145 家庭菜園 (2)

 更に2週間。

 うちの家庭菜園には、なんとも立派なトウモロコシが実っていた。

「早すぎるよねぇ。何倍もの速度で育ったね」

「はい。気になるのは味、そして安全性ですね」

「ま、取りあえず収穫しようぜ?」

「そうですね。収穫した後はすぐにマジックバッグに入れてください。スイートコーンでも放置するとすぐに甘みが無くなってしまいますから」

「了解」

 元々甘さを期待できない品種なのだ。そのあたりは注意すべきだろう。

 トウモロコシの収穫はとても簡単。

 実を握って下に折り曲げれば簡単に折り取れる。

 さほどたくさん植えたわけでも無く、3人で収穫すればすぐに終わる。

 見た目だけは日本で売っていたトウモロコシとも遜色が無く、ケルグで購入した物よりも立派である。

 そのうちの1本を早速鍋で湯がいてみると、なかなかに美味しそう。

 これだけ見れば大成功なのだが……。

「……誰から食べる?」

「こういう役割はやっぱ、トーヤだろ? 呼んでこようか」

 治療が可能なハルカが一番に除外されるのは当然だが、別にトーヤがオチ担当とかそういう話では無く、トーヤの【頑強】レベルが一番高いのだ。

 てなワケでそう提案したのだが、ナツキは少し申し訳なさそうな表情を浮かべて手を挙げた。

「いえ、さすがにそれは……【頑強】のレベルは私も同じですし、【毒耐性】もありますから、ここは私が食べるべきではないでしょうか?」

「むしろ、【毒耐性】があるからダメじゃ無いかな? ナツキが問題なくても、他の人はダメってあり得るし?」

「だよな? なのでナツキの提案は却下」

「そうですか……大丈夫でしょうか?」

「いや、普通に考えれば問題は無いと思うぞ? 魔物の肉を食っておきながら、今更だろ?」

 そう、俺たちの普段の食事は魔物の肉なのだ。

 その肉で肥料を作り、その肥料で育てた作物にどうこう言うのは、今更と言えば今更なのだ。

 ただ、あまりに成長が早すぎるのが不気味というだけのこと。

 必要ないとは思うが、一応の保険である。


「トウモロコシ、収穫したって?」

「へぇ、立派なのができたわね?」

 詳しい説明は省き、トーヤと、万が一の時を考えて、ハルカも一緒に呼んできた。

「あぁ、湯がいたからトーヤ食って良いぞ。ほれ」

「お、さんきゅ。あむあむ……うん、案外美味いな? 皮は少し硬いし、少し粉っぽい感じもするが、思ったより甘い」

「おぉ、そうか、それは良かった」

「あら? 私には無いの?」

 そう言って首をかしげるハルカの手をユキが引き、そっと耳打ちする。

 するとハルカに理解の表情が広がり、少し可哀想な物を見るような視線をトーヤに向けた。

 いや、別にトーヤに知らせなかったのは意地悪じゃ無いぞ?

 先入観を持たせず、忌憚の無い意見を貰おうと思っただけで。

 トーヤはそんな俺たちの視線にも気付かず、トウモロコシ1本をバリバリと短時間で食べきってしまう。

「うん、美味かった。これならたくさん作っても――ん? どうしたんだ?」

「……問題は無いか?」

「問題? ……オイ、他にトウモロコシを食べた形跡が無いんだが? ハルカも食ってねぇし」

 今更ながらそのことに気付いたらしく、トーヤが俺に胡乱うろんな視線を向けてくる。

「気付いてしまったか」

「さすがに気付くわ! え、なに? オレで人体実験?」

「人聞きが悪い。揃って腹を壊したらマズいから、一番頑丈なお前に先陣を切ってもらっただけだ」

「同じ事――いや、まぁ、妥当な判断だけどよぉ。先に言えよ、別に拒否はしねぇから」

 俺に文句を言おうとして途中で言葉を止め、トーヤはため息をつく。

 合理的判断な事は理解できたのだろうが、なんだか釈然としないという所だろう。

「味の評価も聞きたかったからな。怪しんで食べたら素直な感想は聞けないだろ?」

「それも解るけどよー」

「すみません、トーヤくん。私がやるつもりだったんですが」

「いや、ナツキがやるならオレがやった方が良いのは解るから、気にするな」

 ナツキに謝られてはそれ以上は何も言えなかったのか、トーヤは再びため息をついて首を振った。

「それじゃ、俺たちが食べるのは明日な。トーヤも調子が悪ければハルカに相談してくれ」

「了解。ま、多分大丈夫だとは思うけどな。ステータス表記の状態が『健康』のままだし」

「……そういえば、そんな機能があったな?」

 すっかり忘れていたが、ステータスでそんな物が見られるのだった。

「それなら安心ですね」

「たぶんな」


    ◇    ◇    ◇


 ステータスの『状態』はなかなかに信用できるらしい。

 幸いなことに、翌日になってもトーヤはピンピンとしていた。

 特に腹を壊した様子も無く、俺たちも安心してトウモロコシを試食。

 味としてはトーヤが言ったとおり。

 甘いスイートコーンほどではないが、外れのスイートコーンよりは甘い。

 ちょっとだけ粉っぽい感じは少しイモを思わせ、トウモロコシとしては新食感?

