第19話~わがままな魔女の願い

 ゼノは、皆を見渡してこう切り出した。


 「ではまず、あなた達は魔女は聖なる者、妖鬼は邪なるモノと思っているから見えてこないのです」


 「え? でも……伝記ではそうなっていますけど?」


 「それはそうでしょう。魔女が作った物語なのですから」


 リズの質問をゼノが返した言葉で、皆ハッとさせられる。

 しかも魔女は、二つの伝記をわざわざ残していたのである。


 「いいですか。妖鬼は人間だったのでしょう? だとしたら、ナイフで封印の時点で魔女は、妖鬼を殺すつもりはなかった事になります。つまりは、生かす事を選択したのです」


 「え? なんで?」


 質問するディルクと皆、同じ疑問を持った。


 「私なら違うアイテムを作り、自分では手を下さずに妖鬼の息の根を止めます。勿論、魔女にも出来たはずです。ですが、それをなさらなかった。それが答えです」


 ゼノの言葉に、そんな事が可能なのかと全員が驚く。


 「それは一体どのような方法なんですか? 私には思いつかないんですけど……」


 リズの質問に、ゼノは頷き答える。


 「レネさんがなさろうとした事と同じです。体に身に着けるアイテム……例えば、ブレスレットで封印アイテムを作ります。それをただ妖鬼本人がまだ体にいる状態で付けるだけで済みます。後は寿命が来れば死を迎えるでしょう」


 ゼノの説明に、皆納得と感心する。

 妖鬼であったハラウドが、自分の体にいる間に封印アイテムを付ける。そんな単純なやり方だった!

 確かに魔女である彼女が、ハラウドの企みに気づいていたのなら、事前に取れた対策だ。ゼノの言う通り、ハラウドの行為を止めるつもりはなかった事になる。


 「じゃ、わざわざ妖鬼を助けたって事だよね? 本当に僕達は色恋沙汰に巻き込まれただけだったんだ……」


 祠の前で考えついた事が当たっていた事に、ジェスは愕然とする。


 「そのようですね。と言っても魔女の一方通行だったようですが……」


 「片思い?」


 「そうです。その鈴が証拠です」


 質問したリズの鈴を指差し、ゼノは答えた。


 「鈴が? なんで?」


 不思議そうにディルクが質問をする。


 「妖鬼は人間たっだのですから最初から邪気を纏っていた訳ではないでしょう。封印した魔女を長い年月恨み続けた事で生まれたモノです。その鈴は、祠に入る為に用意した物でしょうが、それに邪気を弱める効果も付けたのです。妖鬼自体は術を使ってくるのですから、本来なら術を弱める物ではなくてはおかしいのです」


 「なんでそうしなかったんだ?」


 更にディルクは質問をする。それにもゼノは、丁寧に答える。


 「勿論、そうした方が妖鬼の術を弱めるのに効果的でしょう。ですがそれは、私達の術も弱ってしまいます。そこで、邪気を払う事で強められていた術を弱める事にしたのでしょう。この考えに至ったからこそ、このようなアイテムを作ったと推測出来ます」


 ディルクは、答えを聞いても考え込んでいた。

 愛するがゆえに封印したという事を妖鬼が知らないからこそ、恨みが募ったという事にたどり着くのに少し時間が掛かった。


 「もしかしてゼノさんは、魔女や妖鬼の研究もなさっていたのですか?」


 ソイニは、余りにも的を得ているような回答にそう思いあたり聞いたのである。ゼノはそれに頷きはいと答える。


 「魔女と妖鬼と言うよりは、魔女をと言う方が正しいでしょうか。知っておりますか? 他国でも魔女の話は沢山あります。ですが、妖鬼の話はこの国にしかありません」


 「確かに他国でも魔女の話はあると聞きました。でもまさか、妖鬼がこの国だけのモノだとは知りませんでした」


 ジェスはそう語りながらも、妖鬼が言っていた魔女が作ったモノだと言う台詞を思い出し納得していた。


 「ずっと何故なのか。推考しておりました。あなた達のお蔭でわかり、すっきりと致しました」


 ゼノは、満足げにそう言った。そこに恐る恐るリズが質問を投げかける。


 「あの、私に魔力を止める術を魔女が掛けたと言うのは本当なのでしょうか?」


 「そうでした。まだ、その話が残っておりました。そうです。魔女が施した術の影響で、あなたは魔力が増えなかったのです」


 「じゃ、私は一生このまま……」


 ゼノの回答にリズは暗い顔をする。


 「いいえ。その術は昨日解かれていますよ」


 ゼノはニッコリとリズにほほ笑みそう返すが、皆驚きの表情を見せる。


 「考えてもみなさい。今まで数年間パス出来なかった試験をパスしたのです。術が解けて魔力が増えてきている証拠です」


 皆、一斉にリズを見た。見た目は今までとは何も変わらない。だが、ゼノの言う通り、そう考えるのが自然なのであった。


 「よかった……」


 泣きそうな嬉しそうな顔でディルクはリズに抱き着く。


 「でも、なぜ……」


 「思い当たるのはタイミングからいって、リズに掛けた妖鬼の術だと思うけど……どうしてかはわからない」


 リズのこぼした言葉にジェスは答えようとするが、ハッキリとはわからなかった。


 「いい線いっておりますよ、ジェスさん。魔女が使った術は、かなり特殊なので絶対とは言えませんが今までの行動から察すると、リズアルさんを妖鬼から守りたかったのは間違いないでしょう」


