S009 トミー立志編 (5)
本命、つまりホームセンターなんかで売っているようなショベル。
マンション住まいだったのでウチにはなかったけど、使ったことはある。
「単純に大きくするのじゃダメですよね」
「そりゃダメだろ。柄の長さが2倍ぐらいになるんだ。梃子の原理でショベルの先端にかかる力も、2倍になるんだぞ?」
同じ厚みだと曲がる可能性があるかな?
いや、でも結構余裕があったから、これは実験してみるしか無いか。
「柄の太さはどうですか?」
「それは持ちやすい太さで良いんじゃないか? 柄の断面積は半径の2乗に比例するんだ。今の太さでもかなり丈夫なんだから、十分な強度が得られると思うが」
「断面積が2倍になると強度は2倍になるんですか?」
「あれ、違うのか?」
「確か円形の場合、曲げに対する強度は3倍ぐらいになったような……?」
良く覚えてないけど、そんなふうなことを見たような記憶が。
「それなら余計に大丈夫だろ。オレ、ショベルの柄を折れる気はしないし」
「でもこの世界の人、身体能力が高いですよね?」
「……それがあったか! なら、あれだ。柄の太さを決めてしまって、ガンツさんにアドバイスを受けて素材を決める方法が良いか。この世界、強度の高い木もあるし」
ナオ君の使っている槍の柄が、擬鉄木というかなり丈夫な木を使っているらしい。
但し、高価な素材なので、ショベルには使えそうもないみたいだけど。
「ひとまず先端の方を試作してみますね」
「おう、オレも適当に作ってみるかな?」
形状としては先ほどの物を大型にした物。
鉄の厚みは記憶にあるショベルを思い出しながら、心持ち厚みを持たせてみる。
あと、こっちは柄を固定するから、柄を支えるように鉄のカバーを上に伸ばして……うん。できた。
あまり差が無いので、さほど時間はかからずできあがったんだけど……触った感じですでに怪しい。ぐっと力を入れても曲がりこそしないけど、危ない感じ。
「う~ん、少し厚めにしたのに、強度が出ない……」
「どれどれ。うん、確かに少し厚い感じだが、鉄の品質、忘れてないか?」
「――あぁ!」
トーヤ君が僕の作ったショベルに触れて頷きつつ、そんな指摘をした。
よく考えたら、現代の工業で使う鉄って、炭素やその他の金属の含有量まで厳密に計算された鉄なんだよね。
明らかに強度に劣る鉄を使っている以上、同じ厚さで上手く行くわけが無い。
「取りあえず最初は厚めに作ってテストしてみたらどうだ?」
「わかりました」
トーヤ君のアドバイスに従い、かなり厚めに作った物を試作。
先端を固定して、予定の1.5倍ぐらいの長さの柄を付けて全体重を掛けてみる。
「曲がら、ない、か。トーヤ君、やってみてくれる?」
「おう」
トーヤ君の体重で、反動を付けて押さえても曲がらない。
現状で強度的に十分みたいだけど、反面、重いんだよね。工事に使うなら、できるだけ軽くしないと、疲労に直結する。
形状の工夫は難しいので、形は変えずにどこまで薄くできるかを試していく。
それから試作すること数回、最初の半分程度まで薄くしても問題ないレベルの強度が出せるようになった。
そこまでできれば後は簡単だった。
柄の太さは小柄なドワーフの僕でも持ちやすい太さ、柄尻の部分も記憶にある物を参考に作って取り付ける。
「ほう、良いんじゃないか?」
「ですよね! 早速試してみましょう!」
裏庭に出て、穴を掘ってみたり、トーヤ君がやっていた強度の実験をしてみたり。
幸い、僕の作ったショベルはいずれの試験にも耐えてくれた。
石を落とすとかやり過ぎという気もしたんだけど、工事現場で使うなら起こりうるだろ、と言われて考えを変えた。
確かに工事現場ではワザと乱暴に扱わなくても、壊れてしまう道具は多かったから、丈夫な道具は喜ばれると思う。
「これは、完成で良いんでしょうか?」
「良いじゃないか? 元の世界であれだけ使われている物だぜ? 形状なんかはそう簡単に改善できたりはしないだろ」
「ですよねぇ。まぁ、僕の作った物がそこまで完璧な形になってるとも思えませんが」
大量生産品はプレス加工で作っているのかな?
