ウィンダム編1・5章


【5】



 これ以上ないって程吹っ飛んだ。



「…………」


 ナーバルは地面の上で大の字に、沈黙のまま空を見上げた。

 割れたガラスの隙間から青空が見える。

 その横からシグマが顔を出していた。

 ぐるぐると唸っている。

 口元に雷のブレス。

 もう一発行っておくか? とかそういう感じだろう。


 流石に死ぬ。


 視界を塞ぐようにライデンの顔が割って入った。


「生きてはいるようだな」


 死ぬと思ってブレスを叩き込ませたのかよ。

 声を出そうとしたが身体が痺れて声が出ない。


「安心しろ、シグマの全力の1割にも満たん」


 が、普通の人間だったら四回ぐらい死んでもおつりが来るダメージの筈だ。

 ナーバルが竜の防御力を契約として受け継いでいるからこそ生きている。


 狂戦士化した人間を止める方法は意識を失わせる事。

 もうひとつは、徹底的にダメージを与える事。

 死んだと思うぐらいのダメージを与える事だ。


 ちなみに、シグマのブレスを喰らうのはこれで四度目。

 ……本当、毎度よく生きていると思う。



「そろそろ声ぐらい出るだろう」

「……殺す気か、ボケ」

「元気なようだな」


 手も貸してくれなかった。

 ナーバルはあちこち軋む身体で身体を起こす。

 かすれる声で癒しの呪文を構成した。


 何とか立ち上がれるまで己を癒す。


「こういう事があると思ってシグマを待機させてたのか?」

「危険な魔物相手となれば可能性は否定出来ん」

「あーそー、ありがとうーアリガトウーすげぇ嬉しいよ、ライデン」

「……棒読みだな」

「雷竜のブレスを食らわされて心から感謝するようなマゾじゃねぇよ」


 ナーバルは何とか身体を起こす。

 服はぼろぼろだ。

 支給されてる制服なんだぞ、これと、内心げんなりする。

 ……戻ったら、“修理”の呪文が得意なヴァイオラにお願いしよう。



「そういやあのドリアードは滅んだの――」


 ナーバルが問い掛けるより先に、目の前のライデンの首に抱きつく姿があった。

 先ほどの、ドリアード。


「素敵! 私、こんなに痺れたの初めて!」


 そりゃあ雷竜のブレスなんだから痺れるの当たり前だろう。


「お願い、私を連れてって! 貴方の傍において。何でもするから、ねぇ、一緒に連れてって」

「…………」

 

 ライデンは本当に嫌そうな顔をしている。


「何でもするからと言って何が出来る。言うが私には“魅了”は通じん」

「…………し、植物の育成とか」


 ドリアードが恐る恐る口にした言葉にナーバルは呆れるしかない。


「それが何の役に立つって言うんだ」


 なぁ、とライデンに振れば、何故か悩む様子。


「しかしお前の本体を連れてはいけない」

「小さな株を作るから! それを連れて行って!」

 

 あれ、連れて行く気か?

 野菜でも作らせて生活の足しにする気なのだろうか?



 しかし――裸の女に首に抱きつかれて平然とした様子のこの男は本当に凄いと思う。

 

「……連れて行ってもいいが」

「本当!?」


 ドリアードがはしゃぐ。


「ただし、情報と交換だ。――私たちの数日前に男たちが来ただろう。そいつらはどうした? 戦わせて養分にしたのか?」

「分かんない……」

「嘘吐くと、ライデンはマジでお前を此処に捨てていくぞ」


 思わず口を出したナーバルをドリアードが睨みつけた。


「本当よ! ずっと、ずーっと養分不足で大変だったのに、誰かが養分くれたから目を覚ましたの!」

「……誰か、が?」

「私の姿を見て逃げて行ったから分からない……。それに、目の前に男の人の死体が転がってたから、そっちに夢中で……。お腹、空いてたんだもの」


 ナーバルはライデンを見た。

 ライデンはひとつ頷く。


「この精霊は嘘を言っていない」

「信じてくれるのね!!」

 

