第3章 金策

053 お金を稼ごう

「さて、そんなわけで、金策が必要になりました」

 ギルドの仕事があるディオラさんと別れ、俺たちは宿屋へと戻ってきていた。

 方針としては、しばらくは今のままここで暮らし、お金を貯めることになるだろう。

「まぁ、金策と言っても、私たちにできるのはギルドで仕事を受けるだけだけど。元の世界と違って借金なんてできないし」

「正確に言えば、安全にはできないだよね。騙される可能性もあるし、下手したら奴隷行き。自己破産なんて都合の良い物は無いから」

 ハルカの言葉に、ユキが補足する。そういえば、ユキも【異世界の常識】持ちだったか。

「あれ? 以前、奴隷は禁止されていると言ってなかったか?」

「ユキが言っているのは、実質的な奴隷ね。懲役の酷いヤツみたいな。一応、死にはしないように配慮されるみたいだけど……日本みたいにぬるくはないわね」

 監視された状態で働かされ続け、借金分はもちろん、管理費として何割かピンハネされてしまうので、普通に働いて返すよりもよほど大変らしい。

 日本だと懲役で働いた場合、その分の給料は出所時に渡されるが、その給料から食費などはもちろん、刑務所の維持費や看守の給料なども天引きされるようなイメージだろうか。仕事の方も当然キツい物なのだろう。

