第6話~備えあれば患いなし
トラは真っすぐに突進してくる!
「嘘! 間に合わない! リズごめん!」
ジェスは、ムチを振るった! それはトラ目掛けてではなくリズにだった!
「きゃあ!」
突然、リズの体にムチか巻き付き、すごい力でジェスの方へ引っ張られる。
一メートルほど浮きながら飛ばされたリズを、ムチを放り投げてジェスはキャッチするが、もうトラは目の前だった。
――ダメだ。避けられない!
そう思ったジェスは、リズに覆いかぶさるように伏せる。
「やめて!」
悲鳴にも似たレネの声が辺りに響く!
シュッとジェスの上をトラは走りぬく!
慌てて二人は、ジェスとリズの前に降り立った。
「くっそ。やりやがったな! あれ? いない? どこ行った!」
ディルクが睨み付けるように振り返るも、どこにもトラの姿は見当たらない。
「ちょっと! ジェス、リズ大丈夫?」
「大丈夫……。トラは?」
「なんか知らないけど、いなくなった」
「いなくなったって、なんで? いった……」
驚きながら体を起こすも、ジェスは痛みで顔を歪める。
「やだ、怪我してるじゃない」
「ごめんなさい。私の為に……」
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫だよ。かすっただけだから……」
ジェスはそう言いながら、左腕に受けた傷を右手でおさえた。
――これって……。
ジェスは、ある違和感を感じとる。
傷は深いらしく、抑えても血は止まらない!
「かすり傷の血の量じゃないわ! どうしよう……」
「私が治療するわ!」
レネがオロオロする中、リズがそう宣言をし皆を驚かす。
「治療って何言ってんのリズ。術使えないだろう? オレ達でさえ使えないのに……」
「術を使うなんて言ってないでしょう。薬を持って来ているの」
ディルクにそう返すとリズは、ポーチを指さした。
「あなた、そんなの持ってきていたの?」
「うん。森の中歩くって聞いて。もしかして必要になるかなって。でもまさか襲われるとは思ってはいなかったんだけどね」
「君、研究だけじゃなくて医学も勉強していたの?」
「もし十年頑張っても見習いのままだったら、魔術師になるのあきらめて医療関係に就こうかと思って……」
ジェスが驚き言った言葉に、更に驚く返事を返して来た。
「十年って……」
ジェスはポツリと呟く。
「さあ、上を脱いでジェス」
初めて本当の手当が出来ると、嬉しそうにリズは言った。
「脱ぐって……脱がないとダメ?」
「リズが手当してくれるって言ってんだから大人しく脱げよ」
「あ、そっか。腕痛くて一人じゃ無理よね? 私が脱がしてあげるわ!」
「え! ちょっとレネ! いいって自分で出来るから!」
ジェスが嫌がるもレネは、嬉しそうに有無を言わせず胸のボタンをはずしていく。
「なんの罰ゲームだよ……」
「っぷ。くくく……」
ジェスは、顔を真っ赤にしながら呟いた。それを見てディルクは笑いを堪えている。
服を脱ぐと、傷口に飲み水として持ってきた水をかけた。
「う……」
「ごめん。しみた?」
「いや、大丈夫……」
止血薬を塗るとガーゼを当て、包帯をクルクルと器用にまいていく。
「上手だね、リズ」
「うん。毎日、子供たちに包帯を巻いて練習していたから」
「言えばオレだって練習台になったのに……」
「もう、何拗ねてるよ」
レネにそう言われ、ディルクはふんとそっぽを向く。
「ありがとう。リズ」
ジェスは、そっと袖を通すと今度は自分でボタンを止めて行く。
「ううん。これぐらいしか出来ないし。持って来てよかった」
「さて、時間を食っちゃったね。先に進もう」
「え? もう少し休んでもいいわよ」
レネの言葉にジェスは首を振る。
「さっきのトラがまた出て来るとも限らない。一旦、場所を移動しよう」
「そうだな。なぜ姿を隠したかわからないし」
