028 再び、異世界の洗礼
「う~ん、微妙?」
ベッド4つで部屋の広さは『微睡みの熊』と同じぐらい。
窓は小さく、部屋の中はやや薄暗い。
家具が一切置かれていないので少し広く見えるが、そこは評価点にはならないだろう。
つまり、総合的に『微睡みの熊』の部屋の方が良い。値段半額以下なのに。
「この宿が良くないのか、この街の物価が高いのか、どっちだと思う?」
「う~ん、少なくとも宿は高めになる、か? 街の機能的に」
成り立ちから考えれば、ここの宿は長逗留する物では無く、通常は1日。
天候の回復待ちでも、よほど運が悪くなければ数日程度で引き払うタイプの利用が多いのだろう。
そう考えれば、ラファンの街のように長期契約が多い宿と比べれば高くなるのも仕方ない部分はあるかもしれない。
「物価は……海運、いや川運? が利用されているなら、そう高くないかも?」
「どちらにしろ、拠点にするには向いてないだろ、この値段」
「うん、固定費は重要よね」
全く同感。
仮に1日に500レア多く生活費がかかるだけでも、日数が増えれば決して馬鹿にならない金額になる。
「いや、待て。ハルカ、ナオ。まだこの街の料理を食べていない。もしかしたら美味いかも?」
トーヤがそんなことを言うが、俺はハルカと顔を見合わせて首を振った。
「仮に、万が一、僅かな可能性として飯が美味くても、ここはダメだろ」
「ギルドの規模を見れば、仕事がないのは明らかよね」
「うっ、それは確かに。この街じゃ猪を狩ってきても、そうそう買ってくれそうもないしなぁ」
「俺たちの稼ぎ、ラファンの人口があってこそだよな」
薬草にしても、肉にしても、ディンドルにしても、需要が供給を上回っているからこそ良い値段で買い取ってもらえる。
それを考えれば、この街を拠点に稼ぐのはかなり厳しいだろう。
「あ、いや、それよりも! 今話すべきは夕紀たちのことだろ!」
「ナオが入った途端『微妙』とか言うから」
「いや、だってあの値段だと気になるだろ? って、そうじゃない!」
また話がずれるところだった。
「だな。案外あっさり見つかったよな? もうちょい苦労すると思ったんだが。なぁ、ハルカ?」
「良いことじゃない。私としては、2人が無事と解って、かなり心が軽くなったんだけど」
そう言うハルカの顔は、こちらの世界に来て見た中では、一番穏やかな表情を浮かべている気がする。
余裕ができるまで口にこそ出していなかったが、やはり親友2人が行方不明なのはかなりの心労だったのだろう。
「もちろんオレだって嬉しいぜ? だけど、『頑張って探すぜ!』と思っていたオレの気持ちの空回り具合がちょい寂しい」
「まぁ、運もあるとは思うけど、ある意味、ここで2人が見つかったのは必然の部分もあるわよね」
「ん? 何でだ?」
「まず、私の予想としては、2つのパターンを考えてたの。1つは誰か他のクラスメイトとパーティーを組んで、冒険者として生活しているパターン」
俺たちみたいなパターンか。
クラスメイトじゃなくて、幼馴染みだけで固まったわけだが。
「ただ、正直、こちらは可能性が低いと思っていたわ。女子だけで組むのは危険だし、2人が信頼できる男子ってあなたたち以外にいそうにないもの」
まるで那月と夕紀がぼっちみたいな言い方だが、男友達という点に関して言えば確かにそうなのだろう。
これは那月と夕紀だからではなく、殆どの女子にとって、四六時中一緒に生活しても安心という男子の友達なんてそうそういないと思う。
警察もない異世界で
いや、むしろ絶対いる。
「スキルも貰ったし、俺Tueeeeでハーレムだぜ!」とか言うヤツが。
特に那月と夕紀は可愛いだけに危険性も高い。
依頼で人目のない森の中なんかに行くことも考えれば、下手な奴と組むこともできないだろう。
「もう1つは、街中で仕事をしながら暮らしているパターン。この街のことを調べた段階で、働いているなら宿屋の給仕ぐらいかと思ってたんだけど、
「ふーむ。他の仕事も少なそうだし、2人の容姿なら悪くない仕事ってわけだな」
「……あぁ、この宿の盛況具合、もしかしてそれか?」
門番が最近『川風』が人気と言っていたのは、2人が働き始めたからなのか?
