第2章 合流

027 道行きて

「なんだかんだでハルカは仲間に入れるかと思ったんだが、結局別れたな?」

「あら、トーヤは一緒に行きたかったの? そう言ってくれれば考慮したのに」

 トミーと別れ本来の道に戻った俺たちは、少しだけ急ぎ足でサールスタットの街へと向かっていた。

 予想外の救助活動で少し時間を取ったが、このペースで行けば恐らく夕方になる前にたどり着けるだろうというのがハルカの予想である。

「考慮……した結果、ダメって言いそうだな」

「少なくとも、今連れて行くことは無いわね。武器も防具も戦闘スキルもなし。多少頑丈かもしれないけど、それだけ。私たちは初めて行く場所で、そんな人を守り切れるほど強い?」

「普通は大丈夫だろうが、ヴァイプ・ベアーとかが出てきたら危ないよな」

 あれは俺たちにとって一種のトラウマである。

 自分の魔力量は正確に測れる物では無いが、少なくともあの戦いの後、連戦できるほどには魔力は残っていなかった。

 体力や矢の消費も考えると、多少は戦闘に慣れた今でも2頭までが限界だろう。

 そこに足手まといがいれば、それも危うい。

「かと言って、那月たちを後回しにして彼を助けようと思うほどには親しくない。私にとっては那月たちのほうが大事だもの。違う?」

「まぁ、それは俺たちも一緒だな」

 若林は悪い奴では無いが、付き合いはクラスメイトの範囲内。

 それ以外でも親しい付き合いがあった那月たちと比べれば、男女差を考慮に入れなくても、圧倒的に那月たちの方が重要である。

 それに、若林はドワーフで力はあるのだから、町に辿り着けば日雇い労働者で一応暮らしていけるだろう。

「一応顔見知りだし、連れて行って危なくなったときに見捨てるのも、ね。それで無理をして私たちの誰かが怪我をするのも嫌。前も言ったけど、部位欠損みたいな怪我は治せないんだから」

