146 新たな魔物 (1)

 家庭菜園と並行し俺たちが行っていたのは、森の探索だった。

 冒険者ギルドの支部長が言っていたとおり、ラファンでまともに――いや、俺たちが満足するレベルで稼げる依頼というのは本当に存在しない。

 ではどうするか?

 みんなで相談して決まったのは、魔物狩り。

 森の奥に入ればオークも存在するし、他の魔物でもある程度は稼げるのだから、やらない理由は無い。

 尤も、他に選択肢が無かったとも言えるのだが。

「しかし、ちょっと暑くなってきたよなぁ」

 森を探索しながらそう愚痴ったのはトーヤ。

 初夏、と言うには少し早いが、それでも装備に身を固めて森の中を歩いていると、そろそろ汗ばむような気温になってきた。

 当然、戦闘で激しく動けば、それなりに汗をかく。

 救いなのは、『浄化』で簡単に綺麗にしてもらえるところか。

「はい。この時期にこれだと、夏場は少しキツいかも知れません」

「そうなったら、どこかにバカンスでも行くか?」

「バカンス……避暑に高原の別荘、もしくは海で海水浴とか?」

 ユキが嬉しそうに言うが、それって、この世界だと滅茶苦茶、贅沢なんじゃないか?

 旅に出ること自体、普通の人はできないんだから。

 近場に山はあるが、あの辺りはかなり危険らしいので、とてものんびりと避暑、とはいかないだろう。

 仮に別荘を建てても、きっとすぐに壊される。

「別荘はともかく、避暑はありかもね」

「避暑かぁ。しかしオレたちって、ある意味、かなり優雅……とまでは言わなくても、かなりホワイトな労働環境だよな?」

「ブラックとは言わないが……ホワイト?」

「そう、かなぁ?」

 トーヤの言い分に、少々釈然としない物を感じ、俺たちは首を捻った。

「朝はそんなに早くないし、日が落ちる前には帰宅できる。週一で休みがあって、臨時で休もうと思えば休める。面倒くさい上司もいない。更に暑くなったら仕事を休んでバカンス。ホワイトっぽくない?」

「それだけ聞くとな。だが、訓練を仕事に含めるかで印象は変わらないか?」

 仕事に行く時間は確かに少し遅めだが、ほぼ毎日、朝食前には訓練をしているし、帰宅後にも同様。

 他にやるべき事が無い事と、自分の安全に関わるからという部分もあるのだが、それを仕事と考えるなら、労働時間はかなり長い。

「けどさ、あのまま大人になって就職しても、バカンスとか無理だっただろ?」

「そのバカンスのための旅行が命懸けの世界だけどな」

「ついでに言えば、毎日命の危険がある仕事とか、かなりブラックよね?」

「しかも労災も保険も無いですから」

「有給、育休も無いわけだしねぇ」

 一気にブラック臭のする仕事になった。

 自主訓練を自主活動と言い換えれば、更にブラックに近づくな。

「いや、悪いところを挙げればそうなるけどよぉ、ネガティブなことを言っても仕方ないだろ?」

「……まぁ、そうだな。トーヤが珍しく良いことを言った」

「珍しくって、酷いな!?」

 トーヤの抗議はサラリと流し、揃って頷く俺たち。

「まぁ、実際、そこまで悪くないとは思ってるけどね、私も」

「精神的ストレスは無いよね。上司はいないし、同僚もいない」

「ついでに言えば、健康的でもありますよね。スポーツジムも不要です」

「……うーむ、まとめるならば、今の仕事が苦にならないのなら、ホワイトっぽいってところか?」

 実際、命の危険とか、将来への不安とかを横に置けば、それなりに楽しい日々を送っているので、さほど不満は無かったりする。

 あえて言うなら娯楽の少なさや、日本で読んでいた本の続きが読めないことだが、そこはもう言っても仕方の無いところだろう。

「――おっと、敵発見」

「なに?」

「スケルトン」

「またスケルトンか……最近多いなぁ」

 索敵で見つけたスケルトンは5体。

 そちらに向かって移動し、サックリと処理する。

 元々スケルトンは大した敵でもなかったのだが、光の属性鋼で作った武器の効果は絶大で、トーヤの剣なら一撃で、俺の槍でも数カ所の骨を砕けば簡単に斃せるようになったのだ。