客層が極端に男に偏っているのも、そう考えれば理解できる。
「ん? じゃあ、門番が『嬢ちゃんたちには関係ない』と言っていたのは――」
「ハルカがいたからか?」
ハルカなら、2人に負けないぐらい美形である。
わざわざ可愛い看板娘を見るために、宿を決める必要はないと言える。
「いいえ、どちらかと言えば、全員異種族だからじゃない? 別に禁止はされてないけど、どうこう言っても異種族同士の結婚は少ないし」
「「……あぁ」」
俺たちは元々人間だから、全く気にしてなかったが、一応、那月たちは異種族なんだよな。
どのくらい認識に違いがあるのか解らないが、俺たちが外国人を見るような感じだろうか?
……もしくはそれ以上?
「ま、それは良いとして。昼食はどうする? 下は……満席だったから、注文だけしてここで食べるか、外に食べに行くか。もちろん、干し肉で済ます手もあるけど」
「宿で干し肉ってのも無しだろ。オレは宿の食事を食いたいかな。あれだけ人が入ってマズいって事も無いだろ?」
「そうだな。俺もそれで良い。せっかく別の街に来たんだし」
「そう? じゃあ、注文に行きましょうか」
「うん、じゃあ、俺とハルカで行くか。トーヤ、適当にお勧めで良いだろ?」
「おう。何があるか解らないしな」
1階の食堂は先ほどと同様、満席で喧噪に溢れていた。
その中で夕紀は忙しそうに給仕に励んでいた。
他にも2人ほど給仕の女の子はいたが、夕紀に声を掛ける男が多いのはやはり可愛いからなんだろうな。
「すみません、昼食に適当に3人前お願いします。上で食べますので」
「はい、毎度! ちょっとまっとくれ!」
あえて給仕の女の子に声を掛ける必要もないので、カウンターの中、調理を担当しているおばさんに注文すると、威勢の良い声が返ってきた。
『微睡みの熊』でも同じだが、こう言った食堂のお勧めは作り置きなので、比較的すぐに出てくる。
俺とハルカはその少しの時間を夕紀の様子を眺めて待つ。
「……夕紀、元気そうね」
「ああ。少し痩せた気もするが、酷い目に遭っている様子はないな」
笑顔を浮かべてはいるが、この忙しさ、慣れない生活を考えればかなり辛いとは思う。
それでも怪我をしている様子もないし、すごくやつれていると言うほどには酷くもないので、何とか上手くやって来たのだろう。
「うん……よかった」
安堵のため息をつき俯くハルカの背中を撫でたりしている間にも、おばちゃんは大きめの皿を手に取り、その上にちゃちゃっと色々盛り付けていく。
見た目はそんなに美味そうじゃないが……不安である。
そしてすぐに同じ物が3皿、俺たちの前に並んだ。
「3人前で210レアね!」
「……はい」
やっぱりちょっと高いが、ハルカは素直に払いお皿を2つ持ち上げて2階へ向かう。
残り1つを俺が持ち、部屋に戻ると、ハルカがトーヤにお皿を渡しているところだった。
この部屋、テーブルすらないから、食事にはちょっと面倒だよなぁ。
仕方ないので、ベッドに座る。
「それで、これ……なんだ?」
そう言ったトーヤの顔はちょっと微妙そう。
「この宿の、お勧め?」
適当にと言って出してきたのだから、まさかあえて不味い物を選んで出すことはないだろう。
客の多くもこれを食べていたのだし。
改めて皿の上を見ると、そこには鯉のような魚のぶつ切りを適当に炒めたような物が2切れ。
何か緑色の野菜を酢漬けにしたような物が一盛り。
何の変哲もない黒パンが2つ。
そして、茶色いペースト状の物が1どろり。
いや、まさに『どろり』って感じなんだよ。
正直、美味そうではない。
「いやいや、食べずに評価するわけにはいかないよな? な?」
そう言って同意を求めるトーヤだが、ハルカは苦笑して首を振る。
「例の如く、裏切られると思うけどね……」
「いや! まだわからん! いざ、実食! ――でも、まずは
威勢の良いことを言いながら、すぐにヘタレたトーヤが手を出したのは、魚のぶつ切り。
