058 森で熊さんと出会った

 それからも薬草採取をしながらマジックキノコを探し続け、2カ所ほどマジックキノコが生えた倒木を見つけていた。しかも2カ所目では10センチ超えの大物を見つけ、ホクホク顔の俺たち。

 だが、そんな時、俺の【索敵】に反応があった。反応の大きさや移動方向から考えて、これはヴァイプ・ベアーか!

「敵! 多分ヴァイプ・ベアー!」

「おっ! とうとう来たか! 反応は……あっちだな」

 最初に反応したトーヤが素早く剣を抜き、自分で反応を探ってそちら側に立ち塞がる。

「ナオとナツキもお願い。ユキは援護ね」

「う、うん」

「解りました!」

 俺とナツキがトーヤのやや後ろ、左右に展開し、ハルカが近くの樹上に移動、ユキもその側で鉄棒を構えて待機する。

 待つこと暫し、木々の間からヴァイプ・ベアーの姿が見えてきた。

「お、大きい……」

 そう言葉を漏らしたのはユキ。

 ナツキは何も言わないが、口を結んで真剣な顔でヴァイプ・ベアーを睨みつけ、槍を構えている。

「あの時と同じぐらいの大きさだな……ちょうど良い。ハルカ、ナオ、援護は少し待ってくれるか?」

「……良いけど」

「やれるのか?」

「やるさ」

 そう言ったトーヤが動いたのは、4足歩行で慎重に近づい来ていたヴァイプ・ベアーが2本足で立ち上がろうとしたときだった。

「せいやぁぁぁぁ!!!」

 森に響き渡るような咆哮。

 一瞬動きを止めるヴァイプ・ベアーとそこに素早い動きで突っ込んでいくトーヤ。

 そして一気に振り下ろされる青鉄の剣。


 ゴシャッ!


「うげっ!」

 敵から目を逸らしていなかった俺は、しっかりと見てしまった。

 トーヤの剣がヴァイプ・ベアーの頭蓋骨にめり込み、その瞬間に目玉が飛び出して――いや、細かい描写は止めよう。

 ただ次の瞬間に、立ち上がりかけたヴァイプ・ベアーの身体が前に傾き、ドサリと重い音を立てて地面に倒れ込んだ。それだけである。

「やったか!?」

「変なフラグを立てようとするな! 手応えはあった。魔物じゃないんだ、この状態で生きてはいないだろ」

「いや、まさかフラグだなんて……お約束だから一応言ってみた。トーヤがあっさり斃すから」

「オレが悪いのか!? ――ま、スキル的には【咆哮】と【チャージ】、それに【剣術 Lv.3】に高価な剣。これで熊も斃せなければ嘘だろ」

「そりゃそうだが……あの時の苦労を思うとなぁ」

 一撃とか、ちょっぴり釈然としない。

 近づいていって槍で突いてみるが、やっぱりピクリともしない。

「トーヤ、強かったんだね! あたし、結構怯んでたのに」

「はい。正直予想以上でした」

「そりゃこのサイズの敵に初めて敵意を向けられたらそうなるだろ。技量的にはナツキでも倒せると思うが、迫力に対しては慣れが必要だろうな。俺たちは2度目だし」

「1度目の時は酷かったわよね、毛皮とかボロボロだったし。今回は高く売れそうよね」

 そう言ってナイフを取りだし、皮を剥ぎ始めるハルカ。大分慣れたものである。サイズがサイズだけに、俺とトーヤも手伝う。

「肉はどうする?」

「安かったのよねぇ。量が量だけにそれなりの値段にはなったけど」

「かといって捨てていくのは勿体ないだろ? もうそろそろ昼だ。タスク・ボアーを狩るにしても多くて2匹。人数を考えれば……」

「そうよね、荷物運びも増えてるわけだし」

 今日は薬草とキノコしか採っていないので、1人分のバックパックすらまだ一杯になっていないのだ。頑張れば持ち帰ることは出来そうである。

「それじゃ、肉を解体しましょうか。心臓とか肝も食べられるのかしら?」

「アエラさんの所に持ち込んでみようよ。せっかくマジックバッグ、作ったんだし」

「それもそうね。新鮮なまま運べるわけだから」

 解体された肉は俺とトーヤのバックパックに優先的に詰め込まれたが、さすがに入りきらず、結果的に全員で分担して運ぶことになってしまった。

「……これ、もう帰るしか無いんじゃないの?」

「だよな?」

 猪を入れる余地がほぼ無い。正直、俺はかなりいっぱいいっぱいである。

 ハルカとナツキには余裕があるが、それは『軽量化ライト・ウェイト』の袋に入れてからバックパックに入れているからである。俺とトーヤのバックパックは鮮度優先の『時間遅延スロー・タイム』だから、重さは変わらないのだ。