「剥ぎ取れる物は無いが、魔石だけで金貨8枚だし、悪くは無いよな」

「解体も不要だし――っと、シャドウ・ゴースト!」

「むっ、そこかっ!」

 俺が指さした場所に剣を振り抜くトーヤ。

 それと同時に「ぼぉぉぅぅ」みたいな音が聞こえ、コロリと落ちる魔石。

「うしっ。見つけられれば、雑魚だな」

「だな」

 ナツキとの訓練のおかげか、最近はシャドウ・ゴーストも、出現前には見つけることができるようになっていた。

 とは言っても出現率は低く、これで4度目の討伐ではあるのだが、今のようにあっさり斃せるので、稼ぎとしては悪くない。

「それも、属性鋼があってこそだけどね」

「光魔法や魔法の武器が無ければ危険な魔物ですから」

「物理攻撃が効かないんだから、逃げるしかないよね」

 最初に出会ったときは確かにヤバかった。

 ナツキが『浄化』を思い出してくれたから、なんとかなったわけだし。

「しかし、最近はスケルトンに会う頻度、多くないか?」

「このあたりはそういうエリア、なのでしょうか?」

「エリアの違い、か」

 伐採を行っていたエリアよりも更に深く森に侵入した為か、魔物の分布も変化が出てきていた。

 まず減ったのはスカルプ・エイプ。

 面倒くさい敵なので、これは全く問題ない。あえて問題点を言うのなら、堆肥の原料が減ることだが、これは後述する別の方法で解消している。

 逆に増えたのがスケルトンやスライム。どちらも雑魚なので問題は無いし、スカルプ・エイプよりも処理が楽なのがありがたい。

 ついでにオークも、浅いエリアでのゴブリンのように、普通に闊歩しているので、こちらもありがたい。

 数体も狩れば十分な稼ぎになるし、解体すれば不要な部分も多く出るため、スカルプ・エイプの代わりに堆肥の原料として活用している。

 一時期狩っていたブラウン・エイクに関しては、現在は手を出していない。

 どうもあれ、オークの食料になっているっぽいんだよな。

 下手に狩って食糧不足になればオークが街道付近に出てくるかも知れないし、オークで稼いでいる俺たちからすれば、オークの数が減りすぎるのも困る。

 そもそもブラウン・エイクよりオークの方が使い勝手が良いのだから、あえて狩る意味も無いのだ。


「そういえば、あれ以降神殿に行った人っている?」

「俺は行ったぞ、2回ほど」

「多いな! オレは1回」

 そんなハルカの質問に手を挙げたのは俺とトーヤ。

 ユキとナツキは首を振っているが、あの時から1ヶ月も経っていないことを考えれば、それが普通かも知れない。

「いや、どの程度でどのくらい経験値が貯まるか興味があったからな」

 俺が頻繁に教会を訪れたのは、1日にどの程度の経験値が稼げるか調べるためである。

 その結果判ったのは、現在のエリアなら、頑張れば1日に1,000弱の経験値が得られるということ。

 尤も、それによって行動を変えるわけでは無いし、逆に下手に変えるのも危ないと思うので、経験値を知るのなんて単なる自己満足でしか無いのだが。お布施にも金がかかったし。

 ま、孤児院に使われるのであれば、無駄ではないので、別に良いのだが。

「ちなみに、レベルが1上がった」

「そうなんだ? じゃあ、あたしたちも同じかな?」

「でしょうね。そこまで大きな差が出るとも思えないし」

「経験値は結構公平に分配される感じ、だよな」

 ゲームのようにログが表示されるわけでは無いので良くは判らないが、俺たちの経験値にあまり差が無い事を考えると、おそらくは違ってはいないだろう。

 ラストアタックのみとか、ダメージ量による経験値分配であれば、もっと差が出ていたはずだ。

「それで、神殿がどうかしたのか?」

「いいえ。単に、レベルアップしたら実感があるかな? と思っただけ」

「実感は……無さそうですよね。上がっているようですのに、変化を感じませんから」

「でも、確実に強くはなってるよね。オークとか、最初は苦労してたもん」

「ですね。今なら薙刀で一刀両断、とかできるかも知れません。やりませんけど」

「確かに、この武器に魔力を通すと、かなり威力が上がるよな」

 アンデッドを楽に斃せるようになったことはもちろん、他の魔物に対してもこれまで以上のダメージを与えられるようになっている。

 その分、多少は魔力を消費するのだが、魔法で斃すよりは消費も少ないため、魔法を使う機会は少し減っている今日この頃。

「うーむ、オレもできるかな? 鈍器っぽいのに切れるようになったし?」

「いや、やるなよ? 肉が台無しになる」

 これまでトーヤの剣による攻撃は、叩きつぶすとか、引き千切るとか、そういうタイプの攻撃だったのだが、魔力を通して攻撃するようになって以降、『切れ味』と言う物が発生するようになっていた。

 それ故に、『オークを一刀両断』もやればできるのかも知れないが、そんな事をしてしまっては冒険者失格である。

 一刀両断なんて見た目が派手なだけで、毛皮の価値は落ちるし、何より肉が台無しになる。

 解体するときに重要なのは内臓を傷つけずに取り出すことなのに、一刀両断してしまっては、どうなるか。そう、肉が汚物にまみれてしまうのだ。

 それでも『浄化』があれば食べられるかも知れないが、気分的には最悪である。

 食肉として一番良い締め方は、出会い頭の首ちょんぱだろう。

 ストレスをかけると、味が落ちると聞くし?

