152 ダールズ・ベアーを売る

 ディオラさんが次に俺たちの家を訪れたのは3日後のことだった。

 それまで俺たちは特に町の外には出かけず、属性鋼を作ったり、お茶を作ったり、抹茶用の石臼を作ったり。

 この中で俺の担当は石臼。

 普通の石臼は花崗岩を使っているので、俺が作る石臼は風呂と同じ二酸化ケイ素、つまり石英にしておけば不足はないだろう、と思ったのだが、ここで物言いを付けたのは秀才のハルカ。

 「せっかくだから、炭化ケイ素にしたら?」と。

 『なんだそれ?』と思った俺はきっと悪くない。トーヤも頭にハテナを浮かべていたし。

 訊いてみると、地球上ではダイヤモンド、炭化ホウ素に次いで、3番目に硬い物質らしい。

 ファンタジーなこの世界ではどの程度の順位に位置するのか判らないが、臼として使うには必要十分な硬度があることは確実である。

 構造は炭素とケイ素の化合物。

 土中に豊富に含まれる酸素とケイ素に対し、炭素は量が少ないため、そこは炭を用意して補完。その状態で『土作成クリエイト・アース』を使ってみると、見事に炭化ケイ素の作成に成功した。

 成功……?

 たぶん成功。

 黒銀色でめっちゃ硬い物質ができたから。

 これならもしかしてダイヤモンドも? と思ってまた炭を用意してチャレンジしてみたんだが、できたのは薄いシートだった。

 それをハルカたちに見せると、「それってグラフェンじゃないですか?」と言われたのだが、俺たちにはイマイチ使い道が無いとのこと。もし日本で買うなら、凄く高いらしいのだが、ままならない。

 ちなみに、炭化ケイ素も製造方法次第でダイヤモンドのような宝石が作れるらしい。

 ハルカたちに「宝石って欲しいものか?」と訊いてみたら、「着ける機会が無いし……」と言いつつも、微妙に欲しそうな雰囲気を感じたので、暇を見つけて練習してみるのも良いかもしれない。

 それはともかく。

 炭化ケイ素を使った石臼は見事に役目を果たし、良い感じの抹茶を挽くことに成功した。

 しばらくゴリゴリ挽いても、目立てが潰れることもなかったので、きっと長持ちしてくれることだろう。

 しかしそれを見てユキは、「自動化した方が楽じゃない?」とか、風情の無い事を言う始末。

 確かに魔道具にすれば自動で動く石臼ぐらい作れるだろうが、それは『味』が無いだろう。

 そもそも抹茶として飲む量なんて僅かなのだから、ゆっくりと手作業で挽くぐらいがちょうど良い。

 そう力説する俺に、ユキは微妙そうな表情を浮かべていたが、ナツキは理解してくれて、俺の贈った石臼を喜んでくれたので、まったく問題はない。

 ナツキが俺に気を使ってくれた……なんて事はない、よな?


 ところで、俺たちが生産活動に勤しんでいる間に、微妙に暇になっていたのがトーヤ。

 普段であれば、トミーを誘って適当にゴブリン退治にでも行けたのだろうが、今はガンツさんの店で盾などを作ってもらっている最中。さすがにトミーを連れ出すことはできない。

