ウィンダム編2・10章


【10】



 遺失物――この場合は生き物も含まれる――の場合、まずは分署に問い合わせる。

 職員は問い合わせの内容を参考に、各分署、時には本部から送られた情報から希望のものを探し出す。

 そして、遺失物問い合わせをしてきた相手に、希望の情報を渡す。


 ちょっとした落し物ならば本人確認が出来次第、連絡先を聞いたうえでその場で手渡される。


 氷竜の場合、まずはナーバルに問い合わせるようにと書類にはしてあった。

 


 

 問い合わせ件数は一件。

 しかも書類を出した直後。つまり、昨日の夕方。



「――ぶっちぎりで怪しい気がする」


 ナーバルの呟きにライデンは何も言わない。

 書類の引き出しがあった分署まで急ぐ。

 分署の位置はウィンダムの東側。繁華街やらカジノがある場所だ。賑やかなのはとても良いが……その分、人の出入りも多い。

 裏に通じる人間も、多い。


 気付けば時刻は夕方。

 間もなく日も落ちるだろう。


「――昨夜は霧が出たそうだな」

「霧? そんなの出てたかな?」


 覚えは無い。


「ま、霧が出る夜なら寒いだろう。早く片付けて酒飲んで寝ようぜ」

「酒は飲まない」

「……本当、お前、何が楽しみで生きてんだよ? 酒も煙草も女も興味なしって」

「着いたぞ」

「ギャンブルもやらねぇだろ? 趣味らしい趣味もないし。貯金? 貯金か? ならウィンダムよりも他の国に行った方が貯まると思うぞ?」


 まだ話続けるナーバルを、ライデンは何処か呆れたような顔で見る。


「分署に着いたぞ。――人の話を聞け」

「……その台詞、他の誰に言われても構わないけど、お前にだけは言われたくない」

「言われたくないのなら早く動け」


 ライデンは動き出す。

 東側で一番大きな分署へと。

 はいはい、とナーバルは呟き、ライデンの後を追った。





 受付の一般騎士の男は笑顔で二人を出迎えてくれた。

 流石に受付を担当するだけあって、話しやすそうな雰囲気の男だった。


「通信で連絡が来ていました」


 分署同士、そして本部とは魔法装置で簡単な会話は可能になっている。飛ばせる単語は数個、言葉のみ、のものではあるが意外と便利だ。


 その魔法装置のおかげで此処に氷竜に関する問い合わせがあったのは分かったのだし。


「正しく言うと、問い合わせがあったのは『竜に関する何かトラブルが起きてないか』と言う問い合わせでした。それに答え、氷竜の迷子がいるとお伝えしています」

「問い合わせに答えたのは昨夜、だな」

「えぇ、一件は?」

「……一件?」


 はい、と、受付が頷く。


「先ほど、もう一件問い合わせがありました。こちらは竜の迷子が届いてないか、と」

「誰だ」

「そちらで本部への問い合わせ書類を書かれていますが」

「「…………」」


 無言で指先が示した方を見る。

 分署を訪ねた人が申請書類などを書く為の机が置かれたスペース。夜も近いが分署は24時間体制だ。何人もの人々が座っている。


 ライデンが小さく呻く。


「……おい?」

「右端の男がケンとやらだ」


 ライデンの服をしっかり掴み、動きを束縛してからナーバルは受付を見る。


「右端か?」

「はい」

「有り難う」


 今にも下げていた剣を抜きそうになっているライデンを服を引く事で止める。


「落ち着け。此処でばっさり行くつもりか?」

「……」

「一般市民に迷惑掛ける行為だろうが」

「……分かった」

「助かる」


 受付に向き直る。


「個室、あるか?」

「そちらの奥にあります」