『大鍋で適当に炒めました』と主張しているが、見た目から味が想像でき、そこまで酷いことになりそうにない。
俺もトーヤに
「うぐっ!」
「………」
「こ、これが『泥臭い』と言うことかっ!」
多分、そこの川で捕れた魚なのだろう。
今まで俺が食べたことのある川魚は
あえて分類するなら、
どちらにしろ、いずれもかなり美味しく、泥臭さなんて感じたこともない。
それに対してこの魚は、かなり『厳しい』。
頑張らないと、『うっぷ』って感じである。
「……これ、調理も悪いわよね。塩焼き、もしくはムニエルなら……いえ、塩焼き一択かしら? もしくはフライ?」
ハルカの言うとおり油で炒めているものだから、表面の皮とゼラチン質がどろりと溶けて魚にまとわりつき、生臭さと泥臭さを何時までも口の中にとどめる。
ハーブのような臭い消しもあるのか無いのか解らない程度で、塩味がより一層臭いを引き立たせている。
ただ一点、良いところを挙げるとするなら、『調理に手間がかからない』。それだけだろう。
「ま、まだだ。まだ終わらんよ! 次はこれだ!」
ダメージを受けつつ、気丈にトーヤが突き刺したのは、再び
うん。これなら不味くても限度があるよな。
俺も一口。
「……すっぱ苦っ!」
これ、何かの茎か?
例えるならば質の悪いアスパラガスの様な筋っぽさと大根の葉っぱのような苦み、それにお酢の強い酸味。
筋っぽささえ我慢すれば食べられなくはないが、買って食べようとは思えない。
トーヤは……ひたすら口をモグモグさせてるな。
筋、残るよな。これ。
「うぐうぐ、ごくん。――地雷そうに見えて実はっ! って事もある。俺は諦めない!」
「いや、もう諦めようぜ? この『どろり』、どう見ても地雷だろ?」
「お残しは許しませんぇ! 俺は食う!」
「お前、どこの人間だよ!」
とか突っ込みつつ、付き合ってやる俺も俺だが。
フォークにちょびっと付けて舐めてみる。
「…………なんだこれ? エグい? 苦い? ちょっとしょっぱい?」
表現に困る味。
正直不味いが、頑張れば食えなくもない。
「これ、ちょっとマーマイトに似てるわね。エールがあるんだから、あってもおかしくないかな?」
「マーマイト? なんだそれ?」
「ビール酵母を原料にしたペースト状の食べ物。イギリスなんかでは食べられてるけど、あんまり一般的じゃないわね。美味しくないし」
「マジでこんなの食べてるわけ? イギリス人。なんで食べるんだ?」
めちゃくちゃ渋い顔をしていたトーヤが、信じられないという表情でそう言うが、どこの国もそう言う食材ってあるよな。
納豆だってある意味、表現しづらい味と臭いだし。
あれって、タレ無しだと苦いというか、なんというか……最近はクセの無いのも多いけどさ。
「好きな人は好きなんじゃない? あと、健康にも良いのかも。ビール酵母自体はサプリとして日本でも売ってたからね。飲みやすいように錠剤だけど」
日本酒の酒粕に栄養価が多いように、ビールの酒粕であるビール酵母もビタミンなどが豊富で身体には良いらしい。
でも、どちらの栄養価が高いのかは知らないが、味に関しては絶対酒粕だよな。
「で、トーヤ、感想は? 黒パンはあえて食うまでもないと思うが」
「……負けましたっ!!」
潔く頭を下げるトーヤに俺は苦笑して肩をすくめる。
「いや、別に勝ち負けじゃないが……ここの街を拠点にするのは無しだな」
「賛成。美味しいお店がないとも限らないけど、宿代の高さは致命的ね」
安い宿がある可能性もあるが、この近辺に宿が集まっている以上、値段に極端な差はないだろうというのが、ハルカの言い分である。
もちろん、裏道を探せば安宿があるかもしれないが、そこまでしてこの街に留まる理由というのが考えられない。
可能な限り早く夕紀と那月を回収して、ラファンの街へ戻る。
その考えで俺たちは一致して、あとはひたすら無心になって皿の上を片付けたのだった。
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