154 ダールズ・ベアーはウマい?
今回の俺たちの休暇は、結果的に1週間ほど続くことになった。
オーダーメイドのガントレットの作製にはなかなか手間がかかるらしく、ガンツさんの手にかかってもそれだけの時間が必要だったのだ。
本当はダールズ・ベアーの革で鎧の新調も行いたかったのだが、皮を鞣す作業というのは簡単に終わるものでは無いらしい。
特に伝手が無かったため、ディオラさん経由でギルドが契約している業者に頼んだのだが、防具の素材として使えるようになるまでは、最低でも1ヶ月。丁寧な仕事をするなら2ヶ月は見て欲しい、と言われてしまった。
せっかく手に入れた高価な素材。当然ゆっくりと時間を掛けてもらうことにして、俺たちはトーヤの防具が完成した時点で、再始動することと相成った。
◇ ◇ ◇
「今日は、前回の続きからで良いのかな? それとも少し長めの休暇を挟んだし、リハビリが必要?」
「訓練はサボってねぇし、リハビリまでは不要だろ。……さすがに、ダールズ・ベアーはしばらくノーサンキューだが」
朝食の席でそう言ったユキの言葉にトーヤは首を振り、少し顔をしかめて言葉を付け足した。
俺も同感である。
久々に危機を感じた敵だけに。
「あのレベルの敵が普通に出てきたりはしないと思うぞ? ゲーム的に言えば、エリアボスだろ、ダールズ・ベアーは」
「だよな!? あれが通常MOBなら死ねる」
あれが数匹まとめて現れる……悪夢である。
数匹セットで出てきて良いのは、オークサイズの敵までだろう。
一番の懸念は、ここは現実で、ゲームバランスなんて考えてくれないことであるが。
「普通の動物と違って、魔物の縄張りはよく解らない部分はあるけど……あの大きさを考えれば、当分は出会わない……と思いたいわよね」
ハルカの希望的観測。
それを否定するように口を開いたのはナツキとユキ。
「でも、魔物の生態ってよく解ってないんですよね? 普通の生殖活動で増えることは増えるみたいですけど、それだけでは説明が付かない――単独で突然発生する事もあるようですし」
「うん。特に、餌の面で普通の動物とは違うらしい、という話だよね」
魔物は一般的に雑食と言われているが、それでもスライムのような例外を除けば、その餌は普通に『食べられる物』だけである。
だが、そうだとするならば、計算が合わないのだ。
例えばオーク。
あの巨体を農業を行わない狩猟と採集だけで賄おうとするならば、かなり広大な餌場が必要となり、少なくとも北の森の大きさレベルでは、数百匹も存続することは難しいだろう。
だが現実には存在しているのであり、森も食べ尽くされて丸裸になっていたりはしない。
では、どうやって生きているのかと言えば、仮説として有力なのは魔力らしい。
魔物は
それを補完する現象として、魔力が濃いと言われる場所では魔物が多いこと、一切食事をしないスケルトンやゴーストが存在すること、そしてダンジョンのように餌の無い環境でも魔物が存在していることなどが挙げられる。
それでも許容量は存在するようで、それを超えて増えたりすると、俺たちが殲滅したオークの巣のように、普段とは違うエリアにあぶれ出てくることになるようだが。
「……リポップするエリアボスだとキツいなぁ」
「別の見方をすれば、延々斃せる、稼げるとも言えるけどな。まぁ、オーガーと違って【索敵】で避けることは可能だし、問題は無いだろ」
「そうね。それじゃ、準備して北の森に行きましょうか」
そう言って立ち上がったハルカを制すように、ユキが声を上げた。
「あっ! その前に神殿、行ってみない? ダールズ・ベアーを斃したし、レベルが上がってるかも」
「お、そういえばそうだな! あれだけ強い敵を斃したんだ、少し期待できるかも。すぐ行こうぜ!」
嬉しげに言うトーヤに特に反対する理由もない。
それに、神殿に行くのに武器防具を身につけたままというのも少し
そんなわけで、町の外に向かう前に、俺たちは揃って神殿へと向かう事になった。
◇ ◇ ◇
アドヴァストリス様の神殿を訪れた俺たちを出迎えてくれたのは、いつも見かける女性の神官。
すでに何度も来ているため、向こうもこちらの顔を覚えてくれているようで、ニッコリと微笑んで「いつもありがとうございます」と頭を下げてくれる。
俺たちもまた礼を返し、祭壇の前に進む。
そして、チャリンと大銀貨を1枚放り込み、手を合わせる。
それと同時に聞こえる声。
『ナオは現在レベル17です。次のレベルアップには11,190の経験値が必要です』
おぉっ! 一気に2もレベルが上がってる!
前回来たのが……休みに入る何日か前で、1度目のオーガーを斃した後。
その時のレベルが15で、次の必要経験値が2万弱だったことを考えれば、その後で斃したオーガーとダールズ・ベアー、それにスケルトンやゾンビなどを合わせて、経験値が5、6万ぐらい?
さすが強敵、経験値的には――いや、金銭的な収入面でもかなり美味しい獲物ではあるようだ。
もう1匹斃すことができればまたレベルが上がりそうだが……本気でリポップを希望したいかも。
顔を上げて他のメンバーを見回すと全員が驚いたような表情を浮かべていたので、俺と同様一気にレベルが上がったのだろう。
だが、この場でそれを口に出さないだけの分別はある。
あるが……トーヤの口元が何やらニヨニヨと嬉しそうにピクピクしている。
頼むから、レベル云々言い出さないでくれよ?
