007 街に着きました (4)

 冒険者ギルドから宿に戻った俺たちは、それぞれのベッドで一休みしていた。

 明日からの仕事について、ひとまずの目処を立てることができたのだ。

 楽観できる状況では無いが、毎日真面目に働けば、野宿なんてしなくても何とか食べていけることが解っただけでも一歩前進である。

 もちろん病気になって働けない可能性もあるし、少しずつでも稼ぎは増やしていく必要はあるだろうが。

「しかし、ハルカは俺たちと同じ部屋で良かったのか?」

「え、なに? トーヤ、私を襲うつもりなの?」

 ふと思い出したようにそう口にしたトーヤに、ハルカが『信じられない!』という表情を向ける。が、まぁ、頬が緩んでいるから冗談だな。

 当然それはトーヤも解っているので、苦笑して言葉を返す。

「ちげーよ。幼馴染みでも多少は気を使うだろ?」

「まぁ、そこは仕方ないでしょ、お金無いわけだし。お互い、我慢して気を使いましょ……あ~~、でも……」

 肩をすくめてそういったハルカだったが、少し言いよどんで口を濁した。

「ん? なんだ? 言いたいことがあれば、はっきり言って良いぞ?」

 ただでさえ異世界に来てストレス状態なのだ。

 変に不満を溜めて爆発するよりも、多少言いにくいことも意見のすりあわせをしておいた方が、後々のためには良いだろう。

「えーっと……自家発電はできるだけ控えてね?」

「自家、発電……? ばっ! おま!?」

 想像以上に話しにくいことだった!?

「いや、でも、あなたたちも、その、溜まる、でしょ? 我慢して暴発されても困るし……言ってくれたら、しばらく外出するし……」

 視線を逸らし、少し頬を染めながらそんなことを言うが、そんな風に理解を示されると逆に辛い!

 いくら幼馴染みでも、ナニするからちょっと席を外して、なんて言えるわけが無い。

 俺とトーヤは気まずげに視線を交わし、こほん、と咳払いをした。

「そのあたりは、その、何かに気付いても、気付かないふりをしてくれると嬉しい、かな?」

 男の子も結構繊細なのです。

「そう、そうよね! うん、自然に、自然にするわ!」

 ハルカはちょっと慌てたようにそう言うが、いやぁ、多分無理だろうなぁ。ハルカだし。

「でも、一点だけ! そう言うお店には行っちゃダメだからね! 病気、すっごく危険!」

「……あぁ、性病は危ないな。過去の歴史でも色々あったし」

 梅毒とかな。

 大航海時代とか言って世界中にせっせと配布し、日本にも持ち込んでくれたあの病気。

 同じ病気は無いかもしれないが、何らかの性病の危険性は考えておくべきだろう。【頑強】があっても感染しないとは限らないのだから。

「特にトーヤ! 可愛い獣耳のお姉さんとか居てもダメだからね!」

「行かねぇよ! 俺はでたいの! 可愛い嫁さんが欲しいの! 下半身直結じゃねぇ!!」

「そう? ならいいんだけど。――あぁ、ちなみに獣人に発情期は無いから安心して良いよ」

「お、おう、了解……」

 少し鼻白んだようにトーヤが頷く。

 うむ。異性間でそっち系の話はやっぱ気まずい。

 話を変えよう。

「それよりも、さっきギルドで聞いた話、どう思った?」

 帰り道では人の耳が気になって話題にはしなかったが、かなり気になっていたのだ。

 少し強引な話題転換だったが、全員それ以上続ける気は無かったのだろう。すぐに話に乗ってくる。

「人が死んだ事件のことだよな? うーむ、毒物混入事件? いや、痕跡が無いと言ってたな。異世界だけに魔法とか?」

 頭を捻り、真面目な顔をしながらトンチンカンなことを言うトーヤ。

 お前、最初にした俺たちの説明、きちんと聞いていたのか?

「いや、普通に考えて俺たちのクラスメイトだろ。【スキル強奪】を使って寿命が尽きた、じゃないのか?」

「――あぁ、そういえば、そんな地雷スキルがあったんだよな……取らなくて良かった~。オレがもし200ポイント持ってたら、たぶん取ったな」

 ポンと手を叩き、そんなとぼけたことを言う。

 やっぱりはっきり覚えてなかったんだな。

 かなり重要な話だぞ? あの危ないスキルの説明を自分で見てないからか?

