032 帰還 (1)
俺たちが宿に戻ると、トーヤが外で日課の自主練を行っていた。
「トーヤ、ただいま。何か問題は?」
「おう、お帰り。特に何も無いな。まぁ、客には今日までとは言わないつもりみたいだから、多分大丈夫だろ」
不義理と言えば不義理なんだろうが、所詮はバイト先の客でしかない。
特別親しくなった相手もいないそうだし、下手に挨拶をして無用なトラブルを起こす必要もないだろう。
「ふむ。あ、これ昼飯な」
そう言ってトーヤにさっき作ったハンバーガー、いや、ハンバーグじゃないからサンドイッチか。それを2つほど取りだして渡す。
「おっ、ナイス! あれはもう食いたくないからなぁ」
嬉しげにそれを受け取ったトーヤは、早速それに齧りつく。
「うむうむ。パンもそれなりか。何とか帰るまで耐えられそうだな。ちょいと味気ないが」
単に焼いた肉を挟んだだけだと食べにくいので、肉に切れ目を入れて噛み切りやすくはしているが、やったことと言えばその程度。
野菜が無いのはやっぱり物足りない。
「やっぱり、ピクルスを買ってきた方が良かったかしら?」
「……ピクルスが不味いって事は、ないよな?」
「それは……どうかしら? 私たちのイメージするピクルスって野菜の酢漬けだけど、本来は乳酸発酵させた物だから、クセがあるかも」
「発酵食品かぁ……」
世界各国の発酵食品、基本的に万人受けしない物が多いのは知れたこと。
日本の古漬けも、好みが分かれるし。
そもそも最近のスーパーで売っている漬物なんて、『調味液に浸けた』だけで、本当に重しを載せて『漬物にした』ものなんて殆ど売ってないんじゃないか?
「オレとしては、ハルカに酢漬けを作ってもらいたい」
「同感。それなら外れは無いだろ」
「えー、私もピクルスの漬け液なんて、何となくしか知らないんだけど……ま、了解」
お酢と白ワインとかだったかなぁ? と呟いているけど、きっとハルカなら良い感じに仕上げてくれるに違いない。
俺は信じているぞ。
結局、懸念したトラブルは起きることも無く、俺たちは翌日の朝早くにサールスタットの街を後にする事が出来た。
食事は昼、夜、朝と例のサンドイッチ1択だったのに、予想外にナツキたちの評価が高かったのが、嬉しいやら、可哀想やら……。
思わず、『すぐにおっちゃんが美味いもん、食わしてやるからな!』とか言いたくなってしまった。
料理するのはハルカだが、昼は鳥か何かを狩ってきてやろう。
「帰りはどうする? 走るか?」
来るときはトミー関連で時間を使ったのでフルマラソン的なことをしたわけだが、トーヤの言葉にハルカは首を振った。
「そんなに急ぐ必要も無いでしょ。ユキたちは街から出てなかったのよね?」
「うん、装備、整えられなかったし」
ユキとナツキの服装は、ごく普通の布の服。
RPGで言うなら初期装備である。
武器はナツキの持っている槍1本だけ。
「あの賃金で揃えていたら、むしろ驚く」
槍も最初に無理して買ったみたいで、冒険者なのに完全丸腰は怪しすぎるという事のカモフラージュのためだったらしい。
でも、ナツキの【槍術】、レベル4で俺より高いんだよなぁ……。
ここは、俺の槍を渡すべき?