 ナツキに言わせると、フリント種がちょっと混ざったような感じ、とのことだが、フリント種というトウモロコシを食べたこと無い俺にはイマイチ解らない例えである。

 だが、美味しいことには間違いないので、庭の家庭菜園を少し拡張し、新たにトウモロコシを植え付ける。

 この成長速度なら、通常の生育期間の間にあと2、3回は収穫できそうである。

「しかし多少菜園のエリアを広げたところで、消費される堆肥より、生産される堆肥が圧倒的に多いわよね」

「はい。なかなかに優秀な堆肥ですし、外販しましょうか」

「それぐらいしないと、減らないよね」

 堆肥の量は日々増え続けていた。

 マジックバッグに困らない俺たちだからこその力業だが、最近は倒した魔物はすべてそのままマジックバッグに放り込み、家に帰ってから解体。その時に出た物をコンポストに放り込むという運用に変えていたのだ。

 これの利点は、解体に時間が取られないため、探索作業が進むことと、血の臭いで他の魔物を呼び寄せる心配や警戒したりする必要が無いこと。

 それに、森の中で解体するよりも、家でやる方がずっと作業もやりやすい。

 その結果として増えるのが、使い切れない堆肥なのだが。

「だが、どうやって売るんだ? 普通の堆肥とは違うことも強調しないと高く売れねぇだろ?」

「ある意味、不要物の処分だから、安くても構わない気はするが……既存業者に迷惑がかかるか」

 農家は喜ぶかも知れないが、現在堆肥を販売している人にとってみれば、同じ値段で高機能な堆肥が売り出されたりしたら、たまったものではないだろう。

 堆肥の専門業者がいるのかどうかは知らないが、それを生業にしているとするなら、確実に恨まれる。

 逆にこれを生業とするのなら、ダンピングで競業を潰すという手もあるだろうが、そこまでするつもりは無いのだから、安く売るのは無しだろう。

「ま、こういうときにはあの人でしょ」

 ハルカのその言葉に、俺たちは顔を見合わせ、揃って頷いた。


「それでその肥料を売りたいと?」

 困ったときのディオラさん――ということで、訊きに来た。

「はい。何か良い方法はない?」

「何倍も早く育つ肥料――それが本当なら、確実に売れますが……」

「あ、サンプルは提供できるわよ? 誰か知り合いの農家でもいたら……」

 やや懐疑的な視線を向けるディオラさんに、ハルカがそう提案する。

 俺たちだって異常と思ったのだから、実際に使いもせずに信じることなんてできないだろう。

「解りました。では何袋か頂けますか? 知り合いの農家、数軒に試してもらいます」

「ありがとう。助かるわ」

「いえいえ。本当なら凄いことですから。でも……ハルカさんたち、冒険者ですよね?」

「ははは……庭でちょっと作物を作った副産物だから」

「確かにあの庭なら、畑ぐらい作れますねぇ。でも、庭で野菜を育てる必要が無いぐらいには稼いでるでしょうに」

 呆れたような視線を向けられ、苦笑する俺たち。

 実際、家庭菜園をやっている時間分、魔物の1匹でも斃してくればそちらの方が利益は上がるのだ。

 だが、家庭菜園はそういう物じゃ無いよな?

 収穫物に対し、かかる費用と手間賃を換算してはダメなのだ。空しくなるから。

「それはそれ、これはこれ?」

「半ば趣味、ですから」

「大半の冒険者はその日の宿賃にも苦労するのに、ハルカさんたちは優雅ですねぇ」

「おかげさまで」

「肥料を使った結果が出るのは、しばらく先になると思いますが……」

「構わないわ。できれば、どのくらいの値段が適当か、どのくらいなら農家の人も買えるかなども教えてもらえると助かるわ」

「解りました。訊いておきますね」


    ◇    ◇    ◇


 ディオラさんに肥料のサンプルを提供しておよそ1ヶ月。

 やや興奮したような彼女から結果が伝えられたのは、その頃のことだった。

「な、何なんですか、あれ! 本当に3倍以上の速度で育ってるんですけど!?」

「あ、ちゃんと効果ありましたか。それで値段の方は?」

「効果ありすぎですよ。値段は……正直難しいです。収量を考えれば、普通の堆肥の30倍でも安いですね。農家の人もそれぐらいでも買うって言ってましたし」

 ディオラさんから説明された肥料の価値は、想像以上に高かった。

 まず、土地の有効利用。

 普通なら1回しか栽培できない作物が、3回から4回も栽培できるのだから、その収量は大幅に上がる。

 その分、作業量は増えるわけだが、単純に3倍、4倍というわけではないため、利益は大幅に増える。

 次に病害虫対策。

 植物の成長速度が3倍になったからといって、虫の成長速度や移動速度が3倍になるわけではない。これまでと同程度の対策を行うだけで、被害は3分の1以下に低減されるのだ。その利点は言うまでも無い。

