とある風竜乗りの受難 6章




【6】




 エオレの街。


 月だけが輝く夜空に大輪の花が咲く。

 花火。


 アルベルトは街から外れた空き地で片割れに寄りかかり、それを見上げた。


「特殊火薬って言うからどんな危険物かと思ったら、花火の事か」



 荷物はベネッタがさっさと運び、依頼を完了した。

 アルベルトは殆ど何もしていない。

 ただ花火を観に来ただけのようなものだ。


 片割れの顔を撫でて、笑いかける。


「これで給料貰うってのは悪いな」


 でも、ベネッタは目的を達した。


「目的? ベネッタさんの目的って?」


 アルベルト……戦うの楽しいって思い出したろう?


「……」


 アル、お前は戦うのが好きな人種なんだよ。

 今からでも遅くない。

 どっかの竜騎士団に入ろう。

 冒険者でもいい。

 日々に戦いが無い生き方なんて、出来ないんだよ。


「もしも俺がそういう人種だとしても、どうしてベネッタさんがそれを俺に教える理由があるんだよ?」


 さぁ、分からない。

 気まぐれかもしれない。


「何だよ、気まぐれって」


 風竜の片割れは気まぐれと決まっている。

 ほんの気まぐれで世界を救うし、ほんの気まぐれで世界を滅ぼす。


「風竜が世界を救ったり滅ぼしたりって――あぁ、御免。ベネッタさんとティキなら可能っぽい」



 アルベルトがしかめっ面で言うとフルルが笑った。

 こちらの顔に顔を寄せてくる。

 飛竜の愛情表現。


 アル、と愛称で名を呼ばれる。



 その顔を撫でる事で答えた。

 再度、名を呼ばれた。



 

 行こう、アル。

 旅に出よう。

 もっと広い世界を見て歩こう。

 その中で戦っていこう。

 紅い紅い世界の果てに見えるものだってきっとある。




 フルルの言葉に応じるように、夜空に紅い花が咲いた。

 真紅の花火。


 炎が流れる。

 流れ星のように幾つも落ちていく。

 そういう仕掛けの花火だと分かっているが、アルベルトはそれを見上げる。


 血のように紅い、それを。

 戦のように熱い、それを。


 そして、片割れに言った。


「――やめておく」


 どうして?


「俺はきっと戦うの好きな人間だ。だけど、好きなのはそれだけじゃない。今の研究だって嫌いじゃないし、こういう荷物運びも悪くない。親父の店を継ぐのだっていいし、酒場でバイトするのも悪く無いな。爺さんの所に行って精霊使いの勉強するのもいいなぁ」


 何? アルベルト、何がしたいんだ?


「未来をまだ定めたくない、って事」



 笑い、片割れの顔を軽く叩く。



「戦うのが好きって分かってるんだ。なら別の事にまずは挑戦させてくれよ。どうせエルフの血を引いてるんだ。放っておいても長生きする。なら、その寿命、精一杯使って色んな事をするのも悪くない」


 ……それでいいの?