多分、コンピュータで計算した最適な形とかになっているんだろう。
僕のは形を真似しただけだから、頑張ればもうちょっと丈夫にできるかも知れないけど……簡単にはいかないよねぇ。
「できればもう少し軽くできたらと思うんですけど」
「それは素材を変えるしか無いだろうな」
「素材? あっ、ミスリルとか!」
「ショベルにミスリルを使う奴がいるか! いや、ミスリル自体存在するのか知らないが。他の合金? とかだよ」
「何か良い合金があるんですか?」
「それは解らん!」
それならそれを使えば、と思って聞いた僕に、自信満々に答えるトーヤ君。
「ダメじゃないですか」
「そこはガンツさんに相談すべき事だろ。一応、オレの剣やナオの槍は、青鉄や黄鉄ってのを使っているが、これが合金なのか、それ以外の金属なのか、それすら知らんからなぁ、オレ」
「それを使うのはどうなんですか?」
「いや……無理じゃないか? 素材の値段だけとは思わないが、俺たちの武器、めちゃめちゃ高いぞ?」
……そういえば、ここで800万円以上使った、みたいなこと言ってたっけ?
防具やハルカさんの装備も買ってるんだろうけど、そこから予想するに、ショベルの値段にはなりそうもないなぁ。
「ボクたちの知識じゃここまでみたいですね。物としてはできたので、これをガンツさんに見せてみましょう。トーヤ君は何を作っていたんですか?」
「オレはこれだ」
そう言ってトーヤ君が取り上げたのは、ショベルより少し大きめで、少し形状が違っている物。
「それはスコップですか?」
「ああ。トミーの工事現場を見学していたとき、掘った土を掬うのに苦労していた様子だったからな。ショベルも良いが、掬う専用のスコップもあったら便利だろ? 土を掘るわけじゃないから、薄くできてその分、軽くもなる」
「ショベルでも代用できますが……確かに、上手くすれば、セットで売れそうですね」
掬える土の量はスコップの方が多くできるし、軽いなら疲労も軽減できる。
需要はありそうだよね。
受け取って軽くねじってみるけど、その程度で曲がったりはしないので、土を運ぶのには十分な強度はありそう。
「それじゃ、これにも柄を付けてしまいましょうか」
「おう、頼む。それが終わったら少し休憩しようぜ。さすがに水分補給が必要だろ」
「あ、そうですね。必死になっていて、忘れてました」
暑い炉の前で作業しているので、気がつけばかなり汗をかいてしまっていた。
意識したら、喉もかなり渇いていることが解る。
手早く柄を付けてしまったところで、トーヤ君が水を汲んで戻ってきた。
「ほら」
「ありがとうございます」
「そろそろ昼だな」
「あ、もうそんな時間ですか」
集中して作業していたため、思ったよりも早く時間が過ぎていたみたいだ。
大きく息を吐いて身体を解していると、トーヤ君が干し肉を取りだして囓り始めた。
そういえば昼食、用意してなかったなぁ。これまでは近くの屋台で食べてたんだけど……何か買いに行こうか。
「トミー、食うか?」
「あ、良いんですか? 頂きます」
そんなことを思って僕が見ていたのに気付いたのか、トーヤ君が干し肉が入った袋を差し出してくれた。
素直に手を出し、囓る。
「んっ! 美味しい! 干し肉って案外美味しいんですね!」
硬くてしょっぱいだけかと思っていたら、全然そんなことはなくて美味しい。
元の世界で食べたビーフジャーキーとは味が全然違うけど、美味しさはそれに匹敵する。
これって高いのかな? そんなに高くないなら、下手に屋台で買わなくても、パンとこれの方が良いかもしれない。
「これ、ハルカ作だから。そのへんの店で買ったヤツは、不味いから」
「……あぁ、そうなんですね」
ガックリである。
安心して食べられる物が見つかったかと思ったのに。
「何だったら、そのへんの干し肉と同じぐらいの値段で譲ってやっても良いぞ?」
「え、ホントですか?」
「それなりの量作ったし、多少なら問題ないだろ。ただ、肉だからそんなに安くはないぞ?」
「ですよね。串焼きの肉とか、なかなか手が出ませんし……」
元の世界だって、ビーフジャーキーとか結構高かったし。
僕のお小遣いでは、気軽に買うのはちょっと躊躇する値段だった。
でも、この味を諦めるのは惜しい!
「うん、買わせて頂きます! ――もうちょっとお財布に余裕ができたら」
「頑張れ。よし、これは餞別だ。やるよ」
そう言って手に持っていた袋を渡してくるトーヤ君。
まだ結構な量が入っているから、これ、買ったらかなりするよね?
