果的なわけで。

 意味があるのは、ダールズ・ベアーみたいに、魔法が効きづらい魔物を相手にするときぐらいだろうか?

「……なら、やっぱり、飛び道具に使うしかないかな?」

「飛び道具……それって矢とかの話だよな? 以前ダメ出しされたんだが……?」

 投石を行う時に『加重ヘビー・ウェイト』を使うのはそれなりに有効なのだが、あれを普段使いの攻撃手段とするのはちょっと避けたい。

 何というか、冒険者の矜恃的に?

 しかし、低コストでそれなりに有効なことを否定できないのがちょいと辛い。

「ダメ出しというか、かなり練習しないとダメ、って言っただけじゃない。あれ以降一応考察はしてみたのよ。それなりに有効そうだったから」

 矢の攻撃力は、簡単に言えば弓の強さに比例する。

 つまりは矢を打ち出す速度。

 弓の張力と矢の質量によって速度が決まるわけだから、矢が加速され、速度が決定した時点で『加重ヘビー・ウェイト』によって質量が増やせるのなら?

 逆に矢の重さを軽くすることで、速度を増やせるのなら?

 エネルギーは速度の2乗に比例するわけだから、仮に矢の重さを半分にすることで速度が2倍になるのであれば、それだけでも威力は通常の2倍になる。

 もちろん矢の速度は、矢の質量と弓の張力以外に、空気抵抗も関係するだろうから、単純に質量半分で速度2倍にはならないだろうが、速度が増える方が効率が良いのは確かである。

 ついでに言えば、矢が軽くなればより遠くまで攻撃が届くようになるだろうから、それにも価値がある。

 仮に『火矢ファイア・アロー』を、弓矢と同じ距離飛ばそうとするならば、魔力的にはかなりキツいのだが、『加重ヘビー・ウェイト』であれば、魔法自体を飛ばすわけでは無いので関係が無い。

 ハルカの弓の腕はかなりの物だし、遠距離攻撃の威力が上がるのは色々と便利だろう。

「あとは、タイミング良く魔法をかけることができるかだけど……」

「矢が弦から離れた瞬間に掛けないといけないんだよな?」

「いえ、矢の速度を捕捉できるなら、敵にヒットする瞬間までにかければ良いわよ?」

 なかなかに難しいことを言う。

 発射直後だと速くて捕捉しづらいし、離れたら離れたで魔法が届きづらくなる。

 石のように自分で投げるのならタイミングは図りやすいのだが。

「……取りあえず、練習するしかないか」

「そうね。できるようになれば十分に価値があるし、頑張ってみましょ」


 ハルカに協力してもらい練習を重ねること数日。

 矢に『加重ヘビー・ウェイト』をかける方法は、なんとか実用レベルになっていた。

 とは言っても、俺が矢を視認して魔法をかけることに成功したわけではない。

 それができれば一番だったのだろうが、しばらく練習してみて、これは一朝一夕には無理と判断、次善の策としてカウントダウンで対応することになった。

 ハルカがゼロと同時に矢を放ち、それにタイミングを合わせて俺が魔法を使う。

 1秒にも満たない間での阿吽の呼吸のため、かなりの練習を要したが、何とか同じ精度と飛距離で威力だけを増すことができるようになった。

 難点はハルカ以外とはできそうも無い事と、最低でもカウントダウンする余裕が無ければ使えない事か。必然的に、使えるのは戦闘開始前などに限定されてしまうが、それでも1つ攻撃の手段が増えることは意味があるのではないだろうか?

 飛距離の面でも、そして見た目的にも、投石よりも良い感じだしな!


    ◇    ◇    ◇


 さて、俺とハルカが時空魔法にかまけていた間、ナツキとユキが何をしていたかと言えば、うどんとパスタの乾麺作りに嵌まっていたようだ。

 乾麺と聞いて、「インスタントラーメンは?」とはちょっと考えたのだが、インスタント以前に、かん水が手に入らないためラーメンの麺自体を作れないらしい。残念なことに。

 ただ、かん水代わりの炭酸ナトリウムがあればなんとかなるらしいので、そこは今後に期待したいところ。

 しかし、そもそもマジックバッグがあるのだから、俺としては「生麺で良くない?」と思ったのだが、ナツキたち曰く、うどんはともかくとしても「生パスタと、乾麺のパスタは別物」らしい。

 俺としては美味い物を食べさせてもらう立場なので、彼女たちがそう言うのであれば、あえてそのやる気を殺ぐようなことを口にしないだけの分別はある。

 手伝えることも無いので、言葉だけではあるが素直に応援。

 そんな適当な俺の応援でも奮起した2人は、うどんの乾麺に関しては比較的簡単に完成させた。

 具体的には、やや薄めにカットしたうどんを、『乾燥ドライ』の魔法で乾燥させただけ。生麺と製法も変わらず、とても単純である。

 だが、作りはしたものの、うどんの乾麺に関しては、あまり出番は無さそうである。

 何故なら生麺を普通に茹でた方がコシがあって美味しいし、いっそのこと、茹でた麺をマジックバッグに保存しておいても問題が無いのだ。

 あえて使い道を考えるとするなら、贈答用だろうか?

 お手軽に食べられるという点では喜ばれるかもしれない。

 

 逆に大変だったのが、パスタである。

 なぜかと言えば、使用する小麦粉自体、普段ハルカたちが作っているパンや生パスタに使う物とは全く違うのだ。

 パスタは『デュラムセモリナ』とか言ったりするが、これはデュラム種の粗挽きという意味で、つまりはデュラム種の小麦が必要になるのだ。

 このデュラム種、普通の小麦――いや、日本で一般的に使われている小麦と何が違うのかと言えば、その硬さ。

 一般的な小麦に比べると粒の硬さと色が異なるため、区別は付きやすいのだが、市場に行って探してもなかなか見つからず、入手には苦労したらしい。

 ただその代わり、かなり安く手に入ったらしいので、不幸中の幸い、と言うべきだろうか?

 なぜ安いかと言えば、使い勝手が悪いので人気が無いんだとか。このあたりの主食であるパンを作るには、あまり向いていないらしい。

 それでも栽培されているのは、普通の小麦に比べて高温で乾燥した地域でも育てられるため。

 しかし、この世界にパスタはないんだろうか? ……無いんだろうなぁ。あればこの種類の小麦も引き合いがあるはずだし。

 まぁ、おかげで俺たちは安くパスタが食べられるわけだが。


 そんな2人だったが、何やら興が乗ってしまったらしく、休暇が終わる頃には大量の乾麺が積み上がっていた。

 しかも、その傍らにはどこかで見たことある様な、家庭用製麺機(魔道具)が鎮座してるし。

 ま、乾麺はそのままでも年単位で保存できるし、マジックバッグもあるから別に問題は無いのだが……休暇の間中、毎日麺類が続いたのには少し辟易したので、しばらくは遠慮したい気分である。

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