054 アエラさん家(ち)で昼食を

 訪れたアエラさんのお店の前には、昨日ユキが書いた看板がきちんと立てられていた。

 メニュー部分だけはアエラさん自身の手によるものだが、値段も書いてあって、これなら一見さんも安心して入れるだろう。

「いらっしゃいませ……あ、皆さん!」

 俺を先頭に店の中に入ると、アエラさんの声に迎えられた。

 ちょうど客が1組帰ったところだったのか、テーブル席を片付けながら俺たちに向かって晴れやかな笑顔を見せてくれた。

 中を見渡すと、ほぼ満席。テーブル席は1つだけ、今アエラさんが片付けているところのみが空いていて、他は埋まっている。カウンターも空いているのは2席のみだ。

「こんにちは、アエラさん。少し心配だったんですが、杞憂だったみたいですね」

「はい! おかげさまで。ちょっと待ってください、すぐ片付けますから!」

 アエラさんはそう言うと手早く食器を片付けてテーブルを拭くと、椅子を1つ持ってきて5人分の席を作り、俺たちに勧めた。その手早さは飲食店での修行の日々を思わせる。

「ささ、どうぞ! 何にしますか?」

「私は日替わり。みんなも同じで良い?」

「はい」

 ハルカの言葉にナツキが応え、俺たちも頷く。

「それじゃ、日替わり5人前で」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 ニッコリと笑って下がるアエラさんを見送り、店内を改めて見回す。

 お客の数は18人。男性が4名で他は女性。

 全員比較的ゆっくりと食事をしていて、例えば

微睡みの熊亭の様な忙しなさは無い。

 ランチとしては少し高い価格帯が影響しているのか、それとも店の雰囲気故か、想定した客層が入ってくれているようだ。

「良かったですね。上手くいったみたいで」

「だな。取りあえず、1日目は成功、かもな」

 ナツキとそう話していると、アエラさんがトレイを持って戻ってきた。

「お待たせしました。本日の日替わりです。今日は昨日譲ってもらったお肉を使っているんですよ」

 実は昨日狩ってきたタスク・ボアー、牙と皮以外は餞別としてアエラさんに譲っていた。

 大量に食べるトーヤが居ても、猪の肉全体からしたらその量は知れている。十分に店で出せるだけの量は残っていた。

「あと、数量限定にしたので、パン付きです」

「へぇ、アエラさんが焼いたの?」

「はい。薄利多売だと無理ですけど、数量限定ならできますから」

「それじゃ、頂きます」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

 アエラさんがぺこりと頭を下げると厨房へと戻っていく。朝の様子も聞きたかったが、1人だけで切り盛りしている以上、忙しいよなぁ。

 帰りに余裕がありそうなら聞いてみることにして、今は食事を味わう。

 まずはパン。手に取ってみると、ふんわりとしていて、この世界に来た中では最も柔らかい。

 しかもこれ、木の実まで入っているよな?

「ん! 美味いな!」

 木の実の香ばしさと甘さ、コリコリとした歯ごたえが堪らない。

 歯ごたえはアーモンドみたいでサイズは3分の1ほど、味はカシューナッツに近い。

 このナッツ、欲しいな。値段次第だが、おやつに良さそう。

「ホントね。親父さんのパンも美味しかったけど、それ以上ね。コストが違うとは思うけど」

「肉もかなり美味いぞ。正直、毎日来たいレベルだな」

「どうして同じ料理人で、ここまで差があるのでしょうね?」

 やはり他のみんなにも好評なようだ。ナツキはサールスタットと比べているのだろうが、あそこはもう比較するようなレベルじゃ無いと思う。

「腕以外に素材の問題もあると思うけど……美味しい料理屋が増えるのは嬉しいわね」

 そんな話をしながら食事を進める俺たち。

 ただ1人、ユキだけは食事をしながらテーブルに置いた乾燥ディンドルをじっと見つめている。

 客観的に見ると、かなりおかしな行為だが、ユキとしてはかなり真剣なのだろう。

「まだダメ?」

「うん、ダメ。できるのかなぁ?」

「トーヤのレベルも上がってないんだよな?」

「おう。あまり使ってないし、図鑑か何かで勉強しないと意味が無い、みたいな話じゃなかったか?」

「え、そうなの!? じゃ、あたしの行為、無意味なんじゃ?」

 パッと顔を上げて、目を丸くするユキ。そんなユキにハルカは手を振って否定する。

「その可能性もあるかも、という話をしただけよ。説明書があるわけじゃないんだから――そういえば、キャラメイクの時、どう書いてあったかしら? ナオ、覚えてる?」

「いや、すまん、覚えてない」

 【鑑定】に関しては完璧に失念していたな。ある意味、定番なのに。

 【ヘルプ】を取る前の説明文に『対象の情報を得る』みたいな事が書いてあったような気がするが、それ以降はチェックが抜けていた。【看破】をレベル2にする前に、【鑑定】をレベル1でも取っておくべきだよなぁ、普通。