「良いんですか!? ありがとうございます」
「それを喰いながら、修行を頑張れ」
「修行……弟子入り、できると思いますか?」
「物としては問題ないだろ。これでダメなら……正攻法でガンツさんの信頼を勝ち得ていくしかないかなぁ」
「ううぅ……不安です」
「多分、大丈夫だろ。――来たみたいだぞ?」
「えっ?」
そう言ってトーヤ君が後ろを振り返ると、しばらくすると足音が聞こえてきてガンツさんが入ってきた。
「よう、調子はどうだ?」
そんな風に気軽に聞いてくるガンツさんに、トーヤ君は含み笑いをして並べたショベルをビシリと指さした。
「ふっふっふ、ガンツさん、できたぜっ!」
「なにっ!? もうか?」
「形は頭の中にあるって言っただろ? 後はそれを元に実物を作ってテスト、少し改良すれば良いだけさ」
「考えられてもそれを形にするのが難しいんだがな。どれどれ……」
そう言いながら、ショベルを検分するガンツさん。
「ふむ。出来にバラツキがあるな?」
「ああ、これとこれがオレ作」
「お前の方が下手なのか」
「オレの本職は冒険者だぜ? コイツより上手くても仕方ないだろ?」
そう軽く言うトーヤ君と、ショベルを見比べながら難しそうな顔で唸るガンツさん。
「お前でもそのへんの見習いよりマシなんだが、トミーの出来は……おい、コイツを作って見せろ」
「は、はい!」
言われるままにショベルを作る。
後ろからじっとガンツさんが見ているので緊張はしたけど、すでに何度か繰り返した作業なので、ミスをすることもなく作り上げることができた。
「なるほど、技術はあるのか。疑問はあるが、トーヤに聞かないと約束したしな……」
あ、そのへん交渉してくれてたんだ。トーヤ君、ありがとう!
鍛冶師に弟子入りしたいというのに、鍛冶の技術だけは持っているとか怪しいこと極まりないから、追及されるとヤバかったよ。
「それじゃ、それ、使って見せろ」
「はい。では、裏庭に」
裏庭に移動して、ショベルの使い方を実演。
使い方自体は単純だから、頑丈さなどを見せるような感じかな?
「ふむ、問題は無さそうだな。こっちのはなんだ? 形状が違うが」
「これは土を運ぶ専用だな。こんな感じで使う。この小さいのは組み立て式。冒険者向けに売れると思わないか? 少なくとも俺は欲しい」
トーヤ君がそう言って、スコップと携帯型のショベルも紹介する。
「確かに売れそうだな……問題は値段だが……」
「なぁ、ガンツさん。なにか丈夫で軽くて安い金属はないか? これ、丈夫には作ったんだが、ちょっと重いんだよ」
「そんな都合の良い物があるかっ! あったら武器や防具に使われてるわ!」
そりゃそうだよね。
あったら、鉄じゃなくてそっちを使ってるよ。
「重さは……問題なくないか? 女子供が使うわけじゃねぇだろ。現場の奴らがこの程度の重さに文句言うか?」
ガンツさんがショベルを持ち上げてそう言うが、トーヤ君は首を振る。
「長時間作業するんだ、少しでも軽い方が良いだろ? オレたちの武器に使ってある青鉄や黄鉄はどうなんだ?」
「バカヤロウ、青鉄の方がめちゃめちゃ重いわ! 第一、この鉄とは値段の桁が違う。赤鉄なら4倍程度で買えるが、加工性がなぁ」
「青鉄、黄鉄、赤鉄か……あと、黒鉄の武器も売ってたよな。他にはどんな鉄があるんだ?」
「あん? そうだなぁ、ウチにあるのは後、白鉄ぐらいだな。値段は10倍ぐらいするが、コイツはかなり丈夫なんだよ。加工は赤鉄以上に大変だがな。お前らの鎖帷子、それに使ってる素材だぜ?」
「あ、そうなんだ? あれ、かなり良いよな。まだ、効果を発揮したことはないが」
「防具が役に立ったって事は危なかったって事だろうが。効果を確かめる機会なんぞない方が良いんだよ。ウチとしちゃぁ、修理に来ねぇから、商売にならねぇがな! がははは」
うわ、トーヤ君たち、そんなに高い素材使った防具を使ってたんだ?
青鉄、黄鉄はそれより高いんだよね? 冒険者ってお金かかるんだなぁ……。
「ま、素材の値段の時点で、普通の工事で使えるような値段にはならねぇと思うぞ?」
「うーむ……冒険者向けの携帯型ならどうだ? 少しでも軽くて丈夫な方が売れるんじゃないか?」
「確かに冒険者なら金を持っているが……2つ並べておくのも手か? 金がないヤツは、重くても普通のを買うだろうし……。トーヤ、お前なら買うか?」
「いや、買わない」
「おい!」
トーヤ君、さっきまでの話、台無しだよ!?