「借りても?」

「はい、大丈夫です」


 示された個室を示す。

 ライデンはひとつ頷き、そちらへ向かった。



 個室に入るライデンを見送った後、ナーバルはケンとやらに近付いた。

 一般騎士も竜騎士も、自由騎士団勤務なら制服は一緒だ。

 誰も違和感を感じないだろう。


 男は机に向かって書類を書いている。クセのある濃い茶色の髪をばさばさと掻き毟っている辺り、書き物は苦手なようだ。


「――恐れ入ります」


 ナーバルは男の後姿に声を掛ける。


「あぁ?」


 男が振り返る。

 ナーバルを睨み付ける視線はちょっとしたチンピラとは思えぬ迫力がある。

 チンピラの進化系のような顔つきなのは間違いないが。


「何かお困りの御様子ですが……」

「あぁ、兄さん、これって全部空欄埋めないとダメか? 俺、どうもこういうの苦手でね」

「失礼」


 謝罪を口にし、横に並ぶ。

 汚い字が紙面いっぱいに躍っている。


 ざっと書類に目を通した。

 まだ空欄の場所を示す。


「此処に連絡先をお願いします」

「おお」


 これまた汚い字。


 これで書類は完成だ。


「恐れ入ります。手続きがございますのでご一緒願えますか?」

「まだあんのかよ?」

「申し訳ございません」

「規則だって言うんだろ。分かった分かった」


 男はおとなしく頷いた。

 ナーバルは笑顔で個室を示した。


「そちらへ」

「あぁ」


 扉を開き、身体を引く。

 男の背後へ。

 男は一歩中に入りかけ――動きを止めた。

 ナーバルは既に剣を抜いている。


「これ以上下がったらちょっと痛い目に遭って貰うぞ」

「人に剣を使うなと言っておきながら、ナーバル、お前がその態度か?」

「此処ならこいつも暴れる気ねぇだろ。――なぁ、ケンさん? 竜騎士二人相手に、大暴れ、する気ある?」

「あると言うのなら相手になろう」

「挑発しない、ライデンっ!」


 腕を組んで偉そうに発言したライデンに思わず叫ぶ。



 ケンの背中を押し、室内へ。

 窓の無い部屋。

 あるのは簡単な取調べに使う机と椅子、一式だけだ。


「一応言っておくけど、魔法の防御も貼られてるぜ、この部屋」


 周囲を見回したケンの視線の動きに気付き、伝える。

 ケンは汚く舌を打った。


 こちらが存在しないかのように机に近付き、椅子を引く。

 大きな音を立てて、ケンは腰を下ろした。

 ふんぞりかえり、足を組む。



「で。俺はどういう罪だ? そっちのデカブツに魔法掛けたのも罪かね? 酒瓶で殺されかけたってのに」


 ナーバルは慌ててライデンを見る。


「……殺しかけたのか?」

「未遂だ」

「……スイマセン。うちの相棒が迷惑かけたみたいで……」


 思わずナーバルは頭を下げる。


「お、おお」


 ケンは本気で引いている。


「ま、まぁ、その、死んではねぇし、いいか」

「助かります」


 頭を下げつつも、ナーバルは扉を閉め、それを背後に立つ。

 ケンを逃がすつもりはなかった。


 鼻でケンが笑う。


「今更逃げる気はねぇよ。竜騎士って言ったろ、お前ら。流石に竜騎士と二対一で戦う気ねぇや。――しかも、お前ら……火竜に雷竜か? 勝てる気しねぇよ」

「……何故分かる?」


 ケンは首を捻り、ライデンを見た。

 にやにや笑い自分の鼻を叩いた。


「においだ、におい。そういうにおいがする」

「……?」


 においなど感じた事は無い。

 竜も生き物だ。多少の体臭はある……が、それほど気になるものではない。

 だいたい、種類でにおいが違うのか?