「いや、なんとかなる。オレが担ぐ」

「私もあまり重くないですから、持てますが……」

 猪を食べたいトーヤと、『軽量化ライト・ウェイト』のおかげで余裕のあるナツキはそう言うが、嵩張る物を持っているのだ。決して十全に動けるわけでは無い。

「行動に制限がかかるのが問題よね。このまま森の外に向かって、途中で見つかればにしましょうか」

「それで良いか。ナオ、頑張って見つけてくれ」

「俺の索敵範囲に入れば、だぞ? 来るときにはヒットしなかったから、ちょっと難しい気もするが」

 少しタスク・ボアーの数が減っているのかも知れない。

 もしくは、ヴァイプ・ベアーの影響が出ている可能性もある。

 などと思ったのだが、結局森を出る直前に俺の索敵範囲ギリギリにタスク・ボアーらしき反応が引っかかり、狩って帰ることになったのだった。


    ◇    ◇    ◇


「アエラさん、忙しい時間にゴメンね」

「いえ、まだ昼前ですし、ランチはすでに作り終えてますから大丈夫ですよ」

 あれから俺たちは、『訓練になるから』というトーヤの意見に流され、森から街まで走って帰ってきていた。

 だが、恐らくトーヤの真意は『街に帰って美味いメシが食いたい』だろう。すぐにアエラさんの店に行くことを提案したのだから。

 まぁ、それ自体には特に不満は無いのだが、率先して猪の肉を半分ほど持ったトーヤを除けば、この『訓練』の一番の被害者は俺だ。

 はっきり言って、この5人の中で体力を比較するなら、一番下はハルカ、その次に来るのが俺かユキである。種族的に。

 それでいて荷重はトーヤの次なのだから、キツい。少し情けないが、素直にナツキに代わってもらえば良かったかも知れない。ナツキからは途中で『代わりましょうか?』と言われたのだが、意地を張ってしまったのだ。――これからは男女平等でいくべきかもしれない。

「肉を持ち込んだんだけど、見てくれる?」

「ええ、かまいませんよ」

「タスク・ボアーは良いとして、問題はヴァイプ・ベアーなんだけど……」

「あれですか。上手く処理しないと臭みがあるんですよね……取りあえず厨房の方へ」

 アエラさんに促され、厨房へ移動した俺たちは、ヴァイプ・ベアーの肉を順に見せていく。

「これぐらいの新鮮さなら、上手く調理すれば美味しく食べられますよ。単純に焼いたりするだけだと硬くて食べにくいですが」

 猪と違って調理の手間が値段に反映されているようだ。

 タスク・ボアーの肉は、塩をして焙るだけでも十分に美味かったからなぁ。

「心臓や肝臓は普通は食べません。胆嚢たんのうは取ってないんですね? 薬の材料として売れますよ?」

 取る場所が違っていたらしい。訊いてみると、案外良い値段になるらしいので、結構痛いミスである。

 心臓と肝臓については、料理上手なアエラさんが食べないというのだから、廃棄処分である。

「なるほどな。アエラさん、ありがとう。熊肉いるか? お礼代わりに10キロぐらいなら取っても良いぞ。な?」

 俺がそう言って同意を求めると、ハルカたちも頷く。

 量が量だけに、アドバイス料としては安い物だろう。

「いえいえ、お金は払いますよ! でも、そうですね、熊と猪、20キロずつ頂けますか?」

「ああ。適当に切ってくれ」

 両方合わせてもらった金額は金貨2枚。ギルドに売るよりは少し高く、アエラさんが肉屋で買うよりは安い金額。

 もう少し安くても良かったのだが、「肉屋よりは安いですから」と押し切られた。その代わり、猪のモツは押しつけておいた。モツは売れないし、俺たちは調理する場所が無いのだから別に損は無い。

