ウィンダム編1 2章



【2】



 個人の家だとは言われるまで分からないだろう。

 外から見る限り、この土地は森だ。

 後を付いて来ているライデンを見れば、彼は少しばかり難しい顔をしていた。


「……本当にこの場所なのか、ナーバル?」

「あぁ、間違いない。一度来てるしな」

「……」

「そんな疑うなよ。本当に此処に家があるんだって。――まぁ、信じられないような土地だよな」


 ナーバルの言葉に返事は無かった。

 ライデンは周囲に生える木々に視線を向けている。


「この辺りには生息しない植物ばかりだ」

「植物育てるのが趣味なんだって」

「…………」


 そんな会話をしつつ、やがて木々の間に小さな家が現れた。

 ウィンダム郊外とは思えぬほどの高さの木々に囲まれたその家の前に、長いスカートを身に着けた女の姿が見えた。


 女が緩やかに頭を下げる。


 ナーバルは軽く手を振り、女に答えた。

 自然、足が速くなる。


 女の所に行き付いた。

 

 ひとつに束ねた癖の強い長髪に囲まれる顔は、化粧こそしてないものの、整ったものだ。

 ただ分厚い眼鏡と、年寄り臭いデザインのロングスカートにショールと言う服装が、彼女を美人には見せていない。


 磨けば光るタイプだ、と、ナーバルは思っている。


 女が少しだけ微笑み、口を開いた。


「本当に来て下さるなんて……」

「約束だから」

「嬉しい」


 女が笑う。


 ナーバルの背後のライデンを見て、女は軽く首を傾げた。

 20代半ばだと聞いていたがこうするともっと幼く見えた。


「そちらの方は……?」

「言っていた、俺の同僚。竜騎士のライデン」


 ライデンは特に挨拶の言葉を口にしなかった。背後を見ずとも頭を下げたのは分かったが。


 女は瞳を細めた。

 柔らかい笑み。


「遠いところ、お疲れ様です。歓迎しますわ。――どうぞ中へ。お茶をご用意します」


 中へ、と言って導かれたのは、木陰に用意されたテーブルと椅子だった。


 女は二人をそこへ案内すると一礼し、家の中に入っていった。お茶の用意をする気らしい。

 意外と良い形の尻を眺めながらにやにやしているナーバルを、何となく不機嫌な様子のライデンが呼ぶ。


「どういう知り合いだ」

「二、三日前に知り合った。道端で、大荷物持って動けなくなっているのを助けた。――なかなか可愛いだろ」

「ふん」

「あれま、好みじゃねぇの?」

「…………」


 答えは無い。

 酷く難しい顔をしている。


「そんな不機嫌な顔すんなよ。ただでさえ強面だってのに」

「お前が優男過ぎるだけだ」

「まぁそういう言い方もあるな」


 女の姿が見えた。

 近付いてくる女を見ながら、ナーバルは口を開く。


「クラリス」

「名は、それか」

「そう。――ちょっと天然入ってるが、まぁ、適当に話合わせてくれよ」


 女――クラリスは二人に微笑みかけ、テーブルの上にカップとティーポットを並べた。

 カップに注がれるのは、淡い色のお茶。良い匂いがする。どうやらハーブティーのようだ。


「うちの庭で採れたものです。お口に合うと良いのですけど」

「恐れ入りますが遠慮させて頂きます。勤務中ですので」


 少々強いとも取れる口調でライデンが言う。

 あら、と申し訳なさそうな声を上げるクラリス。今にも謝罪を述べそうな彼女に慌てたのはナーバルだ。


「おい、折角用意してくれたってのに」

「調査対象から報酬を受け取るのは禁止されている」

「報酬って茶ぐらい……第一、そんな規則誰も守ってねぇって」

「守ってない人間がいれば己も規則を破っていいと?」

「はいはい。お前は空気吸ってろ。俺は飲む」

「ナーバル」


 呼んだライデンの声は無視し、不安そうにこちらを見ているクラリスに笑い掛ける。


「こんな堅物連れてきて御免ね。お茶は俺が貰うから」

「でも……」

「気にしない気にしない」


 それより、と、話を振る。


「ほら、言っていた件、詳しい事を教えてよ。その為にこんな堅物を連れて来たんだからさ」

「は、はい」


 クラリスは自分もテーブルに着くと俯いた。


「この土地も、植物たちも父が私に残してくれたものなのですが……先月ぐらいから、その、妙な人たちが来るようになったんです」

「妙って?」

「お客様が来ていない時を見ているみたいに、複数の男の人たちが……この土地を売らないか、って……」


 ナーバルとライデンは顔を見合わせる。

 

 ウィンダムで地上げの話はあまり聞かない。

 土地は基本的に国のものだ。国民は土地を国から借りているに過ぎない。

 が。中には信じられないような金額を支払い、土地を手に入れている者もいる。

 そんな土地があれば、欲しがる者もいるかもしれない。

 ウィンダム郊外。森の中にあるような家。

 何かをこっそりするには、丁度良いだろう。


 考えるこちらの前で、クラリスがにっこりと笑った。


「売る気はありませんってお答えしてるんですが、何だかとっても家を気に入って下さったようで、何度もいらっしゃるんです。そこまで此処を気に入って下さったのは嬉しいので、いつでも来て下さい、ってお伝えしたんですけど」

「…………」


 あれ、と、ナーバルは考える。

 話が少し、変な方向へ。


「お話伺ったら、家よりも森を気に入って下さったみたいなんです。植物が好きな人なんて嬉しくて……だから、父さんが残してくれた秘密の花畑をお教えしたんです。三日ぐらい前に」


 クラリスは先ほどまで浮かんでいた笑みを消した。

 何だか恥じているような表情。

 口元に軽く手を当てて、「あの……」と小さな声で切り出す。


「その人たちをお送りしてから思い出したんですが、あの花畑、危険な魔物が出るから閉鎖するよって父さんが言っていたんです。私ったらそんな大切な事をすっかり忘れて、あの人たちに教えちゃって……。危ないってお伝えしようと思ったんですよ。でも、家もお名前も知らなくて……。次に会ったら言おうとしても、あの日以来、どなたもいらっしゃらないし。きっと、花畑に行ったんだわ」


 ナーバルを見るライデンの目が細い。

 話が違う、と言う事らしい。


 内心焦るナーバルなどクラリスは気付かない。

 一生懸命な瞳で、彼女はナーバルを見た。


「お願いです、彼らを助けに行ってあげて下さいませんか?」

「…………え、ええと……?」

「見た目は怖い人たちでしたけど、本当に良い人たちなんです。私に、『夜道に気を付けろ』とか『これだけの森なら火事になったら大変だな』とか、いっぱい心配して下さって……」

「それ、心配してない。本当に心配してない」


 チンピラの脅しの常套句だ。

 直接危害を加えると言えば脅迫に当たるので遠まわしに言う。

 それを『見た目が怖い』顔で言われたら、普通の一般市民なら震え上がる。


 クラリスは普通の一般市民ではない。

 改めて、悟る。


 どうする、と、ライデンを見る。

 紫色の瞳は完全に細められていた。


 ……怒っているような表情に、見えた。



「なぁ、ライデン――」

「……魔物が出るような危険な場所は把握しておくべきだろう」

「だよな」


 安堵の息が漏れた。

 

 ナーバルはクラリスを見る。

 笑い掛ける。


「それじゃあ、その花畑の位置を教えてくれる?」

「はい」


 クラリスが可愛らしく笑った。

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