147 新たな魔物 (2)

「ふぅ。少し、焦りましたね」

 ナツキは薙刀に付いた血糊を払いつつ、ホッと息をついた。

「まさか無視されるとは思わなかったぜ。すまん」

 前衛としてマズかったという認識があるのか、トーヤが謝罪を口にする。

「ま、仕方ないだろ、初めての敵だし」

 いきなりあの挙動は無いだろ、と思っていたので俺は軽く応えたのだが、ハルカは真面目な顔で首を振る。

「いえ、それは違うでしょ。私たちは全員接近戦ができるから問題なかったけど、仮に護衛依頼を受けていたとしたら? 初めて会った敵だから、殺されてしまいました、では済まないんだから」

「ですね。私も侮っていたつもりは無かったのですが、咄嗟に対応できませんでした」

 3メートルほどはあるあの巨体で俊敏に飛び跳ね、軽々とトーヤたちの頭を飛び越えてくるとか、俺たちの想定が甘いと言えばその通りなのだろうが、かなり予想外である。

 しかも不安定な空中に居る状況で、俺の槍を弾くだけの技量も持ち合わせていたのだ。決して侮れない敵ではある。

「複数相手にするなら、オークリーダーよりも脅威だな。……いや、単体でもそうか? 身体が小さくて素早い分、囲みにくいし」

「はい。単純な速さだけで言えばスラッシュ・オウルも速かったですが、あれは真っ直ぐ跳んでくるだけでしたから」

「速さか。【韋駄天】的な。……ん?」

 俺はそう口にして何か引っかかる物を感じた。

 魔力を使って素早さを上げるスキル【韋駄天】。

 速さ……他にも何かあったような……あ。

「そういえば、トーヤは【俊足】ってスキルも持ってたよな? あれと【韋駄天】の違いって何だ?」

「あぁ、それな。オレの予測でしか無いんだが、【韋駄天】が俊敏性、【俊足】が走る速さ、じゃないか?」

 トーヤもそれは考えたことがあったのか、俺の疑問にすぐに答えが返ってきた。

 けど……んん?

「えーっと、つまり、【韋駄天】が反復横跳び、【俊足】が短距離走?」

「おぉ、ナイスな例え。正にそんな感じ」

 トーヤの返答をハルカが端的にまとめてくれた。

「さっきのオーガーだと、両方とも高レベルって感じだな。魔物にスキルがあるのかどうかは知らないが」

「だな。近づいてくるのも早かったし、シュパッと飛び跳ねてたし」

「あと、まとも……とはちょっと言えないけど、武器も持ってたよね」

「ああ、ブロード・ソードだな」

「これ、だな」

 トーヤが近くに転がっていたブロード・ソードを拾い上げ、コンコンと叩く。

 全体的に錆びてはいるが、俺の属性鋼で作られた槍を捌いていたことを考えると、物自体はそう悪くないんじゃないだろうか?

「それって、オーガーが作ったわけじゃ無いわよね?」

「冒険者の落とし物……いや、奪った物だろ、たぶん」

「オーガーと戦うような冒険者ですから、品質もそれなりなんでしょうね」

「それなり、でしかないがな。使う事はないだろうが、一応持ち帰って売るか。放置して他の魔物の武器になるのも困る」

 トーヤはマジックバッグを広げ、その中にブロード・ソードを放り込み、更にちょんぱされた首とオーガーの身体も一緒に放り込んだ。

「ちなみに、オーガーっていくらになるの?」

「オーガーは魔石と皮だけだな。肉も食えないことは無いみたいだが、硬くて美味くないので売れない。魔石自体はオークリーダーよりも高く売れるが、全体の価値としては、肉も売れるオークリーダーの方が高いぞ」

