コウ国にて。(終)


 コウ国。

 東に位置する、島々が連なった小国。

 独特の文化を持つこの小国は、大陸とは大きな交流を持つ事無く、現在へと至る。


 そして、この国では多くの王と名乗るモノたちが、国の覇権を巡り、争いを続けていた。




【1】





 見下ろす風景に男は口元に笑みを与える。

 牙としか形容のしようがない八重歯を剥き出しに笑うさまはまるで獣のようだ。

 それでいて、何故か奇妙に人を惹きつける魅力のある男である。


 年はせいぜい二十歳を越えたばかり。

 まだ幼さの残る顔立ちを彩るのは笑みと、そして、白銀の鱗。

 顔の半面、繋がる首、肩、胸、腕――半ば衣類を脱いだその半身から、衣類を纏っている下半身も含めて、男の半身は白銀の鱗を供えていた。


 これほどまでに明確な飛竜との契約の証も珍しい。


 男は崖の上から風景を見下ろす。


 戦場の風景。


「飛竜が七に騎馬隊、歩兵隊――と、王道のパターンだな、こりゃあ」


 嬉しそうな声。



「――お気を付け下さい」


 背後から女の声。


 振り返るまでもない。

 男の背後、そっくり同じ顔をした女が二人、控えている。

 女ながらもその身体を包むのは鎧だ。

 鎧までも同じものを纏っている。

 ただ違うのは、顔の半面を隠す長い前髪。

 向かって右が長いのがリン。

 向かって左が長いのがレイ。

 双子の、側近だった。


「あの陣形――陣深くまで我らを誘い込む策かと思われます」

「へぇ」


 男は笑う。


「何だ、歓迎してくれるならさっさと行かなきゃ待ちぼうけさせちまうなぁ」


 白銀の鱗に覆われた腕をぐるりと回す。


「兄者はもうちょい待ってろって言うけど――お誘い貰ってるなら、なぁ?」


 背後を見る。


 こちらの軍は飛竜が3に、騎馬隊。

 敵軍と比べると、圧倒的に少ない。

 しかし、騎馬隊の兵士たちが浮かべる表情は奇妙に明るい。


 これからの戦を心待ちにしているとしか思えない。


「リン、レイ」


「「はい」」


 そっくり同じ声が返ってくる。



「この戦で戦功を立てた方を俺の第二夫人にしてやる」


 無表情だった女たちの顔に僅かに色が灯る。

 頬が、薄く、紅くなった。


 一瞬の沈黙の後、双子の女は揃って頭を下げた。


「ご期待に添えますよう」

「努力致します」


「――よし」


 回していた腕を振り上げる。


「てめぇら、大怪我負っても構うんじゃねぇ。俺と俺の片割れが徹底的に治してやる」


 だから。


「兄者の分を残すまでねぇ。殺して殺して殺しまくれ!」



 男の声に反応するように、空中から銀色の飛竜が降り立つ。

 癒しの力を持つ銀竜。

 これが、男の片割れ。

 

 その背後に付き従うように、ほぼ同じとしか思えぬサイズの金竜が二匹、降り立つ。

 リン、そしてレイの片割れだ。


 素早く愛竜に跨ると、男はすぐさま命を飛ばす。


「行くぞ!」


 銀竜は一声鳴いた。

 甲高い、金属の声。


 その瞳は、既に敵陣を見ている。


 真っ直ぐに、銀の光が敵陣へと向かった。


 その後ろ、金の一対と、人が操る騎馬隊が崖をものともせず、敵陣へと駆け抜けていく。





【2】





 その報告を、男は戦場から幾分離れた場所で聞いた。

 無言で頭を抱える。


 先ほどの男よりも幾分年上か。

 顔立ちは似ている。しかし、先の男よりも随分と落ち着いて見えた。



「――あいつが俺の命に従って黙って待機しているとは思えなかったがな」


 まさか此処まで早くぶつかるとは。



 伝令の兵士は頭を抱えた上官に向かって恐る恐る声を放つ。


「ど、どう致しましょうか。既に交戦中であります。我らが到達するまでまだ時間が――」

「あの馬鹿弟は放っておけ」


 げんなり、と言うのが適した声。


「少しは痛い目に遭った方がおとなしくなる」


 男は腕を組む。

 その背後に、羽音。


 男の背後に巨大な紅竜が舞い降りた。

 火竜であるのは間違いない。だが、その大きさ、美しさはただの火竜とは思えない。


 顔を寄せてきた火竜に手を上げる事で応え、竜を前に逃げ掛けている兵士に、男は笑いかける。


「本隊は今までどおりの速度で進軍。――何、戦死はしまい」

「で、では、その通りお伝えします」

「頼む」


 兵士が挨拶もそこそこに逃げるように駆け出す後ろ姿を見つめ、ため息。



「――それまでに我が片割れを恐れる必要も無いのだがな」


 なぁ? と火竜を見上げる。


「俺もお前も――国の民に危害を加えるほど、愚かな王になるつもりはない」


 国は民があってこそ。


 火竜は己の片割れに頷くように目を細めた。

 