「うん。借金、ダメ、絶対」

 奴隷とか、嫌すぎる。当たり前だけど。

「させる気は無いわよ。危ないのは、騙されたときだから、ナオだけじゃなく、全員、報告、連絡、相談。忘れないでね」

「そうですね。何事も落ち着いて第三者に相談ですね。詐欺行為は相手を焦らせて平常心を失わせるのが常套手段ですから」

「この世界特有の詐欺とかもあるかもしれないから、気をつけようね。みんな、お互いに」

 ユキのその言葉に、俺たちは揃って頷いた。


「ところで、少し話は変わるのですが、ディオラさんって、乾燥ディンドルが好きなんですか?」

「『乾燥』だけじゃなくて、ディンドル自体に目がないみたいよ」

 俺たちが売ったディンドルも、微妙に職権乱用っぽいことをして手に入れてるしな。『問題ない!』とは強弁してたけど。

「高い上に季節物であまり市場にも出回らないから、交渉事には便利よね」

「乾燥ディンドルって美味しいんですか?」

「そういえば、ナツキとユキは食べたことなかったわね。食べてみる?」

「良いんですか?」

「食べたい!」

「良いわよ。ちょっと待ってね……はい、どうぞ」

 ハルカが部屋の隅で箱に入れて保存してある乾燥ディンドルを取り出し、2人に1つずつ手渡す。

 受け取った2人は乾燥ディンドルを少し訝しげに観察する。

「これって、このまま食べるの?」

「ええ、がぶっと。別に切っても良いけどね」

 乾燥ディンドルが一般的なドライフルーツと違うのは、大きいサイズのまま、まるごと干してあるところだ。

 まるごと干してあるドライフルーツは、精々アプリコットぐらいまでのサイズで、それ以上となればスライスしてから干すのが一般的。

 それを考えれば、大きさも厚みもある乾燥ディンドルは少し奇異に映ることだろう。

 でも美味いから。

 さぁ食え、という俺たちの視線に促され齧り付く2人。

 そして、すぐに目を丸くして声を上げる。

「こ、これ、美味しい! 甘みが強くて、それでいて酸味もあって……。皮の部分まで美味しいし!」

「ええ、ここまでのドライフルーツは初めて食べます」

 そうなんだよ。

 乾燥させることで甘みは強くなるし、生だと捨てる皮の部分まで食べられるようになるから、少しお得感もある。

 残念ながら爽やかな酸味は減るから、そこも好きな俺としては生で食べるのもまた捨てがたいんだけど。

「確かにこれなら……ちなみに、いくらぐらいするんですか?」

「そうね、市場価格なら、1,000レアは下らないでしょうね」

「金貨1枚以上!? たっか!」

「そういえば、在庫を全部売れば、土地代ぐらいは払えるのよねぇ」

「それは反対! 貴重な甘味は残すべき!」

「私たちの成果じゃないので言いづらいですが、どちらかと言えば私も……」

 そんなハルカの言葉にすぐさま反対したのはユキ。そして、ナツキも消極的ながら否定的である。

「私もどちらかと言えばそうだけど、ナオとトーヤは?」

「俺は半分ぐらいなら売っても……」

「「え……」」

「いや、やっぱり残すべきだな」

「ああ、そうだな、美味いもんな!」

 ユキとナツキの悲しそうな顔に、すぐさま意見を翻す俺と、同調するトーヤ。

 どうせ家の代金は稼がないといけないのだから、女性陣を悲しませてまで急ぐ必要は無いよな。

「ドライフルーツは遠征するときの食料にも役立つから、私も残すのに賛成かな? 他の安いドライフルーツも買うつもりだけどね」

 価格重量比なら、他のドライフルーツは数分の1で買えるのだ。ディンドルだけを食べるのは贅沢という物だろう。

 いくらたくさんあっても、全員で毎日1、2個ずつ食べれば春まではたないだろうし。

「でも、金貨400枚なんて短期間で稼げるかな?」

「そうね、高そうには思うけど、2人の鎖帷子の代金の1.5倍に過ぎないと思えば、少し気軽じゃない?」

 ユキに対してハルカがそんな事を言うが、ユキの方は逆に、『え!?』という顔になる。

「……いや、そう言われると逆に、鎖帷子を着るのが怖くなったんだけど」

「まぁ、日本円なら100万以上の服(?)だからなぁ」

「そう考えると、結構高いわよね、鎖帷子」

 トーヤの鎖帷子とか、車が普通に買える。

「でもよく考えたら、昔の大鎧とか2~3,000万円ぐらいかかったって話だし、そうおかしくはないのかな?」

「え、マジで?」

「うん。昔の武士は大変だったみたいだよ。屋敷を建てるようなコストを掛けて、鎧を仕立てないといけなかったから」

「うわ……やっぱ手作業だけに、手間賃が高いんだろうなぁ。鎖帷子も面倒くさそうだし」

 手作業で細かい鎖を作るのなんて、考えるだけで嫌になる。

「手間がかかるのは確かだが、どうもそれに使っている白鉄というのが高いみたいだぞ?」

 そう言ったのはトーヤ。

 ガンツさんのところでショベルを作った際、色々聞いてきたらしい。

「そうなのか?」

「ああ。それって錆びない上に軽いだろ?」

「錆びない、かどうかはまだ解らないが、確かに鉄を使っているにしては軽い気がするな」

「同じ大きさの普通の鉄の塊と持ち比べればすぐに解るぐらい軽いんだよ。一瞬、アルミかと思うぐらいに。鉄の半分ぐらいじゃないか? オレの感覚だが。それでいて、強度は2、3倍」