「お前が言ったんだろう、フルル? 風竜の片割れは気まぐれだって。気まぐれで一生を生きるのも悪くない」


 おれは戦うのが好き。


「うん。――でも、好きなのはそれだけじゃないだろ?」


 ……うん。


「なら、別の事もしよう?」


 ……うん。


「有り難う、フルル」



 笑って、片割れの顔を掌で撫でた。





 花火はまだ続いている。



 どん、と、横に誰かが座った。


 見ればアルファだ。

 彼も花火を見上げている。



「そ、その」

「お前、ベネッタの所を辞めて何処に行ってた? 暫く見かけなかったな」

「ゴルティアの国立大学にいました」

「大学? 大学で何してたんだ?」

「……勉強以外なにしろと」

「……勉強してたのか?」


 驚かれた。

 アルファは少し癖のある茶色の髪を掻きながら言った。


「俺はてっきり何処かの竜騎士団に入ったもんだと思ってたぜ」

「竜騎士団なんて規則の厳しそうな所は遠慮します」

「そうだな。お前はおとなしそうな顔をして、平気でルール破りの戦いするヤツだものな」


 アルファは笑い、喉を抑えた。


「窒息攻撃なんぞ騎士はしない」

「やれる事は全部しますよ。卑怯だって言われても」

「言わねぇ言わねぇ。よくやったって笑ってやる。――ベネッタの秘蔵っ子じゃなきゃ俺の部下に欲しいぐらいだ」


 部下、で思い出した。


「……ネル……いえ、あの火竜乗りの子は部下ですか?」

「あぁ何日か前に拾った。行く所が無いみたいなんで面倒見てる」

「拾った、って」

「ぼろぼろの格好で街道で蹲ってた。メシをやってうちに来るかって言ったら頷いたんで、そのまま会社に連れて帰った」


 ゴルティア近郊の小国で、アルファは何でも屋をやっている筈だ。


 アルベルトは首を傾げた。


「そんな会社って言えるほど大きな店でしたっけ?」

「ふざけんな。従業員数22名。俺を入れりゃあ23人の大所帯だ」

「あれ、思ったより繁盛してる」

「まぁ竜騎士は俺とネルを入れて五人だけどな」


 五人。

 アルファとあの子を除いて三人か。

 経営者を見れば他の竜騎士も結構荒い人かもしれないが……何、大丈夫だろう。



「ネルに、竜騎士の常識とか色々教えてあげて下さいね」

「勿論だ。良い騎士に育ててやる」

「お願いします」


 頭を下げると、「おお」とアルファは満面の笑みで笑った。


 花火が打ち上げられる。

 見事な花。


「おお、お前らが運んだヤツだな、これ。他の花火よりもさすが見事だ」

「どうして花火なんてのがゴルティアにあったんですか?」

「元は外の国のヤツさ。ゴルティアに、貴族上がりの商人がいてな。そいつが何でもかんでも妙なものまで仕入れやがる。花火なんてのも混じってやがった。――元はコウ国のものらしい」


 打ち上げられた花火は、確かに見事な色の組み合わせだった。

 大きく、美しいそれはまさに、夜の花。


「コウ国は器用な人間が多いからな。こういうのも巧みに扱う」

「へぇ」

「イイ国だ、コウは」

「行った事、あるんですか?」

「俺の親はコウ国出身だ」


 意外な話を聞く。

 コウ国の人間は黒髪に黒い瞳、それから少し小柄な身体だと聞くが、アルファにはそれらの特徴が何ひとつ無い。


 アルファは「よっしょ」と声を掛けて立ち上がる。

 見下ろされる。

 片方だけの瞳が笑っていた。


「まぁ、帰る。――ベネッタに言っておいてくれ。次は負けねぇとな」

「会っていかないんですか? 口喧嘩のひとつぐらいしていきません?」

「女に口喧嘩で勝てるかっての」

「それもそうですね」

 

 特に相手はベネッタだ。

 女ではないがティキ=ティカも付く。

 勝てる気がしない。


「――そう言えば、ベネッタさんにしているお願いって何なんですか?」

「……よく話を聞いてやがるな」

「何なんですか?」

「結婚してくれと言ってる」


 あれだけ罵られてベネッタに惚れているのか?

 簀巻きにされて海に沈められても愛情表現だと思っているのか?

 

 だとしたら――どれだけマゾだ。


 呆れてアルファを見上げる。

 アルファはこちらを見下ろす。



「が、お前がいるから駄目だと言われ続けてる」

「どうか頑張ってベネッタさんと結婚して下さい。俺の将来の幸せの為にも」

「おお、一度や二度や三度や四度や、その十倍や二十倍ぐらい拒否られてもまだ諦めねぇぞ、俺は」

「………うわぁ。あ、いや、でも凄い頑張って。超頑張って下さい」

「おお!」


 笑うアルファは力強い笑みだ。

 その笑みを見上げ、アルベルトは思わず問う。


「ベネッタさんの何処が良いんですか? 確かに美人だしスタイル良いし、仕事も出来るし、基本的な性格も悪くないんですが、それ以外の点が美点を消し去ってしまうほど悪いですよ?」

