026 何か落ちてた (2)
「あのね、こう言うと言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、僕には戦闘系のスキルが無いから仕方なかったというか……。
ああ、そうじゃなくて。えっと、最初は3人で行動していたんだ。何日か森の中で野営しながら探索して。運が良かったのか何かに襲われることもなかったし、【鑑定】のおかげで食べられる物が解って、何とか飢えずに済んだんだ」
こちらに来て半月あまり、街にも行かずにどうやって生きていたのかと思ったら、そういうわけか。
味はともかく、【鑑定】があれば食べられるかどうか程度は判別がつく。
森の中なら拠点を定めて探索範囲を広げるのは、そう悪くない方法だろう。
「で、4日目に街道に
すると最初に田中君が『テンプレ、来たコレ!』と言って走り出して、次に高橋君が『ふむ。オレの魔法の実験台になってもらおう』とか言ってついて行っちゃったんだ。
そして、さっき言ったように、僕は戦闘スキルを取らなかったし、そもそも武器も持ってなかったから森に隠れて見てたんだけど……」
――おぅ。
何というか、田中の言葉じゃ無いがまさに『テンプレ』じゃないか。
「えっと、田中君は武器を持っていたの?」
「一応、森の中で拾った木の枝を」
「……思った以上にバカだったのね、彼」
ハルカが、呆れたように肩をすくめ、ため息をつきながらそんなことを言う。
うん。言い方は辛辣だが、正直、俺も同感だ。
「それで、どうなったんだ?」
「田中君は棒を構えて乱入して、盗賊らしき奴を1人、後ろから殴り倒したんだ。
それは良かったんだけど、その後すぐに盗賊3人に囲まれ、刺されて……。
付いて行った高橋君もそれを見て焦ったのか、使おうとしていた魔法が突然大爆発して自分や田中君、盗賊や馬車までかなり巻き込んで……。
その時点で僕、怖くなって逃げちゃったから、その後は……」
「うん。紛れもなく、バカね」
「ご、ごめんなさい!」
ズバリと断言するハルカに、若林が半ば反射的に謝る。
「ああ、いえ、若林君の事じゃなくて、高橋君たちの事よ。二人とも、どう思う?」
「状況は『テンプレ』、結果は『テンプレ』じゃ無くて、現実的だな!」
「いや、そうじゃ無くて。2人の事よ」
「たぶん、田中が【英雄の資質】を取ったんじゃないか? 『テンプレ』なんてそうそうタイミング良く起こるもんじゃないだろ? で、魔法を暴発させた高橋は【魔力・極大】とかか?」
この街道は比較的安全で、盗賊や魔物に襲われる危険性はかなり低いのだ。
にもかかわらず、田中たちが森から出てきたタイミングで、ちょうど襲撃が起きる確率ってどんだけだよ、ってものである。
「たぶんね。そもそも、いきなり戦闘しようとすることが浅はかよね」
そうだよなぁ。いくらスキルがあるとはいえ、いきなり戦えるわけがない。
それまで運良くゴブリンや獣に襲われなかったのは、本当に運が良かったのかどうか……。
いきなり多人数に突っ込んだ田中の行動はそれ以前の気もするが、自分がヒーローとでも勘違いしたのだろうか?
それともテンプレ的な事が起きたから、結果もテンプレ通り、上手く盗賊(?)を倒して、馬車の人に感謝されるとでも思ったのか?
「えっと、どういうこと?」
スキルの地雷を知っている俺たちはさっきの会話で理解できたが、知らない若林はよく解らないようだ。
まぁ、【ヘルプ】が無ければ有利なはずのスキルでピンチに陥るとは思わないよな。
「それは――」
「ちょっと待って」
説明しようとした俺を、ハルカが手を上げて止め、若林を見つめて訊ねる。
「その前に若林君のスキル構成を教えてくれる? 言いたくないなら、どうしてもとは言わないけど」
「ううん、それは別に構わないよ。東さんたちに隠すようなことでもないし」
若林は突然そんなことを言われて少し戸惑った様子だったが、ハルカが真剣な顔をしているのを見て、あっさりと教えてくれた。
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【鍛冶の才能】 【鍛冶 Lv.3】 【頑強 Lv.3】 【筋力増強 Lv.2】
【鉄壁 Lv.2】 【鑑定 Lv.2】 【
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構成としては生産系のスタンダードか?