「においと言うのは例えだろう。精霊使いと一緒だ。纏う属性を感じ取れるのだろう。火竜乗りなら火の属性を纏う。雷竜乗りなら――」

「雷か」


 ケンは笑う。


「それにそっちの兄さんは顔面に鱗だろうが。どう見たって竜騎士だ」

「どう見ても竜騎士にのそのそ付いてきたのはお前だろう」

「此処の騎士団は竜騎士も人間の騎士も一緒くただろうが」


 改めてナーバルを見るケン。


「随分なよなよした顔に、ひょろっとした兄ちゃんだからてっきり内勤だと思ったぜ」

「なよなよに、ひょろっとしたとは失礼な」


 着痩せする性質だとは分かっていたが、これでも身体は鍛えている。

 顔は生まれ付きだ。直しようが無い。


 少々むっとしたナーバルに対し、ケンは笑う。

 笑うと八重歯が目立った。


「氷竜とお前の関係は?」


 ライデンの問い掛け。

 ケンの位置は左右にライデンとナーバルを見る場所。この状態でも相手の動きを見るつもりか。


 ケンはライデンを横目で見た。


「――とある人物の依頼で運んでた」

「密輸か」

「……」


 舌を打った音が響いた。


「そっちか」

「……?」


 おい、と、凶悪そうに歪めた顔でケンが言う。


「雷竜乗りならバカが付く正義感の持ち主だろう。そっちの火竜乗りはどうなんだ?」

「……は?」

「俺の持っている情報を出してもいい。――が、条件がある」

「……何だ?」

「おいっ!」


 ナーバルの問い掛けに声を出したのはライデンだ。


「悪人とする取引はないぞ」

「まぁまぁ」


 手で止めてから。


「で、条件って?」

「あの氷竜のガキを故郷に返したい」


 まだ何か言いかけたライデンが口を閉ざす。

 ナーバルとライデン。

 視線を合わせる。


「あれぐらいのガキ竜なら親元で面倒見た方がいいのは分かるだろう? 親元に帰してやりたい」


 左右、見る。

 ケンは真剣な表情だ。


「それが出来る相手だって言うのなら……俺は何でも話してやる」


 け、と今にも床に唾を吐きそうな表情でケンが続けた。


「言葉でしかてめぇらを信じられない状況に追い込まれてるってのは正直、むかっ腹だけどよ。仕方ねぇや」


 ライデンはケンの顔に視線を注いでいた。

 紫の瞳が更に鮮やかに見えた。

 確かに竜眼なのだと、今更ながら、悟る。


「……お前は、何が目的だ」

「その前に答えをくれよ。――氷竜のガキを故郷に返すようにしてくれるのか? しないのか?」

「お前が信じられる人間ならばその手伝いはしよう」


 ライデンの言葉にナーバルは頷く。


「あの子が母親の元で過ごせるなら、それが一番だ」


 ケンは椅子に寄りかかったまま腕を組んだ。

 もう一度左右のライデンとナーバルを睨むように見て――ひとつだけ頷いた。


 胸元の隠しに手を入れて、掌サイズの何かを取り出す。

 取調室のテーブルに置かれたそれは、何の目的のものか分からない、小さな石版だった。


 薄い。

 材質が分からない。黒色の、薄い……ほぼ正方形の石に見えた。

 それに浮き彫りにされているのは竜だ。

 ただしナーバルはこんな竜を見た事が無い。

 顔は飛竜によく似ている。故に飛竜かと思ったが、それ以外の特徴に共通点は少ない。石版の竜は翼も手足も無かった。蛇のような肢体をくねらせ、石版の上で踊っている。


 両眼に当たる場所には真紅の宝石がはめ込まれていた。



「なんだ、これ?」


 ナーバルの問い掛けはケンとライデン、二人に向けられたもの。

 ライデンは石版を見ただけで眉を寄せた。何かに気付いたようだ。


 ケンが少しだけ背を伸ばす。

 何かの呪文のように、彼は言葉を続けた。


「――コウ国、クデンの国密偵、ケン・キサラギ。氷竜を盗み出し、大陸へと持ち込んだ重犯罪者を現在追跡中」

「……コウ国の人間?」


