006 街に着きました (3)

 冒険者ギルドは、俺たちが入ってきた門とは別方向の門近くにあった。

 太陽から見るに――悠曰く、この世界でも太陽は一つで東から昇り、西に沈む――俺たちのやって来たのが東、ここの門が南に当たる。

 ギルドの建物自体はごく普通の物で、大きさは泊まっている宿の2倍ぐらい。正面には絵ではなく文字が書かれた看板が掲げられている。

 迷った様子も無くハルカが先導するので、素直に付いてきたのだが、聞いてみると雑貨屋できちんと場所を確認していたらしい。

 さすが、頼りになるね。

 「常識持ちだけある」って言ったら、「それ以前の問題だよ」と叱られてしまった。

 うん、ちょっとハルカに頼りすぎだよな、俺たち。

 そう思い、隣を見ると、トーヤもこちらを見ていた。

 そして二人して視線を交わし、頷き合う。

「よし、今度は俺たちに任せてくれ! ハルカ」

「だな! これぐらいならオレたちでもできる。女だと舐められるかもしれないからな!」

「待ちなさい、待ちなさい!」

 そのままずいっとハルカの前に出ようとした俺たちだが、ハルカに手を引っ張られて止められた。

「いいから! 交渉ごとはしばらく私がやるから! あなたたちはそれ以外を頑張ってくれれば良いから、ね?」

 そう言ってハルカが指さしたのは、トーヤが背負っている袋。

 ……それはつまり、肉体労働専門、と言うことですね、ハルカさん。

「それに、あなたたちが後ろに立っているだけでも十分意味があるんだから。私なんて、いかにもか弱くて見目麗しいエルフでしょ? たぶん……まだ自分の顔見てないけど」

「ああ、そうだな。簡単に攫ってしまえそうな感じだな――外見だけは」

「美形のエルフでか弱そうだな――実体はともかく」

「……なによ?」

 やや不満そうにハルカが俺たちを睨むが、俺たちは二人揃って肩をすくめて笑う。

「いや、ハルカがか弱いとかねーだろ。日本にいたときもそうだが、さらにスキルまで手に入れて」

「男っぽいとは思わないが、か弱いとはちょっと違わないか?」

 コイツ、護身術とか言って合気を習ってたからな。

 気も強いし、元の世界ではナンパされている後輩を助けたという逸話も何度か聞いている。

「くっ、否定できない! ……いやいや、そうじゃなくて。問題は外見だからね? 用心棒よろしく」

「了~解。役に立つなら頑張りますとも。立ってるだけだけどな」

 そんなわけで、結局、ハルカを先頭にギルドに入ったのだが、その中の様子は俺を少し拍子抜けさせる物だった。

 入ってすぐにある大きなホールのうち、3分の2ぐらいの面積をカウンターなど事務作業をする場所が占め、一見すると役所のよう。

 残りのスペースにテーブルが並べられて食堂のようになっており、そこでは冒険者らしき風貌の人たちが、普通に食事やお酒を楽しみながら談笑している。

 予想外に飲んだくれている冒険者はおらず、全く雑然とした様子が無い。

 後でハルカに聞いてみると、馬鹿なことをすると冒険者のランクを容赦なく下げられるし、あまりに酷いと除名の後ブラックリスト入りなので、職員の目が多いギルドの中でトラブルを起こすような奴はほとんどいないのだとか。

 例えるなら、上司の前で深酒してバカをやるようなものか?

