ウィンダム編2・9章
【9】
アリスは真剣に考えていた。
自分の腹の横には仔竜が二匹。すっかり彼女を母親と認識しているように頼りきっている子供たちだ。
首を伸ばして、眠っている仔竜たちを見る。
まったく、と、考えた。
雷竜の子供を見た。
この子の母親は何をやっているのだか。
母親は知っている。雷竜にしては淡い色をした、法の国の竜騎士団で副団長の片割れなんてのをやっていた。だからだろうか。子育てよりも仕事を優先する。
まだ母親の保護下にあるべき仔竜を放っておいて国内の魔物退治など、何を考えているのかちっとも分からない。
国の平和よりも母親ならばやるべき事があるだろう。
それを言うなら、もう一匹の仔竜もそうだ。
公園で拾われたらしいが、親はこの子供を捨てたのだろうか。
信じられない。
万が一、はぐれたとしても、丸一日以上過ぎようとしている。それで迎えに来ないなら母親失格だ。
私なら、と、アリスは考える。
もっとちゃんとした母親をするのに。
少しだけ、アリスは違う事を考えた。
母親と言う単語にとある女の顔が浮かんだ。
軽く唸り、それを振り払う。
仔竜たちが目覚めていないのを確認し、今度は片割れの事を考えた。
ナーバル。
もう半日以上見ていない。
ナーバルは毎日のように此処にやってきてくれた。
基本は朝と夜。おはようとおやすみ。寝坊したとか忙しいのなら、どっちかが消えて昼が追加になる。
朝も越えて、昼も過ぎた。
まもなく夜なのにナーバルはやってこない。
何か、あったのだろうか。
ナーバルの命が危険に晒されれば、それはアリスにも伝わる。
片割れが何処にいるかもぼんやりとなら分かる。
ナーバルは近くにいる。
けど、此処にやってこない。
アリスは首を傾げた。
ナーバルは忙しいのだろうか。
「――アリス」
突然の呼び掛けに彼女は驚いた。
驚いた直後、その声が聞き覚えのあるものだったのに安堵した。
いつの間にか目の前にナーバルが立っている。
アリスの驚いた拍子に仔竜たちも目を覚ます。
セトが寝ぼけているのか小さく唸った。
大丈夫、と、幼い雷竜に伝え、ナーバルに向かって鳴く。
どうしたの、と問いかけた。
何故朝も昼も会いに来てくれなかったの、と、存分の甘えと少しの拗ねた色を乗せて鳴く。
ナーバルは笑う。
何も言わずに手を伸ばした。
アリスはそれに顔を寄せようと動く。
唸り声がする。
まだセトが唸っている。
寝ぼけるにしては長い。
アリスはナーバルに甘えるのを止めて、セトを見た。
小さな雷竜はまだ短い手足を地面にしっかりと付け、牙を剥いて唸っていた。
寝ぼけていない。
金色の鮮やかな瞳。そしてそれに応じるように、生え揃ったばかりの牙に絡む雷。
アリスはナーバルを見た。
目を細める。
「アリス、子守を有り難うな」
ナーバルが笑う。
「親が見つかったら連れて行く」
さぁ、とナーバルは目覚めたばかりのもう一匹を促した。
仔竜はよく分からない様子で小さく鳴いた。
セトは唸り続けている。
セトは雷竜。
雷竜は法の番人。真実を知るもの。
ならば――
だがアリスは確信が持てない。
ナーバルの姿をしたもの。
更に目を細める。
いや、むしろ、閉じた。
閉じて、それに気付く。
ナーバルは今、何処にいる?
片割れの居場所ならばぼんやりと分かる。
ナーバルの位置は、先ほどとちっとも変わっていなかった。
決まれば早い。
アリスは大きく吼え、前足を振るった。
ナーバルの姿を真似たそいつを真上から床に叩き付ける。
片割れの姿を真似るなど――許される事ではない。
死を持って償わせる。
叩き付けたそいつを噛み殺してやろうとアリスは更に動く。
牙を剥いて、自分の前足の下を見た。
床が、爪で大きく抉れていた。
その下は、何も無い。
アリスは目を丸くする。
何処へ行った?
あいつは何処へ?
確かに頭を殴った。床に叩き付けた。
逃げたのか?