「私は少し覚えていますよ。確か、『同じ物を鑑定しても意味が無い、勉強も必要』みたいな説明だった気がします」

「お、さすがナツキ。その書き方なら、鑑定することでも経験は貯まるのか?」

「そうなんでしょうね。いろんな物を鑑定しつつ、勉強もすればレベルが上がる、って事じゃない?」

 その説明に、ふむふむと頷くトーヤ。

「なるほど。それなら、これからは頻繁に鑑定を使っていくか。特に消費も無さそうだし」

「そうしろ、そうしろ。レベルが上がれば、もっと使いやすくなるかも知れないしな」

 薬草採取の時には必要部位を教えてくれたりして、現状でも役に立っているのだ。さらにレベルアップしたら……夢が膨らむ。

 そういえば、ショベルも手に入れたし、根っこが必要な薬草も回収しやすくなったんだよな。それも採取対象にできるな。

「でも、それじゃ、あたしがこうやって乾燥ディンドルを見つめてるのって意味が無い?」

「ユキはそれ以前でしょ。まだスキルを取れてないんだから」

「そっか」

「それとトーヤ、しっかり指導しなさいよ?」

「無茶言うな! どうやってだよ」

「取りあえず、頑張ってるユキを見ていれば良いんじゃないか? スキルシステムがよく解らないが」

「頼りないなぁ。ま、取りあえず見ておく」

 それからしばらく。お茶を飲んで一息ついたところで、俺たちは席を立った。

 満席だった店内も、今はテーブル席が2つ、カウンターが4席空いている。昼食には少し遅いという今の時間帯を考えれば、まあ悪くないと言って良いだろう。

 アエラさんも少し余裕があるようなので、帰る前に少し話を聞いてみるか。

「アエラさん、朝の販売はどうでしたか?」

「はい、初日でしたので少し数は控えめにしたのですが、おかげさまですべて売り切れました。こちらでは馴染みがなかったみたいですが、黒板に説明と値段を書いたのが良かったみたいです」

 昨日出してもらったマッシュポテトに肉を巻いたあれ――そういえば、なんていう名前なんだ?

「アエラさん、あの料理、なんて言うんだ?」

「あれですか? あれは『ポステ』って言います。昨日お出ししたのは、肉を巻いていたので、『肉ポステ』ですね」

「今日売ったのも?」

「はい、頂いたお肉がありましたので、それを使って。肉ありで15レアにしたので、かなり好評でした」

 お肉はやはり高いので、薄い肉でもあると人気が出るようだ。

 今日の日替わりも好評で、残りもわずかになっているらしい。

「でも、採算は取れるの? 肉を普通に仕入れたとして」

「そこはきちんと計算してますので、大丈夫です。……でも、皆さんが売りに来てくれるなら、助かりますけど。モツも買い取りますよ?」

「うん、そうね、狩りに行ったときには持ってきても良いかも。特にモツはギルドでは買い取ってくれないし」

 肉屋に持ち込めば多少は買い取ってくれそうな気もするが、アエラさんにはモツの取り方を教えてもらった恩もある。買ってくれるなら持ち込みを拒む理由もない。

「ちなみに、タスク・ボアー以外でも良い?」

「はい、大抵の物なら。処理が悪ければ、そこは査定させてもらいますけど。不幸中の幸い、大型の冷蔵貯蔵庫がありますから、多少多くても良いですよ」

 薄利多売用に買ったヤツだな。昨日見たときも、かなりガラガラだったし、あれなら猪の1頭や2頭入れても大丈夫だろう。

「処理ね……もし処理が悪ければ、アドバイスはもらえる? 私たち、特にモツとかは良く解らないし」

「私に解る範囲ならいくらでも。確かハルカさんは水系の魔法が使えるんですよね? 持ち込む肉は凍り付けでも構いませんから」

「あぁ、そっか、冷凍もアリか……参考にさせてもらうわ。それじゃ、また来るわね」

「ごちそうさまです」

「美味しかった」

「はい。ありがとうございました」

 皆それぞれに挨拶をし、アエラさんの明るい声に見送られ、俺たちは店を出た。


    ◇    ◇    ◇


「なぁ、ハルカ、冷凍なんてできるのか? 氷を作る魔法も結構苦労して覚えたんだろ?」

 今までは肉を腐らせないために、ハルカが出せるようになった氷を一緒に入れていた。

 これだけでも随分と便利なのだが、時々交換したり、溶けた水を捨てたりするのが少し面倒だったのだ。それを考えれば、肉自体を冷凍できれば便利そうな気はする。

「試してはないけど、できそうな気はする。だって、氷って水を出してそれを凍結させているわけよね? それなら、水を出さずに目の前の物を凍結させる方が楽じゃない?」

「なるほど、道理ではある。が、温度、違わないか?」

 水は零度以下になれば凍るが、冷凍庫なんかはマイナス20度とかそのレベルである。

「氷だって別にマイナス1度とかで固めてるわけじゃないわよ? 温度計がないから測れないけど、かなり下げてるつもり。それに、最初に比べて、氷の溶ける速度も遅くなったと思わない?」