 まぁ、痛飲したいなら、ギルドなんかより普通の酒場に行くよな。

「こんにちは。新規登録したいんですけど、いいですか?」

 ハルカが向かったのはカウンターの1つ。

 美人と言うほどでは無いが、にこやかで好感が持てる感じのお姉さんが担当している場所だ。

「はい、もちろん。後ろのお二人も? 3人で900レア必要ですが、大丈夫ですか?」

「ええ、これで」

 ハルカが大銀貨を9枚差し出すと、それと引き替えに3枚の紙を渡された。

「それに記入して提出してください。説明は必要ですか?」

「いいえ、大丈夫です」

 ペンは1本だけだったので、ハルカが書き終わるのを待って俺も記入していく。

 とは言っても、書くのは名前と種族、自己PRのみ。

 ハルカが『多少の魔法と弓』と書いていたので、俺もそれに倣い、『多少の魔法と槍』とだけ書いておく。トーヤは『剣術』にしたようだ。

 うーむ、日本語を書くように別の文字が書けるというのは不思議な感覚だな。さすが神様のお力。

 会話はともかく、文字が書ける人は少数派らしいので、普通に書けるようにしてくれたのは、邪神の言うとおり確かに大サービスなのかも知れない。

「はい、確かに。ちょっと待ってくださいね……ところで、あなた方は健康ですか?」

 手元で3枚のカードを取り出し、作業をしながら訊ねてくるお姉さん。

 唐突な質問にわけも解らず、俺たちは首を捻った。

「え? はい、特に問題ないと思いますが、なぜですか?」

「いえ、なんか今日はおかしな事に、あなたたちぐらいの人が突然亡くなる事件が複数起きてまして……このギルドでも2人ばかり亡くなってちょっと騒ぎになったんです」

 俺たちぐらいの年齢で突然死。

 なんか心当たりが……。

「へ、へぇー、怖いですね。原因は解っているんですか?」

 ちょっと視線を泳がせながら、訊ねるハルカ。

 微妙にポーカーフェイスに失敗しているが、お姉さんは手元に集中しているためか、特に気にした様子もなく答えてくれる。

「それが全く。いつの間にかテーブルに突っ伏して亡くなっていたのが1件、ギルドに入ってきて辺りを見回したと思ったら倒れたのが1件。どちらも外傷が無くて、毒物、もしくは疫病かと騒ぎになったんですが、それらしい痕跡も無いんですよね」

 ため息をつきながら、できたカードを渡してくるお姉さん。

 キャッシュカードぐらいの厚みの金属板で、俺たちの名前が刻み込まれている。

 他には多少の装飾と『ラファン冒険者ギルド発行』という文字が書かれているのみで、見た感じはごく普通の金属板だ。

 書き方からして、ラファンというのはこの街の名前か?

「はい、これで登録は完了です。なんか、街中でも似たような事件が起きているみたいですし、気をつけてくださいね?」

「ありがとうございます。でも何に気をつけたら良いんでしょうね?」

「それは確かに……まあ、健康に?」

「ですね、ありがとうございます」

 ちょっと首をかしげてそんなことを言うお姉さんに、ハルカも苦笑してお礼を言い、思い出したように付け加えた。

「ああ、そうだ。この街でも薬草採取は受け付けていますか?」

「ええ、もちろん。ここだと、東の森と南の森が採取場所ですね。少し遠いですが、初心者は東の森がオススメですね。魔物が少ないですから――エルフがお二人もいるなら心配ないかもしれませんけど」

 お姉さんが東の森と言いながら指さしたのは、俺たちが入ってきた門がある方向。

 確かに森はあったが、かなり遠かったよな?

「いえ、アドバイス、ありがとうございます。最初は慎重にするつもりですから、そういう情報は助かります」

「そうですか? なら良かったです。頑張ってくださいね」

「はい」

「「ありがとうございます」」

 にっこりと微笑んで言ってくれるお姉さんに、俺とトーヤも頭を下げてお礼を言い、俺たちはギルドを後にした。

 そういえば、特に美形では無いとは言え、思えばこの世界に来て初めて会話した女性である。

 ――いや、異世界だからと美少女・美女に頻繁に会えるわけ無いんだけどさ。

 ハーレム系ラノベじゃないんだから。

「さて、宿へ帰るまでに少しギルドについて説明するわね。と言っても、あなたたちが思っているのとそう違いは無いから、簡単にね」

 ギルドから少し離れた道の端で足を止めたハルカは、先ほど渡されたカードを取り出して俺たちに示す。

「これがギルドカード。なんかの合金みたいで丈夫だけど、特別な機能は何も無いわ。ただの身分証明書ね。自分の名前と発行した街のギルド名が書いてあるわ。

 今は裏側に何も書いてないけど、ギルドから依頼を受けて、信頼度が上がっていくとスタンプ……刻印? を入れてもらえて、その数が多いほど優遇が受けられたり、受けられる依頼が増えたりするわよ」

 ふむ。見たままか。裏側の用途は言われるまで判らなかったが。

「他人には使えないとか、ステータスが解るとか、そういうハイテク機能は無いのか?」

「無いわね。そんな物を3千円程度のカードに付けられる訳ないでしょ。誰でも登録できるんだから」

 トーヤの質問を、ハルカはあっさりと否定する。

 ラノベとかの定番機能は無いのか。

 まぁ、そんな機能って、実現できるにしてもコスト掛かりそうだよな。

「刻印の数は最大10個で、その数がランクね。つまり、私たちはランクゼロ。ペーペーって事。

 刻印は消せないから、問題を起こしたらバツを付けられてランクが落とされるわ。また上げることはできるけど、バツの付いた刻印はずっと残るから、同じランクでも信用は落ちるわね」