「あー、ナツキ、俺の槍、使うか? 俺より上手く使えそうだし」
そんな俺の申し出に驚いた顔をしたナツキは、すぐに首を振った。
「え? ……いえいえ、まだ全然貢献していないのに、そんな高そうな槍、使うわけにはいきませんよ。それに、ほら、弘法筆を選ばずと言いますから」
「なるほど、下手くそは道具でカバーしろって事ね」
「ぐはっ! そんな、酷い! 否定できないことを言うなんてっ!」
「ハルカ!! ナオくん、全然そんなこと思ってませんからね!?」
慌ててフォローしてくれる、ナツキの優しさが心にしみる。
ま、冗談と解ってるから、別にダメージを受けたわけじゃ無いんだが。
「でも実際、私たちの中で近接戦闘最強はナツキでしょ。【槍の才能】付きで【槍術 Lv.4】、さらに【体術 Lv.3】まであるとか」
そうなんだよ。
スキルだけ見れば、ナツキってめっちゃ強いんだよ。
他のスキル構成も耐性が高く、治癒も出来、スカウト系のスキルもある。
何というか、一番適応能力が高そうなんだよな。
俺と似た部分もあるから、頑張って時空魔法でも伸ばさないと、ナツキ劣化版になってしまいかねない。
「スキルだけはそうですけど、実戦はまだですから……。ハルカたちはどうでした? 実際に戦ってみて」
そう言われ、俺たち3人は顔を見合わせて、最初の戦闘を思い出す。
最初はタスク・ボアーだったよな。
正面から対峙したのはトーヤで、俺とハルカは援護だったから……。
「オレは比較的すぐに慣れた……かな。悩んでいる余裕もなかった部分もあるが」
「私の場合は弓と魔法だから、少し違うとは思うけど、宿賃や今後必要になる費用を考えたら、割り切れたわね。やっぱり、獲物を狩れるとお金になるから」
「わお、さすがハルカ、現実的」
「ある意味、猪なんて、お金が走ってくるようなもんだからな。ただ、解体に関してはなかなか慣れられなかったな」
今となってはサクサク解体できるようになったが、最初の頃は毛皮を剥いだり、頭を切り落としたりするのは結構キツかった。
ある程度、枝肉になってしまえば大丈夫なんだが、生々しさを感じさせる部分はなぁ。
「解体ですか。私たちも慣れないといけませんね。ユキ、がんばりましょうね」
「あー、やっぱ私もやるんだよね。苦手なんだけどなぁ……」
ユキが少し困ったように苦笑するが、やるつもりはあるらしい。
まぁ、「わたしぃ、絶対無理ぃ」とか言うタイプじゃ無いわな。
てか、この状況でそんなふざけたことを言うなら、女だろうと容赦なくど突く。
「そのうち嫌でも慣れるさ。ユキの場合、【スキルコピー】もあるし、ハルカからコピーすればすぐ俺たちより上手くなるんじゃないか?」
「慣れなきゃ戦闘なんかやってられないしな。血や内臓で怯んでたら、死ぬぞ?」
確かに。戦闘中に「きゃぁ、こわーい」とか「気持ち悪ーい」とかやられたら、その時点でパーティー解散する自信がある。
「やはり、苦労しているんですね。短期間でサールスタットの街に来られるんですから、当たり前かもしれませんが」
「本当はもうちょっと早く行きたかったんだけど、まずナツキたちがサールスタットにいるという確信が持てなかったし、まず私たち自身が安全に移動できなきゃ意味が無かったから」
「ううん、あたしたちに比べたら十分凄いよ! あたしが原因の部分も大きいけど、結局、あたしたちは街から出なかったんだから」
「そうですね。期待はしていましたが、正直、来てくれて助かりました。そろそろ多少無理しても宿の仕事は辞めるべきかと思っていたところだったので」
「あぁ、あの給料じゃぁ、将来の展望、立たないよなぁ」
正にブラックバイト。
「この世界の場合、誰でもできる仕事だとあんな物みたいですけどね……」
ナツキが困ったように苦笑する。
なかなか厳しい世界である。
「ま、普通のペースで歩きながら、敵が出てきたらナツキとユキの練習を兼ねて斃しましょ」
ハルカがそんな事を言うと、ユキが驚いた顔で声を上げた。
「え!? あたし、武器持ってないよ!? そもそも、武器スキルが無い!」
「そこは……体術で?」
「素人に無茶言うなぁぁ! ナツキに習っただけで、使ったこと無いんだから!」
ハルカが顎に手を当て、小首をかしげて可愛く言うが、それは無茶である。
多少経験があったとしても、獣相手にいきなり体術とか、ハードル高すぎ。
「ユキは、何が出来るんだ?」
「トーヤ、それを聞く? 【スキルコピー】を取った私に。……一応【土魔法】。『
ユキが『マジで?』みたいな表情でトーヤに視線をやり、視線を逸らして少し控えめに答えた。
「目潰しですね。攻撃力は無いですが、上手く使えれば効果的かもしれません」
うむ……少し微妙だな。
『
「他は?」
「……『
「穴を掘ったり、ちょっとした出っ張りを作ったりです」
「ちょっとナツキ! もうちょっと格好良く解説してよ。あたしが凄く役立たずみたいじゃない!」
ユキの抗議に、ナツキが少し考えてフォローする。
「間違ってないと思いますけど……。あ、『役立たず』じゃなくて、私の解説の方ですよ?」
「言い直さないで! 他意があるように聞こえるから!」
気に入らなかったらしい。
ビシリッと手を突き出して、首を振るユキ。
だが、火魔法以外に比べれば、案外役立ちそうだよな?