「強いだろ、あの女」

「認めます」

「それだ」


 にやり、と笑い、アルファは言う。


「結婚するなら俺をぶちのめせるほど強い女がいい」

「……マゾですか?」

「違うって」


 笑う。

 眼帯を彼は軽く撫でた。

 恐らく無意識だろう、仕草。


「俺がもし何処かで野垂れ死んでも、その後独りで生きていけるぐらい強い女じゃなきゃあ、俺は安心して戦いに出れねぇだろ」

「……」

「その点、ベネッタなら安心だ。俺が馬鹿やって死んでも、俺なしでもちゃんと生きていける」

「それなら結婚しなくてもいいじゃありませんか」

「……独り身がさびしくなる時もあるんだよ」


 人間って複雑だ。


「じゃあ、アルベルト」

「はい」

「今度は酒でも飲もう。――イケる口だろ、お前」

「ミミウの醗酵酒なんて最高ですね」

「のんべだな、貴様」


 上機嫌の様子でアルファは爆笑した。


「近いうちに連絡する」

「はい。――メルビンにも、宜しく」

「あいつなら明日の朝に会えるんじゃねぇか? 同じぐらいの時間に此処を発つつもりだ」

「行きに戦いあった相手と帰りは一緒、って変な感じですねぇ」

「俺は後腐れない性格なんだよ」


 じゃあな、と、フルルにも挨拶をし、アルファは去って行った。


 花火はいまだ続いている。

 アルベルトは再度、フルルと空を見上げた。







 足音が近付く。


 横に、立つ。

 見上げた先にいたのは、ベネッタだ。


「お疲れぇ」


 にやりと笑って瓶を差し出してくる。

 口の開いたそれからはとても良い匂い。

 酒だ。

 一人で飲むには戸惑うほどの大瓶。


 が。

 アルベルトは両手でそれを受け取った。

 ラベルを見れば、少し強めの酒だと分かる。

 だが美味しい。一口飲んだだけで思わず笑みが浮かぶ。

 強請るフルルに先に分けてやった。


 その間に、ベネッタが横に腰掛けた。

 長い脚を伸ばして、彼女もこちらを真似るように空を見上げる。


「教授と、ティキは?」

「二人で話し込んでいる」

「教授のインタビューですか。大変でしょう、ティキも」

「何、口から先に生まれたような風竜だ。楽しんでやってるよ」



 それっきり、ベネッタは沈黙。

 珍しい。

 二人きりならいつも口説きに掛かるのに。


 だから、アルベルトが口を開く。



「――どうして、今回、俺を誘ったんですか?」

「んー?」

「俺がいなくとも平気だったでしょう?」

「ほらぁ、大好きなアルベルトに会いたい、オトメゴコロ?」

「……乙女って年齢じゃないくせに……って、がががががっ!!」


 首を腕で絞められた。

 落ちる落ちる!!