「そう言われると妥当な判断か」

「ま、そもそもオレたち、若林――いや、トミーとそんなに仲良くなかったし、あえて仲間に入れたいわけじゃないけどな」

 比較的安定している俺たちの関係性に、必要性も無いのに別の人間を入れるとか正直面倒くさい。

 それでも仲間に入れるなら、ハルカじゃないがよほどの『情』か『理』がないと積極的には賛成する気にはならない。

 そして、今のクラスメイトでそこまでの『情』があるのは、那月と夕紀ぐらいだろう。

「ねぇ、トーヤたちって男友達少なくない? 結構、私たちに付き合ってくれるよね?」

「う~ん、友達レベルによるが、そういう傾向があることを認めるのもやぶさかでも無い」

「つまり、友達少ないのね?」

「いや、いることはいるぜ? ただ、友達レベルが低いだけで」

 トーヤの言う友達レベル――多分、仲の良さの指標なのだろう――の基準は解らないが、学校内で良く話したり連んだりする友達はそれなりにいた。

 ただ、付き合いは学校内の範囲で留まり、たまに放課後、ゲーセンに付き合う程度で、休みの日に一緒に遊びに行くということはほぼ無かった。

 別に付き合いを拒んでいたわけでは無いが、ハルカたちと遊びに行く時間、トーヤと遊ぶ時間、ゲームする時間などを確保すると、単純に余裕が無かったのだ。

「まぁ、ある意味、その恩恵に私たちがあずかっているわけだから、あんまり文句も言えないけどね」

「お前ら、結構トラブルに巻き込まれるものな」

 そんなこともあって、遊びに行くときに俺たちが付いていくことが多かったのだ。

 所謂いわゆる虫除けである。

 可愛いことの証明でもあるんだろうが、3人曰く、「DQNが寄ってきても全く嬉しくない!」とのこと。

 まぁ、当たり前だよな。

「案外、元の世界では【ヒロインの資質】持ちだったりしてな!」

「そんなことあるわけない――って言えないのよね、今となっては」

 肩をすくめてため息をつくハルカに、俺たちも頷く。

 邪神さんの存在を知った今となっては、完全否定ができないのだ。

「ま、それはもう良いわ。それより早くサールスタットへ行きましょ。余計な時間を取っちゃったから」

「そうだな。閉門までには着きそうか?」

「大丈夫だとは思うけど……走って行きましょうか? 街道を行くならそう危険はないと思うし」

 通常、街の門は日が落ちてしまうと閉ざされて、中には入れなくなる。

 そのため、野宿を避けるならある程度余裕を見て計画を立てるべきなのだろうが、トミーに出会ったおかげで恐らく1時間以上、時間を浪費している。

「問題ないぞ。軽くランニングしながら行くか」

 ハルカの提案に俺たちも同意し、敵に備えて感覚の鋭いトーヤを先頭に走り出す。

 軽いランニングと言いながらも、速度的には世界レベルのマラソンランナーと同じぐらいは出ているんじゃないだろうか。

 ここしばらくの訓練や実践で、この程度の速度であれば荷物を背負ったままでも数時間程度は走り続けられることは解っている。

 万が一の時に疲れて戦えないようでは困るので、これでもかなり余裕を持ったペースなのだから、元の世界との差が解ろうものだ。

 だが、そんな警戒を他所に、俺たちは特に何のイベントもなくサールスタットまで辿り着いたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 サールスタットの街はノーリア川の渡し場を基点として発展した街だ。

 元々は川幅も広く荒れることも多いノーリア川の渡し場で、天候の回復を待つために生まれた数軒の宿屋が始まりである。

 そこから少しずつ少しずつ商店が増え、従業員の家が建ち、それらを守るための防壁、軍が駐留することで国が認める街として成立したのだ。

 そのような成り立ちから、ラファンの街があるこちら側と川向こうとで街が分断されているのだが、様々な都合上、川の向こう側にはほぼ宿屋だけがあり、街としての機能はこちら側に集約されている。

 街の規模としてはラファンに比べると大幅に小さく、人捜しをする俺たちとしてはある意味ありがたい所である。

 街を囲む防壁もラファンに比べると貧弱で、木製。

 人の入れる隙間こそ無いものの、中が覗ける程度にはスカスカだ。

 そんな街であってもしっかりと門はあり、1人だけだが門番も立っている。

「こんにちは」

「サールスタットへようこそ。今日は船も動いていますよ」

「ありがとうございます」

 対応してくれたのは初老の人の良さそうな男性。

 その人にギルドカードを提示して中に入る。

「あの、冒険者ギルドと宿屋を教えてもらえますか?」

「ギルドはそこの建物、宿屋はこの通りを真っ直ぐ進んで、船着き場近くに10軒ほどありますよ。最近人気なのは『川風』という宿ですが……お嬢ちゃんたちには関係ないかな?」

「――? ありがとうございます」

 門番が冒険者ギルドと言って指さしたのは、すぐ側にある小さな建物。看板こそ出ているが、普通の民家ほどの大きさでしかない。

 街の規模が違うからか、ラファンとは比べものにならない貧相さだ。

「取りあえず、寄ってみるか?」

 俺がそう言ってその建物に視線を向けると、ハルカは首を振った。

「いえ、後にしましょ。那月たちが冒険者として働いてるかは解らないけど、普通に考えてこの時間帯にはいないでしょ」

「そうだな。まずは宿と昼食が欲しいぞ」

 想像よりもサールスタットの街が近かったのか、それとも案外俺たちの身体能力が高かったのか、この街に着いたのは昼過ぎといった時間帯だった。

 時間がかかるようなら途中で昼食にする予定だったのだが、「そろそろ昼食に」と言っている間にサールスタットが見えてきたので、結局は止まることはなかったのだ。

「そうね。まずは宿を決めて昼食、それからこの街中にいないか探してみましょうか。そう広くないから、家に籠もって出てこないとかじゃない限り、数日で見つかるんじゃない? ――ここにいるなら」

「おいおい、ハルカ。変なフラグ立てるなよ。いる、そう信じようぜ?」

 街の大きさとしては、一辺1キロにも満たない小さな町で、急げば1日ですべての道を走破できる程度の広さしかない。

 那月たちが人目に付く場所で働いているなら、ハルカの言うとおり数日ほどで見つけられる可能性は高い。

 だが、それもこの街にいればこそ。

 トーヤの言うとおり、いると信じて探すしかないのだ。

「私もそう信じたいけど、楽観すると、ショックも大きいから……一先ずは、宿を確保しましょ」

 門から真っ直ぐ延びる道は川辺に作られた船着き場へと続き、入った段階でそれが見える程度の長さしかない。

 3人で少し話ながら歩いていれば、すぐに両脇に宿が建ち並ぶエリアまで辿り着いた。

「なあ、あそこの『川風』、門番が言ってた宿じゃないか? 何か微妙な言い方だったが、人気っぽいぞ?」

 何軒も並ぶ宿は外観からは大した差は感じられないが、『川風』という看板を掲げたその宿は人気の宿(というか、食堂)らしく、昼を少し過ぎているにもかかわらず、人の声が漏れ聞こえてくる。