逃がさない。
アリスは唸り、動き出す。
仔竜たちはアリスの剣幕にすっかり腰を抜かしている。
同じ竜舎に収められている地竜のパトリシアが面倒そうに片目を開いた。いつも眠そうに細められているその瞳は、口元から炎を吹き出し、唸り、周囲を探るアリスを見――また閉じられた。
うつらうつらしながら、念の為、防御の呪文を張っておく。これならばアリスのブレス直撃を受けても傷ひとつ負わないだろう。
アリスが暴れて竜舎が壊れたとしても、すべての飛竜でもっとも丈夫だと言われる地竜だ。石壁や木材の直撃を受けても気にするほどではない。
他の飛竜たちが騒ぐ声も聞こえていた。
アリスの姿に恐怖し、逃げ出そうとするもの。
アリスの気迫に釣られ、見えもしない敵と戦おうとするもの。
あぁ、面倒くさい。
パトリシアは顔を曲げて、出来うる限りその騒ぎから逃げた。
「――ナーバル、出てくれ」
「……珍しい言い方だな、それ」
牢屋のベッドの端に腰掛けて、色々と物思いに耽っていた彼は、一般騎士の青ざめた震える姿とその懇願に近い声に驚いた。
「何でもいいから早く出て、お前の片割れを止めてくれ!」
「……アリス?」
「竜舎の前で今にもブレスを吐きそうな様子で吼えてるんだよ!」
ナーバルは少しだけ考える。
アリスの事を探る。
特に何も感じない。そこにいる感触は分かるが、アリスに危機は迫ってないようだ。
「……寝ぼけたかな?」
「早く!!」
一般騎士の悲鳴に近い声。
牢屋の鍵が開けられる。
「はい、どうも」
ナーバルは外に出た。
まだ震える一般騎士の肩を軽く叩き、笑いかけた。
「早く行ってくれ!!」
「はいはい」
竜舎の前って言っていたな。
早くと言われていたので、とりあえず走る事にした。
アリスは確かに吼えていた。
口の端から黒い煙が上がる。口の中に炎を溜め込んでいるのだ。あと一息。アリスの意志さえあれば、人間など消し炭になる炎が吐き出される。
例えば、『彼女』のように。
「――……」
消し炭の言葉を振り払い、ナーバルはアリスに近付く。
「アリス」
呼び掛けに振り返った片割れは何故かすぐに寄って来ない。
唸り続けている。
「アリス、どうしたんだ? 俺だよ?」
片割れは目を細めた。
珍しい動き。
細めるどころか閉じてしまった。
そのまま動かない。
「?」
ナーバルは疑問符を浮かべる。
その彼の前でアリスが瞳を開いた。
ぅる、と、いつも通りの甘えた声。
口の端から溢れていた黒い煙が止まり、甘えた声を上げる顔が擦り寄ってくる。
「よしよし」
それを抱き止めながら軽く顔に口付けてやる。
アリスはいっそう甘えて鳴いた。
背後で見ていた他の竜騎士たちや一般騎士に手を上げて合図を送る。
アリスに視線を戻せば、彼女は上機嫌そのもの。
長い尾が嬉しそうに揺れていた。
近くにあった木の幹を勢い良く叩き付ける。幹が大きくしなった――が、折れはしない。意外と丈夫な木だ。
そんな事を考えながら、片割れの目を覗き込む。
「どうしたんだ、アリス? 何でそんなに怒ってたんだよ?」
ぴたり、と。
アリスは甘えて鳴くのを止めた。
代わりに唸り声。
怒りの声で彼女は言った。
「……俺の偽者?」
険しい表情を浮かべたナーバルに、アリスは大きく頷く。
「何だよ、それ、俺の偽者って何だ?」
「――詳しい事を聴かせて貰おうか」
背後からの男の声。
聞き慣れた声だ。
「おお」
ナーバルは肩越しに振り返り、笑顔で挨拶を送る。
「お帰り、ライデン――と、シーザーぁ? なんでそんなのと一緒にいるんだよ?」
「お前の代理だ」
「…………」
凄く複雑な気分になった。
まぁいい、と自分に言い聞かせ、二人に向き直る。
ライデンの手に白い花束を見つけ、ナーバルは顔を顰めた。
花なんて死ぬほどこいつに似合わない。
「ナーバル、何があった?」
「アリスが暴れた。で、俺が牢屋から出されて彼女を鎮めろとさ。
暴れた原因が、俺の偽者が現れたって言うんだよ」
ライデンはひとつ鼻を鳴らした。