「そりゃ凄い。確かに高いだろうな、そりゃ」

「えー、そのへん知らずに買ってたの? このめちゃ高い防具を?」

 そう言いながら、俺がそのへんに置いておいた鎖帷子を持ち上げるユキ。彼女が軽く片手で持ち上げているあたり、その軽さがよく解る。

「そのへんはガンツさん――武器屋の親父に任せたからな。素人が知識も無いのに口を出すより良いだろ?」

「確かに、それも一つの方法ではあるよね。信用できる相手なら」

「ちなみに、素材の値段は鉄の10倍はするらしいぞ? 加工性も圧倒的に悪いらしいし。俺のイメージだと、ステンレスだな」

「そりゃ、日本で手作業で作業したら、多分100万どころの話じゃないな」

 ステンレスってめちゃ硬いんだよなぁ。そんなに太くないステンレスの針金を切るだけでも、安物のニッパーとかだとかなり苦労するぐらいに。

 それを機械を使わずに針金から作ると考えたら、どれぐらいのコストがかかるか……。

「でも、金貨400枚と言うと多い気がするけど、毎日猪を狩ってきたら、2ヶ月かからずに貯まるのよね」

「凄い……いや、凄くない? 基準が解りづらいなぁ」

 首をかしげるユキ。

 猪を狩る手間や危険度も考えないといけないし、通貨の価値も何を基準にするかで違うから、換算はしづらい。

 一応、普段は1レア10円ぐらいで考えているのだが、それは主食のパンをベースに考えただけで、果物や宿泊費をベースに考えるとイマイチ合わなかったりする。

「単純に日本円に換算すると、40万レアで、日本円で400万。5人で割ると、月収40万。結構稼げるな?」

 トーヤは単純に計算してそう言った。

 高卒――いや、中退で月給40万はないな。物価もバラバラだし単純比較に意味が無いことは分かっているが、何となく嬉しい。

「ボーナス込みで年収480万ですか。税金や社会保険料、経費などがすべて自己負担と考えれば、さほど高くないですね。それらを考えれば、実質はその半分240万ぐらいでしょうか」

「命の危険があるのに保険も危険手当もないしね!」

 そう言ったのは、ナツキとユキ。

 いきなり夢がなくなった。何となく悲しい。

「いやいや、猪以外でも稼げるし? 上手く行けば2頭以上狩れるし?」

 トーヤがそう言って反論するが、ハルカは一部同意しつつも、別の部分で疑問を挟む。

「そうね、薬草なんかでも稼いでるけど……問題はいつまで猪が獲れるかよね。今は時期が良いから数も多く出てくるし、太ってるけど、冬になると減っていって痩せても来るでしょうね」

「そうなると、収入、激減ですね」

「鹿とか居ないのか? 日本みたいに増えすぎて困っているなら、遠慮無くドンドン狩れるだろ?」

 日本の鹿の頭数は危険な水準で、このまま増え続けるとかなりヤバいことになるらしい。

 駆除もされているらしいが、猟銃を持つ人が少なく、撃ったところで利益が出るものでも無い。困ったものである。こっちに鹿が転移してきたら、狩ってやるんだが。

「日本の鹿は狼が居なくなったのが原因だからねぇ。この世界の場合、魔物もいるから、普通の動物が増えすぎることは無いんじゃないかしら?」

「逆に魔物が増えて氾濫することはあるけどね!」

 ハルカとユキ曰く、動物が増えるとそれよりは強い魔物がその動物を狩り、結果、魔物の数が増える。

 増えた魔物は動物を狩り続けるが、ある一定数を超えて増えてしまうと、それまでの縄張りでは食を賄うことができなくなる。

 そうなるとその縄張りの外へと溢れだし、側に人の集落があればそこを襲う。これが氾濫である。

「魔物が動物の天敵として存在しているのか……あまり嬉しくないな」

 どうせ増えるなら、ゴブリンなんかよりも猪や鹿の方が食べられるだけマシである。

 一部には食べられる魔物もいるらしいが、少なくとも俺はゴブリンを食べたくはない。

「猪の数が減ったら、ゴブリンの魔石、取るしかないかしら? 心理的抵抗を除外しても、あんまり効率が良くないんだけど」

 頭をかち割って、250レアだからなぁ。それを考えると――

「ディンドルは、エルフに対するボーナスアイテムだったよな」

 手を伸ばして実をもぐだけで、1ゴブリンである。

 とても効率が良い。

「あれだけ割が良いと、エルフ以外も取りに行きそうだけどなぁ」

「いやいや、トーヤは上に登ってないから。俺が人間だったら、多分無理だな」

「そうよね。それに、時々真似をした冒険者の転落事故も起きてるみたいだから」

 アエラさんなんか俺以上に気軽に登っていたが、樹高50メートルはあるような大木なのだ。

 その先端に吹く風はかなり強い。

 そこで枝の上に立って実の収穫。そして実の詰まった袋を持っての降下。

 はっきり言って登るときより下りるときの方が危ない。

 今ならともかく、最初の頃は命綱がなければ多分、落ちていたんじゃないだろうか。

 それに、ディンドルの木までの道のりも決して安全とは言えない。

 【索敵】である程度避けることができる俺たちや冒険者であればそこまで危険ではないが、一般人にとってはタスク・ボアーやゴブリンはやはりある程度リスクのある相手なのだ。