 俺たちのような生産活動をしようにも、トーヤができるのは鍛冶のみ。ガンツさんたちの手前、武器や防具を作るには少々力不足である。

 その代わりに、トーヤが庭の隅の鍛冶場で、手慰み的に作っていたのはごく普通の鍋。

 特別出来が良い物では無く、違いと言えば、形が四角くて取っ手が取れる――もとい、取っ手が付いていないだけ。

 だが、うちではこれが地味に活躍している。

 実はこの鍋、料理をほぼ完成時の状態で保存できる保存庫、そこに入れるため専用の鍋なのだ。

 うちでは料理の手間を省くため、そして好きなときに食べられるように、1度に大量に作って、鍋に小分けにして保存するのが基本となっている。

 だが何種類もの料理を大量に備蓄するとなれば、必要となる鍋の数も多くなるし、丸形で取っ手が付いていると隙間無く入れるのが難しい。

 そのため、「どうせ料理には殆ど使わない保存容器だし、適当で良いだろ」とトーヤが作り上げたのが、この四角い鍋(?)である。

 スープ10食分程度が入る1号サイズを基準として、半分になる毎に2号、3号、4号サイズの鍋があり、保存庫の棚にきっちりと収まるように設計されている。

 4号サイズならおよそ1人分なので、ちょっと小腹が空いたときにでも、簡単に食べられて地味に便利。

 故に、トーヤはたまに暇になると、鍋を増産することになっているのだ。


 閑話休題。

 ちょうど数日間の生産活動が一区切り着いた頃に訪れたディオラさんを、俺たちは居間に招き入れ、できたばかりのお茶を出してもてなしていた。

「ディオラさん、わざわざありがとう」

「いえいえ、先日、答えられなかった私に責任がありますから! 今度は大丈夫です、しっかりと調べてきました!!」

 3日ほど時間が必要だったということは、調べるのにそれなりに苦労したのだろう。

 ディオラさんは胸を張って、小さなメモを取り出して、それを見ながら口を開いた。

「ダールズ・ベアーですが、全身、ほぼすべてが買い取り対象になります」

「全部?」

「はい、全部です」

 俺たちの魔法に耐えた皮は革鎧の素材として優秀で、大きく鋭い爪も武器として使える。

 肉も熊としてはかなり美味しい部類に入り、それなりの値段で売れるし、内臓なども薬の材料などとして引き合いがある。

 一部、鮮度が重要な物もあるようだが、俺たちはマジックバッグに入れて保存してあるので、問題にはならない。

「ですが……」

 ディオラさんはそこで言葉を濁し、一息入れる様に、お茶を一口。

 そして驚いたように目を見張った。

「何ですか、このお茶! すごく美味しいです!」

「ありがとうございます。以前飲んでいたものが手に入らなかったので、作ってみたんです」

 ディオラさんに褒められ、ナツキが少し嬉しそうに微笑みながら、そんな事を言う。

 一応俺も多少は手を貸し、発酵工程を『時間加速アクセラレイト・タイム』で短縮したり、魔法で加熱や冷却をしたりはしたが、作業指示はすべてナツキが行っているので、ナツキ作と言って間違いは無いだろう。

 緑茶、烏龍茶、紅茶、いずれも一応それっぽい物ができあがっていたが、ディオラさんに出したのはその中の紅茶。

 このあたりでどんなお茶が飲まれているか知らなかったので適当なのだが、ディオラさんが特に抵抗なくお茶を口にして褒めているところを見ると、紅茶っぽい物は飲まれているのだろう。

「これを自作ですか……。凄いですね。ここまでのお茶は初めて飲みました」

「そうなんですか? 私的にはまだまだだと思っているんですが」

「いえいえ、そんな事ありません! そもそもお茶を飲むのはお金持ちだけですけど、私が飲んだ中ではダントツです!」

 いくらナツキとはいえ、所詮は素人が作ったお茶と思っていたのだが、想像以上の高評価である。

 もちろん俺も美味しいとは思っていたが、評価できるほど自分の舌に自信は無かったし……。

 もしかすると、ナツキの【調理】スキルや【薬学】スキルあたりが良い仕事をしてくれたのだろうか?

「希にお付き合いで飲むこともあるんですが、微妙にかび臭い物もあったりするんですよ、中には。かと言って、出された物を飲まないわけにはいきませんから……」

 そのお茶を思い出したのか顔をしかめるディオラさん。

 ギルドの副支部長という立場から、やっぱり貴族やお金持ちとの付き合いもあるのだろう。

 この世界のマナーは知らないが、出された物に口を付けないというのはやはりダメなんだろうなぁ。

「かび臭いって事は、製造工程、もしくは運搬に問題があるんでしょうね」

「はい、多分そうだと思います。その程度の品質の物なら出さない方がまだマシだと思うんですけど、見栄を張りますからねぇ、一部の人は」

「ご愁傷様です」

「あははは……でも、これをナツキさんが作ったなんて……凄いですね。羨ましいです」

 ディオラさんはしみじみとそう口にして、再びお茶を口に含み、味わうようにしてゆっくりと飲み込む。

 一口、二口……。

 うむ。俺も作るの、手伝ったお茶。

 確かに褒めてくれるのは嬉しいのだが――。

「ディオラさん、その、お茶はお土産に包みますから、ダールズ・ベアーのお話、続けてもらっても良いですか?」

 やや焦れたように、少し困った表情を浮かべて言うナツキに、ディオラさんは慌ててカップを置くと背筋を伸ばした。

「すみません! えっと、ダールズ・ベアーは確かにすべて買い取れるのですが、サイズがサイズですので、いきなり全部渡されてしまうと、どうしてもお値段が下がってしまうので……」

