025 何か落ちてた (1)

 翌朝、宿を引き払い武器屋に向かうと、約束通りガンツさんはしっかりと仕上げてくれていた。

 早速新しくなった防具に着替え、その上にフード付きの裾の長いパーカーもどきを羽織る。

 これは昨日ハルカが作ってくれた物で、ローブよりも動きやすく、多少の防水機能もある優れもの。

 ローブを購入せずに自作にした一番の理由は、コスト面なのだろうが、それ以上に良い物なのは間違いない。

「やーっと、革の服から脱却できたわね! 【浄化】があるからまだマシだったけど、正直、通気性が悪くて蒸れるのはキツかったもの!」

 ハルカが嬉しそうにそう言い、珍しくはしゃいだようにクルリと回る。

「同感。これも夏場は若干暑そうだが、革の服よりはマシだよな」

 少し厚手の布でできた鎧下ではあるが、空気をほぼ通さない革の服よりははるかにマシで、鎖帷子も殆ど動きを阻害しない。

 俺とトーヤはその上に更に鎧を着けているが、俺の物はソフトレザーの部分鎧なので、今まで着ていた厚手の革の服の方が動きにくいぐらいだ。

 流石に高いだけはある、って事だろう。

「さて、このままサールスタットへ向かうのか?」

「そうね、この街道を真っ直ぐ進むだけだから……昼過ぎには着くかしら?」

 一般人が普通に歩いて丸一日程度の距離。

 それよりは身体能力が高い冒険者などであれば、そこまでの時間はかからないらしい。

 道中も、街道から外れさえしなければ、ほぼ危険は無いので気楽と言えば気楽である。

「なぁ、お前たちの武器、慣らさなくても良いのか?」

「強い敵が出る可能性は低いけど……ナオ、どう思う?」

「一応、軽く自主練はやったが……」

 昨日、宿に戻ってハルカがパーカーを作っている間、いつものようにトーヤと練習はしていた。

 購入した槍は若干重さが増した以外はあまり差が無く、質が良いためかむしろ扱いやすくなったので、さほど不安はない。

 どちらかと言えば、練習のできていないハルカの方が心配だが――

「私も大丈夫だと思うわよ? 弓は弓だしね」

「なら良いと言えば良いんだが……時間があるなら、ディンドルを取りに行かねぇか?」

「ん? まだ取れることは取れるだろうが……」

 ディンドルの季節が終わったと言っても、全部採ってしまったわけでも、食べられなくなったわけでも無い。

 一度に収穫できる数が減ってうまみが少なくなったので、俺たちが止めただけである。

 特に最初に採っていた木は一番近い上に、しばらく採っていないためある程度は実っているだろう。

「夕紀たちがどういう状況か解らんが、なかなか美味い物を食べるのは難しいだろ? 食べさせてやれたらと思うんだが」

 そう言われて、俺とハルカは顔を見合わせて深く頷いた。

 俺たちは運良くある程度稼げた事と、良い宿が見つかったおかげでそれなりの食事ができているが、金が無ければそれこそ初日の屋台のような食事で我慢することになっただろう。

 栄養補給と割り切って慣れてしまえば耐えられるのかもしれないが……いや、俺は無理だな。

「確かにね。乾燥ディンドルは持ってるけど、生のディンドルも食べさせてあげたいわね。ナオ、良い?」

「ああ。反対する理由はない。むしろ、肉も狩って行ってやろう」

「お、良いな、肉。干し肉も美味くできたが、普通の肉も美味いからな!」

 方針も決まったところで、俺たちは街道から外れ、ここ最近で通い慣れた道を進む。

 何度も通ったおかげで邪魔な下生えもなくなり、最初に比べると半分以下の時間で目標の木に辿り着いた。

「さて、上がってくるか。1人で良いだろ?」

「そうね、2人で上がるほどでもないわよね」

 今回はバックパック一杯に詰め込むのが目的ではない。

 俺はバックパックの中身を一時的に2人に預け、木に取り付いた。

 すでにディンドルの木からロープは回収していたが、何度も登っているだけに今ではロープ無しでも苦労することなく登れるようになっている。

 命綱無しが危ないと言えば危ないが、身体能力が以前とは全く違うし、ディンドルの木は枝が重なり合っているおかげで、万が一足を滑らせても一気に下まで落下する危険性はほぼ無いのだ。