ただ、ゲームじゃないから、攻撃スキルが無いのはデメリットか。
鍛冶のレベルは高いが、使える鍛冶場が無いから、トーヤ同様、死にスキルになりかねない。
「イメージとしては、ドワーフの鍛冶師かしら。まぁ、地雷は無いから大丈夫ね。あ、でも確か【
「ああ、そうだったような……」
これ、一応追加スキルだったはず。
まぁ、効果が大したことないので、デメリットと言っても知れているが。
「え? 何がマズいの? それに地雷って……」
そんな俺たちの会話を聞いて、若林が戸惑ったように、不安そうな顔を浮かべる。
「えーっと、【蟒蛇】は、確かにお酒をたくさん飲んでも酔わなくなるんだけど、アルコールに極端に強くなるわけではないの。飲み過ぎれば普通にアルコール中毒になるし、肝臓を壊したりするってこと」
「ええっ!? なにそれ、ドワーフのイメージと違う! それに、そんなこと書いてなかったよね?」
この反応、このスキルを希望したのは、もしかして若林か?
「うん。それが地雷。【ヘルプ】ってスキルがあったでしょ? あれを取ると追加情報が読めるようになって、そこに書いてあるの。」
「うわっ! さすが邪神! ひどい詐欺だ!」
頭を抱えて、邪神を非難する若林。
「うん、気持ちは解るぞ。だが、後から追加されたスキル以外ならほぼ問題ないんだよ。ただし、後で追加されたチートっぽいのは完全に地雷。【蟒蛇】はまともな方」
「そもそも、エールってそんなに美味くなかったぞ――いや、むしろ不味かった。オレならタダでも飲みたくねぇな」
トーヤの感想に、揃って頷く俺とハルカ。あれはダメである。
それを見て若林もため息をつき、ガックリと項垂れる。
「――そっかぁ、それがあるんだ。イメージで取ったけど、美味しいお酒があるとは限らないのか……」
知らなければあのエールでも満足できるのかも知れないが、俺たちは元の世界の酒を知っているからなぁ。
もちろん未成年だから、所詮舐める程度にしか味わったことはないが、それでもあのエールが不味いことは解る。
「じゃぁ、田中君と高橋君のも?」
「そう。簡単に言えば【英雄の資質】はトラブル体質、【魔力・極大】は魔力は増えるが制御不能って感じだな」
どっちも使いこなせれば有利なスキルかも知れないが、それにはきっとハルカ以上の慎重さが必要になる。
あの状況でこんなスキルを取る奴に、そんな慎重さを求められるか?
まぁ、普通に考えて答えは
「えっと、じゃあ、僕のスキルを訊ねたのも?」
「そうよ。地雷スキル持ちだったら、付き合いを考えないといけないから」
「……どんなのだったらマズかったの?」
あっさりと『見捨てる』ことを匂わせるハルカに、ちょっと引きつつも、若林が訊ねる。
「まずは【スキル強奪】。どうせすぐに死ぬから関わりたくない」
「死ぬ!?」
「ああ。【スキル強奪】を使うと寿命が減るから。もし俺たちに使えば、ほぼ確実にその瞬間に死ぬ。街でもすでにそれっぽい死亡事件が何件かあったみたいだしな」
確認のしようは無いが、十中八九、俺たちが来た前後に起きた死亡事件はそれが原因だろう。
「あとは【魅了】ね。私たちに効くのか解らないけど、どうせトラブルしか呼ばないから、近づきたくない。同じ理由で【英雄/ヒロインの資質】もね」
そう言う俺たちに、若林は納得したように深く頷く。
「なるほど。確かに、身の安全を考えたら近づきたくないですね。僕もあの2人について行っていたら、間違いなく死んでましたし。でも、その他は大丈夫なんですか? 【スキルコピー】とか【経験値2倍】とか、チートっぽいスキルは他にもありましたよね?」
「ああ、そのへんは自身の成長が著しく制限されるだけだから、実害は無いかな? 一緒のパーティーは組みたくないけど」
「そうね。いきなり敵対的な対応でもされなければ、普通に付き合ってもいい程度ね」
ああ、あの……誰だったっけ?
