031 掘り出し物
翌日、俺とハルカはサールスタットの街を散策していた。
ユキとナツキは最後のお仕事、トーヤはそれのボディガード的に宿に残っている。
これまでも強引なナンパなんかはナツキの体術であしらってきたらしいが、辞めるとなるとおかしな事を考えるヤツがいないとも限らない。それの保険である。
しっかりとした装備に身を固めたトーヤはそれなりに強そうに見えるので、抑止力程度にはなるだろう。
「ハルカ、何か目的はあるのか? 那月たちから聞く限り、大した物がない街みたいだぞ?」
基本、風待ちの為の港町なのだから仕方ない部分はあるのだが、食事も不味かったし、正直、今の段階では全く魅力を感じられない。
可能性としては、美味しい食堂や宿屋があるかもしれないのだが、昨日の料理のインパクトが強すぎた。
仮にあれが平均より落ちるとしても、あの料理を食べに来る人があれだけいるのだ。
看板娘がいることを考慮しても、周りの料理も大差ないとしか思えない。
「川魚、料理としてはダメでも、食材としては使えそうじゃない?」
「おぉ、なるほど」
「
「ダメじゃん」
あの泥臭さは、調理法でどうにかなるレベルじゃなかっただろ。
「余裕があれば釣りに来ても良いかもね。上流なら水も綺麗かもしれないし」
「それはいいな! 魚釣り、やったことないんだよ、俺」
何となく憧れ的な物はあっても、案外魚釣りをする機会ってないよな?
海釣りができそうな場所は基本進入禁止で釣り禁止だし、池なんかでの釣りも、外来生物のことを考えれば、どうかと思うし。
と言うか、池でも不法侵入だよな? 自分の所有する溜め池でもなければ。
そこで釣りをすれば拾得物横領、リリースや放流をすれば不法投棄。
法的にクリーンに釣りをしようと思えば、商売としてやっている釣り場に行くぐらいしか方法がない気がする。
「那月たちが加入してくれれば、もうちょっと余裕ができるかもね。ま、それは今後の楽しみとして、今日の目的は本屋さん探しよ」
「本……あ、もしかして錬金術事典か? ラファンで売り切れだった」
「そう。錬金術、取るだけは取ったけど、全然手を付けられてないから。マジックバッグ、作りたいじゃない?」
「もちろん。俺も練習はしてるんだが、未だ時空魔法はレベルが上がらないんだよなぁ」
「難しいみたいだしね。努力、続けるしかないでしょ」
そんな話をしながらサールスタットの大通りを歩いていると、目的の本屋はあっさりと見つかった。
大通りに面して、ラファンよりも更に小さな店舗。
街の規模を考えれば、恐らくここが唯一の本屋だろう。
中に入ってみると、店の構造はラファンと同じで、カウンターの向こうに本棚が並び、客自身が手に取ることはできなくなっている。
また、ボロボロの本が積まれたワゴンセールも同じようにある。
この世界の本屋の定番……なんだろうな。
ただし、こっちは1冊1,800レアなので、少し安い。
普通なら廃棄処分になるような傷んだ本でも、本自体が高価だから取りあえず売ってみる。そんな感じなんだろう。
「錬金術事典はある?」
「ちょいと古いが、18版ならあるぜ?」
ハルカがカウンターのおじさんに声を掛けると、そのおじさんは特に調べることも無くそう返してきた。
在庫の把握どころか、版数まで覚えているとは……すごいな。
「今の最新版は?」
「20版だな。アイテムを調べるくれぇなら、大して違いはないぜ?」
「そう、ねぇ……。そういえば、錬金術師って最新版を買い直さないのかしら?」
「買わねぇだろ。一応、追補編は出ているが、大抵の術者には関係ねぇから、うちでも入荷したことはないな」
前の版以降の研究結果が反映されて、ごく希に新しい版と追補編が出版されるが、商売としての錬金術師を考えた場合、今までの本に載っているアイテムで事足りる。
余計なお金を出して最新版や追補編を買うメリットが殆どないのだ。
必然、古本として流れてくることもない。
そういう事である。
「18版はいくら?」
「ちょいと古いから、20,000レアでどうだ?」
「少し高いわね。2つも前の版でしょ? もう少し安くならない?」
「つってもなぁ……確かにこの街で買うヤツは少ないんだが……」
視界の端でハルカが価格交渉をしているのを見ながら、俺はワゴンセールの本を見てみる。
こういうのがあると、つい見てしまいたくなるんだよなぁ。
基本的に売れ残りだからあんまり良い物は無いのは判ってるんだが、『掘り出し物があるんじゃないか』と思ってしまうのは何でなんだろうな?
