第10話~ディルクに託されていた事
それは昨日、皆が帰った時に、ディルク一人残った時の話である――
ディルクは、ソイニ以外の皆が出て行ったのを確認するとマティアスクに話しかける。
「お願いがあるんだけど……」
「ダメだな」
マティアスクは一瞥しただけで、すぐに返事を返して来た。
「……オレ、まだ何も言ってないけど」
「言わなくとも、私ですらわかります」
ソイニがそう答えた。
「なんだよ。別について行きたいって言っているだけじゃん。邪魔しないからさ」
「今回だけはダメだ。ほれ、これをやるから大人しく待っていなさい」
そういうと、ディルクの手をとり小さな巾着を乗せる。
「なんだよ、これ」
ディルクは、巾着をのぞき込む。勿論、中身はリズに付けた物と同じ鈴である。
「いや、オレ鈴が欲しんじゃなくて……」
「それは、私達が戻るまで絶対に身に離さずに持っていなさい」
文句を言うディルクに、マティアスクは真面目な顔で言った。
「……こんな事で騙されない! もう子供じゃないんだから!」
「勿論、子供じゃないから、渡したのだが? それに、それは大切な物だ。妖鬼の力を弱めるもの……」
「それは、さっき聞いて知っている。オレは、ついて行きたいって言ってるんだ! これやるから、家にいろって言われたって嬉しくない!」
「仕方がない……」
その台詞を聞いて、ディルクは顔を輝かせる。
「いや、許可する訳ではない。その鈴を渡した意味を説明すると言っているだけだ」
「なんだよそれ……」
「君を一番信用してるからだ」
ディルクはそれを聞き、ジト目でマティアスクを見た。
「なんだその目は……」
「ありえないだろう? 一番って……」
「いや、今回に限り一番に信用できる者だ」
「それって、孫のレネやオレ達の中で一番頼りになるジェスよりって言えるのかよ」
「勿論だ」
マティアスクが真面目な顔で頷き、ディルクは驚く。
「別に煽てている訳ではない。本当にそう思っているからこそ、それを渡したのだ」
ディルクは、渡された巾着に目を落とす。
「そう言われても、全然わかんないんだけど? って言うか、それなら尚更連れて行ってくれよ!」
「いや、信用出来るからこそ私がいない間、ソイニさんの手助けをして村を守って欲しい」
「は? 村?」
マティアスクは頷く。
「よく聞いてほしい。妖鬼がとりついている疑いがかかるように、悪戯ではしなだろう。バレた時にただじゃ済まないからな。どんな目的があるかはわからないが、リズアルに嫌疑がかかるようにした者がいる。勿論、誰でもよかったもしれないが。ただ……」
マティアスクは、ジッとディルクを見据える。
「君がリズアルを選ぶ事は絶対にない。よって、今回に限っては一番信用出来る者という事になる。もし、相手が本当に妖鬼だった事を考え渡したのだ」
「あ、なるほど。でも、それならオレだけじゃなくて二人にも渡した方がよくない?」
「その事なのだが……。今回に限っては君以外には頼めないのだ」
「え? もしかして、二人も疑ってんの?」
「この際だからはっきり言おう。村人全員だ」
その回答にディルクは驚く。
「な、何言ってんの? え? ソイニさんの事も?」
「言い方が悪かった。中級以下の村人達だ」
「いや、それでも……。どうしてそうなるか全然わかんないんだけど……」
そうだろうなとマティアスクは頷く。
「別に信用に足りないから疑っているのではない。消去法でそうなっただけだ」
「消去法?」
「妖鬼は相手の闇、つまり負の感情をつき、そそのかす。だが、上級以上の者がその口車に乗る事はまずありえない」
「なんで?」
「その立場になるためには、どれだけ大変な事かわかりますか? 妖鬼と契約をすれば欲しかったモノが手に入るでしょう。ですがその瞬間、その者にとって死を意味すると同じ事。今まで費やした時間や積み上げて来た物がすべて意味がないものとなります。それに妖鬼に頼るほど手に入れたいモノなどないと思われます」
マティアスクに代わり、ソイニが代弁する。
「いや、それなら中級以下の者だって……」
「そうだな。だが、妖鬼は自分で出来ない事をしてやると誘惑してくるのだ。自分の力ではどうにもならない者が、その口車に乗ってしまう。そして、妖鬼が望むのはその者の能力だ。今、中級でもいずれ上級になりえるぐらいの能力の者を選ぶだろう」
「………」
ディルクは黙り込んでしまう。
「難しすぎたか?」
「いや……。なんとなく言いたい事はわかった。でも、オレは皆を疑いたくない」
「それは、私達も一緒だ。ただ、本当に信用できると確信できるのが、君だけだ。本来なら、上級魔術師にお願いするところだが、極秘だから他の者には話せない。すまないが、今回はソイニさんの協力をお願いしたい」
ディルクは、静かに頷いた。
「わかった。だから、絶対にリズを助けてくれよ」
その言葉に力強く、マティアスクは頷いた――
☆―☆ ☆―☆ ☆―☆
「……って、まあ、そういう訳で本当に頼まれてたんだ……」
「なるほど。村人皆が疑われていたって訳か。確かに言いづらいな……」
――それでさっき、あんなにお願いしても譲らなかったのか。
ジェスがふと目の前にいるレネを見ると、青ざめた顔を更に青くし、座り込み俯いていた。
三人は、掛ける言葉が見つからなかった。
「約束通り、行ってきていいよ。僕達は、ここで待っているから」
「え? いいのか?」
ちらっとレネを見て、ジェスは頷いた。
「彼女もこんなんだし。どちらにしてもそっちに行けないわけだし。待っているからしっかり頼むよ」
「わかった。行こう、リズ」
「うん……」
リズは元気なく返事をすると、先に進むディルクについて行った。
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