不快そうな表情。
「偽者とは、どのような」
「アリス」
彼女は鳴き声で話し出す。
竜の言葉は片割れ以外には通じない。中には竜の言葉をほぼすべて理解しているような竜騎士もいるらしいが、少なくともナーバルもライデンもそれではない。
アリスが見たものをそのままライデンに伝えた。
ライデンはまた難しい顔をしている。
「……ナーバルに見えたのか? その男は?」
「アリス、俺に見えたのか?」
アリスは素直に頷いた。
頷いてから彼女はふと気付いたように動き出す。竜舎を気にしている。怒りに任せて置いてきた子供たちが気になるようだ。
「あぁ、見て来いよ。俺はもうちょっとライデンと話をしてるから」
「いや、先に竜舎の中を見よう」
「お、どうぞ」
ナーバルは笑い、続けた。
「じゃあ、俺はちょっと第一の方に問い合わせしてくるから」
「……第一?」
「ほらあの氷竜、拾い主を俺の名前にしてあるだろ? 全部の分署で問い合わせたら俺の所に連絡来るようにしてあるか――って、何驚いたような顔してんだよ?」
珍しい、ライデンの驚いている顔。
その顔が軽く顰められる。
「それだ」
「は? それだって何が?」
ライデンは何も答えない。
大股で竜舎へ向かって歩いていく。
「おいおい! ライデン、答えはどうした、答えは!」
答えはない。
舌打ちし、思わずシーザーを見た。
禿頭のエルフは、何故かきょろきょろ周囲を見回していた。
「……どうした?」
普段の様子とは違う。
戸惑い、何かを探しているように見えた。
ナーバルも真似て周囲を見る。
自分たちを完全に遠巻きにしている同僚たち。
……まぁ、噂の神がかりエルフとバーサーカー竜騎士には関わりたくないよなぁ、普通。
咄嗟の思考とは言え、自分自身とシーザーを同等に考え、納得してしまった己に激しく自己嫌悪した。
ため息にもシーザーは気付かない。
ただぽつん、と呟いた。
「……同じ……?」
「……?」
その顔を見る。
鮮やかなグリーンアイが迷うような色を浮かべていた。
「同じって?」
「あぁ……いえ」
声にも戸惑いが現れていた。
「勘違いだと思いますので」
「……?」
ナーバルは敢えて問わなかった。
シーザーはまだ周囲を見て、首を傾げていた。
何も言わないシーザーを置いて、ナーバルは竜舎へと突き進んでいったライデンを追った。
アリスは自分の場所に納まっていた。
仔竜たちは小さく鳴いてアリスの腹に寄りかかっている。
仔竜の数は2匹。
無事な様子に安堵した。
アリスの前に現れたナーバルの偽者。氷竜の仔を連れて行こうとしていた。
攫われなくて良かった。
アリスの傍に寄り、気持ち良さそうに欠伸をしていたセトの頭をぐりぐり撫でる。
雷竜は目を瞬かせていた。
「有り難うな」
礼の言葉が分かったようにセトは高く鳴いた。
ライデンは周囲を見回している。
「おい」
そのライデンに声を掛ければライデンは少しだけ不思議そうな顔をする。
「何故此処にいる?」
「自分の片割れの横にいて何が悪い、って言うかよ、『それだ』ってどういう意味だ? 俺はちっとも意味が分からないんだけど?」
「どうして、自分が犯人に仕立てられたか疑問に思わなかったか?」
「そりゃあねぇ」
頷く。
「何処で、お前の名前が漏れたのか」
「あぁ――」
制服には名札の着用が義務付けられている。
だとしても、誰も彼もが分かる訳ではない。
「確かに、俺の名前なんてそんなに何処にでも書いてある訳じゃないし――」
言いかけて、手を打った。
最近、名を書いた覚えがあった。
つい、最近。
眠っている氷竜の子供を示す。
「迷子届け」
「分かったならさっさと問い合わせをしてきた人間を確認しろ」
「あ、あぁ!」
アリスが甘えて鳴くのに後ろ髪引かれつつも、ナーバルは動き出す。
そして竜舎の出入り口で立ち止まった。
「――隊長」
「うん、悪いねぇ、何だか急いでいるみたいだけど」
相変わらず気弱そうな笑顔でゴードンは言う。
