S003 夕紀と那月 03

「さて、夕紀の土魔法が案外使えそうなことが解ったわけですが」

「案外とはひどい! 慣れたらスゴく便利だよ、きっと!」

「はいはい、今後に期待しましょうね。それよりも夕紀、近接戦闘関係のスキル、持ってませんよね?」

「え? うん」

 正直、剣術とかは適当にコピーさせてもらえば、なんとかなるかと思ってたし。

 現実はそんなに甘くなかったわけだけど。

「はっきり言って、このまま行動を開始するのは不安です。この街の治安レベルは解りませんが、私たちは女2人。抵抗できる能力がないのは……」

「あー、うん、そうだね。危ないね」

 あたしも元の世界では変なナンパに絡まれることもあったので、簡単な護身術程度は身につけたけど、もちろんその手のプロにかなうような物じゃないことは理解している。

 対して、那月の方は【槍術 Lv.4】に【体術 Lv.3】。

 並みの冒険者じゃ相手にならないと思う。

 これは守ってもらうしかない? お姫様的に。

 『那月さまっ! 私怖いっ』とか言って抱きついておけば、守ってくれるだろーか?

「なので、夕紀には体術を覚えてもらいます」

「……だよね。せっかく【スキルコピー】、あるもんね」

「必要な『手ほどき』がどのぐらいなのか解りませんが、これなら私も教えやすいですから」

「わかった。じゃあ、やってみるね。【体術 Lv.3】を【スキルコピー】」

 口に出す必要はないと思うけど、解りやすく言ってみる。

 何の変化も感じられないけど……あ、ステータスに追加された。

「【体術 Lv.1】、確かに追加されたよ。文字は灰色になってるけど」

 通常のステータス表示は、あたしの目には黒の半透明のウィンドウに白文字で見えるんだけど、【体術 Lv.1】の部分だけは、文字が灰色になっている。

 これが封印状態ということなのかな?

「コピーは問題ないんですね。後は『手ほどき』ですが、基礎から教えますので、頻繁にチェックして、どの段階で有効になるか見ていてください」

「うん、了解」

 それからおよそ10分ほどかな?

 那月に言われるがまま身体を動かしていると、ステータスの文字が白に変わった。

 いや、正確に言うと、突然身体がスムーズに動くようになったからステータスを確認したら、そうなっていたと言うべきかな。

 コツを掴んだ、とかそう言うレベルじゃなかったので、ちょっと怖いぐらい。

「10分かからず、ですか。レベルは1ですが、教師さえいるなら【スキルコピー】もかなり有用かもしれませんね」

「だよね! あたし、失敗してないよね?」

「20個以上覚えれば、黒字ですね。ちなみに、私が確実に教えられそうなのは後3、4個しかありませんよ?」

「うぐっ」

 レベルがあるスキルのほとんどは、レベル1で5ポイントだったから、那月の言うことは間違ってない。

 武器のスキルを何種類も覚えてもどれも中途半端になるだけで、意味が無さそうだし、その他のスキルもレベル1ばかりじゃあまり役に立たないよね……。

「やっぱダメなのかぁ……」

「悠たちと上手く合流できれば化けるかもしれませんから、そう気落ちしないでください」

 那月がそう言って、あたしの丸まった背中を優しげに撫でてくれるけど――

「那月にとどめ刺されたんだけど?」

「そんなつもりはなかったんですが……」

「うん、よし、切り替えた! 悠たち3人から5個ずつ教えてもらえば、取りあえず黒字!」

 いざとなれば、土魔法をひたすら練習して、『練達の土魔法使い』として名を馳せてやる。

「それに、落ち込んでる暇はないよね。資金も乏しいし、しっかり考えて急いで行動しないと、困ったことになる!」

「ですね。さっき夕紀に聞いた話だと、まずは冒険者ギルドに登録して、仕事を得るのが先決でしょうね」

 私たちの持ち金はわずか2,000レアほど。

 時間を無駄にすればするだけ、懐事情は悪化する。

「でもその前に、カバーストーリーを考えておきましょう」

「カバーストーリー?」

「はい。私たちみたいな若い女が2人、着の身着のままでいる現状は少々不審です。なぜここにいるのかの作り話、当面の目標、そして到達点を決めて、場合によってはそれに応じた買い物も必要になると思います」