 年齢は既に300歳近い。

 大陸にもこれほどの年齢の飛竜は居ないだろう。


 さほど遠くない未来、大陸へ攻め入る際は最高の戦力となる、己の片割れ。


 戦力、と考え、己の弟を思い出した。

 三人居る弟の一人。すぐ下の弟。

 最大の戦馬鹿。


 別れ際の会話を思い出す。

 速度の速い騎馬隊と側近だけを連れて進軍。本隊が行き着くまで見張りと護りに徹する、と笑顔で約束したのは、そんなに大昔の話ではない。


 と言うか、つい数日前の話だ。


「……あの戦馬鹿が我慢出来るとは思ってなかったがな」


 仕方ない。


 それにしても、どうしてあの戦馬鹿が銀竜の片割れに選ばれたのか。

 銀竜を片割れとするのは、だいたいが温厚で大人しい性格のものだ。

 弟の性格はその正反対。


「……分からん」


 考えても結論は出ない。


「本隊が間に合うまで、持てよ」


 小さく呟いた。

 大丈夫、と答えるように、火竜が小さく鳴いた。


 男は片割れの言葉に小さく笑った。





【3】





 戦場から幾分離れた、ひとつの砦の中。

 何も無い広い部屋に、男が一人座っている。


 両手を軽く広げ、瞳を閉じている。

 男は眉を寄せ、始終何事かを呟いていた。


 年の頃は十代後半。

 そのわりには落ち着いて見えた。


 真面目そうな青年。

 ただ、それ以上の評価を与えるのが難しい雰囲気である。



「――あぁ、兄上はまたそういう無茶を……。くそ、リンもレイも今日の動きは何だ、突っ込みすぎだ」


 眉を寄せる。

 声に不安の色が混じる。


「伝言を。無茶をなさらないようにとお伝え下さい。大兄殿にも伝達致します。出来うる限り、早く本隊が合流するようにと――」


 青年の声色が変わる。

 誰かに伝えるものになった。


「兄上、本隊は何時頃戦場へ――定刻通り? しかし既に分隊は交戦中で……いえ、まだ死者は出ておりません。しかし、このままでは――大丈夫? いえ、その無茶を……って、あぁ」


 言葉が止まる。

 青年は大きく息を吐いた。



「――小兄様ぁ?」



 可愛らしい高い声が響く。

 部屋の入り口から一人の少女が顔を出した。


 十代前半。

 布をたっぷり使った愛らしい衣類に、華美な装身具。どこぞの姫君と言った様子の可愛らしさだ。


 勿論、声と服装に合わせように、顔も飛び切り可愛らしい。

 大きな瞳が印象的なその顔は、将来余程の美女になるだろうと思えるものだった。



「大兄様と兄様の御様子は?」



 床に座る青年は片方だけ目を開く。


「いつも通り」



 ため息。



「お二人とも好き勝手に動かれる。私の言葉など聞いては下さらない」

「大変ね、小兄様」

「何、慣れた」


 ため息――が終わるが早いか、青年は瞳を閉じ、再度言葉を繋ぐ。


「兄上! 一度お引き下さい!! 私の言葉が届いておりますでしょう! 幾ら癒しの力に優れる銀竜とは言え、失った血まで回復させる事は――兄上!!」



 少女は小首をかしげた。



「また聞いて貰えなかった?」

「……そうだ」



 少女はぐるりと部屋を見回した。


 何も無い。


 広い部屋の方が精神が集中出来ると言うのだけど、少女にはそう思えない。


「兄様は、片割れの傍に行ってあげなくて、いいの?」

「大丈夫」


 片方だけ瞳を開き、笑う。


「私の妻はよく出来た竜だ。ちゃんと一人で私の手伝いをしてくれる」



 コウ国でもこの一族だけ。

 片割れとなった飛竜を己の伴侶と呼ぶ。

 大陸の人間が聞いたら、一部の人間には激しく羨ましがられそうな風習だが、彼らにとって当たり前だ。


 少女は兄の前に座り込んだ。

 ぺたり、と足を床に付け、座り込んだ兄を見上げる。


「外で、土にもぐって?」

「緑竜は皆そうなのだよ」


 元々情報伝達の魔法が得意だった彼は、緑竜を片割れとしてその能力を更に発展させた。


 地に潜り、木と、大地と同化した片割れから、様々な情報を得る。

 逆に言葉を伝える事も出来る。

 その能力の限界は、恐らく、この国全体。



 それより、と、青年は少女を見た。



「お前の方はどうだ?」

「僕はちゃんとやったよ」



 可愛らしい笑顔。


「ちゃーんと、補給部隊、壊滅させたんだから」


 得意げに胸を張る。


「それはよくやった。兄上たちにもお伝えしよう」


 だが、と顔を顰める。


「その服装で出陣したのか?」

「だって、鎧とか戦の服って地味すぎて嫌いなの」

「そうは言ってもだ」


 青年は難しい顔で言う。


「お前は我々の弟、第四王子としての立場を守って欲しいものだ」

「やぁだ」


 ぷぅ、と頬を膨らませる。


「それなら僕、女の子になっちゃうもの」

「お、お前!!」

「無くても困らないモン」

「困らない、ってそれは、その男としてのプライドがなぁ!」

「大兄様も兄様も、可愛いって言って下さるから、いいの!」

「……兄上たちは……」


 疲れ果てた顔で青年は呟く。


 ふっとその表情が変わる。

 片方だけ開いていた瞳。

 すぐさま、両目を閉じた。



「兄上――分隊に飛竜部隊が接近しております。数は四。お気を付け下さい。早い……風竜を中心とした部隊です」



 戦の話を始めたすぐ上の兄の顔をつまらなそうに眺めた後、少女――いや、第四王子は立ち上がる。


「お外で、遊んでこよう」


 己の片割れを思い出す。

 水竜。

 可愛らしい外見の王子に反し、彼の水竜は齢を重ねた巨大なものだ。

 敵の船ぐらい簡単に沈められる。


 それこそ、遊び感覚だ。


「敵さんの目印は黒い旗。黒い旗♪」


 歌うように呟いて、外へと駆け出して行った。



               終

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