復讐者 5章(終)
【5】
雷竜が月光の鮮やかな夜を飛ぶ。
――どうだ、身体の調子は。
「不思議だ。あれだけ動いたのに……まったく疲れていない」
――竜騎士たちは僅かだが人よりも竜に近付く。竜の身体能力を僅かだが得る。それの効果だろう。
シナは雷竜の背で瞳を伏せた。
金の瞳。
両眼が、竜の瞳になっている。
「この目も不思議だ。暗闇でもよく見えた」
――それが我々の契約の証だ。似合うぞ。
ふん、とシナは鼻で笑う。
月を見上げる。
綺麗な月夜だ。
――それにしても厄介だな。
雷竜の声に顔を戻し、頷いた。
――お前の仇……一人は裏社会の顔役、もう一人は王宮仕えの将軍とはな。
リーニックよりも遥かに殺しにくい。
裏社会の人間など隠れているに決まっているし、王宮仕えの騎士などどのタイミングで外に出てくるかも分からない。
――リーニックを先に殺したのは失敗だったかもしれない。他の奴らは用心するだろう。
「それでも……殺す」
――あぁ、手伝おう。正義は、お前と共に。
そこで竜が軽く沈黙した。
やがて問い掛けの声が聞こえた。
――ひとつ、教えて欲しい。
「……何だ?」
――お前の名は?
「……シナ」
――シナ、か。
雷竜が小さくつぶやいた。
――シナよ。
再度の呼び掛け。
――腕の良い治療士も探さねばならないな。
「……? 私は怪我などしていない」
それともこの雷竜が怪我をしたのだろうか?
いやいや、と心を読み取ったように雷竜が言った。
――お前の顔の傷を治してもらおう。折角の美しい顔が勿体無い。
「美しいなど……竜に分かるのか」
――分かるさ。お前はとても美しい。本来ならばドレスを着せて花の中に飾っておきたい程だ。
「馬鹿者! 変な事を言うなっ!」
雷竜の首をこぶしで殴る。
くつくつと飛竜が笑う。
身を捻るように笑っている。
どうやらからかわれたらしい。
「私はこのままでいい」
この顔を見るたびに思い出す。
復讐の誓いを、思い出せる。
瞳が竜との証なれば、この傷は主との証だ。
――そうかそうか。所で、シナ。
「……今度はなんだ?」
――私の名は?
「お前の名?」
――飛竜の名は片割れに貰うものと決まっている。私の名はどうする?
「………」
――あまり可愛い名前は付けてくれるなよ。可愛いのはお前の名だけで十分だ。
雷竜をもう一度力いっぱい殴った。
「口だけは達者な飛竜だな!! お前の名前なんて付けない! 飛竜で十分だ、飛竜で!!」
――おやおや、随分とケチな片割れだ。……まぁいい、今後の楽しみにしておこう。
シナはもう何も言わないつもりだった。
雷竜はいまだ笑っている。
その一対を、鮮やかな月光のみが照らしていた。
終
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