 強く、首に抱き付く。


「もう大好き! 一生貴方の傍にいるわ!」


 ライデンは熱っぽい言葉もさほど興味無いようだ。

 ドリアードを首に張り付かせたまま、彼女の本体へと向かう。

 屈み込み、手で土を掘る。

 半ば腐りかけの死体がすぐに現れた。


 根に絡みつかれたそれは計3つ。

 ライデンは少々乱暴に死体にひとつから派手な腕輪を外した。


 それをナーバルに放り投げてくる。

 身元の証明、と言う所だろう。


 それから、ライデンは天井から覗き込んでいるシグマを見上げた。


「そろそろ戻る。準備をしておいてくれ」


 雷竜は一声鳴いて翼を広げた。


「帰るぞ、ナーバル」

「おお」

「え、待って! ねぇ、私の株を連れてって。貴方の傍に置いて」


 男二人で苗木を遺跡から運び出す羽目になった。





「――俺、またバーサークしたのか?」

 

 苗木を掘り出しつつ、会話。


「あぁ」

「……また治療、はじめからかよ……」


 ナーバルは頭を落とした。


「あれ、すげぇ面倒でさ。アルコール依存症とか、薬物依存とか、恋人に暴力ふるってしまうとか言う奴らと車座になって座って、延々相手の話聞いたり、話したりするんだぞ」

「典型的な治療だな」

「俺のはどっちかって言うと生まれ付きの病気だぞ。あんなので抑えられるか。黙って薬飲ませとけよ」

「狂気を抑え込むのは薬物だけでは無理だ。心も鍛えなければならない」

「あれで抑え込めるのかね? 自信ねぇよ」

「他者の弱さを理解し、受け止めるのも修行だ」

「……なのかねぇ」


 ナーバルは息を吐き出す。

 ライデンの手は止まらない。首にドリアードを張り付かせたまま、作業を続ける。


「俺、なぁ……正直、いつかまた、前みたいな事をやっちまう気がするんだよ」


 『彼女』の時のように。


「なぁ、ライデン、その時は――」

「引導を渡してやる」

「……いや、一度ぐらい助ける方法考えてくれよ、頼むから」

「希望の多い輩だな」


 手を止め、ナーバルを見る。


「しかし――私は大丈夫だと思っているがな」

「俺が本気で狂わずに済む、って? どうして?」

「お前にはアリスがいるだろう」

「…………」


 当たり前の事を言われた筈なのに。


「……あぁ、そうだよな」


 うん、と、ナーバルは子供のように頷いていた。





 ライデンに苗木を抱えさせ、外に出る。

 片割れの姿が見えた。


 ナーバルの姿を認めた途端、アリスが高く鳴いた。

 

 傷だらけのナーバルを確認すると彼女は唸りだした。

 シグマを睨みつけている。

 ブレスの音は聞こえた筈だ。


「アリス、大丈夫だ。また俺が悪さをしたからシグマが止めてくれただけだから」


 暴れる寸前の片割れの傍に寄り、顔を撫でた。


 るぅ、と、アリスが鳴く。

 顔を寄せてくる。

 傷辺りを舐めてきた。

 竜の舌は大きい。顔全体を舐めあげられる。

 

 必死の様子の片割れの首を両腕で抱く。


 まだ心の底にあった、嫌な熱が冷めていった。


「大丈夫、大丈夫だ、アリス」


 もうお前を共犯者なんかにしないから。


 囁いた声に片割れは鳴く。


 ――共犯者にならば喜んでなる。


 だから、と。


 ――独りで背負わないで。


「……うん」


 有り難う、と、片割れの首を強く抱いた。



 ライデンは特に急かさなかった。

 こちらを見ようともせず、片割れの顔を静かな手つきで撫でていた。


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