「アリスが暴れていると聞いて大急ぎで来たんだけど、大丈夫だったみたいだねぇ。良かった良かった」
「あ、あの――」
「うん、悪いね、詳しい事を聞かせてくれるかな、ナーバル君」
それと、と、ゴードンはライデンをも見た。
「ライデン君も、報告を頼むよ」
「はい」
返事をしつつ、ライデンもこちらに寄ってくる。
そのライデンに向かい、あぁ、とゴードンが声を出した。
「そうだ、その前にひとつ」
笑顔のまま。
「ナーバル君の疑いは晴れた訳じゃないんだ。なのでライデン君、悪いけど事件解決まで行動を共にしてくれないかな」
「分かりました」
「隊長」
ナーバルは手を上げる。
「それで俺は牢屋から解放、でいいんですか?」
「万が一の事があってもライデン君なら君を完膚なきまで止めてくれるよ」
「……いや、こういう場合に『完膚なきまで』って表現間違ってませんか。なぁ、ライデン?」
「結論は一緒だろう。完膚なきまで止めてやる」
「分かりました、俺が悪かったです」
降参。
「でももうひとつ言わせて下さい。――俺が万が一犯人で、ライデンを説得して、共犯者にしちゃった場合は?」
「……共犯者にするつもりか?」
「万が一って言ったろ! 話を聞け!」
怒鳴りつけてから、微塵も笑顔が揺るがないゴードンを見る。
ゴードンは眼鏡の奥の目を細めた。
笑み。
孤児院の先生を思わせる、笑みだ。
「その時はしょうがないよ。君たち二人と片割れ二匹。勝てる戦力はウィンダムには無い。そうだねぇ……クラップかゴルティアに援軍頼まなきゃ、無理だろうねぇ……」
「私もシグマも悪に染まるつもりはありません」
「うん」
嬉しそうに。
「雷竜とその片割れならそうだろう」
だけど、とゴードンは続けた。
顔は笑っている。
だが薄く開いた瞳は笑っていると言うには冷静だった。
「竜騎士がすべて善人とは思わない方がいい。――そんな事を考えていると、いつか、殺されるよ」
「…………」
思わず、ライデンと顔を見合わせる。
こちらの感情――怯えに近い――を悟ったように、ゴードンが笑った。
普段通りの笑み。
気の毒になるほどの、気の弱そうな笑み。
「あぁ、ナーバル君、君が悪人とかそういう意味じゃないよ。悪いねぇ、一般論の話だから」
「は、はい」
「良かった、分かってくれて嬉しいよ。――じゃあ、悪いけど、報告をお願いしてもいいかな?」
ゴードンは相変わらず笑顔で、相変わらず猫背で、話を促した。
――話を聞き終えて、ゴードンは軽く腕を組み、天井を見上げた。
うーん、と言う曖昧な声。困ったような表情。
「何だかはっきりしないねぇ」
確かにそれは感じた。
「まず、シーザー君の目撃したものから推測して、そのケンとやらが氷竜を探していたとする」
ゴードンは右手を胸の高さに上げて、親指を折りつつそんな言葉を口にした。
「続いて、ネッドを殺し、騎士団の殺傷した人物がいる。正体は不明。――もしも、ケンだと推測するとしたら?」
「仲間割れ、ですか?」
「そうかねぇ」
ゴードンは二本目の指を折り、首を傾げた。
「三番目。ナーバル君の件。ナーバル君を酔わせて犯人に仕立て上げようとした人物。黒髪にコウ国の特殊武器と言えば、恐らくコウ国の人間だろうけど――ケンって人は、そんな感じだった?」
「いいえ。黒髪などの特徴はありませんでした」
「そうか。――で、その人は」
左手で、ゴードンはライデンが手に持つ花を示した。
「現場に花を置いたかもしれない、と? 仲間割れで殺した相手に花を送るなんて……無いとは言えないけど不思議だねぇ」
手を、身体の前で組む。
組んだ手に視線を落とすようにゴードンは俯いていた。
「それに氷竜事件に絡んでいると分かっても、何故ナーバル君を犯人に仕立て上げようとしたのかがよく分からないよ。それならコウ国の特殊武器なんて用いなければ良かった。剣でも使ってくれるなら、もっと確実だったよ。――少なくとも、ナーバル君の無実を証明する手立てがひとつ減ったろうし」
何だかなぁ、と、呟く。