しかし、ここの古本の場合、ページが揃ってない可能性もあるんだよなぁ。
……推理小説とか、最後の解決部分だけ抜けているとかだったら、最悪だな。
幸いというか何というか、娯楽小説自体、殆ど無さそうだが、学術書でも重要な部分がない可能性を考えれば、買うのはリスクも高い。
大量印刷される現代の本と違い、そう簡単に同じ本を探すこともできないのだから。
――おや? ボロボロの本の中になんだか綺麗な本が3冊混じってる。
表紙や背表紙には……何も書いてないな。
この世界の本、外装は装飾や保護用と割り切っているのか、何も書いてない本も多いので、これはそう不思議でもない。
表紙を開いてみてみると……は? 『時空魔法 初級』『中級』『上級』!?
……よし、落ち着け。
見間違い、ではないよな?
うん。間違いない。
これが1冊1,800レア?
マジで?
だが、ここで焦ってはいけない。
まずは事実確認を。
いくらで妥結したのか聞き逃したが、ハルカに対してお金と引き換えに本を渡している店員にその本を持ち上げて声を掛ける。
「なあ、店員さん。この本、綺麗なのに何でここにあるんだ?」
「ん? あぁ、それか。それは時空魔法の魔道書だな。奥に置いておいてもどうせ売れやしねぇから、そこに置いてあるんだよ」
「売れないのか?」
「売れねぇよ。王都の本屋ならともかく、こんな片田舎の本屋に誰が時空魔法の魔道書を求めてやってくるのかってんだ」
なるほど。
俺たちの知る本屋のように、本棚を自由に見られる形式なら興味を持った客が買う可能性もあるが、ここのように店員に欲しい本を伝えて出してもらう形式だと、明確に欲しいと思っていなければ買うこともない。
時空魔法の希少性を思えば、買いに来る客はいないというのがこの店員の考えなのだろう。
「じゃあ、ここに置いておいても売れないんじゃないか?」
「中身はそうだが、見た目は立派な本だろ? それを部屋に置いておいてみろ、知的な男を気取れて女にもてるぜ?」
「へぇ、そう言う考え方もあるのか」
いやいや、そんな単純じゃないだろ、女だって。
そもそも私室に呼ぶ時点で、十分に仲が良くないか?
絶対適当なセールストークだよな?
「どうでぃ、兄さん。装丁も悪くないし見栄えはすると思わねぇか?」
「う~~ん、インテリアとしてかぁ。ただの飾りにこの値段はなぁ……3冊で4,000レア。どうだ?」
「おいおい、さすがにそれじゃ足が出ちまう。精々……4,800レア。連れのねぇちゃんには買ってもらったし、ここまでなら引いてやるぜ?」
「そうだなぁ……」
「ナオ、また無駄遣い?」
俺が少し渋るような表情を見せていると、錬金術事典を仕舞ったハルカが、少し呆れたように言葉を挟んできた。
「おいおい、無駄遣いとは酷いぜ。これがあれば知的に見えるんだぜ? 無駄じゃないだろ。なぁ、店員さん?」
「お、おうとも。ええぃ、にぃさんの心意気に免じて、まとめて4,500レアだ! 持ってきな!!」
さすがハルカ、ナイスアシスト。
止められる前に売ってしまえと思ったのか、更に値引きしてくれた。
「店員さん、太っ腹! よしっ、ちょうど報酬も入ったとこだ、俺は買って帰って知的な男になるぜ!」
「毎度!」
嬉しげに笑う店員に金を払い、3冊の本を手に入れる俺。
当たり前だが、仮に値引きしてくれなくても買うつもりだったのだが、結果的に900レアも浮いてしまった。
店員としては物の分からないヤツに不良在庫を1冊1,500レアで押しつけて、カモ扱いだったのかもしれないが、俺としても絶対に欲しかった本を安く手に入れてウハウハである。
これもある意味、Win-Winの関係というヤツなのだろうか?