 まぁ、そのモツが昼食で出てきて、しかも昼食代は無料になったので、結局はトントンって感じになったのだが。


    ◇    ◇    ◇


「ディオラさん、買い取り、お願いします」

「あら、今日は早いんですね?」

「はい、ヴァイプ・ベアーを仕留めちゃったので」

 アエラさんの所で少しゆっくりしてはきたが、今はまだ昼を少し回ったあたり。普段俺たちが狩りを切り上げる時間と比べると、数時間程度は早い。

「あぁ、ヴァイプ・ベアーの肉を持って帰ると、他の物が持てませんよね。しかし、そういう事はマジックキノコ、見つけたんですか?」

「はい、それなりに?」

 俺たちの収穫量が多いのか、少ないのかは解らないが、10センチ超えを1つ見つけたので、ちょっと期待はしている。

「えーっと、裏、行きましょうか」

 カウンターから立ち上がったディオラさんに促され向かったのは、ギルドの奥にある倉庫。

 普段はカウンターで手続きをしてディオラさんが運んでいくのだが、俺たちの人数が5人になり、それぞれのバックパックがパンパンなのを見て、方針を変えたようだ。

 倉庫には広い机があり、1人の男性が作業をしている。

「取りあえずは肉からお願いします」

「はい」

 俺たちはその机の上に肉を取りだして並べていく。

「ヴァイプ・ベアーとタスク・ボアーもですか。この毛皮は見事ですね。傷がありません」

 撲殺だったからな。頭に叩きつけたから少しは切れているかもしれないが、トーヤの使っている剣は基本的に重量で叩きつぶすタイプなので、スッパリという感じにはならない。

 きちんとした査定をするのはディオラさんでは無くもう一人の男性らしく、肉の重量を量ったり、皮の状態を確認しては手元の板に数字を書き記していく。

 すべての物でそれを終えると、それを見せながらディオラさんに説明している。

 そしてディオラさんは1つ頷くと、こちらへ戻ってきた。

「はい、終わりました。ヴァイプ・ベアーの肉と皮、タスク・ボアーの肉と皮、牙ですね。トータルで、30,600レアです。毛皮がきれいなので結構良いお値段ですね」

「じゃあ、次は薬草ね」

 ユキが下ろしたバックパックの中から薬草を取り出すのに合わせて、ディオラさんが素早く確認しては数字をメモっていく。

 男性の方もディオラさんがチェックした後で確認しているが、値段付けがディオラさんの役目のようだ。

「――以上ですか? えーっと、トータルで11,440レアですね。毎度の事ながら、1つも間違った薬草が含まれないんですね。さすがです」

「いえいえ。ディオラさんだって、全部きっちりとチェックできてるじゃないですか」

「私はプロですから――って、皆さんもある意味プロですよね、失礼しました」

 ディオラさんが苦笑して、軽く頭を下げる。

 多分、普通の冒険者が持ち込む薬草には多少間違えた薬草が含まれるのだろう。【ヘルプ】が無いと似た雑草と見分けが付かないような物もあるからなぁ。

「まぁ、俺とハルカはエルフ、こっちのナツキは薬学の知識がありますから、そうそう間違えないと思いますよ」

 俺たちの場合、スキルのおかげであまり知られていない珍しい薬草でも、生えてさえいれば採取できるので、不審がられないようにそんなフォローをしておく。

「まぁ、ナツキさんには薬学の……。なら、ますます薬草で稼げますね」

「次は本命のマジックキノコです」

 そう言って机の上に並べたマジックキノコの数は全部で35個。うち1つが10センチ超え。

「良くこんなに……しかも大きい物まで。ハルカさん、森の奥に入りました?」

「いいえ? いつもと同じぐらい、一番深いところにあるディンドルの木よりも大分手前ね。何かおかしいの?」

「おかしいというか、たまにあるんですよ、当たり年。森の浅い所でもマジックキノコが多く採れる年が。そうすると、必然的にヴァイプ・ベアーが森の浅いところまで出てきてしまうので、ルーキーの死亡率が上がるんですよね」

 元の世界でもあったように、この世界でも当たり年、あるらしい。

 キノコだけなら『ありがたい』で済む話だが、それにヴァイプ・ベアーまで付属するとなると、普通の人にとっては最悪で災厄である。

「でもディオラさん、俺たち以外にルーキーって居るんですか? 見かけないけど」

「居ますよ。2組ほど。どちらも皆さんとはギルドに来る時間がずれていますけど」

 俺たちは朝、ギルドに来ることが少なく、売りに来る時間も昼過ぎから夕方前にかけて。普通の人が仕事を終える時間よりも大分早い。

 これは訓練の時間を考えてのことだが、確かに普通の冒険者とは少し違う。

 森でも出会ったことが無いのだが、街道に面している部分だけで何キロもある事を考えれば、出会わないこともそう不思議では無いのかもしれない。

「そういえばハルカさんたちは、以前もヴァイプ・ベアーに出会っていましたね。注意喚起、チラシを貼るだけじゃ無くて、もう少ししっかりしておきましょう」

 普通は滅多に出会わないというのに、数日で出会ったあれな。

 思えばあのヴァイプ・ベアー、マジックキノコの榾木ほたぎを仕込みに出てきていたのか?

 キノコの収穫に備え、1年前から木を切り倒して榾木ほたぎを作る熊。そう聞くとなんだかほのぼのって気がするが、実際に出会ってしまえば殺し合いである。

 そして成果をかすめ取る俺たち。悪い奴だなぁ。

「あ、済みません、鑑定でしたね。マジックキノコは基本的に傘の大きさで値段が決まるんですよね、大きな傷さえ無ければ」

 ディオラさんはそう言いながら定規を取りだし、傘の多きさを測って記録していく。

「ただし、10センチを超えると一気に値段が上がります。大抵はそこまで育つ前に食べられてしまうので。規定以下の物を採っていないのはさすがですね」

 それはトーヤの【鑑定】のおかげです。

「はい、全部で……46,300レアですね」

「高っ! ちなみに、このおっきいのは?」

「それは12,000レアです。他のが800~1,300レアの間ですね」

 10センチ超えると、一気に10倍ぐらいになるのか!?

 8センチぐらいのもあったのに、それでも1,300レアってことだろ? インフレ率が凄い。

「全部換金で良いんですよね?」

「あ、はい、お願いします」

「解りました。それでは代金をお持ちしますので、カウンターの方へお願いします」

 そうしてカウンターへと戻った俺たちは、一気に金貨にして88枚もの金を手に入れたのだった。

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