ウィンダム編2・3章


【3】




「――えぇ、今朝方、レタスが拾いました」


 第一部隊の部署。

 自由騎士団最大の人員を誇る部隊である。ウィンダムの街のあちらこちらに置かれている分署の人々も此処に属し、ナーバルがシーザーの机の傍にいる間も、ひっきりなしに人々が出入りしている。


 シーザーの机の上にはウィンダムの地図が広げられている。全体俯瞰図、それから各場所を拡大した地図。建物内部の地図も幾つか混じっている。

 それには様々な色のペンで書き込みがされていた。

 ナーバルには詳しくないが、情報収集担当者たちの合図記号だと言うのだけは聞いていた。


 シーザーはそれの上にさりげなく本を置きつつ、相変わらずの温厚そうな笑みで話し出す。


「レタスはオスですし、緑竜は子育てがあまり上手ではありません。なのでアリスにお願いして預かって貰いました」

「なら俺に一言話を通せよ」


 むっとして睨み付ける。


「それは失礼致しました。ついつい失念していました。朝の挨拶の後に思い出し、お伝えしようとしたのですが、突然――」

「……もういい」


 どうせ忘れた理由はナーバルの訳の分からない事を言われるのだろう。

 ならば聞かない方がマシ。


「次にそういう事があったらまずは俺に話を通してくれよ」

「分かりました」

「よし」


 とりあえず納得。

 シーザーの机に軽く腰掛け、「なぁ」と口を開いた。


「あの仔竜、拾ったってどうしたんだよ?」

「公園でレタスに寄って来たそうです。親からはぐれたのでしょう。可哀想な事です。しかし、これもパーラバナ神のお導き。あの子を第二のパーラバナの使者の飛竜として育て上げるのも私の務めとして――」

「却下」


 第一の使者はシーザーの片割れだ。可哀想な事に全身に刺青を彫られている。

 ……まぁ、レタスの場合、あんまり刺青を嫌がっている様子は無いが。



「子供を勝手に信者にしちまったら親が嫌がるだろう」

「はぁ……そうかもしれませんね」


 何だか残念そうなシーザーをそう諭せば、彼はとりあえず同意の様子を見せた。


 が。


「まずは親竜から信仰を勧めましょう」

「その考えから離れろ、ハゲ」

「ハゲではありません。剃っているのです」


 少しだけ強い口調で言い返された。


 それをはいはいと軽くいなしてから、ナーバルは続いての疑問を口にした。


「あの仔竜、種類は何だ?」

「さて、飛竜の種類は詳しくありません。白っぽい飛竜となれば、銀竜か水竜では?」

「銀竜も水竜も見た事あるけど、全然違うぞ」


 銀竜はもっと光る色をしている。それに、前足が退化しつつある銀竜とは違い、あの仔竜は前足にも幼いながらも立派な鉤爪が存在していた。

 水竜はもっと全体的が長い。かつ、特徴のある背びれなども存在しなかった。



「……ライデンに聞いてみるか」

「ライデンさんは飛竜の事に詳しいのですか?」

「何でかよく分からんけど、不思議に詳しい」


 ああいう性格だが、ライデンは意外と努力家だ。

 影でこっそりと勉強しているに違いない。

 


「……あー……もしかして」



 ライデンの紫色の目を思い出す。

 見た目は完全に人の目だが、前に竜眼だと言っていた。雷竜の力を宿す目。他者の嘘を見抜ける。

 その力、かもしれない。


 同時に思い出した。

 クラリスの件。

 ライデンの言葉を信じた訳ではないが、あの後、殆ど会っていない。

 腕輪から、死体が彼女の話していたチンピラと確定しただけだ。


 会えば会うほど思ってしまう。

 彼女は無実だと、そう、考えてしまいそうになる。


 その先入観を無くす為に、もう会わない方が良いかもしれない。


 クラリスの柔らかい、おっとりとした笑顔を、思い出した。



「――どうかされましたか?」

「いや、何でもない」


 軽く手を振ってシーザーに答える。


「暫く、あの仔竜を預かっていればいいんだろ?」

「可能でしたら」

「了解」


 座っていた机から立ち上がる。


「じゃあな」

「はい、どうかお願い致します」


 シーザーは笑みのまま頭を下げた。

 それに頷き、ナーバルは自分の仕事場へと戻った。





 昼休みに、今日は夜勤の為に仮眠中だったライデンを叩き起こし、仔竜の元へ連れて行った。

 珍しく寝起きの様子で本調子ではないライデン。が、仔竜を見るとその表情は変わった。

 

 驚いているのが分かった。


 何となく嬉しくなる。


「シーザーが拾ったらしいんだけど、この仔竜、なんだ?」

「……分からん」

「へぇ」


 更に嬉しくなった。


「ライデンでも分からない飛竜なのか? そりゃあ珍しい」


 ライデンは何も答えず、仔竜に手を伸ばした。

 驚いた仔竜が身を捻る。

 アリスがその頭を間に入れた。ライデンを睨み、唸る。

 