 少しワクワクしたような表情で訊ねたユキだったが、トーヤの返答に少し顔をしかめた。

「うわ、びみょ~。討伐する意味って無いじゃん」

「意味は無くとも、向こうから近づいてくるけどな、たぶん。さっきの状況を考えると」

「迷惑な魔物ですね。――全員で【忍び足】や【隠形】のスキル、上げますか?」

「なるほど、それも良いな」

 全員のスキルが上がれば、今回みたいに遠くから気付かれて襲われる、ということは減るかもしれない。

「それ自体は否定しないけどよ、オレとしてはリベンジしたい。1対1で斃せるように」

「うん。まぁ、良いんじゃない? どうせ簡単に上がるものじゃないし、また遭遇する機会もあるでしょ」

「じゃ、次に出てきたらトーヤに任せて、俺たちは下がっておくな」

「おう! 任せておけ!」

 トーヤは力強くそう宣言すると、ドン、と胸を叩いた。


 ――のだが、オーガーはさりげなくレアモンスターだったようだ。

 これまで出会っていなかったことを考えれば当然かも知れないが、辺りを歩き回っても見つからない、見つからない。

 当然のようにその日、もう一度オーガーに遭遇することは無く、トーヤの再戦までには更に数日の探索を必要とするのだった。


    ◇    ◇    ◇


 初めてオーガーを斃してから1週間。

 俺たちの探索エリアはラファンの町の北西、森のかなり深い場所まで広がっていた。

 数日ほど前にやっと叶ったオーガーとの再戦は、ほぼトーヤ単独で戦ったのだが、やや苦戦はしたものの、特に怪我をすることも無く斃しきることができた。

 それ以降、オーガーとは遭遇していないが、仮に2匹のオーガーと同時に遭遇することになっても、あまり問題なく斃せそうなことが解ったのは収穫だろう。

「なんだか最近、アンデッド系との遭遇が増えてないか?」

「あ、トーヤもそれ思った? 雑魚なのは良いけど、イマイチと言えばイマイチだよね」

 トーヤとユキが口にしたように、このあたりで遭遇する魔物の割合は、スケルトンやシャドウ・ゴーストが多くなってきていた。

 それでもまだ、アンデッド以外の魔物の方が多いのだが、このままのペースで増えると逆転しかねない。

 それに一番の問題は……。

「ゾンビが出てくるかも知れないって事だよなぁ」

「ゾンビ、かぁ……」

 俺の言葉に全員が顔をしかめる。

 解体を行う必然性から、ある程度のグロ耐性は得たワケだが、動く腐乱死体はちょっと遠慮したい。

「ナオ、それはあれか? フラグってヤツか?」

「噂をすれば影がさす、って言いますからねぇ……」

「ははは、まさかそんな――」

 いや、いくら何でもタイミング良すぎだろ!?

 索敵範囲のギリギリの所。北と西側の2カ所にこれまで遭遇した経験の無い魔物の反応が。

「ん? どうしたナオ。良いから言ってみ?」

「――新規の敵の反応あり。しかも2カ所」

 俺の表情から何か察したのか、苦笑しながらそう言ったトーヤに、俺はため息をつくように答えた。

「よし、ナオには第2種フラグ建築士の称号を授けよう」

「嬉しくねー! しかも第2種ってなんだよ!」

「ありがたくないフラグってヤツだ。ちなみに、ハーレム主人公が持っているのは第1種」

「妙な称号を勝手に作るなっ!」

 そしてついでに言うなら、第1種が欲しかった。

 どこかで資格試験とかやってます?