 思わずケンを上から下まで眺める。


「俺の知っているコウ国の人間とは全然違う。大体黒髪だって聞いたぞ」

「黒髪じゃねぇのもいるって」


 とにかく、と、顎で石版を示す。


「俺が見せられる身分証明はこれぐらいだ。そっちのごっつい兄ちゃんは分かったんだろ?」

「触っても?」

「あぁ」


 石版にライデンが手を伸ばす。

 竜の浮き彫りを撫でる。


「……本物で間違いないようだな」

「分かるのか?」

「現物を見た事がある。コウ国内の、別の国ものだがな」

「そりゃあ運が良かった」


 ケンが笑う。


「大陸の外に出る奴らは基本的に似たような身分証明を持たされるからな。――大陸の中にも仲間は何人もいる。そいつでまぁ、色々とな、優遇してもらうって訳だ」


 ナーバルに対し説明のような声。

 ライデンの手から離された、石版を見る。

 異形の竜らしきもの。


 あぁ、とケンが小さく呟いた。

 ナーバルの視線から竜を見ているのに気付いたらしい。


「コウ国の守り神だ。死者の国の王。夜の化身。その姿を写し取ってる」

「……邪神だろう」

「コウ国では夜を守ってくれる主神だ」


 ケンの言葉。

 石版を持ち、再び胸元に隠す。


「夜は、眠りと言う短い死を人に与えてくれる。人は短い死を乗り越え、朝のたびに新しく生まれる。その一時の死を守り、再び生まれる為の力を与えてくれる神だ」


 ケンが笑った。


「ま、神官どもの説教の真似だ。そんな変な顔をするなって。邪神言われてもなんとも思っちゃいねぇよ。――で」


 にやにや笑いの顔から少しだけ笑みが消える。

 瞳に力のある色。


「何から話せばいい?」

「氷竜絡みの事を」

「すべてか?」


 ケンは少し考え、話し出した。


「正直に話すと盗まれた目的は分からねぇ。母親の片割れから、一匹仔竜が行方不明になったと連絡来て探し出した時点で、既に大陸に逃げられてた」

「よくそんな簡単に仔竜を盗めたな」


 だいたいの母親は仔竜にべったりだ。

 盗むなど基本的には無理。

 比較的、風竜などは仔を巣に残して動くが……。


「それがおかしな話でよ。母親は銀竜だ。幾らガキがあと2匹いたからって、1匹を見逃すか?」

「通常ならありえん」

「だろ? ――ま、それが事実だ」


 腕を組む。


「母親の銀竜は初めての出産。しかも三匹なんて産んだもんだからどうも体調を崩してる。なんで、片割れから依頼で俺のとこが動く事になった。――話は省くが、まぁ、色々と探してな、大陸に渡ったのを掴んで、追いかけて、運び屋の奴らをとっ捕まえた。仔竜を取り戻した所で……」

「逃げられたのか?」

「んな呆れた顔で言うなよ。この街に入って、仔竜をコウ国に連れ戻す為の奴らと連絡待ちしてたら、急に襲われるようになったんだよ」

「……襲ったのは?」

「分かんね。だが腕は立つ。裏の人間だな、あれは」

「――質問」


 ナーバルは挙手。


「ネッドとか言うチンピラたちは?」

「この街に入ってすぐに絡まれた。んで、ノシたら『兄貴』とか慕ってきたんでまぁ便利かと思って使ってた」

「死んだぞ」

「その襲われた時に巻き込まれた。向こうも、チンピラどもを使ってきてた。敵討ちするとかで熱くなっちまって、俺も制御しきれなかった」

「……花は?」

「うるせ。それぐらいさせろ」


 今にも噛み付きそうな顔で言われた。

 何となく、これが照れ隠しに近いものだと悟る。

 不器用な男かもしれない。

 よくこれで密偵として働いているものだ。


「コウ国の特殊武器を使う輩は? ネッドと呼ばれた男はそれで殺されている」

「そいつだ。何度か襲われた。影に紛れる呪文でも分かってるのか、見つけられねぇ。二、三度勝負させてもらったが、俺だと追い返すのが手一杯だな。ま、向こうも同じ状況だろうけどな」