 ひょいひょいと天辺まで辿り着き、ディンドルの実を回収していく。

 採りやすい場所はすでに採っているので、枝の先端など、少し面倒な場所が多いが――まぁ、問題ない。

 俺の木登りレベルも上がったし、天辺に着いてからは一応補助ロープも使っているので、落ちる心配は少ない。

 あぁ、もちろんレベルってのは比喩で、【木登り】スキルが付いたわけじゃないが。

 【木登り】か【登攀とうはん】スキルでも付くかと少し期待していたんだが……この程度の木じゃダメなのか?

 それとも1週間あまりじゃ足りないのかもしれない。

 ちょっと残念。

「――うん、こんな物かな?」

 バックパックに3分の2ほど。

 比較的採りやすい場所からはすべて回収済み。

 頑張ればまだ採れないことはないが、時間もかかりそうだし、そこまでの数は必要ないだろう。

 一時的に結んでいたロープを回収して下りる。

 木登りって、登りより下りが怖いんだよな……。

 少し時間を掛けて注意して下りると――流石安定のトーヤ、猪を解体した跡が。

「おう、おかえり。採れたか?」

「ああ、これくらいな」

 背中のバックパックを見せる。

「トーヤは狩りか?」

「ああ、小さいヤツだがな」

 とか言いつつ、登る前は『ぺしゃん』だったトーヤのバックパックは、『ぱんぱん』へと姿を変えている。

 ハルカの方は――変わってない感じだな。

 確かにそれほど大きい獲物ではなかったのだろうが、これだけの時間で獲物を見つけ、狩り、解体まで済ますとか、狩猟の腕、上がりすぎである。

 何のスキルも無いのに、正直、トーヤの感知能力は俺の【索敵】に匹敵しているんだよな。

 いや、こちらに敵意が向いていない狩りに関して言えば、超えているかも知れない。

 俺でもこちらに向かってきた獣を斃すだけなら難しくはないが、森の中から獲物を見つけ、気付かれないように接近し、接近戦で斃すのは無理だろう。

 もしトーヤと狩りで勝負するなら、弓が使えるハルカと組まないと勝負にならないだろうなぁ。

 もうそろそろ【狩猟】みたいなスキルが付いてもおかしくないんじゃないか?

「トーヤのバックパックには入りそうにないし、ディンドルは俺とハルカで分けて持つか」

「そうね。半分こっちに入れて?」

 ハルカの差し出したバックパックに半分移し、俺のバックパックからもいったん取りだして、置いていた荷物と共に配置を考えて詰め直す。

 下手な入れ方をして、着替えとかが潰れたディンドルまみれとか最悪だし。

「よし、準備は良いか?」

「えぇ、行きましょ。と言っても、まずは街道に戻らないといけないけどね」

 サールスタットの街の方角から言えば、少し引き返すことになるが、道のない森の中を方角だけで突っ切るのはリスクが高い。

 『慎重』が旗印の俺たちのパーティー的には、『急がば回れ』である。

 いつも通りの帰り道を辿り、そろそろ森を抜けるかという時、先頭を歩いていたトーヤが足を止めた。

「何だあれ?」

「なに――きゃっ!」

 トーヤの視線の先に顔を向けたハルカが、妙に可愛い悲鳴を上げた。

 ハルカもやっぱり女の子――ってそうじゃ無い。

 視線の先にあったのは、地面に倒れた人物。

 粗末な服を着て荷物も持たず、うつぶせに倒れている。

「これは……行き倒れか? 小柄だが、子供か?」

「いいえ、たぶん、ドワーフね。ガッシリしてるし」

 ドワーフか。初めて見た。行き倒れもドワーフも。

「えーと、こういう場合、どうするんだ? 放置? 埋葬?」

「身分証を持っていれば、冒険者ギルドとかに届けてあげることことが推奨されるわね。特に謝礼とかは無いけど、マナーとして。あと、余裕があれば、遺体は埋めてあげた方が良いわね」

