057 マジックなキノコを手に入れた

 ギルドを出た俺たちは、東門から出て森へと向かった。

「2つほど気になる依頼を見つけたわけだけど、どう思う?」

「グレート・サラマンダー……もう、大山椒魚でいいよね? これは今日の稼ぎを見てからで良くないかな? 獲りに行くこと自体には興味があるけど、お金を稼ぐという点ではそこまで効率的じゃ無さそうだし」

「そうだな。距離が難点だよな」

 ディオラさんの口調では、片道1日ほどはかかりそうな感じだった。

 サールスタットまでが半日ほどなんだから、更に上流へ行くとなれば、当然と言えば当然である。

 それに、対象がかさばらない物ならまだしも、大山椒魚では数が獲れない。

 それならば近場で安い物を獲る方が結果的に利益が上がるかも知れない。

「それじゃ、マジックキノコは?」

「名前もあれですが、効果の方も危ないキノコですよね。いえ、私の持つ【薬学】で使う物ではあるんですが」

「そういえば、痛み止めに使うって言ってたな。――【錬金術】でもポーション作れるんだよな? 【薬学】と何が違うんだ?」

 トーヤのそんな言葉に、俺も首を捻る。

 確かにそうだ。【錬金術】でポーションが作れるなら、【薬学】って要らないよな?

「えーっと……ハルカ、どうなんでしょう?」

「【錬金術】はポーションも作れる。【薬学】はポーションしか作れないという違いね」

「なら、【薬学】の意味はない?」

「そんなこと無いわよ。【錬金術】でしか作れない薬もあるけど、【薬学】でしか作れない方が圧倒的に多いから。大量生産に向くのも【薬学】ね。【錬金術】で作る薬は魔力を使う物ばかりだから」

「つまり、薬の中でも得意、不得意があるという理解で良いわけですね」

「そう。そんな感じ」

「両方使える俺たちは安心、って事だな。病気や怪我、怖いし」

「ナツキの【薬学 Lv.3】はともかく、私の方はまだまだ練習が必要だけどね」

 それでも無いよりよっぽど良い。

 よく解らない医者にかかるより、2人の作った薬を飲む方がまだ安心できる。

「じゃあさ、俺たちが採取する薬草なんかは2人のどちらかは使えるって事だろ? 薬にして売れば儲かるんじゃないのか?」

「いや、無理だろ」

 トーヤがそんなことを言うが、俺はすぐさま否定した。

「なんでだよ?」

「トーヤ、道端でバイ○グラが売っていたら買うか?」

「……買わねぇ。そうか、信用か。ってか、俺は必要ねぇよ、バイ○グラ!」

 インターネットの個人輸入はもちろん、日本ですら一般の調剤薬局に偽薬が混入する事件があったのだ。

 いくら商習慣とは言っても、突然やって来た相手から、身分も確認せずに薬を買い取って、それを薬局に販売する事が普通に行われているとか耳を疑ったな。

 そんな異常な商習慣がまかり通るとか、日本の薬問屋は大丈夫なんだろうか?

 パッケージの偽造さえできれば、テロでも何でもやりたい放題である。

 一部の国で製造されている、外見的には見分けが付かない偽薬が世界中で問題となっているのに、どんだけ危機意識が無いのかと。

 ゲームみたいに鑑定一発で成分や効果が判別できるわけでもあるまいに。

 この世界だと、そのパッケージすら無いのだ。一般人にはポーションなのか、ただの水なのかも解らない。それなのに、よく知りもしない相手から買う人がいるとは思えない。

「一応、ギルドに登録して店を構えれば売れるけど、メリットは少ないわね。コストかかるし」

「……それって、錬金術師も同じなんですか?」

「一応はね。売れるかどうか別にして、売ること自体は犯罪じゃ無いけど」

「なら、マジックバッグは売れるのでは?」

 そういえば、品薄でいくらでも売れるんだよな?

 まだ『空間拡張エクステンド・スペース』は使えないが、売れるなら儲かるか?

「売れることは売れるでしょうけど、面倒事がやってくるわよ。ナオに。ついでにユキにも」

「俺!?」

「ついでに!?」

「時空魔法は希少って言ったでしょ。何の後ろ盾も無いナオが使えるとなると、色々面倒なのは解りきってるじゃない」

「あー、貴族とか?」

「そういう事。時空魔法って、レベルが上がれば『転移テレポーテーション』とかあるでしょ? 権力者が放っておくわけがない」

「納得。面倒くさいなぁ」

「徹底的に隠すか、後ろ盾を手に入れるかだけど……隠すしかないでしょうね。都合の良い後ろ盾がそう簡単に見つかるとは思えないし」

「だよなぁ」

 何の利益供与もせずに後ろ盾になってくれる人がいるとは思えない。

 利益供与をすれば、俺たちの行動が縛られる。

 であるならば、できる限り隠すという選択になるのは当然のことだ。

「ねぇねぇ、ハルカ。あたしがついでなのが納得いかない! 愛情? 愛情の差なの!? ナオ、らびゅーんなハルカはあたしなんて――」

「だまれ」

 アホなことを言い始めたユキの頭に、ハルカのチョップが炸裂する。

 舌を噛みかけたのか、あわあわ言いながら口元を押さえるユキ。

「私たちは一緒に行動するし、ナオの方がレベルが高いんだから対策も同じでしょ。ユキが独立するなら別だけど?」

「いえ! 一生付いていきます!」

「一生は重いんだけど。ま、2人とも目立つ使い方はしないように」

「「おう(うん)」」

 面倒事はゴメンだからな。

「それで、結局、マジックキノコは探すって事で良いのか?」

「問題点はヴァイプ・ベアーが出る可能性だよな。俺の【索敵】で戦闘を避けること自体はできそうだが……。どう思う?」

「私は……むしろ戦うべき、かしら。前回は危なかったけど、今後はあれ以上の敵が出てくることもある。それを考えれば練習相手になるとも言えるでしょ」

「あたしは棄権かな? 強さが解らないし」

「私も出会ったことは無いですが、やってみるべきかと。常に安全を考えることも必要ですが、成長のためには格上に挑むこともまた必要です」

 思った以上にナツキが好戦的だった!