「どうしてもやりたいなら、スカルプ・エイプでやってくれ」

「そうね。あれなら魔石以外、必要ないし」

「いや、別にやりたいってワケじゃ無いからな?」

「なら良いんだが……ん?」

 索敵に強敵の反応。

 俺は手を上げて、停止を指示する。

 雑談をしていてもそのあたりはしっかりしていて、全員即座に足を止めて武器を構える。

「何? オークリーダー?」

「お、高級肉か?」

 森の深い部分に来て驚いたのは、オークリーダーが普通に歩いていること。

 オークに比べれば圧倒的に数が少ないのだが、それでも希には遭遇するようになったのだ。

 ただ、基本的にオークリーダー1匹にオークが数匹のグループなので、今となってはさほど脅威でもなくなっている。

 接近するまでにオークを始末してしまえば、数人でオークリーダーに対峙できるし、以前は硬かったその表皮も、魔法の武器を使えば簡単に切り裂けるのだ。

 今の俺たちからすれば、トーヤが口にしたように時々手に入る高級肉の扱いである。

 オークの肉より美味いから、最近の料理はこの肉が基本だったりする。ちょっと贅沢なことに。

 これであればさほど警戒の必要も無いのだが、しかし俺の索敵は、オークリーダーとは違う反応を示していた。

「いや……違うな。オークリーダーよりも強いことは解るが……」

「まさか、オークキャプテン? 今なら斃せるかも知れないけど……」

 以前読んだ資料によれば、オークキャプテンの強さの目安はオークリーダー4匹分。

 オークリーダーに苦戦しなくなった俺たちであれば、ある程度余裕を持って対処できそうな気もするのだが――

「それも違うな。敵は単独。取り巻きがいない」

 オークリーダーがオークの取り巻きを引き連れているのだ。オークキャプテンが単独で行動する可能性は低いと思われる。つまり、結論としては……。

「オーガー、だろうな」

「ついにか。どうする? 勝てない事はねぇだろ?」

「状況としては悪くないですね。私たちも疲労していませんし」

 もっとレベルを上げてから挑むという安全策もありだが、ここで引くのであれば、オーガーに出会わないよう、活動場所を少し浅いエリアに移すことになる。

 しかし、資料に『ルーキーでは手も足も出ない』と書いてあったこともあり、簡単に挑むと決めるのも躊躇われるところである。

 だが、状況は俺たちを待ってはくれなかった。

「――っ!? ヤバい、気付かれた! しかも、速い!」

 索敵反応の敵が突如高速で動き出したかと思うと、俺たちの方へとかなりの速さで近づいてくる。

 十分な距離を取っていたつもりだったが、不確定名オーガーの感知範囲は予想以上に広かったようだ。

「うわっ、マジかよ!?」

 近づいてきたことで、トーヤにも感じ取れるようになったのだろう。

 オーガーの近づいてくる方向に向かって剣を構え、ナツキもその横で薙刀を構える。

 その直後、視界の先に現れたのは、オークとほぼ同じか、少し小さいぐらいの魔物。

 但し、外見はより人に近く、身体は引き締まり、頭からは2本の角が生えている。

 日本の妖怪で言う鬼のイメージとゴリラが混じったような、そんな姿。

 右手には錆び付いたブロード・ソードを持っている。

「やっぱオーガーだ!」

 そう叫んだのはトーヤ。恐らく鑑定を行ったのだろう。

 そのオーガーは瞬く間にトーヤに走り寄り、激突すると思った次の瞬間、宙に跳んだ。

「なっ!?」

 脇に生えていた木を踏み台に、向かうは後衛。つまり、俺たちの方。

 ――コイツ、後衛を先に攻撃する知能を持っているのか!?

 オークはもちろん、オークリーダーであっても、正面で武器を構えている敵を避け、先に後衛を攻撃するような知恵は持ち合わせていなかった。

 にもかかわらず、このオーガーは真っ先に後衛を狙ってきた。

 戦術的にはある意味正しい。だが、オーガーにとって誤算だったのは、俺たちの中に純粋な後衛など存在しなかったことだろう。

 俺が咄嗟に突きだした槍こそブロード・ソードで弾いたが、それとほぼ同時にハルカの矢が左肩に突き刺さり、ユキの振るった小太刀がその左足を大きく切り裂いた。

「ぐがぁぁぁ!」

 響く叫び声。

 バランスを崩しながら地面に降り立ったオーガーに、槍を引き戻した俺が追撃を加えようとするが、オーガーは大きく後ろに飛び跳ねた。

「舐めんじゃねぇ!」

 単純な跳躍、しかも片足を怪我した状況で高く2メートル近く飛び跳ねる脚力はとんでもないが、それは悪手だった。

 素早く近づいてきていたトーヤがその右足を掴み、思いっきり地面に叩きつける。

 ごきゅりと響く鈍い音。

 更に翻るナツキの薙刀。

「ふっ!」

「ぎゃっ――」

 断末魔の叫びを上げる間もなくその首は宙を舞い、血を吹き出す胴体と共に地面へと転がった。

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