「そういえばそんな気がする」

 時計がないから感覚的な物だが、氷を交換するときに残っている大きさとかを考えると、多分、ハルカの言うとおりなのだろう。

「でもハルカ、冷凍してしまうとまずくありませんか? 冷凍状態が保てれば良いですが、解凍して冷凍を繰り返すと……」

 そう指摘したのはナツキ。料理をする人間にとって、お肉の解凍、冷凍の繰り返しがダメなのは常識らしい。

「あー、そっか、溶けちゃうと拙いわよね……徹底的に温度を下げて、溶ける前に魔法をかけ直す? どれぐらいで溶け始めるか、実験が必要よね……。ナオ、時空魔法の方はどう? マジックバッグ、作れそう?」

「あー、そうだなぁ、『空間拡張エクステンド・スペース』はともかく、『時間遅延スロー・タイム』か『軽量化ライト・ウェイト』だけならなんとかなる……いや、試すことはできるぞ?」

 通常のマジックバッグは容量を大きくするのが基本で、高級モデルになると時間の停滞や軽量化が付属するようになる。

 だが、手に入れた時空魔法の魔道書をよく読んでみると、正確には少し違っていた。

 一番求められているので、『空間拡張エクステンド・スペース』を付加したマジックバッグが基本となっているが、実際の付加の難易度としては『時間遅延スロー・タイム』や『軽量化ライト・ウェイト』も変わらないか、やや楽なぐらいらしい。

 ではなぜ高級モデルにしか付加されていないかと言えば、重複して付加するのが難しいためである。つまり、『空間拡張エクステンド・スペース』なしで『時間遅延スロー・タイム』のみを付加したマジックバッグであれば、さほど高くない難易度で作ることができるのだ。

「そうなんだ。なら、試してみる? 私も錬金術の本を読んで、知識としては覚えたし」

「試してみるか。上手く行けば、より稼げるようになるし」

「なら、帰りに必要な道具、買って帰りましょ」

 錬金術となると、やはり色々な道具が必要となるため、それらは買うか、自分で取ってくるかしないといけない。

 今の俺たちが取りに行くのは難しいので、今回は必要最小限の道具のみ購入することにしたらしい。

「ナツキの【薬学】も活用するには道具が必要だろうし、家を手に入れたらその辺りも揃えたいな」

「そうですね。私たち、全員【頑強】を持っていますが、病気にならないとは限らないわけですし」

「ちょっと違和感あるけど、今じゃナツキが、そっち方面では一番強いのよねぇ」

「ふふっ。えぇ、少し力を入れましたから。もしもの時には、今度は私が皆さんを看病しますね?」

 ナツキがニッコリ笑ってそんなことを言う。

 俺自身は行ったこと無いが、たまにナツキが休んだ時、ハルカはお見舞いに行っていたから、看病されることもあったのだろう。

 今も外見的にはそんなに強そうには見えないのだが、スペック的に最も病気知らずなのはナツキなのだ。

「見えたっ!」

「「「は?」」」

 突然声を上げたユキに、全員が揃って視線を向けた。

「何よ、突然」

「見えたのよ! ほら、これ!」

 そう言って差し出すのは乾燥ディンドル。そりゃ見える――あ、もしかして。

「【鑑定】か!?」

「そう! まだ『乾燥させたディンドル』ぐらいしか表示されないけど、確かに見えるの!」

「ほー、【鑑定】もコピーできるのか。やったな!」

「【鑑定】がコピーできるとなると、案外、『教える』の概念は緩いのかもね。あれで教えることになるんだから」

 確かに、トーヤの説明は雑だった。いや、あれ以上どう教えたら良いか解らないというのはその通りなんだが。

 ただ、練習しているときに同じ場所に居ることが条件なら、結構面倒ではある。仮に他に【スキルコピー】持ちの人がいても、1時間程度拘束されるなら、気軽に教える気にはならないだろうなぁ。

「でも、これで明日からの薬草採取でも役に立てるよ!」

「そうだな。ハルカ、俺たちも頑張ってマジックバッグ、作ってみるか」

「うん、試してみる価値はあるでしょうね。それとユキ、せっかくだから【錬金術】も教えてあげるわ」

「え? 今、【鑑定】を覚えたのに?」

 やっとスキルを覚えてホッとしたところに、そんなことを言われて目を丸くするユキ。

「そういえば、ユキは時空系の素質も持っていたよな? よし、俺も【時空魔法】を教えちゃうぞ」

「水と火の素質も持っていますから、そちらも教えてあげてください。まだ、【棒術】は役に立つレベルじゃ無いですし」

「え? え? スパルタ? スパルタなの?」

 戸惑いをあらわにするユキの背中を押し、俺たちは宿へと戻ったのだった。

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