 意識が消える一瞬前に離して貰えた。

 本気で落ちるかと思った。



「まぁ冗談はそれぐらいにして――最近のあんた、何だかガチガチっぽいからねぇ。気分転換に」

「ガチガチって……」

「こう、真面目になり過ぎ。あんたは少し無茶やっているぐらいが生き生きして丁度いいよ」

「少し無茶で雷竜とタイマン張らせますか。下手すると死んでたのに」

「死なせないよ」


 ベネッタが笑い、横目でこちらを見た。


「あんたは誰にも殺させやしない」

「…………あ、有り難うございます……」



 横目とは言えベネッタの瞳が真剣そのもので。

 妙に緊張した礼が出た。

 フルルに触れる。片割れが顔を寄せてきた。その瞳を見て、ようやく、少し落ち着く。


「そんなに緊張しない。――今は獲って食いやしないよ」

「『今は』って限定がなぁ」

「狙ってるからねぇ」

「…………アルファさんにしませんか」

「私、ほら、若い子好きだから」

「…………」


 早く老けたい。

 本気で思った。


「――ねぇ、アルベルト」

「はい?」

「うちに戻って来ない?」

「会社にですか?」

「学校が暇な時だけでいいよ。こうやって、たまに、うちに顔出して、仕事を手伝ってよ」


 フルルが身体を突いた。

 瞳を見る。

 わくわくした色。


 その瞳に映る自分は、迷いの色。


「……そんな中途半端でいいんですか?」

「いいよ」

「中途半端だって部分は否定しないんですね」

「しないよ。若いうちから完成品なんてつまらないものね。中途半端な未完成品の方が私は好きさ」


 ベネッタが笑う。

 だから、アルベルトも笑う。


「中途半端でいいなら、二束わらじでたまーにお手伝いしますよ」

「良かった。――ティキも喜ぶよ」

「でも学業の方がメインです。俺、今のところは古竜学の研究者になりたいんですから」

「今の所は、ね」


 その言葉に潜む色に気付いたようにベネッタは小さく笑う。


「まぁ最終的には運送会社の社長婿に納まって貰うけどねぇ」

「例えどんな未来があろうとそれだけは無い」

「未来なんて何があるか分からないもの、くふふふふふ」

「い、嫌な笑いを」


 アルベルトが身を引くと、ベネッタは爆笑した。

 それと同時に花火が上がる。

 大きな、花。

 それが連続。

 どうやら花火大会も終わりに近いらしい。


 咲き続ける炎の花の下。

 アルベルトは、それを見上げるベネッタに問う。


「ねぇ、ベネッタさん」

「なんだい?」

「……竜人、ってなんですか?」


 花火から目を外して、ベネッタは驚いたようにアルベルトを見た。


「誰から聞いたの?」

「ティキから」

「本当、口から先に生まれた風竜だねぇ。おしゃべりで仕方ない」

「何ですか、それ」

「……んーとねぇ」


 ベネッタは少し迷った。


「昔話で、飛竜と竜騎士はひとつの存在――源人で、それを神が引き裂いた、ってあるだろう?」

「はい」

「引き裂かれなかった源人がいたんだよ」

「…………?」

「つまり、竜の身体と人の心を併せ持った、最強の種族。それが、竜人」

「……聞いた事もありませんでした。だいたい、そんな種族がいるのならもっと話に残ると……」

「引き裂かれるのが怖くて、彼らは本当にこっそり生きた。……竜騎士なら分かるだろ? 一度得た片割れを失いたくない気持ち。――竜人は、それよりも深い。だって、肉と心、もっともっとひとつなんだから」


 アルベルトは無言で頷いた。


 それは……よく分かる。



「私も竜人が生きているのかどうか分からないよ。ティキは生き残ってるって信じてるけど、どうかねぇ。こっそり生きるために人間と混血重ねて重ねて……多分、もうかなり血が薄くなってるだろうね。――もしかしたら、自分は竜騎士だって勘違いして生きているかもしれない」

「勘違い出来るんですか?」

「竜人は竜に好かれる。背に乗せてくれって言われたら、どんな飛竜もふたつ返事で頷くよ。それに、竜人は、生まれ付き竜に近い。身体の何処かが竜に似る。ほんの少しだったら、契約の証に見えない事も無いよ」