「そうか……」

 何気にこの世界で死体を見るのは初めてだよな。

 元の世界に比べると死が身近にあるとは言え、知り合いでもない死体はあまり触りたくない。

 取りあえず状況を確認するかと、足先でゴロリとひっくり返す。

 腐乱でもしてたら、色々覚悟が必要だし。

「――ぅぅ」

「……何か言ったか?」

「いいえ」

「オレも。――なぁ、そいつ、もしかして生きているんじゃないか? 髭面で顔色は解りにくいが」

 そう言われて改めてその死体(?)を見る。

 いかにもドワーフらしい、髭面のおっさん。取りあえず、腐敗とかはしてないな。

 顔色は……正直よく解らない。

 仕方ないのでおそるおそる首元に手をやると……。

わずかかに……脈がある、かも?」

「生きているの? それなら一応救助すべきね」

 自分たちに余裕があればだけど、と言いながら、ハルカが外傷を確認するが、目立った怪我は見当たらない。

「結構汚れてるわね……『浄化』と、ついでに『小治癒ライト・キュア―』も」

 ハルカが魔法を使ってやるが、特に反応は無い。

 よく見ると口元が乾いていたので、ひとまず水を垂らしてやる。

 すると、僅かに喉を鳴らし、うっすらと目を開けた。

「大丈夫か?」

「――お、お腹、減った……」

 声を掛けると、かすれた声でそんなことを言う。

 やっぱり行き倒れだったらしい。

 いくら腹が減っていても、さすがにいきなり肉を食べさせるのは無理そうなので、ディンドルの実を剥いて食べさせてやる。

 まるでむさぼるように3つも食べた後、一息ついたそいつは改めて丁寧に頭を下げ、お礼を言ってきた。

「ありがとうございます。助かりました。もう何日もまともな物を食べてなかったので……」

「ま、まぁ、構わない。人助けだから」

 正直、高級果物を3つも食べるなよ、と思わないでもなかったが、丁寧にお礼を言われると、金を払えとも言いづらい。

 買ったら高いが、3つ追加で採る手間はさほどでもないわけだし。

「それで、どうしたんだ? こんな所に、そんな格好で」

 この森に入るにはあまりにも軽装すぎる。

 それを訊ねた俺にそのドワーフは答えず、マジマジと俺の顔を見、更にハルカ、トーヤの顔も見つめる。

「えーと、もしかして、ですが、神谷君? それに、東さんに永井君?」

「ん!? そう聞くって事は、つまりクラスメイトか!!」

「そうだよ! 僕、若林。若林豊わかばやしゆたか! 解らない?」

「はぁ!? 若林!? あの?」

 若林。

 その名前にはもちろん聞き覚えがある。

 だが、若林と言えば、小柄で線の細い、気弱な感じの奴だった。

 あまり自己主張せず目立たない感じなのだが、一部女子には人気があり、可愛がられていたんだが……目の前のドワーフとはイメージが違いすぎる。

 しゃべり方はともかく、今の外見はまさに典型的ドワーフ。

 小柄なことだけは変わりないが、筋肉質でガッシリとしていて、声も低い。

「解るわけねぇーー! お前、どうしたんだよ! その格好!」

 トーヤの叫びに激しく同意だ。

 その口調だけは記憶と一致するが、今の外見と声質だとむしろ違和感しかない。

「何でまた、そんな外見に……」

「せっかく別の世界に行くんだから、と思って。えっと、異世界デビュー? 前の身体も嫌いじゃなかったけど、こういう渋い男にもあこがれがあったんだよね」

「はぁ、そうなのか……? いや、でも……渋い?」

 ドワーフって『渋い』のか?