ジェスの意見に、ディルクも賛成する。
「そうね……」
レネも納得し、四人はまた歩き始めた。
「なあ、思ったんだけどさ。飛んでいかないか? 上から見たら何か見えるかもしれないし」
「いや、この迷いの森は、森自体に大きな結界がかけてある。さっき浮いたぐらいまでが限界だよ。あれ以上浮いたら、最悪どこかに飛ばされる可能性がある。残念だけど、歩くしかないよ」
ディルクの意見は却下される。
「あ、そっか。ここの結界は魔術師さえも迷わすモノだもんね」
「さすがリズ。研究者目指しているだけあるね」
「悪かったな。な~んも知らなくて」
「だから、一々拗ねるなよ……」
ぷいっとそっぽを向くディルクに、飽きれてジェスは呟いた。
「そうだ。今度一緒にお勉強しましょう? そして、私に術教えてくれたら嬉しいな」
「うん! よ~し、さっさと祠見つけて帰ろうぜ!」
「さすがにディルクの扱いがうまいわね」
「僕としては、早くお姉ちゃん離れしてほしいよ……」
四人はそれから休憩を挟みながら、二時間ほど森の中をさまよっていた。
☆―☆ ☆―☆ ☆―☆
「なあ、オレ達さっきから同じ所グルグルしてないか? ずっと同じ風景のような……」
「うん。僕もそんな気がする」
「ねえ、これ」
リズが、足元を指さした。そこは赤黒くなっていた。
「これって血の跡よね」
「僕のだよね……」
「だぁ! オレ達ここをグルグルしていたのかよ!」
四人はドッと疲れてしまう。
ずっと同じ所をグルグルと彷徨っていたのだった。
「落ち込んでいても仕方がないよ。地味だけどローラー作戦でいこう」
ジェスが提案する。
「何だよそれ?」
「一つずつ調べて回るって事よ」
ディルクの質問にレネが答えた。
「ふーん。で、具体的にはどうすんのさ」
「ちょうど目印になるものを見つけたし。印を付けつつ進んで行って、ここに戻ってこない道を探す。絶対にあるはずだから……」
「そうね。時間が掛かりそうに思えるけど、たぶんそれが一番確実だと思わ」
「うんじゃ。賛成!」
リズがそういうとディルクも賛成する。
「………。まあ、纏まらないよりはいいけどね」
こうして作戦を決行して、そう時間が経たないうちに見たことがない風景の場所に出た。
「ここら辺は、見た事ないよね? 思ったより早く脱出出来てよかった……」
「はあ、疲れた。オレ、よく考えたらこんなに歩いたの久しぶりだ。遠い時は飛んでいたから……」
「私も。休み休みでも結構歩いたもんね」
ディルクは疲れたとその場に座り、レネも続いて座った。
「そう言われれば、そうかも。じゃ、ここら辺で一旦休憩にしよう。これからの事もあるし」
ジェスは休憩にしようと提案する。
「そうだね。疲れ……きゃ!」
リズが大きな木に寄しかかって、休もうとした途端ひっくり返った!
「リズ! リズが木に食われた!」
三人からは、腰から上が木の中に消えたように見えたいた。
「嘘、何これ? 洞窟?」
リズは体を起こし周りを見渡した。
そこは、奥が深いと思われる洞窟で、こちら側からは普通に森が見えていた。
リズの声に、恐る恐る三人は木の中に入ってみる。
「これって……。リズお手柄だよ! 洞窟の入り口が幻覚で隠されていたんだ」
ジェスが興奮して言う。
「偶然だけど、見つかってよかった。あいたたた……」
「リズ大丈夫か? 頭打った?」
「大丈夫よ」
頭を擦りながらリズは答える。
「偶然でも見つけられたのは大きいわ! 私達、思いつかなかったかも知れないから」
四人は次の道を見つけて少し心に余裕ができた。
そして、そのまま洞窟の入り口で休む事にする。
――やっぱり、皆に話そう……。
洞窟の壁にもたれながら、ジェスはある事を決心するであった。
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