う……梅園か、アイツみたいなヤツだな。
あんまり興味ないから、本気で忘れていた。
「そうなんですか? 【経験値2倍】とか、普通に考えたら成長が早いと思うんですけど」
「そう思うわよね。だから取った人も多いとは思うんだけど、あれ、経験値が2倍になる代わりに、成長に必要な経験が10倍になるの」
「――は?」
言われたことが理解できなかったのか、声を上げて首をかしげる若林。
……うん、以前の容姿なら違和感ないが、今のその髭面でその仕草は似合わないことこの上ないぞ。
できれば早く改善を望みたい。
「つまり、ポイントを使って取ると成長が5分の1になるの」
「ひ、ひどすぎる……」
「【スキルコピー】の方は使い方次第かなぁ。コピーしたスキルのレベルは1になり、封印されて、コピーした相手に手解きしてもらわないと使えなくなるから。
仲良くなって、相手の了解を得て使うなら便利だと思うけど、安易に知らない人からコピーするとそのスキルがもう使えなくなるという、ひどい欠点が」
「それって、普通に教えてもらうのと何か違うんですか?」
「一応レベル1でスキルは持っているから、覚えやすいのかも? 100ポイントに見合うかどうかは解らないけどね。ま、あの邪神さん、チートはないって断言してたわけだしね」
「うーん、なんだか、まるで舌切り雀ですね。神の忠告を無視した人は、って」
「大きい葛籠を選んだ人はひどい目に遭うワケね。まぁ、仮にポイントゼロでも、自分の身体と言語能力はあるんだから、多少の地雷なら差し引きゼロぐらいにはなると思うけどね。そもそも生き返ったこと自体、大幅なプラスなわけだしね?」
えーっと、仮に平均ポイントが100だとすれば、【取得経験値10倍】が確か100。これだと確かに差し引きゼロ。
2倍、4倍だと他のスキルが取れるから利点もある。成長は遅くなっても、最初の時点で高レベルならスキル無しの人に比べれば大きなアドバンテージだ。
スキルコピーもむやみに使わなければ利点がある。
――いや、信頼できる仲間が多ければ、多くのスキルが取得できるのだから、かなり便利か? 1人きりで転移したらかなり厳しいが。
なるほど。そう考えれば
俺たちは確かにメリットを享受しているわけだし。
「話は変わるけど、若林君は良く生きていたわね。1週間以上、この森で1人だったのよね?」
「えっと、僕が【鑑定】持ちだったから、何とか食べられる物……といっても草みたいな物だけど、それを囓って飢えを
その状況を思い出したのか、俯いて涙を
他2人と一緒に居たときは、なんだか運良く食べられる物が多く採れたらしい。
「う~ん、もしかして【英雄の資質】って、トラブルを呼ぶだけじゃないのか?」
「他のスキルの影響の可能性もあるけど……どちらにしても私たちには不要よ。多少退屈でも、生き残る方が重要。でしょ?」
『波瀾万丈』より『平穏無事』が好きなのよ、とハルカが
「まぁ、普通の現代人にサバイバルとか無理だよなぁ。しかし、その状態から良く回復したよな?」
今の若林の状態は、少し辛そうではあるものの、喋るのには苦労していない。
脱水症状だったと考えた場合、水を取ればこんなものなのか?
「解らないけど、病気ってわけじゃないから、水分と栄養を摂って、回復魔法を使えば回復するのかも?」
『
今回は空腹と水分不足による体力の低下だったと思われるので、水と食料を摂り、体力を回復させることで、元気になったのかも知れない。
「若林君は歩けそう?」
「はい、何とか」
「なら、そろそろ行きましょうか。街道までもうすぐだから」
俺たちが立ち上がって歩き出すと、若林も力強いとは言えないまでも、普通の足取りで付いてくる。
すでに森の境目まで来ていた事もあり、街道までは数分もかからない。
そこまで辿り着いたハルカは、若林に向き直って言った。
「それじゃ、若林君、ここでお別れね」
「えっ?」
驚いたような表情を浮かべる若林に構わず、ハルカは続ける。
「この道をまっすぐ行けばラファンという街に着くわ。門番に税金を渡せば入れるから、冒険者ギルドに登録するのが良いと思うわ。あなたのスキル構成なら、肉体労働関係が安全に稼げるからお勧めね。街道から逸れなければほぼ危険はないけど、気をつけてね」
「あのっ!」
そのまま歩き出そうとするハルカに、若林が慌てたように声を掛ける。
「どうしたの?」
「仲間に入れては……もらえませんか?」
若林が上目遣いっぽくそんなことを言うが……全く似合わん!
