復讐者 3章


【3】




「私は子供時代、とある人に仕えていた。その人は冒険者で……奴隷である私にも、とても優しくしてくれた」


 語り始めると同時に飛竜が翼を広げた。


 疑問符を浮かべ問うと、飛竜は面倒そうに「雨が降っている」と告げた。

 翼の下に遠慮なく入る。

 竜の体温だろうか。僅かに温かかった。


 少しだけ待って、言葉を考え、シナはもう一度話し出す。


「仲間がいた。三人。――仲良く、やっていたと思う。彼らは私にもよくしてくれた」


 だけど。


「とある地下迷宮に挑んだ時だ。私にはよく分からなかったが、とても高価な宝が沢山出たらしい。皆、喜んだ。山分けにしようと。でも――」


 胸元を握り締める。

 シナは顔を歪めた。


「私の主人は、宝をこの土地の持ち主に渡そうと言い出した。――土地の持ち主は病で、明日とも知れぬ命だった。地下迷宮がある荒地だけが唯一の財産の、没落貴族だった」


 仲間たちは主人の意見に反対した。

 あの死に掛け爺にやらなくとも良いのでは、と。

 もしやるとしても全部をやる必要は無い、と。


 主人は全部を持ち主に渡すべきだと言った。

 それから冒険者らしく報酬を貰うべきだと、返した。


 迷宮で得た宝をどうするかは契約の中に入ってなかった。


 土地の持ち主も、この迷宮の奥深くに隠された迷宮があり、そこに莫大な財宝が眠っているなど考えもしてなかったのだから。



 仲間たちは良い顔をしなかった。

 主人は言った。

 すべてを告げる、と。

 

 冒険者は信用の商売。

 雇い主を騙して宝を持ち逃げしたとなれば、もう冒険者としてやっては行けない。

 仲間たちは渋々主人に同意した。




「――表向きは」



 ――ふむ、どうなった?


 飛竜が促す。



「帰り道、通りかかった崖の上で、主人は頭を割られて殺された。助けようと駆け寄った私も魔法で飛ばされた。火炎の魔法。――髪も、顔も焼けてしまった」


 シナの手が顔をなぞる。

 火傷は顔だけではない。

 首にも、胸にも、胴にも残っている。

 醜い引きつれ。

 それを見るたびに、あの日の風景を思い出す。


「私は崖から落とされた」



 ――よく助かったな。



「運良く、修行中の神官に拾われた。その人は何の話も聞かず、私の手当をしてくれ、まだ子供だった私の面倒を見てくれた」


 この特殊な剣もその人が教えてくれた。

 もうかなりの高齢だった。

 ほんの数ヶ月前、眠るように息を引き取った。


 シナの手を握り、皺だらけの顔に笑みを与え、言った。


 復讐など意味は無い。

 血を流しても血は洗えないのだよ、と。



 その言葉を覚えているが、既にシナの心は決まっていた。



「――私は、私の主を殺した奴らに復讐したい。命を持って償わせたい。三人を……殺したい」


 あの優しかった主人の仇を取りたい。


「仲間の一人が、この近くの街に住んでいるのが分かった。だから……私は……」



 飛竜は瞳を閉じた。



 ――話はよく分かった。だが、ひとつ問う。



「……?」



 ――正義は、何処にある?


「……正義?」


 ――正義はお前にあるのか?


「分からない」


 答える。

 飛竜の瞳が少しだけ開いた。

 金の瞳がシナを見ている。


 その瞳から視線を逸らさず、答えた。


「だけど奴らに正義は無い。――これだけは確かだ」


 ――分かった。


 飛竜が身体を起こした。

 尻を付けるように座り直す。


 見下ろしていると言うのに、金の瞳が優しかった。


 ――片割れよ。お前の正義に力を貸そう。


 飛竜が笑う。


 ――この復讐は正義の名の元に。雷竜の名に懸けてそれを認め、許そう。


 契約を、と、飛竜は続ける。



 契約の言葉の意味をシナは探す。

 そう言えば聞いた事があった。

 飛竜と竜騎士は契約を結ぶ。

 身体の一部を差し出し、それを契約とするらしい。


「分かった!」


 飛竜の気の変わらないうちに叫ぶ。


「私の身体ならば何処でもやる! 好きな所を持って行け! だから力を貸してくれ!」


 ――何か勘違いしていないか?


 飛竜は呆れたように笑った。


 ――私は選べない。お前の肉体の何処が竜に変わるかなど分からない。翼か瞳か皮膚か肉か……さて、どれが竜に変わるか。


 それに、と竜が笑う。


 ――愛しい片割れであるお前を傷付けようなど、もう私は決して考えない。


 愛しいと言う言葉にシナは思わず顔を顰める。

 飛竜はシナの様子が面白かったらしい。翼を震わせ、笑った。



 ――女だてらに復讐者など、そんな一途な事を考えるお前は十分に愛しい存在だよ。


 驚いて、庇うように胸元を掴んだ。



「……分かるのか?」


 ――勘だ。幾ら男の格好をしていても、何となく、な。



 さぁ、と竜が言う。



 ――私に触れてくれ、片割れよ。


 右手を見る。

 火傷の痕が残った腕。

 恐る恐る手を伸ばして、飛竜に触れた。


 飛竜がまた笑った。


 ――さて、証はどうなるか? 楽しみだ……実に楽しみだ。


 笑い声が続く。



 ――私も楽しみだ。お前の心が私に至る。お前の味わう感情が、私も人のように味わえる。さぁ、私はどうなるか。



 楽しみだ、と、竜は金の瞳を細めた。







 そして、契約は成った。


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