「そうね、盛況みたいだし……あそこで良い?」

「オレは構わないぞ。ある意味、心の準備もオーケーだ」

「……ああ、マズい可能性があるんだよなぁ」

 この世界、美味い飯にありつくのは案外難しい。

 安ければ基本マズい。

 高くても、そんなに美味くない。

 我慢すれば食える料理が安価に出てくれば、アタリというスタンスでいた方が落胆せずに済むのがこの世界なのだ。

「じゃ、入るわよ」

 ハルカが宿の扉を開けると、中からより大きな喧噪があふれ出てきた。

 ぱっと見、テーブル席は満席、カウンターも埋まり、座れる余地は無さそうである。

 ここまで盛況とは、よほどここの料理が美味いのか?

 俺たちの定宿、『微睡みの熊』も食事時はこんな感じだが、一点気になるところが。

 ――女性がいねぇ。

 どのテーブルもカウンターも男だけ。むさい。

 港町だから、こんな感じなのか?

「いらっしゃいませ!」

 そんな俺の戸惑いを吹き飛ばすように聞こえてきたのは、若い女の子の声。

「看板娘キタコレ!」

 そんなことを言ったのはトーヤ。

 全く同感。

 『微睡みの熊』にいたのは熊親父だし、ラファンでは他でも一切若い女の子との関わり合いがなかったのだ。なぜだか知らないが。

 1人ぐらい、看板娘がいても良くない?

 テンプレだとギルドの受付嬢が可愛かったりするのだが、さすがにディオラさんを『娘』と呼ぶのはちょーっと厳しい。

 十分、愛嬌のある顔だとは思うが、年齢的に……ね?

 そんなわけで、同意の声を上げかけた俺だったが、こちらを振り返ったその娘の顔を見て声を飲み込んだ。

「――って、あれって、夕紀だよな?」

「ああ」

「これは予想外ね」

 それは記憶にある顔と殆ど変わらない友人の顔。

 種族を変えた俺たちに対して、夕紀は人間のままを選択したのだろう。

 少しだけやつれた気もするし、服装などの影響で若干印象が異なるが、彼女を見間違えるはずもない。

 夕紀の方はすぐにはこちらを認識できなかったのか、一瞬戸惑ったような表情をしたが、俺とハルカ、トーヤを順に見て、驚きに目を見開いた。

「――っ!!! は」

「宿を一晩! 取りたいんだけど、空いてる?」

 声を上げかけた夕紀を遮るようにハルカが手を上げ、やや大きい声を上げた。

「!? は、はい……」

「そう、じゃあ、手続きをお願い」

 遮られた夕紀は目を白黒させながらもカウンターに向かい、台帳を広げる。

 その前にハルカが立ち、客からの視線を遮るように、その後ろに俺とトーヤが立つ。

「……あの、ハルカ、だよ、ね?」

 夕紀が少し不安そうにそう尋ねると、ハルカは口元で人差し指を立てて、静かに、のポーズのまま肯定した。

「そうよ。夕紀よね?」

「うん! 那月もいるよっ!」

「良かった……。解ってると思うけど、後ろはナオと知哉ね」

「夕紀、無事で良かった」

「久しぶり。ホッとしたぜ」

 俺とトーヤが軽く手を上げてそう言うと、夕紀が泣きそうな表情になる。

「あた、あたし……」

「ストップ。気持ちはよく解るけど、後にしましょ」

 そう言いながらも、ハルカは握りしめられた夕紀の手をそっと包み、言葉を続けた。

「仕事が終わったら、私たちの部屋に来て。部屋、空いてるのよね?」

「……うん。3人部屋で良い?」

「ええ。いくら?」

「一晩、食事無しで1,200レア、だけど……」

 高っ!

 ――ん? 『微睡みの熊』が安いだけ?

 でも、2倍以上だぜ? あそこ、食事なしなら500レアなんだから。

 ハルカの眉もピクリと動いていたから、やっぱ高いと思ったのだろう。

 そんな俺たちを心配したのか、夕紀が少し不安そうな視線を向けてくる。

 いや、出せないわけじゃないからな?

「まぁ、仕方ないだろ」

「そうね。じゃあ、これで」

「はい、確かに」

 ハルカが取りだした大銀貨12枚と引き換えに鍵を受け取る。

「部屋は階段上がって突き当たり、右側になります」

「ありがと。――またあとで」

 ハルカが小さく囁き、俺たちは部屋へと向かった。

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