◇ ◇ ◇
「ナオ、上手くやったわね?」
「ああ。下手なこと言って『そこに置いたのは間違い』とか言われたらたまらないからな。ハルカもサンキュ」
普通に買えば恐らく10倍以上する本。
俺が欲しそうな様子を見せれば、値上げされる可能性もあった。
現代日本のように『値札が付いているんだから、その値段で売れ』なんて通らないのだから。
「本3冊はちょっと重いが、帰る頃にはディンドルもなくなってそうだしな」
「そうね、ナツキとユキ、本気で甘い物に飢えていたのね」
「甘い物だけじゃなく、美味い物にもだろうな」
今朝も2人は、1人2個ずつディンドルを平らげていた。
俺たちが1切れ、2切れで満足しているのと対照的である。
まぁ、俺たちも最初はそんな感じだったので、気持ちは解るのだが。
「しかし、案外早く用事が終わったが……宿に帰るのか?」
「いいえ、食べやすいパンがないか探してみましょ。今日と明日、できれば黒パンは食べたくないでしょ?」
「ああ。美味くなくても良いから、不味くないパンが欲しいな」
帰りまで考えて持ってきていたパンは、今日の朝ですべてなくなっていた。
あの料理を考えれば、ナツキとユキを責めるつもりは全くないが、なんとかなるなら多少高くてもまともなパンが欲しい。
「街が小さいから、パン屋さんも少なそうなのが難点ね」
大通りにあったパン屋は僅かに2軒。
街の人に話を聞いてみても、他にパン屋はないらしい。
仕方ないので、それぞれのパン屋で1つずつパンを買って、半分ずつ試食してみる。
「……どう?」
「こっちは不味い。こっちは、美味しくもなんともない」
「私も同じ。ならこっちね」
美味しくはないが不味くも無いパンをひとまず明日までの分、買い込む。
明日街を
次に向かったのは街の外。
焚き火を起こして、昨日狩った猪の肉を焼いていく。
ハルカが氷を出せるようになったおかげで、時々氷を交換すれば1日程度なら問題なく食べられるのだ。
俺が切り、ハルカが味付けをして焼く。
焼いた肉はパンに挟んで、2人でパクリ。
「……うん、肉のおかげで十分美味いな」
「そうね。これなら多少冷めても大丈夫、かな?」
さすがに街中で焚き火はできないので、留守番の3人の分と、明日の朝までの分は焼いた物を持ち帰ることになる。
イメージとしては冷めたファストフードのハンバーガーみたいな物だろうが……それでもあの料理よりはよっぽどマシだろう。
「贅沢を言うなら、チーズやレタス、トマトなんかの生野菜が欲しいな」
「ピクルスならなんとかなるけど、チーズは多分高いわよ? 生野菜は危険ね。幸い、私たち全員【頑強】持ちだけど、寄生虫なんかにも効果あるのかしら?」
「トーヤとナツキレベルなら大丈夫じゃないか?」
トーヤとナツキの【頑強】はレベル4、俺とハルカがレベル2で、ユキはレベル1。
ナツキは元の世界で少し病弱だったので、レベル4まで取ったらしい。
逆にユキは元気だったからか、レベル1しか取っていない。
この段階でユキが病気になっていないあたり、【頑強】の効果はかなりありそうだが……。
「効果は『病気に強い』だからねぇ。寄生虫、それ自体は病気じゃないし?」
「煮沸消毒が一番安心ってことか」
「塩素消毒や放射線消毒という方法もあるけど、この世界じゃ無理よね」
「放射線消毒? 大丈夫なのか、それ」
「日本じゃ殆ど認められてないけど、外国だと使われてるわよ? 次亜塩素酸みたいな薬品も使わないから安全だし、生のまま消毒できるから、良い方法よね」
「でも認められてないんだろ?」
「ええ。日本人、放射線が嫌いだから」
加熱せずに消毒が可能なため、一時期問題になったレバーなどの生肉による食中毒にも対応可能でかなり有用な方法らしい。
実際、食品以外の医療関連の消毒にも使われているので、一部以外の食品に認められていないのも、所詮ただのイメージによる忌避感でしかないのだ。
「う~ん、ガンマ線照射魔法とか作れないかしら? 生野菜、食べたいわよね?」
「有用性は解るが止めてくれ。開発途中で想定レベル以上のガンマ線が出たらどうする」
歴史上の放射線学者は、大抵放射線の害で死んでいる。
頑迷に放射線を否定するつもりはないが、防護施設もない環境での実験はとても賛成できない。
「『浄化』でなんとかならないのか?」
「うわっ、いくら何でも『浄化』はそこまで万能じゃ……無くもない? 虫の卵も綺麗に掃除する、と考えればなんとかなる?」
否定しようとしたハルカは、言葉を途中で止めて首を捻った。
もしこれが可能なら、『浄化』魔法の有用さ、ランキングトップ、いやもう殿堂入りかも知れない。
「ここは是非それで頑張ってくれ。もしくは次亜塩素酸魔法」
こちらなら臭いで解るし、事故が起きても魔法での治療も可能だろう。
それに対し、DNAの損傷は、多分普通の治癒魔法では難しそうな気がする。
「次亜塩素酸魔法……次亜塩素酸ナトリウムの生成? 塩水の電気分解なら可能かしら? 系統としては何になるの? 土? 風?」
何やら考え込んでしまったハルカを他所に、俺は肉を焼いていく。
生憎、化学はあまり得意じゃないので、アドバイスは不可能。
ハルカ、ナツキ、ユキの秀才3人が集まれば、何か良い考えが浮かぶかもしれないので、そちらに期待しよう。
ただ、俺としては『浄化』の方が楽そうに思えるんだがな。
だって、人間に対してかけただけで、一瞬でパンツの中まで綺麗にしてくれるんだぜ?
もちろん、服も綺麗さっぱり。
まさに『繊維の奥の油汚れまで』って感じで。
それを考えれば、野菜の表面に付いている汚れや虫の卵程度、あっさりと綺麗にできそうじゃないか?
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