「むしろ今作ってもらう! ガンツさん、金払うから白鉄、分けてくれ。そしてトミー、携帯型の方、作ってくれ!」
「えっと……良いんでしょうか?」
そう言ってガンツさんを見ると、彼はため息をつくと棚の中から1つのインゴットを持ってきて差し出してきた。
「金は要らねぇから、作ってみろ。コイツの腕も見られるし、実際どんな物か、作る意味もあるからな」
「ガンツさん、さすが!」
「お世辞は要らねぇ。トミー、やってみろ」
「解りました!」
ガンツさんから白鉄というそのインゴットを受け取ると……かなり軽い。
大きさから感じる印象とはかなり隔たりがあって、アルミほどではないけど、鉄とは全然違う。
「そいつは、同じ厚さなら鉄の2、3倍の強度がある」
「はい」
かといって、単純に半分の厚みにするだけじゃまずいよね。先端部分は薄くできるだろうけど……。
そんなことを考えながら炉の中にインゴットを入れ、熱する。
そして、十分に熱くなったところで取りだし叩く。
ガンッ!!!
――硬い!
これまでとは全然手応えが違う。多少叩いたぐらいでは形も変わらないし、これは確かに加工性が悪いというのも頷ける。
でも、全く歯が立たないという物でも無い。
感覚の命じるままにひたすら熱しては叩くを繰り返す。
時間としてはこれまでの2倍以上はかかったかな?
思い描いた形になったところで手を止め、先端を研いでいく。こちらも金属が硬いだけに少々手こずったけど、ハンマーでの加工に比べればかなり楽。
「うん、できました!」
できあがったそれは、形状は殆ど変わらないのに随分と軽く、そして光沢がある。その光沢は鉄というよりも、ちょっとステンレスのような感じ。
「ほう、見せてみろ」
僕からそのショベルを受け取ったガンツさんはそれに力を込めてみたり、ハンマーで叩いたりした後、納得したように頷いた。
「良くできている。トーヤ、どうだ?」
「これは良いな! 大分軽くなったから持ち運びもしやすい。先端もカバーが欲しいぐらい鋭いし……ハルカに作ってもらうか」
「これなら売れるかもな。おい、トーヤ、これらはウチで売っても良いんだな? そっちの土を掬うヤツも含めて」
「おう、構わないぜ。その代わり、トミーのこと、頼むぜ」
「解ってらぁ。おい、トミー、お前の腕は悪くねぇ。だが、弟子になりたいってんだから、何か学びたいことがあるんだろ? 面倒見てやる、明日から来い」
「え、じゃあ!」
「弟子にしてやるってんだよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「おう、頑張れ。お前なら、普通の弟子より早く独立できるだろうさ。そんときゃあ、別の街で店を開いてくれよな。弟子に客を取られちゃかなわねぇ。がはははは」
頭を下げる僕の背中を、バンバンと力強く叩きながら大笑いするガンツさん。
鍛冶師だけあって、メチャメチャ背中が痛いんですが。そんなこと、口に出せないけど。
「トミー、良かったな。頑張れよ。ガンツさんより腕を上げたら、注文するぜ」
「おいおい、いきなり乗り換え宣言かぁ?」
「心配しなくても、俺たちがこの街を拠点にしている間はガンツさんに頼むことになるだろ。それともあっさり抜かれるのか?」
「んなワケねぇだろ! 若造にあっさり抜かれるほど怠けちゃいねぇよ! ――まぁ、それなりの腕になったら、お前らの武器程度、任せてやっても良いがな!」
「なら安心だな。トーヤ、ガンガン技を盗んでやれ」
「ははは……。でも、うん。トーヤ君、ありがと。色々と。本当に助かった」
数日前、行き倒れて死にかけていたのを助けてくれた上に、お金を貸してもらい、更には就職先まで世話してくれた。
出会ったのがトーヤ君たちじゃなかったら、どうなっていただろう?
正直考えたくないな。
あの時、ナオ君に『
「ま、良いってことだ!」
そう言ってトーヤ君は良い顔で笑って、僕の肩を何度か叩いた。
こうして僕は、鍛冶師としての第一歩を踏み出したのだった。
肉弾戦を専門にしているトーヤ君のバシバシは、やっぱり痛かったけどね。
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