「ギルドのお姉さんの話なら、現状で解っているのは4、5人は死んだという感じか?」

「そうね……。ねぇ、どれくらいの人が取ってると思う?」

 【スキル強奪】って、経験倍増系と双璧を成すチート系のスキルだよなぁ。

 必要ポイントが80で、俺たちの初期ポイントが120、150、200。

 もし初期ポイントの基準が運動能力や勉強の成績だとするなら、自分で言うのも何だが、俺たちは平均よりは高い。

 それを考慮しても、たぶん全員、最低でも80ポイントぐらいは持っていたんじゃないだろうか。

 なので、取ろうと思えば全員が取れる。

「そうだなぁ、下手したら、半分ぐらいは取ってそうじゃないか? いかにもチートっぽいし、男子連中は好きそうだぞ?」

 ふむ。トーヤの予想は半分か。

 だが、俺はもう少し少ないと思う。

「【スキルコピー】ってのもあっただろ? 少しポイントに余裕があればそっち取るんじゃないか? 目立ちたくないとか、人に迷惑を掛けたくないとかいう奴は」

「そうね、他にも経験値倍増系、【魅了】、【英雄/ヒロインの資質】とか、必要ポイントが多くて名前だけは良さそうなのがあったから、案外少ないかも……」

 後はどれくらい思慮深い奴らがいたかだよな。

 邪神の発言で4分の1ぐらいは『クラス全員異世界転移』を思い浮かべたことは解っている。

 つまり、それ系のラノベを読んでいて、スキル強奪や経験値倍増でチート云々も同時に考えただろう。

 邪神の言葉や【ヘルプ】のスキル、その他の必要ポイントなどから怪しいと思えるかどうか……。

 あと、そのへんの知識の無い人がどうキャラメイクしたかも解らないよな。

 解らないから素直に【ヘルプ】を取るとは限らないわけだし。

「一見すると、短期的には【スキル強奪】が有利、長期で考えれば経験値倍増系が有利か? 実際はどれも地雷だけどな。他の追加スキルもスキル強奪みたいに即死はしなくても、ヤバイよな?」

「【英雄/ヒロインの資質】は実質、ただのトラブルメーカーだろ。切り抜ける能力が無ければ、ただ運が悪いだけ、という」

「う~ん、【魅了】ってオレたちにも効くのか? 面倒くさそうなんだが」

 地雷スキルの中には、持っている本人だけで無く、周りにまで影響を与えるようなスキルもいくつかあった。

 はっきり言って近づきたくないと思う。そしてそれはハルカも同じだったようだ。

「薄情かもしれないけど、【魅了】や【英雄/ヒロインの資質】持ちに限らす、クラスメイトとはできるだけ関わらないようにしましょ。どう考えてもトラブルに巻き込まれる未来しか予想できないし」

「良いのか? ハルカの友人がいるかもしれないのに」

「夕紀と那月が心配だけど……とりあえずは合流できてないし、自分と幼馴染みの安全。それに、私の友達に【魅了】を取る子はいない……と思いたい。これ、乙女ゲームとか言ってたのが希望したでしょ、絶対」