「そっかぁ、仕事探すにしても、それによってどんな仕事を選ぶか、相手にどう説明するかも変わってくるもんね」

 さすが那月、頼りになる。

 それを決めていないと、冒険者ギルドに言って「どんな仕事が良いですか」と聞かれても、それにすら答えられないよね。

 しばし那月と話し合った結果、まずあたしたちは『仲間と一緒にこの街に来たが、仲間は他の用事で一時離脱、帰還を待っている状態』ということにした。

 どう見ても大して強そうでもない女の子2人だけの旅というのは、一般的に見て不自然だからね。

「次はどんな仕事を探すかだけど、方向性としては2つだよね」

「街の中でのアルバイトか、街の外に出る仕事か、ですよね」

「うん。やっぱり街の外に出ると危険があるけど、那月、戦えそう?」

「危険の度合いによります。どのような敵が出てくるか解りませんので。槍が手に入れば、スキルレベル的にはなんとかなると思いますが、どちらかと言えば、夕紀の方が心配です」

「だよねっ」

 那月のおかげで【体術】のスキルは手に入れたけど、所詮はレベル1。

 ゲームと違って、『このあたりはこんな敵しか出ない』なんて決まっていないのだから、余裕が欲しい。

 特に怖いのは盗賊。

 女の子2人だけなんて、どう見てもカモだよ。

 那月の【槍術】なら多少の盗賊ぐらいなぎ倒せそうだけど、こちらに来たばかりで人間相手の殺し合いに放り込むのは申し訳なさ過ぎる。

 せめて、私もそれなりに戦えるぐらいになってからだよね。

「しばらくは、街中でバイト、かなぁ……」

「そうですね。今の所持金では、武器を買えるかも怪しいですし」

「街の外に出るなら、2人とも武器と防具ぐらいは持っておきたいよね」

「はい。夕紀の話を聞く限り、丸腰というのはあまりに危険でしょう」

「なら、冒険者ギルドに仕事を探しに行こっか」

 この世界の冒険者ギルドは人材仲介業、所謂昔の口入れ屋みたいな業務も行っているので、バイトを探すならここに行くのが効率が良い。

 バイト情報誌はもちろん、店頭に張り紙をしてバイト募集、なんてことは一般的じゃないのだ。

 文字を読めない人が多いから。

「いえ、その前に買い物をしていきましょう。荷物を全く持ってないのは不自然ですからね」

「確かに」

 好意的に見てくれれば、荷物は宿に置いていると判断するかも――いや、ダメか。良さそうな宿も紹介してもらいたいし。

「それに、一応、武器、持っていた方が侮られないと思います。槍ならそれなりに扱えますしね。女の子2人ですから、用心するに越したことはありません」

「解った。じゃあ、まずはそこからだね!」


 最初に武器屋に向かったあたしたちは、そこで那月が『何とか妥協できる』というレベルの槍を購入した。

 お値段、800レア。

 あたしたちの全所持金の半分近いけど、槍としては激安の部類で十把一絡げで売られているような物。

 一応、那月が頑張って選んでいたけど、都合良く掘り出し物があるはずもなく、ちょっとだけマシな槍を選ぶだけに終わった。

 次に向かったのは雑貨屋。

 鞄なんて贅沢な物は買えないので、安物の背負い袋を購入。

 手ぶらだと誤魔化しようがないけど、背負い袋に何か詰めておけば、旅に必要な物は持っていると勘違いしてくれるはず。中身は見えないのだから。

「しかし、これだけで残りは1,000レア少々ですか……まずいですね」

「うん。日雇いを選んでも、働けるのは明日からだろうし、そうなると今日の宿代は必要」

「2人で500レアは確保したいですから、使えるのは500レアだけですか」

 正直少ない。

 結構物価が高いんだよね、この街。

 しかし、無い袖は振れない。那月と相談して、『せめてこれだけは』と、替えの下着とタオル代わりの布だけを買って背負い袋に詰めた。

 安物だけど、仕方が無い。

「でも、着替えはないんだよね」

「はい。古着屋でも結構良いお値段がしましたよね。工業製品ではないですから、仕方ないんでしょうが……厳しいです」

「この服が、質素ながらも丈夫そうなのが救いだけどね」

 古着屋で売っていた服や周りの人を見る限り、それなりに上等な部類に入りそうなんだよね、この服って。

 生地もしっかりしているし、縫製も綺麗。

 この服を売れば、代わりに古着が何着か買えるんじゃないか、とも思ったんだけど、それは思いとどまった。古着のレベルがちょっと、ね。

