とある風竜乗りの受難 7章(終)


【7】




 翌日。




 待ち合わせ場所にアルベルトは向かう。


「教授、大丈夫ですか」

「あぁ、まぁ、何とか」


 答える教授の足元はかなりふらついていた。


「いやぁ、ティキ=ティカ君の勧めるままにお酒を飲んでいたら潰れてしまってねぇ。いやはや迷惑を掛けた」


 話が煩くて潰したな、絶対。

 

 アルベルトは確信。

 

 そして待ち合わせ場所の街外れに到着。

 既にティキ=ティカもベネッタも到着していた。


「あれ?」


 周囲を見回す。


「帰りはアルファさんいないんですか?」

「別行動だよ」

「今頃バスク海峡で遊んでいらっしゃるかと」

「…………」


 何だか世界で一番深いと言われる海峡の名前を聞いた気がする。


 少しだけ悩んで。


 アルベルトは忘れる事にした。






 空を飛ぶ。


 背後で教授が嬉しそうな声を上げていた。



「空は気持ちよいねぇ、アルベルト君。二日酔いなど忘れそうだ」

「それなら良かった」


 ちらりと見れば教授の顔色も良い。

 本当に体調が良さそうだ。

 


『アルベルト』



 耳に付けたピアスから前を行くベネッタの声。


『教授がさぁ、見たがっていた場所を通って行こうよ』

「はぁ」


 何を見たがっていたっけ?

 教授に聞こうと思ったが、フルルが大きく方向転換したのでそちらの手綱を操るのに意識を向ける。

 前を飛び続けるティキ=ティカを見たが、彼らはこちらを見ようともしなかった。



 ティキ=ティカの背を見ながら飛ぶ。

 飛び続ける。


 随分と何も無い場所を飛んでいた。



「――おや?」


 教授の声。



「どうかしましたか?」

「地上を見てご覧。火竜がいるよ」


 ……火竜?


