ウィンダム編1・7章(終)
【7】
翌日、朝。
普段の優しい顔立ちが嘘のように険しい表情で、第二部隊の自分の席に座っているのはナーバルだ。
思わずライデンを殴って飛び出してきたものの、仕事をサボる訳には行かない。
朝一でクラリス宛に速達の手紙を出し、その足で出社してきたのだ。
死体から外した腕輪は今日の勤務が終わったら届けよう。
確認して貰うのだ。
「――ナーバル?」
背後からの女の声。
思わず凄い表情のまま振り返る。
背後に立っていたのは、椅子に座っているナーバルと殆ど背丈の変わらない少女だ。
小柄な身体に、ふっくらとした頬の丸顔。まん丸の形の大きな眼鏡。子供のようなポニーテール。
制服の胸元を押し上げるようなふたつの膨らみが無ければ、子供と間違いそうな少女だ。
同僚の地竜乗り、ヴァイオラだ。
頭の左右に短く生えている一対の角が契約の証。
彼女は小首を傾げ、ナーバルを見ている。
「ヴァイオラ――」
「おはようございます、ナーバル」
夜勤と日勤がある職場では、どの時間に出会っても挨拶は『おはようございます』のひとつだ。
ヴァイオラは夜勤だった筈だ。
その笑顔に疲れは見えない。
普段通りの笑顔。普段通りの言葉。
ナーバルは何だか不機嫌な顔が恥ずかしくなる。
咄嗟に笑った。
「お、おはよう」
「体調でも悪いの? 顔色悪いけど」
「あ、あぁ――いや、大丈夫」
「そう、ならいいけど」
ヴァイオラは両手でジョウロを持っていた。
部屋の中の植木に水をやっていたらしい。
「ねぇ、ナーバル。植木の様子が変なんだけど、どうかしたのか知ってる?」
「変? また枯れたのか?」
男が多い職場に置かれている植物たちは、常に死の危機に瀕していた。
ヴァイオラが長期休暇を取った直後などは、全部がドライフラワー。「水ぐらいあげてください」と何度も説教されたのを思い出す。
枯れたのか、と言う問いにヴァイオラは首を左右に振った。
結い上げた髪がふるふると揺れる。
「凄い元気なの。昨日見た時よりもずっと大きくなってるし、緑も鮮やかで――」
それに、と部屋の隅。
一際大きな植木鉢を見る。
「新しい植木鉢も増えてるし……誰か、植物好きな人から何か貰ったのかなぁ、って」
「……ドリアードだ」
「ドリアード? 木の精霊の?」
クォータードワーフであるヴァイオラは、精霊に関しては少し詳しい。特に土と関係する精霊ならばエルフと同等。
「いや、その――」
話し難い。
けど素直な表情のヴァイオラを前に、何か誤魔化すのは、無理。
「ちょっとした依頼でドリアード退治に行ったわけだ。そこでライデンのヤツがドリアードに惚れ込まれて、連れてきたって訳でさ」
「……ライデンがドリアードに? ライデン、魔法使えないのに? エルフでもないのに?」
「乱暴なのが好きなドリアードらしくてね。こう、一発やってやったら、痺れちまったらしい」
「…………」
ヴァイオラの顔が歪む。
不機嫌一色の顔。
「……不潔」
「……あ、あれ」
言い方が拙かった。
「い、いや、ヴァイオラ、あのな、シグマのブレスで――」
「いいの。もういいの。私、知らない。どうでもいい!」
ただでさえ丸い頬を更に丸くして、ぱたぱたと足音を響かせ、外へ。
出入り口の所でライデンと鉢合わせる。
「おはよ――」
「力ずくで女に言う事聞かせるなんて最低なんだから」
「………………………そうだな」
「分かってるならちゃんと謝りなさいよ!」
ぷん、と、頬を膨らませ、ヴァイオラはライデンの横を通り抜けた。
ポニーテールが揺れるのを眺めるように、その後姿をしばし眺め――ライデンは首を傾げた。
首を傾げたままナーバルの方にやってくる。
席が隣同士なのだから仕方ない。
「なぁ――ライデン」
「報告は済んだのか」
「手紙送った。速達。今頃届いている」
「そうか」
自分の机の上に載った書類を取り出し、優先順位でも付けているらしいライデンを見る。
……怒っている様子は無い。
「――私はあの女が犯人だと確信している」
「……っ!」
思わず立ち上がるナーバルを見上げてくる目。
竜の色に似た、瞳。
「お前が無罪と思うならば、お前は無罪の証拠を探せ。私は有罪の証拠を探す」
「…………」
「以上だ」
ライデンは視線を外してしまう。
ナーバルはそれを見る。
「…………」
やがて、力が抜けたように座り込んだ。
「しかし――この時期に麻薬関係の情報が幾つも舞い込むのはおかしいな」
独り言のような呟き。
「大事になる気がする」
「…………」
ナーバルは答えない。
横目で見ると、目があった。
「ひとつ聞きたいのだが」
「……何だよ」
「何故にあそこまでヴァイオラは怒っている?」
「……………」
天井を見る。
「さぁね」
「……理由が分からないと謝る対象も分からん」
困っている困っている。
ナーバルは思わず噴出した。
ドリアードが宿る木は、部屋に満ちる陽光を浴びて気持ち良さそうにゆらゆらと揺れていた。
終
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