「『
「スネアだな」
「なに? 『スネア』って」
あぁ、ユキやナツキは知らないか。
解る人にはすぐ解る話題なんだが。
「あー、何というか、ある意味ファンタジー小説の古典だな。"snare"、意味は『罠』みたいな感じだったよな」
「基本、敵の行動阻害程度の効果しか無いんだが、上手く使えればそれなりに効果的」
派手さは無いが、使い勝手が良い。
元祖は場所の制約があったが、土魔法ならそのへんも無いだろうし……いや、やっぱり土の無い屋内だと無理か?
「なるほどね。小さい穴でも足を取られたら捻挫や骨折するわよね。タイミング良く使えればだけど――」
「大丈夫! できる! いや、できるようになる!」
そう上手く行くか?
『
早すぎれば避けられる。
タイミングが合っても、歩幅と合わなければ普通に越えられる。
出っ張りを作る方が引っかかりやすそうだが、穴の方が捻挫や骨折にはなりやすそう。
上手く使えれば、かなり凶悪ではあるんだが……。
「じゃあ、タスク・ボアーを見つけたら、呼び寄せて、正面にユキを立たせましょ」
「え、さすがにそれは……ヤバくないか?」
無謀なことを言い出したハルカに、トーヤが難色を示す。
そりゃそうだ。俺だって反対する。
それに対し、タスク・ボアーを知らないユキは首を捻って俺に聞いてきた。
「タスク・ボアーって? 名前からして、猪?」
「立派な牙をお持ちの猪さんですね。大半は、体重100キロを超えます」
教えてやった途端、ユキが顔色を悪くして、プルプルと首を振った。
「無理! 死ぬ!」
「失敗したら死! それぐらいの緊張感があれば頑張れそうじゃない?」
「スパルタ過ぎだよ、ハルカ! あの優しかったハルカはどこに行っちゃったの!?」
「あのハルカは死にました。私は新生ハルカです」
うん、俺も死んだ。
そう言うなら、俺も新生ナオだな。
「そうだけど! 確かに死んだけど! そうじゃなくて!」
「じゃあ、優しさを発揮して、隣にナツキを付けましょう」
「え、私ですか? やれというならやりますけど……」
突然話を振られて少し困惑しつつも槍を構えるナツキだが、その槍だと下手に猪の突進を受けると折れかねないので、やめようね。
「そもそも、成功しても危ないだろ。上手く転けても、100キロ以上の肉の塊が飛んでくるんだぜ? ユキなら潰されるだろ」
「トーヤの言うとおりだな。配置するなら受け止められるトーヤにすべきだろ」
「もちろん冗談よ、半分は」
肩をすくめるハルカだが、半分くらいは本気、と。
「真面目な話をするなら、ユキの横にトーヤ、ナツキがその前でメインアタッカー、私がサポートで、ナオが釣ってくる、って感じかしら」
うむ、ナツキとユキの練習なら、妥当な配置かな?
俺はそう思ったのだが、ナツキが俺の方を心配そうに見て口を開いた。
「それって、ナオくんが危なくないですか?」
「いや、猪なら大丈夫だろ。結構斃してきたからな。と言うか、ほぼ猪しか斃してないし」
俺たちの異世界生活は、猪と共にあったと言っても過言では無い。
平地の直線長距離で無ければ、多分無傷で逃げられる。
鳥や兎みたいな、危険性の無い動物を除けば、ヴァイプ・ベアーを1度、ゴブリンを2度斃しただけ。
俺たちの血肉や装備は猪とディンドルでできています。
「あ、魔物の討伐はあんまりしてないんだ? なら、キャラレベルはそんなに上がってないのかな?」
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