後ろに居る神官さんに変に思われるから。
再び神官さんに礼をして神殿を後にし、しばらく歩いた後、最初に爆発するように口を開いたのはやはりトーヤだった。
「一気に17になった! 3も上がったぜ!? めっちゃ凄くないか!? なぁ! なぁ!」
「落ち着きなさい。多分全員同じだから」
「私は4ですね。17ですから、追いついた、と言うところでしょうか」
「あたしも同じ! なんか嬉しいよね!」
おや? 現在レベルは同じだが、一気に上がりすぎじゃね?
と言うか、あんまりレベル確認に来ていない?
「……みんな、あんまり神殿に来てないのか? 俺は、最初のオーガーを斃した時点でレベル15だったんだが」
週一以上で通っているのは俺だけ?
トーヤなんかは、レベルや経験値、気にしそうなんだが?
「オレはあれだ。貯めておいて一気にレベルアップ! てなのが好きだから。まぁ、確認してないだけで、レベルは上がってるんだろうが」
なるほど、気持ちは解る。
ドバッと上がると、なんか気持ち良いよな?
「私は休日に時間があれば来る、ぐらいかしら?」
「あたしも同じ。お金もかかるしねぇ」
「ナオくんは、いつ来てるんですか? あんまり出かけてませんよね?」
「俺? 俺はジョギングの途中。朝早くからでも開いてるから」
毎朝の体力作りのためのジョギング。
それぞれが自分のペース、距離で走るため、その途中で道を逸れても気付かれなかったのだろう。
別に秘密にしていたわけではなく、家から距離のある神殿に行くのに、ジョギングの時間が都合が良かっただけのことである。
「なるほどね。時々ジョギングの時に姿が見えなかったのは、そのせいか」
「わざわざこのためだけに来るのは面倒だからな。ジョギングのついでならちょうど良いだろ?」
神殿のある場所は、何というか、町の外れというか、へんぴな場所というか……判りやすく言うなら、地価の安そうな場所にあるのだ。
町のど真ん中とは言わずとも、もうちょっと良い場所にあっても良さそうなのに……もしかして、アドヴァストリス様はあまり人気が無いのだろうか?
「ジョギングのついでかぁ。それならあたしも時々寄ろうかな? これでステータスが見られたら、もっと意欲涌くんだけど」
「確かにそうですね。数値表記じゃ無く、A~Fなどの何段階か程度でも良いですから、確認したいですよね」
そうなんだよなぁ。
レベルが判るのは面白い、というか、モチベーションには繋がるんだが、根本的な疑問として『このレベルって強いの?』ということには答えが出ないのだ。
そもそも普通の人にはレベルがない(確認できない?)のだから、比較することもできず、今のレベル17がどの程度の強さなのかも判らない。
最大レベルも判らないわけで、絶対的な比較も不可能。最大レベル100に於ける17と、1,000に於ける17とでは全然違うのだから。
「もし神様に会うことがあれば、そのへん、要望したいわね」
「神様に会う、かぁ。比喩でなく日本で口にしたら、心療内科を奨められる事案だな」
「ナオくんは会ったわけですし、私たちも神様の声を聞いていますから、あり得ないとは言えませんけどね」
「ま、誰か会うことができれば、ダメ元で希望を伝えることにして……今日の所は森に向かいましょ。結構時間使っちゃったし」
「だな。大分距離が離れてきたしなぁ」
今はラファンの北から直接森に入るようになっているが、北西に向かってかなりの距離探索を進めているので、『前回の続きから』をしようと思っても、そこまでかなりの距離を歩く必要がある。
そのうち泊まりがけでなければ、まともに探索が続けられなくなりそうなのが現在の懸念材料である。
◇ ◇ ◇
幸いなことにと言うべきか、前回ダールズ・ベアーと死闘風味な戦いを繰り広げた場所に辿り着いても、お替わりは存在しなかった。
経験値や稼ぎの面では少し残念だが、あれが
「しかし、あれだな。魔物図鑑的な物、欲しいな」
「そうですね。ギルドで調べられる範囲外の敵、多いですから」
ラファンのギルドの資料室にあったのは、オーガーまで。ダールズ・ベアーはもちろん、スケルトンやゾンビに関しても記述がなかったのだから、情報不足と言わざるを得ない。
「トーヤの持ってる解体の本、そっちはどうなんだ?」
「あれは解体の仕方しか載ってないからなぁ。それに、ダールズ・ベアーは無かったし、ちょい微妙」
「ラファンの本屋には無かったですから……一応、取り寄せてもらうことはできるみたいですが、中身の確認ができないのは難点ですね。値段も判らないですし」
「ホントにね。質の保証が無いのが、ねぇ」
困ったような表情でため息をつくナツキに、ハルカもまた深く頷く。
本屋で売っているのは基本的に古本な上に、きちんとした出版社があるわけでも無いので、中身の質もバラバラ。
『魔物図鑑』を注文したところで、俺たちが必要とする情報が書かれているかすら判らない。
安い物ではないだけに、リスクが高すぎると言えるだろう。
「サールスタット……には無いか?」
「掘り出し物はあったけど……ラファンよりも小さいからね、あの町は」
掘り出し物は言わずと知れた、時空魔法の魔道書3巻セットである。
まぁ、可能性はゼロでは無いし、走れば日帰りも可能。一度見に行ってみても良いかもしれない。
「あとは、ケルグだな。今度に行ったときにでも探してみようぜ? ま、そうそう新しい魔物に遭遇するとも思えねぇけどな」
「「「………」」」
トーヤの言葉に、無言になる俺たち。
その心境を言葉にするなら『コイツ、フラグを立てやがった!』である。
前回それでゾンビが出てきたのを忘れたのだろうか?
そしてまるでその言葉を待っていたかのように、俺の【索敵】に反応が。
お約束と言うべきか、それはこれまで感知したことの無い反応だった。
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