「……なら」


 ライデンの言葉。


「そいつが竜騎士か?」

「竜騎士?」



 疑問符。



「竜騎士なんぞ関わってるのか?」

「何故お前がそれを知らない?」

「通じてた情報屋とも連絡取れなくなったんだよ。今、この国で何が起きてるか、俺に調べる手立ては殆どねぇわい」


 ただ、と目を細める。


「……あいつらはある程度裏を知ってた。なら、何か情報得ていたかもしれない」

「あいつらってのは、お前の弟分のチンピラか? 本当、制御仕切れなかったんだな」

「敵討ちはやめろ、落ち着けなんて説得した俺が馬鹿だった」


 ナーバルは腕を組む。


 つまり、仔竜を盗んだ側とそれを取り戻そうとする人間がいた。

 その争いに巻き込まれた訳だ。


「――じゃあ、何で俺を犯人に仕立て上げようとしたんだ?」

「犯人?」

「お前の弟分らしいヤツの死体の傍で、コウ国の武器を握らされてたぞ。それで俺は丸一日牢屋だ」

「俺に聞かれても分かるか。相手側をとっ捕まえて聞いてくれ」

「そうしよう」


 それがライデンの結論。


「仔竜を国へ戻す方法はあるのか?」

「……船を手配するヤツと連絡が取れない。コウ国と魔法で連絡して、それから船を手配してもらわないとならない」

「つまり、今仔竜を受け取ってもどうにならん、と言う事だな」

「そうだ」

「なら、確実な方法が分かるまで仔竜は自由騎士団本部で預かる」

「分かった」


 仕方ねぇ、と、ケンは頷いた。

 頷くケンを見ながら、ライデンは何か迷っている。


 やがて彼は口を開く。


「……コウ国側で金は出せるか?」

「は?」

「仔竜を国へ連れ戻す費用だ」

「出せる。小国とは言え、長クラスの依頼だ。俺も多少は預かってきている」

「いくら出せる?」

「金で5000。国まで確実に届けて貰えるなら、国で更に報酬は出せる」


 ナーバルはライデンとケンの会話を目を丸くして聞いていた。

 どういう内容だ、これは?


「なら、船や護衛の手配は可能だ」

「なんだ、お前が護衛してくれるのか?」

「私ではない。知り合いに、運搬や護衛なら本業がいる」

「そいつらは確かなのか?」

「腕か? 信用か?」

「両方だ」

「傭兵のようなものだ。金のある間は確実な味方だ。そして腕ならば、私が保証する」


 が、とライデンは言った。

 男を見下ろすような視線。


「コウ国に魔法での確認を行う。お前の身元と、今回の件を確認する。構わないな?」

「あぁ、大丈夫だ。クデンとシダラノ、両方に問い合わせてくれ。――シダラノが依頼国だ」

「確認作業が終わるまで――」

「牢屋か? 分かった分かった。魔法の防御ぐらい、あるよな?」

「ウィンダムで最も安全な場所だ」

「そりゃあ嬉しいね、涙が出る」

「――お、おい、ライデン」


 ナーバルは思わず声を出した。


「その、ええと――」

「何か、問題が?」

「…………よく分からなくなってきた」

「私は分かっている。ならば問題あるまい」


 ライデンが動き出す。


「自由騎士団本部へ戻る。行くぞ」


 ケンへ向けての声。

 へいへい、と、声を上げてケンは立ち上がる。


「縄は?」

「掛けて欲しいか?」

「出来たら遠慮する」

「分かった。ただし逃げ出したら命の保障はしない」

「……兄さん、本気で言ってるだろ、それ」

「私は嘘を口にした事は無い」


 ケンがナーバルを見た。

 ナーバルはゆっくりと真剣な顔で頷いてやる。

 ケンも酷く真剣な顔で頷き返した。






 外に出ると既に夜だった。

 地を這うように霧が出ている。

 それを認識した途端、身体が震えた。今夜は冷えそうだ、と、ナーバルは考える。


 自由騎士団の本部へと向かう。

 

 霧がどんどん深くなる。


「――妙だな」


 ぽつりとライデンが呟く。

 その横顔を見、問うた。


「何がだ?」

「人がいない」

「…………」


 言われて見ればこの周辺は繁華街。夜となれば賑やかになる場所だ。

 なのに、人の姿が無い。


「それに七本目だ」

「七本?」

「分署を出て七本目の通りがカジノに曲がる道だ。――しかし、そんな灯りなど、まったく見えない」


 右側、視線を向ける。

 霧に包まれる、道。

 広い道ではあるが、その向こうに賑やかな魔法の灯りで照らされたカジノは見えない。



 ナーバルは腰の剣に手を伸ばす。

 ライデンも左手を、例の、祖父から奪ったカタナに手を伸ばす。


「俺も武器を抜いても?」

「構わん」

「助かる」


 ケンの手が軽く動いた。

 掌の中に隠れるほどの小さな刃がそこで光った。


 こちらの準備が整ったのを確認したように、微かな音が響いた。


 ケンが短い声と同時に手の中の刃を放つ。

 空中で甲高い音がひとつ響いた。


「……飛刃?」

「だろうな」

 

 周囲の気配を探る。


 霧が、ただ、流れていた。

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