 そういえば、元の世界でも武道を嗜んでいたんだよな、ナツキ。

「賛成多数か。それじゃ、やるか。トーヤ、頼むぜ? 一番硬いんだから」

「おう。今回は鎖帷子も盾もある。前回に比べればよっぽど安全だ」

 確か、あの時は安物の皮鎧と鉄の棒で挑んだんだよな。……うん、トーヤ、度胸あるな。あのサイズの熊相手に。

「それじゃ、方針としては、マジックキノコを探しながら薬草も採取、タスク・ボアーが居れば狩って、ゴブリンなんかは……積極的には行かないけど、近づいてきたら斃す、で良い?」

 ハルカの言ったその方針に俺たちは頷き、森へと足を踏み入れた。


    ◇    ◇    ◇


 森に入ってからは、2対3に分かれ、交互に薬草採取と周辺警戒をする。

 戦力的に、トーヤとハルカ、それ以外の組み合わせ。全員が【ヘルプ】、もしくは【鑑定】が使えるので、間違った薬草を採取することも無く作業が捗る。ショベルのおかげで根っこが必要な薬草も採れるようになったしな。

 そんな風に採取を続けながら移動すること1時間あまり、それを見つけたのはトーヤだった。

「お、マジックキノコ、あったぞ」

 トーヤのそんな言葉に、彼が指さす方向を見ると、直径20センチほどの木が倒れていて、その木から何本か白いキノコが生えている。

 形としては、椎茸しいたけの軸を少し長くして太くなった様な感じ。

「これがヴァイプ・ベアーの好物なのね」

「見た目としてはあまり美味しそうじゃないよね」

「いやいや、ユキ、キノコって、基本的に見た目は美味そうに見えなくないか? 食べて美味いと知っているからそう感じるだけで」

「……そうかも?」

 丸っころくて肉厚な椎茸が美味そうに見えるのは、醤油をちょろっと垂らして焼いたら美味いことを知っているから。

 客観的に見れば、果物なんかとは違って、色合い的には全然美味そうではない。

 なら、色鮮やかなら美味そうに見えるかと言えば、キノコの場合、逆にヤバそうに見えて、食欲が無くなる。不思議である。

 それも普段食べているキノコが地味だからだろう。

「でも、真っ白って、マッシュルームみたいですよね」

「マッシュルーム……マジックキノコがますますヤバく見えてきたな」

 ナツキの言葉に、トーヤがそんなことを言って苦笑する。

「ちなみにだけど、マジックマッシュルームって、アルカロイド系の一部毒物を含むキノコ全般のことで、1種類のことじゃないからね? 私たちのイメージするマッシュルームとは形も違うものが殆どのはずだし」

「あ、そうなのか?」

「ええ。確か、ワライタケなんかもその一種よ」

「鎮痛作用があると言うことは、含まれるアルカロイドも所謂マジックマッシュルームよりも、ダチュラなどに近いのでしょうか」

「えっと、華岡青洲だっけ?」

「そうね」

 確か、麻酔薬を作った人だったか?

 昔、マンガで読んだ覚えが。

「それよりも採取しましょ。トーヤ、【鑑定】で何か書いてある?」

「あーっと、麻酔薬の原料と『傘の大きさが3センチ未満は価値がない、10センチ以上は非常に価値がある』だな」

「3センチ……あまり採れないわね。10センチ以上なんて無いし」

 見つけた木に生えているキノコは疎らで、イメージとしては原木栽培している椎茸よりも少ないぐらいだろうか。

 半分程度は3センチ以下なので、採取できるのは10個もないだろう。

「これぐらいの大きさで、いくらぐらいになるのかな?」

「そういえば訊かなかったわね。まぁ、妥当な金額で買ってくれるでしょうから、頑張って採取しましょ」

「そうだね」

 商人相手なら騙される心配があるが、ギルドならそのあたり、安心感はある。その分、少し安くなるみたいだが、販売相手を探す時間を考えればそう悪くない。

「一番大きいのでも……8センチぐらいか。大きくなるまで置いておく手もあるが……」

「ダメだろ。ヴァイプ・ベアーが出てるんだから、食べられるって」

「やっぱりそうなるよな」

 3センチ以上の物はすべて収穫し、袋に詰める。

 ついでに木の幹を良く確認してみると、爪の跡らしき物が残っている。やはり、ヴァイプ・ベアーによって倒されたのだろうか。

「しかし、ヴァイプ・ベアーのおかげでマジックキノコが採れるのなら、倒すのは申し訳ない気がするなぁ」

「そうかぁ? あの熊、全然可愛くないから、オレはあんまり」

「可愛くないんですか?」

「あぁ。全く。凶悪だな。まぁ、肉は安いし、毛皮ぐらいしか売れないから積極的に斃す気にはなれないが」

 ヒグマの方がまだ可愛いよな。

「出会えば斃すで良いでしょ。採り終わったらさっさと移動するわよ。ヴァイプ・ベアーが来るまで待つ必要も無いんだから」

「了解」

 最後にもう一度、採り残しが無いことを確認した俺たちは、やや足早にそこから離れた。

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