 やや言葉を濁していたのは、このことだったようだ。

 冒険者ギルドも素材を保存できるマジックバッグは持っているのだが、そのサイズはそこまで大きくないらしい。

 あの巨大なダールズ・ベアーだと、肉だけでも数トン単位。しかも単価ちょっと高め。

 大きな町であればそれでも捌けるのだろうが、この町の人口を考えると購買層はそこまで多くなく、普通の値段で仕入れるのはリスクが高いのだろう。

 他の部位に関してもまた同様で、別の町に販売する手間などを考えると、標準的な価格で買い取るのは難しいようだ。

「でもそれって、言わなければ気付かなかったんじゃ? 私たち、ダールズ・ベアーの買い取り価格なんて知らないんだから」

「いえいえ! 冒険者の皆さんには誠実に。それが私のモットーですから!」

 さすがディオラさん。そのあたりはしっかりしてる。

 ギルド職員特権で、安くディンドルを横流し――もとい、買い取っているとは、ちょっと思えないほどに。

「じゃあ、もし私たちが自分たちのマジックバッグに保存しておいて、小出しにすれば?」

「それであれば、こちらとしては言うことはありません。普通のお値段で買い取れます」

「あと、皮に関しては売るつもりはないんだけど……」

「え!? 全部、ですか? ダールズ・ベアーの皮は凄く引き合いがある様なのですが……」

 少し困ったように声を上げたディオラさんに、ハルカは頷く。

「私たちの防具を作りたいからね」

 実際、鎖帷子に対して革鎧部分の貧弱さは、あっさりとトーヤの篭手が切り裂かれたことでも証明されてしまっている。

 トーヤ以外の部分鎧も含め、良い革が入手できたら更新するのは決定事項であり、ちょうど良いダールズ・ベアーの革を諦める手はあり得ないのだ。

 ハルカの説明に、ディオラさんは俺たち全員を見回して上を見上げて考え込み、少し経ってやや遠慮がちに口を開いた。

「あの、ダールズ・ベアーのサイズからすれば、皆さんの防具を作ってもきっと余りますよね? その余りでも良いので売って頂けませんか?」

「そう、ね。余ったら別に良いかな? ねぇ?」

「あぁ、良いんじゃないか? 別に残しておく意味も無いだろうし」

 考えてみればダールズ・ベアーの身体の大きさは、これまで斃してきた魔物と比べて、際立って大きい。

 足1本だけでも人1人分ぐらいのサイズがあるのだから、それで全身鎧を作ったとしても恐らく余る。

 その上、俺たちは基本的に部分鎧なのだから、実際には半分も消費されないんじゃないだろうか?

 万が一の破損時のために多少はキープしておいても良いだろうが、できるなら破損する前により良い物に交換できるように頑張りたいところである。

 あるが……より良い革となると、あれより強い魔物か……。

 なかなか想像できないなぁ……。

「じゃ、私たちが作った後で、その余りを、ね」

「もちろん、それで構いません! ありがとうございます!」

 ディオラさんは嬉しそうにお礼を口にして、頭を下げる。

 まぁ、ディオラさんの提示した額はかなり良いお値段だったし、俺たちにも利があるから問題は無い。


 結局、ダールズ・ベアーの売却は、数回に分けて行うことになった。

 俺たちは高く買ってもらえ、冒険者ギルドは高く売れて手数料が多く手に入る。双方、ウィン・ウィンの関係である。

 更におまけとして、俺たちの冒険者のランクが1つ上がり、5になった。

 俺たちの依頼達成数はかなり少ないので、普通であれば上げるのは難しい様だが、そもそもラファンに適当な依頼が無いこと、先日、ギルドの依頼で盗賊の討伐を行ったこと、そしてダメ押しとして、ダールズ・ベアーを斃したこと。

 この状況でなら上げても問題は無い――いや、上げないとマズいだろ、との支部長の判断があったらしい。

 ディオラさん曰く、「ギルドとしても優秀な冒険者は確保しておきたいので」とのこと。

 俺たちの稼ぎを考えると、いくらこの町に家を持っているとしても、あまりにランクが上がらなければ町を離れてしまうのでは、と恐れたようだ。

 今のところその予定はないのだが……貰って損になる物では無し、素直にランクを上げてもらった。

 ま、ランク5になったメリットなんて、同業者からちょっとだけ尊敬される程度でしかないんだがな。

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