 流石のライデンも少々慌てた様子で手を引いた。

 仔竜はすっかりアリスの影に隠れている。母親代わりとしてアリスを認識したようだ。


「アリス、その子の正体を調べるためにもちょっと協力してくれ。ライデンによく見せてやってくれないか?」


 ナーバルは出来うる限り優しい口調で片割れに言う。

 アリスはしばし迷った。

 それでも仔竜を促し、身体を退けてくれる。


 ライデンはすぐに手を伸ばそうとしなかった。

 屈み込み、仔竜を見る。

 眉間に皺が出来ていた。

 酷く難しい、真剣な顔をしている。


「……なんだ、この飛竜は?」

「本気で分からないのかよ?」

「あぁ」


 ええと、とナーバルは考える。

 あまり有名ではない飛竜の名を考える。


「ほら、白竜とか死竜とかはどうだ?」

「両方見た事がある。白竜ならば翼の形が違う。死竜の幼体は灰色でもっとがっしりしている」


 最後に一度頭を左右に振り、ライデンは立ち上がる。


「ゴードン殿に話を通そう」

「隊長ならもう見てるぞ」

「……」


 ライデンは腕を組んだ。

 左手で軽く顎を撫でる。

 いまだ眉間には皺。


「私はゴードン殿以上に飛竜に詳しい人間を知らない」

「……ありゃ」


 じゃあ、この仔竜の正体は分からないのか?


 視線を再び仔竜に向ける。

 謎の仔竜は、セトとじゃれあっていた。

 噛み付き、ころころと転がっている。あまりじゃれあいが酷いとアリスから仲裁が入るが、これも生きる為の練習。基本的には放置だ。



「もしかすると何かの飛竜の亜種かもしれない。特徴は覚えた。知り合いに調査させよう」

「あぁ、頼むぜ」


 頷いてから、ナーバルはふと思いついた疑問を口にする。


「……なぁ、何かの飛竜の亜種だとしても、何で公園なんかに仔竜がいたんだ?」

「……」

「しかも、親とはぐれて」

「……」


 沈黙。


 そして、ライデンは口を開く。


「何処かで捕獲され、逃げ出した可能性はあるな」

「……」



 竜を捕獲する職業はある。冒険者たちの中で、竜狩りと呼ばれる人々だ。

 野生の飛竜を捕獲するのは悪ではない。


 だが、竜騎士としては嫌悪感を覚える。


 ウィンダムの周辺では野生の風竜を多く見かける。

 これらはウィンダムの国法で捕獲する事を禁じられていた。見つかり次第、かなりの重犯罪者として逮捕される。


 しかし、ウィンダムの領土を出てしまえば、他国では飛竜の捕獲を禁じていない。

 他国で捕獲されたものを持ち込むのも……禁止されていないのだ。


 竜の素材の一部――例えば白竜の霧――は取引禁止の品物であり、ウィンダムに持ち込むのは禁止されている。

 それぐらいしか禁止されていない。


 

 この仔竜が何処かで捕獲され持ち込まれたものであるなら。



「お――おい」



 ナーバルはその考えに行き着く。



「この仔竜が捕獲されて此処に持ち込まれたのなら、あれじゃねぇか。落とし主が見つかったら、バラされるの分かってても返さなきゃならないんじゃねぇのかっ?!」

「…………」


 ライデンの沈黙。

 そういう、事だ。


 竜騎士たちの話し合いなど分からない仔竜たちは無邪気なものだ。二匹で絡み合っている。


 しゃぎゃ、と、セトがブレスを吐いた。生意気にもちゃんと雷鳴のブレス。可愛いごろごろと言う音も聞こえる。

 だが、口から10センチも伸びずに終了。びっくりした顔の白い仔竜の前で弾けた。


 白い仔竜も黙っていない。

 こちらも口を開くとブレスを吐き出した。


 白いブレス。

 きらきらとブレスの中で何かが輝く。

 微笑ましいぐらいの小さなブレス。


 ナーバルはそれを見て思う。

 こんな小さな守るべき生き物。何があろうと殺したくない。


「なぁ、ライデン何とか――」


 何とかならないかと言い掛けたナーバルは、ライデンの表情を見て言葉を止めた。


 ライデンはただ驚きの表情を浮かべていた。


 小さく、唇が動く。


「……まさか」


 まさか?

 何が『まさか』だと言うのだ?


 ライデンが右手の手袋を外した。


「ナーバル、アリスに頼んでくれ。仔竜にもう一度ブレスを吐くように、と」


 対象は、と、自分の雷竜の鉤爪状になっている右手を振った。


「私の手だ」

「……あぁ」


 何を思い付いたんだ?

 ナーバルはアリスにそのまま伝える。

 アリスは仔竜にライデンの願いを伝えた。


 仔竜はきょとんとライデンを見ている。

 その仔竜の前に、右手の鉤爪が差し出される。

 大きさこそ違うものの、指の数さえも完全に竜のものとなっている右手。


 その右手に向かって、仔竜は白いブレスを吐いた。


 きらきらとしたものがライデンの右手の表面を覆っている。

 すぐさま消えていったそれを見ながら、ライデンはいまだ難しい顔のままだ。


「……何だ、その白いブレス? 白竜のブレスなのか?」


 自分で言いながらも違うと思う。

 霧のブレスではない。

 もっとしっかりと形を持っていた。


 ライデンは右手を振る。

 雫が散った。


「氷のブレスだ」

「……はぁ?」


 氷?

 そんな飛竜いたか?

 ナーバルは考える。


 そして、思い付いた。


「まさか」

「まさかの氷竜だ」


 ナーバルはライデンから視線を外し、仔竜を見た。


 仔竜は訳が分からない様子で、こちらを不思議そうな顔で見上げていた。

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