「2人とも、バカなこと言ってないで。距離的には余裕があるの?」

「あ、あぁ、うん。今の距離ならオーガーでも気付かないと思う。ついでに言うと、ゾンビと決まったわけじゃないからな?」

「でも2カ所なんだよね? ナオだから、どっちかはゾンビだと思うなぁ」

「ユキ、なんだよ、その『ナオだから』って」

「そういうところは外さないっていう信頼感?」

 肩をすくめてそんな事を言うユキに、俺はため息をついた。

「やな信頼感だな、オイ」

「まぁまぁ。それでその2カ所、どんな感じなんですか?」

「片方はかなり強い。多分、オーガー以上」

 俺の言葉に、ハルカたちの間に緊張感が走る。

 このあたりで強い魔物と言えばオーガーという印象があっただけに、それ以上の敵が居るということに若干の危機感を持ったのだろう。

「但しこちらは単独。もう片方は複数……5匹から8匹の間か? 反応はそこまで強くないが……スケルトン以上、ではある」

「強いという敵の方は気になるけど、ゾンビは多分複数の方よね」

 すでにゾンビがいるという前提ですか。そうですか。

 ……いや、俺自身、可能性は高いと思ってるんだけどな。

 スケルトンがいるんだから。

「行くしか、ねぇよなぁ」

「別に依頼を受けているわけじゃ無いから、徹底的に避ける方法はあると思うけど……」

「それだと、私たちの方針とはズレてしまいますよね」

「だよね。やれるところまではやろう、って決めたんだから」

「ま、ここで避けるようなら、一生、オーク程度を狩って生活って事になりそうだよなぁ」

 それは何か嫌だなぁ。進歩が無いって言うか……。

 別に有名冒険者になりたいとは思わないが、納得できるところまでは行きたい。

「確認だけはしておこう。戦えそうになければ、逃げれば良いだけだし」

 まだゾンビと決まったわけじゃないのだから、確認しておかなければ、次に索敵に引っかかったときにも敵の種類に悩むことになる。

 実は全然別の魔物だったという可能性だってある、かもしれない。

 ……ダメかもなぁ。ここまでフラグが立っていると。

「逃げられれば良いけどな。素早いゾンビかも知れないぞ?」

「素早いゾンビ……? ゾンビがアスリート走りで追いかけてくるとでも言うのか?」

 腐った身体でアスリート走り。

 走っているうちに、スケルトンにジョブチェンジしそうである。

「いやいや、そのくらいならまだマシ。4足歩行で獣の如く飛び跳ねてくるかも知れないぞ?」

「……それってゾンビか? 俺の知る――いや、俺のイメージするゾンビとはかけ離れてるんだが?」

 同じ事をスカルプ・エイプがやっても「ふ~ん」って感じだが、それをゾンビにやられると多分、SAN値がピンチである。

「むしろ、エイリアンか何かみたいですよね。ゾンビってそうなんですか?」

「いや、解んねぇけど。単にそんな映画を見たことがあっただけ。ま、仮にそんなゾンビでも、『浄化』があれば、なんとかなるよな?」

「善処はするわ。でも、本当に素早かった場合は、トーヤ、頑張って」

「ですね。効果範囲にとどめる必要がありますから」

「げっ、マジか」

 ハルカとナツキの言葉を聞いて、トーヤが顔をしかめる。

 だが実際、ゆっくりと近づいてくるなら『浄化ピュリフィケイト』で一掃することもできるだろうが、トーヤの言うような動きをするのであれば、1体ずつ動きを止めてからでなければ、『浄化』も使いにくいだろう。

 ついでに言えば、トーヤと共に前衛を担っているナツキが魔法を使うのであれば、ゾンビを止める役目はトーヤとなる。

 ――そして、多分俺も。素早いゾンビでは無い事を祈ろう。

「けど、そうなるよなぁ。消臭剤……いや、防臭剤? もしくはNBC防護服的なものが欲しくなるな、あんまり頻繁に遭遇するようなら」

「いや、そんなの着てたら、活動できないだろ。耐えろ」

 作れるかどうかはともかくとして、あんなゴワゴワの服を着て戦えるわけがない。

 もし作るのであれば、ガスマスクまでだろう。

「オレは鼻が良いからキツいんだよ、強い臭いは」

「洗濯ばさみなら作れるわよ?」

「それで鼻を摘まんで戦えと? 無いわー。……ま、耐えるしかねぇんだけど」

 トーヤは諦めたようにため息をついた。

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