元の姿なら一部の女子は母性本能をくすぐられるかもしれないが、今となってははっきり言えば、気持ち悪い。
だって、見た目
「それって私たちに何か利点はあるの? 戦闘スキルは無い、武器も防具も無い、お金もない。完全に足手まといよね?」
「えっと……クラスメイトだし……」
言いづらそうにそう口にした若林に、ハルカは軽く息を吐いて首を振る。
「そうね、ただのクラスメイト。これまで殆ど付き合いはなかったし、はっきり言って私は若林君の名前ぐらいしか知らないわ。生活の面倒、見てあげるほどの義理はあるかしら?」
厳しい。
厳しいが正論である。
若林が助けを求めるように俺たちを見るが、俺たちは肩をすくめるだけである。
「オレたちが就職して、元クラスメイトが駅前でホームレスしているの見つけても、生活の面倒を見たりはしねぇよな。死にかけてたら救急車ぐらいは呼んでやるが」
「その程度よね。でも、それがナオやトーヤなら別。保護もするし、お尻を蹴っ飛ばしてでも働かせ、真っ当な道に戻す努力をする」
「いやいや、オレはホームレスにはならねーよ?」
「例えよ、例え。変なところにツッコまない。――それは私たちの間に信頼関係や情があるからだし、それを維持するための努力をしてきたわけ。だから困った状況でも互いに手助けしようと思える。
普段の繋がりは無いのに、困ったときだけ助けを求められても助ける気になれないのは解るわよね? だから若林君が私たちに助けを求めるのなら、『情』ではなくて『理』が必要じゃないかしら?」
「………」
「私たちが若林君を助ける利点はなに? 私たちが命懸けで稼いだお金をあなたに投資するだけの価値はあるの?」
「あの、その……あっ! か、鍛冶ができます!」
俯いていた顔を上げて若林が何とかそんなことを言うが、ハルカはあっさりと首を振る。
「それなら、鍛冶師になって、それを生業にすれば良いんじゃない? とは言っても、簡単にはいかないと思うから、コツコツとバイト的な仕事を熟して、人脈を作って、信用を得て、鍛冶師に弟子入りして……ちょっとずつやっていくしかないわね」
「まぁなぁ。ゲームみたいにレンタルできる鍛冶場はないし、そのへんで鉄鉱石を拾えたりもしない。鉄の仕入れも難しければ、販売先もない。信用がなければ弟子入りもできない。キツいよな」
「そう言いながら、トーヤも【鍛冶】スキル、取ってたじゃない」
「おう。その結果、現実を見せられたなっ!」
「片手間でできる物じゃないよな。サラリーマンをやりながら鍛冶師もやるみたいなもんだし」
「いや、それ以上に厳しいだろ。こっちの世界じゃ、本気で働かなきゃ食ってけないんだから」
確かに、元の世界なら普通に働けばある程度の貯蓄ができ、土日に休みもあることを考えれば、毎日働いてもなかなか貯蓄ができないこの世界は厳しいよな。
社会保障制度もないわけだし。
「まぁ、そんなわけよ。スキルレベルも高いし、才能も取っているんだから、鍛冶師になって街に受け入れられさえすれば生活は安定するんじゃないかしら?」
「手助けしてくれたりは……」
躊躇いがちにそう口にする若林に、ハルカはあっさりと首を振る。
「しないわね。私たちに意味が無い。若林君は街中で地盤を固めれば生活が安定する。私たちは冒険者としてレベルを上げていかないと生活が安定しない。方向性が逆だもの」
「それは……そうなんでしょうけど……」
「さっきみたいに放置すれば死ぬという状況なら、多少は手助けもするわ。けど、街に行って働けば生きていける。その状態で私たちに頼るのは甘えじゃないかしら?」
「……ハルカさんって……結構……シビアですね。以前は優しい人かと思っていたのですが……」
ちょっと拗ねたように若林がそんなことを言うと、ハルカが一見すると良い笑顔を浮かべた。
実際にはあの笑顔、ちょっとムカついたときの笑顔だぞ、若林?