「前科持ちって事だな。消せない前科って怖いなぁ。注意しないと」

 ある意味、よく考えられている。

 紹介状が不要なだけに、登録はできてもトラブルメーカーは排除されるワケか。

「まぁ、よほどじゃなければ事前に何度か注意を受けるみたいだから、ランク落ちはなかなか無いみたいだけどね。あとは……何か質問はある?」

 比較的ありきたりな冒険者って感じだよな?

 ゲーム的な便利要素が少ないが。

「薬草のことを聞いていたが、あれは? 定番の薬草採取の依頼なのか?」

「そうね。薬草は普通に取ってくれば、ほとんどの街で買い取ってくれるわ。それは冒険者じゃ無くてもOK。ただし、街の側で手軽に採取できたりはしないわ。そんなのにお金を払う人はいないでしょ?」

 うん、当然だよな。それこそ、子供でもできる程度のことなら、得られるお金も子供の小遣い程度にしかならないだろうし。

「平均的にはどうなんだ? 暮らしていけそうか?」

「そうね……トーヤの【鑑定】とナオの【鷹の目】に期待しましょ。あとは獲物を見つけて、私の【解体】で少しずつは貯蓄できると思うわ」

 少し悩んでそう言うハルカ。口ぶりから考えると、かなり頑張らないと生活、厳しそうだな。

 誰でもできる仕事で得られる収入が少ないのは、この世界でも同じだろう。後はどれだけの時間働くかだけのこと。

 せめてハルカが着替えを買うのに躊躇しない程度には稼ぎたい。

 俺たちだって着た切り雀は嫌だし。

「それでも、少しずつなのか……ガテン系も冒険者ギルドから派遣されるって言っていたが、そっちはどうなんだ?」

「トーヤは稼げるかも知れないけど、私とナオには向いてない。体力勝負だから」

 ガテン系だもんな。

 どう考えてもエルフ向きの仕事じゃ無い。

「私たちだけで薬草採取、トーヤにそっちをやって貰う方法もあるけど、嫌でしょ? それに、レベル的にも一緒に居る方が良いと思うし」

「そういえば邪神が『レベルが上がる』とか言っていたな……。アレってスキルだけなのか?」

 ステータスで見られるデータでは、一部のスキルにレベルが記載されていて、所謂キャラクターレベルというものは無かった。

「う~ん、この世界の常識では、そもそもスキル自体が認知されてないんだよね。確認方法が無いから」

 つまり、俺たちがスキルを取得できたり、ステータスを確認できたりするのは邪神のおかげと言うことか。

 おやおや? なんだか邪神が邪神にレベルアップしそうですよ?

「ただ、鍛えたり魔物を斃したりすれば強くなれる、っていう共通認識はあるわよ」

 うん、それは当たり前。

 元の世界でも鍛えれば普通に強くなれた。

 その上昇曲線が俺たちが思うよりも急なのかだが、これは検証するしか無いか。

「ちなみに、さっきのお姉さんも魔物って言っていたが、この世界の魔物はどんな感じなんだ?」

「まず、魔物と呼ばれるのは、体内に魔石を持つ生物ね。基本的に本能のみで生きていて知能は無いから、駆除推奨。倒すと報奨金が貰えるけど、討伐証明を持ち込む必要あり。

 あと、倒しても消えたりはしないから、魔石や素材を取るためには解体しないといけないわ」

「うっ。オレ、グロ耐性無いんだけど」

「俺も……」

「私も魚ぐらいしか捌いたこと無いわよ。でもやるしかないでしょ? しばらくは私がやるから、2人ともそのうち慣れてよね!」

 やっぱりそうだよなぁ。

 幼馴染みで育った環境がほぼ同じなのだから、狩猟経験があります、獲物の解体とかお手の物です、とか言われた方がむしろ驚く。

 いくらグロが苦手で、【解体】持ちがハルカだけとはいえ、女の子に任せっぱなしとか、男としてダメだよな……。

「ハイ……」

「頑張ります……」

 ふん、と息を吐いて胸を張るハルカに、俺たち男は悄然しょうぜんと頷くしか無かった。

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