 むしろ、『むさい』じゃないか?

 自分が納得しているなら別に良いとは思うし、あえて指摘するつもりは無いが……。

「神谷君たちも結構変わってるよね? 永井君の顔はあまり変わってないけど獣人になってるし、神谷君と東さんはエルフだし。あ、でも、東さんは前から綺麗な顔だったから、エルフになってもあまり変化は無いね」

 おい、それは俺の元の顔はダメって事か?

 肯定されても嫌だから聞かないがな!

「俺としては、その口調と声質の違和感が半端ないんだが」

「う。それは解ってるんだけど、急には変えられないよ」

「それはそうか。それで、若林はどうしたんだ、こんなところで」

「どうしたというか、突然森の中に転移させられて、何日もさまよって動けなくなった、というか。ていうか、これ、ハードモードすぎない? 身一つで放り出すとかさ!」

 強い口調で言って両手を広げる若林に、俺たちは同意して深く頷く。

 素っ裸じゃ無いだけマシかもしれないが、それでもハードモードなのは間違いない。

「ああ、気持ちは解る。俺たちもハルカがいなければどうなっていたか」

「だな。ハルカのおかげだ」

「ああ、東さんってしっかりしてるもんね。見た感じ、3人とも冒険者なのかな?」

 俺たちの格好を眺めてそう言う若林。

 昨日購入した装備のおかげで、俺たちの外見も大半の人は冒険者と認識する程度には整っている。

 少し前までも武器は持っていたが、この世界の常識でそれは『薪拾いに来た一般人』程度の装備なのだ。

「冒険者ギルドには登録しているわよ? あなたが想像する冒険者っぽい仕事をしているかは疑問だけど、何とか生活できる程度には稼いでるかしら」

「そっかぁ。僕なんてまだ街にも着けてないのにね。ポケットにはお金があったけど、これの価値すら解らないし……」

 若林はそう言ってため息をつき、ポケットから硬貨を取り出す。

 やっぱりそのあたりは俺たちと同じみたいだな。

「大銀貨10枚だよな? 価値としては、街に入る税金と冒険者の登録費用、それに1日宿に泊まり、僅かな雑貨を買える程度だな」

「少なっ! やっぱ、ハードモードだよ、これ!」

 トーヤの説明に、再び叫び声を上げる若林。

 うん、1人じゃよほど上手くやらないと厳しいだろうなぁ。

 叫びたい気持ちは理解するが、ハルカは少し顔をしかめて口を開いた。

「若林君、申し訳ないのだけど、少し声量を落としてくれるかしら? ここ、そんなに安全な場所じゃないの」

「あ、はい。すみません」

 しょぼんと頭を下げる若林に、ハルカは軽く手を振って言葉を続ける。

「たぶん、ここまで戻ってくれば大丈夫だとは思うけど……。若林君は1人? 私たちは上手く3人一緒に転移できたんだけど」

「へぇ! さすがだよね。あの状況で仲のいい人で集まれるんだから。僕なんて誰が誰だか解らなかったから、せめて近くにある人魂に引っ付いたんだけど……」

 あ、俺と同じだ。

 俺の場合、自分が動かなくても2人が来てくれたから助かっただけだからな。

 解る解らないは個人差があるのか?

 心の距離とか言われたら、マジへこむ。

「一緒に転移できなかったの?」

「ううん、一応、一緒に転移できたよ。田中君と高橋君だったんだけど、2人ともあんまり親しくなかったから……」

「別行動になったワケか」

「別行動というか……」

 なんだか暗い表情で下を向き、言いにくそうに言葉を発するのを躊躇ためらっていたが、しばらくしてぽそぽそと話し始めた。

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