 かなり汚れてるし、数回洗濯したら破れそうなのが多くて……この服との差が大きすぎた。

「さて、それじゃ、仕事を探しに行きましょうか!」

「はい。いよいよ本番ですね」

「うん、仕事の方向性としては、『仲間が帰ってくるまでの生活費が稼げる物』だね」


    ◇    ◇    ◇


 街の人に訊いて訪れた冒険者ギルドは非常にこぢんまりとした、言われなければ気付かないような建物だった。

 中も閑散としていて、カウンターにおばさんが1人座っているだけ。

 ――なんか、予想外なんだけど。イメージと違いすぎる。

「あの、こんにちは」

「いらっしゃい。何の用だい?」

「仕事を探しているんですが、ここは冒険者の仕事はないんでしょうか?」

「あぁ、ここにはほぼ無いね。ほら」

 そう言って指さされた方向を見ると、何も貼っていない掲示板が。

「そう言う仕事はラファンの街に行くから。滅多に無いのさ」

 まぢですか?

 冒険者として活動するなら、その『ラファン』という街に移動しろって事?

「……人材斡旋の方は?」

「そっちも少ないよ。小さな町だから。まぁ、ちったぁあるが。どんな仕事をお望みだい? ウチじゃ、娼婦の斡旋はしてないよ」

「そ、そんな仕事は探してないよ!」

「ふん、そっち方面なら稼げそうだけどねぇ、あんたら2人」

 そう言って鼻を鳴らすおばさんに、浮かべていた営業スマイルが引きつるのを感じる。

 一応【異世界の常識】持ちのあたしに交渉が任されたけど、後ろで那月がどんな表情をしているのか気になるよ。――いや、那月なら、必要な場合は全く表情は変えないか。内心、怒り狂っていたとしても。

 そもそも、冒険者ギルドは真っ当な仕事を斡旋するから来ているのだ。

 そう言う方面の仕事を探すなら、来るはずがない。

「しばらくこの街で仲間を待つことになったから、その間の生活費を稼ぎたいの。宿代も安くないし」

「ふ~ん、そうさね、あんたらならちょうど良いかもね。住み込みで食堂の給仕を募集している宿があるよ。賃金は安いがね」

「……住み込みか」

 詳しく聞いてみると、賃金は1日僅か100レアしかないけど、宿泊と食事は保証されている。

 他の仕事もいくつか見せてもらったが、その賃金は、この街の平均的宿賃を考慮すると、泊まって食事をするのがギリギリ何とか。

 仕事の数自体も少ないので、安い賃金でも人が集まるのだろう。

 う~ん、条件としては悪くない、のかな?

 ナツキの方を見ると、仕方なさそうな表情で頷いている。

「解りました。ではこれをお願いします」

「ふん、ギルドカードを出しな」

「――あっ」

 しまった! ギルド登録があったんだった!

 無くしたって言うべき? ――いや、誤魔化す意味も、ないか? たぶん?

「……新規登録でお願いします」

「ふん? まあ良いよ。600レア」

「うっ……はい」

 那月からの視線が突き刺さる!

 ギリギリ足りたけど、本当にスッカラカンになっちゃったよ!

 そんな那月の視線に耐えながら、さっさと登録を終え、求人票を受け取ってギルドを後にする。

 そしてギルドを出た途端、ずっと黙っていた那月が口を開いた。

「夕紀? 登録料の話、聞いてないんですが?」

「ゴメン! 忘れてた!」

 冒険者ギルドを説明した時、登録にお金がかかることをすっかり言い忘れていたのだ。

 それを考慮に入れずに予算を立てていたので、600レア残っていたのは単に運が良かったに過ぎないのだ。

「なんとか足りましたけど、下手したら登録できませんでしたよね?」

「はい、その通りです」

「【異世界の常識】持ちと言うことで、信頼していたのですが……」

「誠に申し訳ございません」

 うぅ、あたしの那月に対するほぼ唯一のアドバンテージ、【異世界の常識】への信頼が揺らいでいるよ。

 うっかり忘れていあたしが悪いんだけど。

「ミスは誰にでもありますから、これ以上は言いませんが、よろしくお願いしますね?」

「はい! お任せください」

 致命的じゃなかったから、比較的すぐに矛を収めてくれたけど、淡々と喋る那月、怖かったよ~~。

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