 「私もそう思います」


 ゼノの言葉に、ソイニはそう相槌を打った。


 「魔女は取り憑かれないようにというよりは、妖鬼に見つからないようにしたかったのではないのでしょうか。そこで魔力が増えるのを止め、能力があっても優秀な魔術師にならないように施した」


 「いや、バレてるし、術だってなんで解けたかわかんなんだけど?」


 リズから離れたディルクは、さっぱりだという顔をゼノに向けた。

 ゼノは、そう通りですと頷きその質問に答える。


 「魔女が二つの伝記を作るなどをしている事から、自分が施した封印が弱まり解ける時期を計算し、その時代に基準に適った者に魔女の能力を授けた。それと同時に魔力を止めたのです。先ほど言った通り、止めたのは妖鬼に知られぬ為、ですので知られてしまえば魔力を止める意味はありません。それで魔力を止める術は解除されたのです。最終的には、祠で水晶を手にした時には解けるように施してあったとは思われますが……」


 「なるほど、それがたまたま試験の日だったというわけですな」


 ゼノの説明に、マティアスクがよくわかったと頷いた。


 「で? バレた理由は?」


 ディルクは頷きながらも、もう一つの謎はと聞いてくる。


 「これは時代が生んだ誤算でしょう。魔女の時代には魔術師の階級制度はまだなかった。ただ秀でた者が魔女と呼ばれていたのでしょう。それで数年間見習いのままになり、逆に目立ち妖鬼の目についた。まあ、もとを正せば原因は、リズアルさんに術を施す時期、つまりは年齢が早かった事でしょう」


 「なるほど。その年齢の者が条件に適うとは魔女も考えが至らなかったという訳か。それで幼いリズアルに術が施されてしまった……」


 ため息交じりにマティアスクは、ゼノの言葉にそう続けた。


 「私は一体どんな条件をクリアしたのでしょう? 全然思いつかないけど……」


 「そうだよね。子供でもクリア出来る条件って……」


 リズとジェスだけではなく、そこは全員の疑問であった。


 「それが一番の難問なのです。未だにこの答えであっているのか悩んでいるのです」


 「その答えとは?」


 「命を投げ出す覚悟で、愛する者を守り通そうとした者……としか」


 マティアスク問われ、今までとは違い自信なさげにゼノはそう答えた。


 「なるほど。その条件なら私ですら八歳の子がクリアするとは思いません。だとしたら、リズアルがクリアしてしまったのは、不運としかいいようがないですね……」


 ソイニもため息まじりで語った。


 「っていうかさ。その条件だと誰も当てはまらないという事ってないか?」


 「そこなのです。魔女は妖鬼と違って子孫に自分の能力を授ける術を使っています。今現在存在はしていないのです。絶対的な条件でなければ確実に受け継がせる事が出来なくなってしまいます」


 ディルクの言葉にゼノは同意して頷きながら答えた。


 「それでも、その条件の者に妖鬼を捕らえて欲しかったんじゃないかな? こうやって自分がしようとした事がバレたとしても、わかってくれる人物に託したかったとか……」


 リズがそう語ると、皆驚き彼女をジッと見る。そして、今のが答えだと悟った。


 「そうですね。選ばれたリズアルさんがそう言っているのですから間違いないかもしれません。それにしてもわがままな方ですね、魔女は。妖鬼を開放して自分が選んだ人物にまた封印させようとするのですから……」


 「オレには、魔女の考えてる事がさっぱりわからないんだけど? それにどんな意味があるっていうんだよ。お蔭でリズが大変な目にあったじゃないか!」


 リズがという所がディルクらしい意見であるが、前半の言葉には皆同じ意見だった。


 「愛する者の願いを叶え、自分の能力も残したかった。しかも、未来永劫に……」


 「未来永劫ですか……」


 ソイニが復唱する。


 「そうです。私達に妖鬼を退治してもらうという意思は読み取れません。こちら側サイドには妖鬼を倒すアイテムどころか、封印するものさえ用意されておりませんからね」


 「それ、おかしくないですか? レネが……いや、妖鬼が偶然身に離さず持っていた封印のナイフが無ければ、封印すら出来なかった。僕達、あの時殺されていたかもしれない。だとしたら、自分の能力は未来永劫残らない事になりませんか?」


 ジェスの疑問にゼノは首を横に振った。


 「祠を残すなどしている事から、妖鬼の性格を把握しナイフは隠し持っている事は計算済みなのでしょう。相まみえた時にそのナイフで封印させるつもりだった。そして、思惑通りになった」


 「確かに、ゼノさんが言っていたように、妖鬼の行いも魔女の仕業だと言えますね。驚きです」


 ゼノの説明を聞き終え、ソイニは関心していた。

 この話が真実ならば、魔女に振り回されていた事になるのであった。

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