 特に人件費が安いこの世界では、手間を掛けるだけで収量が上がるのであれば、掛けない理由が無い。

 唯一の欠点は水で、成長が早い分、天水だけでは不足して灌水が必要だったようだが、比較的水が豊富なこの地域では、そこまで問題では無かったようだ。

「ですが、それ以上に、戦略物資にもなり得ますよ、これ」

「戦略物資ですか?」

「はい。ここは比較的土地が余っていますけど、耕作に適した土地が少ない場所では、この肥料はとんでもない価値を持ちます。ですので、もしかすると横やりが入る可能性も……」

 なるほど。

 少ない土地で多くの食料が作れるとなれば、戦力増強になるか。

 現代であれば人口と国力は単純には比例しないが、基本は剣で戦うこの世界では人口が多いほど国力も強くなるだろう。

「そうなると、販売しないほうが?」

「いえ、こう言っては何ですが、もう手遅れです。何軒かに提供してしまいましたし……」

 ディオラさんはそう言って困ったように眉を寄せる。

 すでに効果を知った人が何人も居るのなら、仮に口止めをしたとしてもどこからか漏れてしまうだろう。

 であるならば、今更販売を止めてもあまり意味は無いか。

「そう酷いことにはならないと思いますが、もしかすると、国から製法の開示を求められるかも知れません」

「その程度なら、まぁ……」

「そうね。別にこれで大儲けしようと思ってるわけじゃないし」

「はい。面倒事になるなら、開示するのは構いません」

「そうなんですか? でも取りあえず、私の方でも多少動いてみますね」

 少し驚いたような表情を浮かべて、ディオラさんはそんな事を言ってくれた。

 さすが頼りになる。

「ありがと、ディオラさん。販売はどうやったら良いと思う?」

「売ってくれるなら、どこにでも買いに行く、とは言っていましたが、ハルカさんたちとしても、一々対応するのも大変ですよね?」

「そうね……自販機でも作ろうかな?」

「自販機、ですか?」

 ハルカの言葉に、ディオラさんの首を捻る。

 当然なのだが、こちらの世界に自販機なんて物は存在しない。

 ついでに言えば、無人販売所も無い。そこまで治安もモラルも良くないので、放置していたら盗まれること請け合いである。

「お金を入れると、一定量の肥料がドサッて出てくるような魔道具?」

「そんな物があるんですね。初耳です」

「いえ、本には載ってないわよ? 作ろうかな、と」

「作る……そういえば、ハルカさんは錬金術師でしたね。凄いですね。それなら、手間はかかりませんね」

「私たちの場合、殆どの時間は家に居ないからね。値段は……普通の堆肥の10倍ぐらいで良いかしら?」

「良いんじゃないか? 程々に儲かれば良いんだし」

 俺がハルカに同意すると、ナツキたちもまた頷く。

 正直、溜まって困る堆肥の処分なので、程々で売れれば十分である。

「良いんですか? もっと高くても売れますよ?」

「十分利益は出るから問題ないわ。――あ、その代わりと言っては何なんだけど、野菜の種とか貰えないかしら? 庭で育てたいから」

「それは良いですね。できれば葉物野菜が欲しいです。新鮮な物が手に入りにくいですから」

「解りました。種は集めておきます。その自販機? それが完成したら教えてください。農家の人にお知らせしますから」

「お願いね。多分数日程度でできると思うから」


 1種類の商品を販売するだけの単純な構造だったため、ハルカが言ったとおり、自販機はわずか数日ほどで完成した。

 動力はなんと人力。

 偽金判定部分のみは魔石が使われているが、肥料を送り出す部分は買いに来た人がハンドルを回して動かす。

 大雑把に言えば大型のカプセルトイ販売機だろうか?

 それをうちの外壁の一部をくりぬいて設置。

 使い方はきちんとイラスト入りで掲示してあり、農家の人にも問題なく理解されたようで、順調に販売量を増やしている。

 ディオラさんに頼んでいた野菜の種も無事に入手でき、今では庭で順調にすくすくと――いやシュルシュルと言うぐらいの速度で育っている。


 こうして俺たちは、新たな収益源と新鮮なお野菜を手に入れたのだった。

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