 竜人、と。


 アルベルトは口の中で呟いた。


「会えるかなぁ」

「竜人が生きているなら、ね」

「生きていますよ、きっと」


 ティキが信じているのなら。



 その言葉にベネッタは笑う。

 笑うベネッタの表情が優しかったので、アルベルトはもうひとつの言葉も口にする。



「じゃあ、完全なる座って言うのは?」

「……」


 ベネッタは笑みを消した。

 むっとしたように唇を閉ざす。


「それも、ティキに?」

「はい」

「本当におしゃべりな風竜だねぇ。あとで口の中に唐辛子だ」

「そんなに嫌な言葉なんですか?」

「当たり前だよ。好き好んで完全なる座に至ろうとする竜騎士なんていないさ」


 アルベルトは首を傾げた。

 ティキ=ティカが口にした完全なる座の様子とは……どうも違う。


「ティキはまるでそれが良い所のように言ってました。完全なる座に至る方法を思い出せれば、竜と竜騎士は片割れを失う苦痛から逃れられるって」

「他のものをすべて失う代わりに、ね」

「…………?」


 疑問符。


 アルベルトはベネッタを見る。

 ベネッタもアルベルトを見た。


「アルベルト」

「はい」

「完全なる座に至る方法を見つけても、あんたはそれをしちゃいけない」

「どうして?」

「あんたは、竜以外のすべてを失う。それが、完全なる座に至る為の必要」

「すべて?」

「何もかもすべてだ」


 ベネッタは空を見上げた。

 気付けば花火は終わっていた。


「――やれやれ」


 ベネッタのため息。


「ティキめ、勝手におしゃべりばかりして」

「俺が聞いちゃ拙い事なんですか」

「そうだね。命に関わる」

「……」

「具体的には話してないから大丈夫だと思うけど……まぁ、念のためだ。もう完全なる座は調べないほうがいい」

「……はい」


 ベネッタの真剣な声にアルベルトは小さく頷いた。

 怯えのような色が見えたのだろう。

 ベネッタが笑う。


「時期が来たら全部話してあげるよ」


 そうして、ベネッタはアルベルトの身体を叩いた。


「さぁ、そろそろ宿に戻ってお眠り」

「ベネッタさんは?」

「酔い覚ましに夜風にもう少し当たっていくから」

「はい。……その、気を付けて」


 アルベルトは立ち上がる。

 フルルに触れて促す。

 片割れは何だかよろよろと身体を起こした。


 一瞬の疑問。

 そして、転がる酒瓶を見て疑問は氷解。


「ぜ、全部飲んだな、お前!!!」


 フルルはへらへら笑っている。

 表情の少ない飛竜のくせによく分かるほどへらへら。


「馬鹿! 俺の分も残しておけよ!! あぁ、もう知らない! 歩いて帰るからな、俺!!」


 アルベルトは怒鳴り、そのまま歩き出す。

 へらへらとフルルが超低空飛行でその後を追う。


 



 ベネッタは彼らを見送った。






 そして、暫くして。


 ベネッタ以外誰もいないその場所に、一匹の飛竜が降り立つ。



 酒瓶に直接口を付けながら、横に降り立った飛竜を見ぬままベネッタは口を開く。



「このおしゃべり」

「――はて?」


 ティキ=ティカは片割れの顔を覗き込む。


「お迎えに参りましたのに、何故にそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか?」

「アルベルトに何を話したんだ」

「その、まぁ、どれぐらい彼らが知識を得ているのか興味を持ちまして」

「まだ早い」

「失礼を致しました」

「まったく」


 片割れを睨む。


「アルベルトに万が一の事があったらどうすんだい」

「その時は守りましょう」

「私たちだけで守りきれるかっての」



 ベネッタは微かに声を潜めた。



「まだ“同志”たちの許可が下りてない」

「随分と結論が遅い」

「迷ってるんだよ。アルベルトがどれだけ価値のある竜騎士かがいまいち分かって無いみたいでね、“同志”たちは」

「……正直に申しますと、私もアルベルト殿がさほど価値ある竜騎士とは思えませんが」

「へぇ?」


 ベネッタの睨みを受けてもティキ=ティカは平然と言葉を続ける。


「風竜の平均から見ると外れております。竜の能力、騎士の能力。どちらを見ても風竜から見ると平均以下」

「そりゃあねぇ、あいつらは戦闘向きだ。今回で本当に分かった。戦場で輝くタイプだ」

「風竜はそのような生き方をする飛竜ではございません」

「へぇ、自由の象徴の風竜が『生き方はこうであるべき』なんて確定しちまうの? それが自由? へぇ、いつの間にそんな型に嵌まったものを自由って言うようになったんだぁ?」


 ティキ=ティカは沈黙。


「長く生きると頭が固くなっちまうは人間だけにしてくれよ」

「……失礼を」

「ん」


 片割れの身体を軽く叩く。


「それに――アルベルトの価値はそっちじゃない」

「……?」

「調べてみた」


 得意げに、ベネッタが笑う。


「アルベルトの血縁、人間で10代さかのぼってみたけど、一人も竜騎士が出てない」

「まさか」

「本当、本当。――アルベルトは突然竜騎士になってる」


 ティキ=ティカの沈黙。


「竜騎士になる方法は、血です。過去に、竜と人が組み合わされたその日、肉体に仕掛けられた血が、竜を呼び、繋ぎ止める」

「あぁ」

「竜騎士が人と混じれば血は薄くなります。薄く、ただ薄くなります。竜が嗅ぎ分けられぬほど薄く。しかし、例え薄くてもその血が竜を呼ぶ。――なので、先祖に竜騎士がいない竜騎士など在り得ない」