「う~む、高いには理由があるんだな、やっぱり」

「そりゃそうだ。それが経済原理」

「さっき、ハルカが『薬草』って言ってたけど、そっちはどれくらい利益があるの?」

「普通ならそんなに儲からないと思うけど、私たちの場合、【ヘルプ】と【鑑定】があるから、結構儲かるわね」

 最初にギルドに納品したときも、ディオラさんが驚いていたからな。

「そうなの?」

「普通なら薬草の種類をきっちり覚えて、見分け方も勉強した上でたくさんの草の中から探さないといけないと思うけど、スキルがあると簡単に見分けられるのよ」

「ある意味、地雷が多いスキルの中ではかなり便利だよな。チートとは言わなくても、ボーナススキルと言って良いんじゃないか?」

「【鑑定】とか取るヤツ、多そうだし、邪神の慈悲かもな?」

 【ヘルプ】、【鑑定】、【看破】は他のスキルとちょっと違う部分が多いんだよな、俺たちが把握している中では。

 何か意味があるのか、それともトーヤが言ったように邪神さんからのサポートなのか。解るときが来るのだろうか?

「でも、私たちの中で【鑑定】を持っているのはトーヤくんだけなんですよね。私は【ヘルプ】を持っていますが……」

 ナツキはそう言ってチラリとユキに視線を向ける。

「そうですね! あたしだけ【鑑定】も【ヘルプ】も持っていませんね! トーヤ、あたしに【鑑定】を教えて! それってレベルあったよね?」

「いや、確かにレベルはあるが、これってどうやって教えれば良いんだ?」

 レベルのあるスキルなのでコピーはできるはずだが、ある意味、一番教え方の解らないスキルと言えるかも知れない。

「それは……試してみるしかないよ!」

「だが、上手く教えられなかったら、取得できなくなるんだろ?」

「そうだけど、大丈夫だよ。そもそも取得できるようなスキルじゃ無さそうだし!」

 それは確かに。

 後から取得できるようなスキルじゃない気はするな。

「それじゃ……試してみるか? オレ、責任は取れないぞ?」

「うん、失敗しても文句は言わないから」

「ならやるか。鑑定のレベルは2な」

「了解。……うん、コピーはできた」

「えーっと、それじゃ……あれでいいか」

 トーヤは乾燥ディンドルを持ってきて、ユキに差し出す。

「これを見て、『これが何か知りたい』と考える。するとウィンドウが表示されて、『乾燥ディンドル ディンドルを乾燥させてドライフルーツにしたもの』と見える」

「…………見えないよ?」

 やはりそう簡単にはいかないか。

「ユキ、これまでのスキルだって1時間以上かかってるでしょ。1回ぐらいじゃ上手く行かないわよ」

「え、つまりこれを1時間以上見つめながら、『これが何か知りたい』と考え続けろと?」

「そうね、教える必要があるんだから、トーヤもそれに付き合う必要があるかも?」

「え、マジで?」

 揃って『そんなっ!』みたいな表情を浮かべるユキとトーヤ。

 うん、頑張れ。

「いつでもできるんですから、空いた時間に少しずつやってみたらどうですか? 上手く行けば御の字、ぐらいのつもりで」

「うぅ……そうするしか無いかなぁ。薬草採取に行く前に物にしたかったんだけど」

「大丈夫よ、ユキ。仕事に行くのは明日からだから」

「……明日までに物にしろ、と?」

「さて、そろそろアエラさんのお店を見に行きましょうか」

 ユキの言葉には応えず、そう言って立ち上がるハルカ。

「おーい」

 そんな風に不満を表明するユキを尻目に、俺たちも立ち上がる。

「そうですね。ランチタイム、お客さんが入っていると良いんですが」

「大丈夫だろ。少なくともあの看板があれば、客がゼロということは無いと思うぜ?」

「え、無視? 無視なの?」

「オレも腹が減ったから、早く行こうぜ」

「あれ、トーヤもなの? 待って、待って! あたしも行くから!」

 慌てて追いかけてきたユキと共に、俺たちはアエラさんのお店へと向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る