「私、優しくない? 死にかけたのを助けてあげたでしょ? シビアなのは否定しないけどね」
「言っておくが、ハルカは敵には容赦しないぞ? 水に落ちた犬は叩き、落ちそうな犬は蹴り落とすくらいには」
「敵に容赦する意味ってあるの? 私、少年マンガの世界に生きてないから、『敵が後半で味方になる』とか信じてないの」
ああ、定番だよな。
最初は敵で出てきて、より強大な敵が出てきたときにツンデレ気味に助けに来る奴。
俺、アレはアレで嫌いじゃ無いです。
「潰せる時に潰す。それが私のジャスティス!」
強く言い切るハルカに若林はちょっと引き気味だが、俺とトーヤはよく解っているので苦笑するのみ。
実際、厳しい世界で半端な情けは害悪である。
盗賊なんかは極力殺すべし、がこの世界の常識なのだ。
「味方は大事にするわよ、私。……敵や裏切り者はコレだけどね?」
そう言って笑いながら、親指で首を掻き切るジェスチャーをするハルカ。
「若林君は大丈夫よね?」
「も、もちろんです、サー!」
にっこりとハルカに微笑まれ、若林は赤べこのように首を振る。
整った顔なのがむしろ怖い。
「――わかりました。1人で頑張ってみます。なにか、アドバイスはありますか?」
俺たちの意思が変わらないことを受け入れたのか、若林は覚悟を決めたような表情で頷いた。
「さっきも言ったけど、あなたの体力なら真面目に働けば十分稼げる。冒険者ギルドで仕事の紹介はしてもらえるわ。
後は、クラスメイトを見つけても安易には接触しない方が良いかもね。もちろん若林君次第だけど、さっき言ったみたいな面倒な地雷スキルもあるから。ナオたちは?」
「う~ん、名前は? オレたちは目立ちにくいよう苗字は無しで、ついでにオレだけはちょっと変えてトーヤにしたんだが」
「そうね、目立ちたくないなら、変えることをオススメするわ」
「あぁ、だから永井君も……」
そう言われ、しばらくの間無言で考え込む若林。
「……えっと、じゃぁ、トミーってどうでしょう? 名前が
「うん、それなら良いんじゃないかしら」
「じゃあ、それで登録します」
頷く若林を見ながら少し考える。
なにかアドバイスできることはあったか……?
俺たちはハルカにかなり頼った部分はあるんだが……そうか、こいつにはハルカがいないんだよな。
となれば、俺たちの方針を解りやすく伝えてやるか。
「俺からは『図に乗るな。謙虚になれ。とかく慎重に』って事だな。何か方針を決めるときには、『トミーとして』ではなく、元の世界の『若林豊として』一度考えてみると良いんじゃないか?」
「若林豊として……?」
何やら首を捻っているが、解りづらかったか?
「例えば、若林が街で働いてある程度お金を貯め、鋼の剣を手に入れたとする」
「はい」
「そんな時、『猪を狩ってくると儲かる』という話を聞いたら、『若林豊』は猪を斃しに行くか?」
「……いいえ、行きません」
少し考えて首を振るトミー。
「そう。『若林豊』は
「スーパーハード以上っすか」
トミーが苦笑してそんな風に言うが、そのくらいの方が安全だろう。
下手にスキルとかが見える分、安易な思考に偏りがちなのだ。
「コンティニューは無いからな。俺たち槍や剣のスキル、才能なんかも持っているが、それでも毎日何時間も訓練をしている。トミーの場合、それ以上の努力は必要と考えていた方が良いだろうな」
「解りました。気をつけます」
「この世界をある程度知った上で、将来どうするかよく考えることをお勧めするわ。上手く鍛冶師になれれば歳をとっても食べていける。その点、冒険者はほぼ無理。そんなことも考慮に入れて、ね」
そう言うとハルカは、大銀貨を30枚取りだして、若林に渡す。
「それ、貸してあげるわ。大銀貨10枚だけだと初日が厳しいから。贅沢しなければ2日目以降は楽になると思うわよ」
「良いんですか?」
「ええ。少しぐらいの心の余裕、あった方が良いでしょ?」
「ありがとうございます」
「それじゃ、気をつけろよ!」
「ぼちぼち、頑張れ」
頭を下げるトミーに、そう言って歩き出そうとした俺たちだったが――
「あのっ!」
顔を上げたトミーが真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「もし今後、僕がお役に立てるまで成長できたら、その時は仲間に入れてくれますか?」
「その頃には私たちに頼る必要はなさそうだけど……そうなればもちろん考えるわ」
ハルカは少し笑うと彼に手を振り背を向ける。
それに俺たちも続き、トミーと俺たちは別方向の道へと歩き出した。
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