「在り得ないけど、なってるからねぇ」

「まさか」

「本当。――苦労したんだよ、エルフの過去を辿るなんて面倒で面倒で。でも、辿れた。何百人も調べて、竜騎士がいないの確認した」



 ベネッタが笑う。



「間違いなくアルベルトは竜騎士だ。フルルの片割れだ。勿論、竜人でもない。契約の証の翼が現れたのはフルルと出会ってからだ。生まれ付きの竜の証なんて何処にもなかった」

「どういう、事なのでしょうか?」

「なに」


 空を、見る。


 月。


「竜と竜騎士たちに新たな時代登場、って事じゃない?」


 それか。


「竜騎士が選ばれる条件がずっと血だと思っていたけど、もしかしたら別のものかもしれない」

「例えば」

「魂、とか」

「魂?」


 疑問にベネッタは笑って答えなかった。


「人の魂は何処から来たんだろうねぇ。何処から来るんだろうねぇ。――もしかしたら、何度も何度も生まれ変わっているのかもしれない」

「アルベルトは、過去に竜の片割れとなった者と同じ魂を持っていると? そしてフルルはその魂に惹かれ、片割れになったと?」


 ベネッタは笑う。


「まさか。ありえません。……人の魂は長くは持ちません。そのように出来ている。数百年で劣化し、壊れてしまう」

「神が創った人間はそういう設定らしいねぇ。――でも」

「でも?」

「もう、人は神の手から離れて生きている」


 立ち上がる。


「神が人を見放したように、人も神の手から離れて生きている」

「その考えは、異端です」

「だからぁ、風竜がそういう考えしないっての!」


 ティキ=ティカの顔を殴る。

 軽く、ティキ=ティカの顔が揺れた。かなりの腕力だ。


「ほら、もっと気楽に考えよう? ――素敵じゃないか。仕組まれた血じゃなくて呼び合う魂。そっちの方が何倍も素敵だ」

「しかし」

「迷うことなんて無いよ、私の片割れ。素敵だと思う方を選べばいい。風竜が型に嵌まっちゃならない。心のままに生きなきゃ駄目だ」



 ティキ=ティカの迷い。


 迷いの後、彼は呟く声で言う。


「貴女を思う気持ちが血の本能ではなく、私の思いならば、素敵だとは……思います」

「よし、よく言った!!」


 乱暴にティキ=ティカの首を抱く。


「しかし、ベネッタ。アルベルトがもしも本当に血から逃れた竜騎士ならば……危険では?」

「……“神殿”?」

「えぇ。彼らは神の常識から外れたものはすべて葬り去ります」

「だから早く“同志”に迎え入れたい。そうしたらそう簡単に“神殿”も手が出せない」

「……急ぐべきですね」

「そう……何だけどねぇ、本当、“同志”の奴らは頭が固い。身体は私と同じでぴっちぴちのくせにさぁ、何百年も生きてると脳みそはがちがちのミイラになってんじゃないの、ねぇ?」

「不老の秘薬も思考の若返りまでは出来ないのですね」


 くすくすとティキ=ティカは笑う。


「では、子供心を忘れない若々しい私の片割れ。――ひとつ、お願いしても宜しいでしょうか?」

「なんだい?」

「大切な事を忘れておりました」

「…………?」


 ベネッタの耳元に、とっておきの秘密を囁くように、ティキ=ティカが笑う。



「簀巻きを」

「……あぁ」


 にやり、と笑うのは悪魔のような笑み。



「じゃあ、宿にいると思うからちょっと行って来るかぁ」

「では私は簀巻きの準備をしましょう」


 にやり、とこちらも飛竜の顔で器用に悪魔の笑み。



 月さえもため息を付くように、そっと雲の陰に姿を隠した。



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