「意志が中途半端な気がする」
「意志?」
「こうしてやろう、って気持ちが中途半端なんだよねぇ……よく分からないなぁ」
ゴードンは顔を上げる。
笑み。
「じゃあ、うん、二人に任せよう。その名前の件、武器の件、氷竜の件、好きな方向から探ってくれて構わない」
「はい」
「うん。定期的に報告だけしてくれればいいから」
それじゃあ、と、ゴードンは立ち去る。
「――じゃあ、行くか?」
「あぁ」
頷くと同時に動き出すライデン。
その後姿を見ながら歩き出したナーバルは、ふと考える。
「なぁ、ライデン」
「なんだ?」
「お前、寝たのか?」
「夜勤の間に仮眠は取った」
「……2、3時間が限度だろ?」
「そうだな」
「……寝てないと一緒だろ」
それでこの元気か。
「なぁ、ライデン、お前人間辞めたなんて事はねぇよなぁ?」
「…………」
「頼む、沈黙しないでくれ。本気で頼むから」
これ以上愉快な同僚を増やしたくない。
そして、竜舎から出ると愉快な同僚が待っていた。
「……シーザー」
「はい」
流石のライデンもシーザーは苦手なようだ。
一瞬だけたじろぐ。
親しいナーバルがようやく分かる程度の揺れではあったが。
「ナーバルと一緒に行動する事になった。助かった」
「はい、それは良かったです」
笑顔。
こういう所は普通の――いや、普通以上に温厚なエルフなんだがなぁ。
「ですが、一応、レタスの鱗を渡すように指示を貰っています。宜しいでしょうか、ナーバルさん」
「あぁ、分かった」
レタスは緑竜。
片割れの鱗を持てば、ナーバルが何処にいてもシーザーには筒抜けだ。情報系の呪文が得意な彼に居場所が分かれば、それは自由騎士団全部に伝わると一緒。
「では」
シーザーはもう一度笑い、くるりと背後を見た。
先ほど、アリスに尻尾の一撃を貰った樹。
「……あー……」
もしかして。
シーザーはその樹に手を伸ばした。
「レタス」
呼び掛けに樹が揺れた。
枝が大きく揺れ、幹がしなる。
しなった幹はそのまま竜の首へと変化した。
擬態を解いた緑竜が、人間が肩を鳴らすように首を左右に動かし、そしてシーザーを見た。
身体のあちこちに刺青が彫られている、見ようによっては哀れな緑竜。
だがシーザーの手に顔を寄せる様子はやはり片割れを持つ飛竜の顔だ。
良い顔をしている。
「鱗を下さい、レタス」
シーザーの言葉に緑竜は頷いた。
頷き、またゆっくりと樹に擬態する。
鱗を渡すのではないのか?
シーザーは手を伸ばしたまま。
掌を上に、掲げた手。
片割れは既に樹に戻っている。
大きく、樹が揺れる。
伸ばされた手の上に、花の付いた小さな枝がひとつ、落ちた。
「有り難うございます」
答えるように樹が揺れた。
掌にすっぽり収まるような枝を手に、シーザーがこちらを見た。 笑う。
「では、折角の鱗ですので此処でパーラバナの加護を願い、祈願の舞を――」
「急ぐので結構」
「しかし――」
何か言いかけるシーザーの手から枝を奪う。
「有り難うな、シーザー」
「祈願の舞は宜しいのですか」
「あぁ、急ぐから。うん、俺たち凄く急ぐから、な?」
「……残念です」
「あ、はは、はははは……」
そんなもの踊られたらこっちの精神力が削られる。
会話の合間にもライデンは動き出していた。
「お、じゃあ、俺、行くから」
「――あの、ナーバルさん、実は……」
「じゃあな、シーザー」
何か言い掛けたシーザーを封じ、手を振って走り出す。
ライデンの背にはすぐ行き着いた。
「ライデン、剣を取りに行きたい」
「分かった」
軽く、背後のシーザーを示す。
「何か言いかけていたようだが?」
「どうせろくな用じゃねぇよ。放っておく」
特に何も言われなかった。
ライデンもシーザーの発言に関しては同意見のようだ。
が。
後で、此処で聞いておくべきだと後悔する事になった。
少なくとも、ナーバルは。
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