 地上を見る。

 紅い色の飛竜が見えた。

 何匹も、何匹も。



 そして――思い出した。



 火竜たちの変わった求婚。

 そして、それを見たがっていた教授。


 火竜たちはこちらを見上げている。その表情まで見られるほどの高度。

 群れのほぼ中央。一回りほど大きな火竜は恐らくメスだ。

 ……どうやら、求婚の儀式の真っ最中のようだ。


 羽音。

 火竜のどれかが翼を広げた。

 他の火竜たちも飛び立つ音が続く。

 ほぼ、一斉に。


「おお! 壮観だねぇ、アルベルト君! もっと下に降りられないかね」

「壮観なのは認めますが……あの、彼ら、こっち来てますよね?」

「そうだねぇ。まるで結婚式の邪魔をされて怒っているような顔をしている」

「怒ったような顔をしている、じゃなくて、怒っているのでは?」


 恐る恐るアルベルトの問い掛け。

 ふむ、と教授は頷いた。


「怒っているねぇ、あの火竜たち」

「フルル、逃げるぞ!!」



 無理、と片割れからは簡単に答えが返って来た。



「無理って?!」


 長時間飛んだから翼の調子が悪い。早くは飛べない。


「……」


 でも戦うのは大丈夫。


 アルベルト、火竜と戦って一番強いメスにプロポーズして来よう。

 強いメスのお嫁さん、欲しいな。


「要らない! 本当に要らない!! 何でそんなの欲しがるんだよっ!!」


 強いメスは良いメスだ。


「却下! 却下だ!!」


 アルベルトはピアスに触れる。



「スイマセン、ベネッタさん、ちょっと助けて――」

『あぁ、ティキの移動の力で?』

「はい!」

『御免ねぇ、昨日ちょっと海まで簀巻き沈めに行ってたら疲れちゃってさぁ。移動、自分たちで手一杯なんだよねぇ、御免ねぇ』

「…………」

『まぁ、フルルと教授に楽しんでって伝えて?』

「た、楽しんで、って――」

『じゃあねぇ』

「ちょっと待って――!!!」


 叫び声は無視された。



 視線の先。

 ティキ=ティカの姿が霞み、続いて幾分遠くへ現れる。

 逃げてる。



 フルルが大きく身体を動かした。

 その真横、炎のブレスが駆け抜けていく。

 接近されてしまった。



 フルルがわくわくしたように瞳を輝かせる。



 ――よぉし、やるぞ。


 そんな弾んだ声まで聞こえた。



「駄目だ、駄目!!! 逃げるぞ、フルル!!」


 必死に手綱を操るがこちらも完全無視。

 背中をぺしぺしと教授が叩く。


「おお、またも飛竜の空中戦を見せてくれるのだね、有り難う、アルベルト君!」

「ちっがうううううううっ!!!」


 先ほどブレスを吐いてきた火竜に向かって行く片割れと、その戦いを楽しみにしている教授に挟まれて。



 アルベルトは本気で泣きたくなった。














 数日後。






 ゴルティア国立大学にて。



 むっすりした顔で廊下を歩くアルベルトは身体のあちこちに包帯を巻いている。柔らかそうな質の髪の毛も少し焦げていた。


 まぁ火竜複数との連戦でこれだけの怪我で済んだのなら奇跡だ。



 ちなみに髪の毛は、最後の最後、メスに接近した際に「風竜の嫁になどなれるか」と一発食らったので火傷した。



 結論。

 火竜はやはりメスが強い。




「――アル!」



 略称でアルベルトを呼んだのは、以前、ティキ=ティカの事をフルルと見間違えた級友だった。


 笑顔で彼は近付いてくる。


「見つけた見つけた! お前にお客さんだ」

「………」


 思わず、逃げの姿勢。


「……ベネッタさん?」

「え?」


 きょとん、と。

 それから彼は背後を見た。


「名前、なんだっけ?」


 級友の背後から顔を出したのは――ネルだった。

 ネルは少し恥ずかしそうに笑い、一歩、前に出る。

 短めのスカートの下から、火竜の尻尾が可愛く揺れていた。


「……ネル、どうして……」

「大学に来たら……色々教えてくれるって言ってたから……来た」


 恥ずかしそうな笑み。

 なかなかに可愛らしい。


 ……悪くない。

 今回の件は最後の最後まで何だか酷い有様だったが、こういうオチなら悪くない。


 良いフラグが立つ気配。


「そ、そっか」


 級友に笑顔で礼を言い、それからネルを招く。


「じゃあ、俺のとこの研究室に行こうか。飛竜の事なら教授が一番詳しいから」

「ん」


 頷くネルに笑顔を向けて歩き出す。


「でも本当、よく来てくれたね」

「アルファに……」

「生きてるの?」

「……? ん」

「………………本当に丈夫だねぇ」


 バスク海峡の名を聞いて、恐らく彼は簀巻きで沈んだと思っていた。

 生きているとは……。


 流石と言うか、非常識と言うか。



「そ、その、アルファさんに?」

「アルベルトは強い男だから、選ぶんだったらああいう男を選べ、って言われたから……来た」

「……それって、ちょっと意味が違うかもしれない」

「??」

「ま、まぁいいや。また会えて嬉しいし」


 ネルはアルベルトの言葉に嬉しそうに笑ってくれた。

 ん、と彼女らしい小さな返事で。


 本当に良いエンドマークがこの物語には刻まれそうだ。

 早く来い、エンドマーク。『終』の文字!!



 が、アルベルトに与えられたのは、がっしりとした腕。

 背後から、彼の首を抱え込んだ、たくましい――けど、男性のものではない、腕。



「――アルベルトぉ」



 ぞくり、とする声。



 ゆっくり。

 ゆっくりと振り返る。



 腕の主は勿論――満面の笑みのベネッタ。



「な、何で」

「アルベルト、一仕事しようよぉ」

「イヤだ!!」

「そんな嬉しそうな声出すんじゃないよ。――でも今回は良い仕事だよ、なんせ行き先はコウ国だ」

「イヤだったらイヤですよ! こういうオチは要りませんっ!」

「アルベルトも嬉しいんだ。あんたを相方に選んだだけあるよ」


 まったく話を聞いてない。

 ぎりぎりとベネッタの腕に力が入る。


「大陸では絶滅した氷竜、コウ国ではまだ生きているって知ってる? それの幼竜を密輸した馬鹿がいてねぇ。何とか生きた状態で氷竜を助け出せたんだけど、大陸じゃあ生きていけないでしょう? んで、コウ国に連れ戻す事になったんだよねぇ」

「ぐ、ぐぐ……く、首……首……」

「船でコウ国に行ってから、また旅だ。長い旅になるけど安心してねぇ。教授にはもう話は通してある。ふたつ返事でOK貰ったよ。長期研究の為の旅扱いになるってさぁ」

「…………」

「さぁ、アルベルト、行くよ、行くよ! 今回はアルファとメルビンも同行するよ。あいつ、コウ国に詳しいらしいしね。丈夫さ以外にも取り得があったんだと思わない?」


 気絶したアルベルトをずるずる引きずって歩き出す。

 ネルはぽかんとした顔でそれを見ていた。


 が、慌てて駆け出した。


「なんだい、小娘」

「私も行く」

「はぁ?」

「親分が行くのなら、私も」

「親分って」

「アルファ」

「アルファの所の従業員か」


 ネルを上から下まで眺める。


「アルファに許可を貰っておいで。話はそれから」

「ん!」


 ネルは勢い良く頷くと走り出した。



 それを見送った後、ベネッタはアルベルトをお姫様抱っこで運び出した。



 呆然とした顔なのは一部始終を見ていた級友。

 どうしようかと真剣に悩み、やがて彼は決断。


「……関わらないようにしよう」


 それが一番正しい選択だった。








 そして、アルベルトが目覚めたのは海の上だった。



                  終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る