 ハルカが呆れたようにため息をついて、肩をすくめる。

 夕紀と那月に関しては、俺たちとも仲が良いので心配ではあるのだが、今から探せるほどの余裕は無いので、何とか生き残っていることを願うしか無いだろう。

「男も取ってそうだよな。ハーレムとか言って。【魅了】の説明を聞くと、ヤンデレ、ストーカー量産にしか思えないが」

 俺も少しはモテたいという願望はあるが、あの説明文を見たらタダでも【魅了】はいらない。

「治安の良い日本でも危ないのに、異世界でストーカーとか怖すぎ。拉致監禁とか普通にありそうだよなぁ」

「見つかれば犯罪だけど、身元の怪しい私たちなら居なくなっても発覚しづらいでしょうね」

 バレなきゃ犯罪じゃないって事か。

 訴える人がいなければ、捜査だってされないだろうしなぁ。

「ゲームなら地雷職やスキルもそれなりに楽しめたが、現実となると……」

「ある意味、クラスメイトは文字通り地雷だよな。スキル構成が解らないから、地雷があるかも解らず、下手したら爆発に巻き込まれる」

「トーヤ、上手いこと言うな? 不謹慎だけど」

「でも、同意できるだろ? 【英雄の資質】なんてまさに『近寄るな! 危険!!』だし」

「いくら同郷と言っても、ただのクラスメイトのために命はかけられないものね。ぜひ、遠くでシアワセになって欲しいわ」

 シビアな言い方だが、同感である。トーヤ共々、深く頷く。

 俺たち、無私で人助けできるほど聖人じゃないし。

「実際、ハルカはどのくらい生き残ると思う?」

「さぁ……1ヶ月後で半分ぐらい? 転移場所によってはもっと少ないかも。全員この街の近くに来たとも限らないし。さっきからげているスキルの他にも地雷スキル、地雷種族もあるから、そのへんを安易に選んだ人は……」

 うーむ。クラスメイトだから、それなりに友人もいるんだが、かなりの数が死ぬのかもなぁ。あまり実感がわかないけど。

 目の前で死なれたらさすがに動揺するかもしれないが……。

「ま、【ヘルプ】を取った注意深い人と、チートなんて考えなかった真面目な人は生き残るだろうから、そのうち交流する機会もあるでしょ」

「わざわざ探し出して、保護することはしないってことか」

「私たちだって、保護とか上から目線で言える立場じゃ無いでしょ?」

 確かに。

 むしろ俺たちの方が助けて欲しいぐらい余裕が無い。

 まともな武器が木剣もどき……いや、むしろ棍棒という方が近い代物だけだぞ?

 宿だって個室も取らずにいるわけだし。

 気心が知れた幼馴染みだから気を抜いてのんびりしているが、一緒に居たのが他のクラスメイトだともっと余裕がなかっただろうな。

「あとは……そうだなぁ、奴隷とかっているのか?」

「そのへんは微妙ね。この辺の国では基本的には禁止されてるけど」

「基本的には……?」

 なんか引っかかる言い方なんだが。

 顔をしかめた俺に、ハルカはパタパタと手を振って否定した。

「ああ、奴隷狩りみたいなのは無いわよ? 人を攫えば普通に犯罪。見つかればね。ただ、そういった犯罪者の他にも、実質、似たような状況はあるかもね」

 『奴隷』と一言で言っても、地球の歴史ですら色々な形態がある。

 実質はただの雇い人と同じだったり、逆に人扱いされていなかったり。

「ま、日本だって100年も遡れば小作農とか居たし、農村から女衒ぜげんに売られる人も居たみたいだしな」

 悲しいかな、貧困の時代には口減らしとかがあったのは歴史的事実なのだ。

「そーいや、そうか。大戦以前の欧米の植民地なんて、実質奴隷みたいなもんだったよな」

「何もかもまとめて絶対ダメ、というなら、最低限の社会保障と貧困対策ができてからなんだろうね」

 もちろん、人を攫ってきて奴隷にするというのは絶対に許されないと思うが、社会保障的な意味で奴隷制度があった歴史も確かに存在する。

 餓死するか、犯罪者になるか、奴隷になるか。社会保障制度が無いとはそういう事なのだ。

「そっか。俺たちがそうなる可能性は?」

「借金を重ねたり、犯罪に関わらなければ大丈夫」

「なら安心だな! オレたち、品行方正だもの!」

「騙されなければね。あなたたちは常識が無いんだから、しばらくは十分気をつけること。犯罪かどうかも解らないでしょ? 特にトーヤ!」

「えー? オレ、慎重だぜ?」

 不満そうだが、トーヤ、どの口が言うのか。

 その心外、という表情そのものがすでに信用できない。

 元々やや暴走気味なのに、こっちの世界に来て浮かれ気味なのだ。

 街を歩いている間中、獣人が通る度に視線で追っていたことを俺は見逃していない。

「あなた、獣耳が~とかで暴走しそうだもの」

「うっ。否定できない……」

 やはりハルカも同意見だったようだ。

 そして、トーヤ自身もその点に関しては自覚はあったようで……。

「報告、連絡、相談! ホウ・レン・ソウ、絶対忘れないこと! 少なくとも絶対、絶対、相談だけはするのよ?」

 真剣な表情でそう強調するハルカに、俺たちも素直に頷くのだった。

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