とある風竜乗りの受難 3章


【3】




 ベネッタに示された荷物は大きめの木箱だった。

 厳重に封の施されたそれは物理防御の魔法が掛けられている。中身は特殊火薬。一応は爆発の危険性を防ぐためはしてくれたようだ。


 会話の為の魔法のピアスを耳に嵌めながら、アルベルトは口を開く。


「俺が持ちますか?」

「そうだね。こっちがアタッカーであんたが運び役」


 嬉しそうに笑うベネッタ。その背後でティキ=ティカも目を細めている。

 戦闘を楽しみにしている一人と一匹。


 ……どうなる事やら。


 ティキ=ティカの背には大型の鞍が置かれている。


「ひょっとして教授も乗せるつもりですか?」

「乗る気満々だよ、おじいちゃん」

「アルベルト君、私を置いていくなんて酷い事を言わないでくれよ」


 意外なほど身軽に鞍によじ登る。


「さぁ、行くぞ、すぐに行くぞ!」

「運が良ければ雷竜との戦闘を楽しめるよぉ、おじいちゃん」



 運が『悪ければ』の間違いなんじゃなかろうか。


 だが教授はにこにこだ。


「いやぁ、楽しみだ!!」


 アルベルトは諦めてフルルの背に荷物を固定した。

 紐の結び目に指を合わせて口の中で小さく呪文を呟く。念の為に固定化の呪文。これで紐が解けてどうこうと言う事は絶対にないだろう。


 フルルの背に跨り、ドラゴンランスも鞍に付属している設置場所へと外れないように付けた。

 両手は手綱。



 見れば、既にベネッタとティキ=ティカの用意も出来ていた。

 四枚の翼が動く。


「では――参りましょう」


 ティキ=ティカが笑みを含んだ声で言う。

 そして彼は飛び立った。


 アルベルトもフルルの首を叩く。

 おう、と風の声で鳴き、フルルは宙へと飛び上がった。

 

 心地良い夜風が髪を乱す。

 先行しているティキ=ティカに追いつく。


「――ベネッタさん」


 言葉で出す。

 魔法のピアスのおかげで口に出さずとも会話は出来る筈なのだが、そういうのに慣れてない人間には難しい。


『なんだい?』


 アルベルトの耳のすぐ傍で声がする。

 その感覚にぞわりと身を竦ませながら、何とか声を出す。


「アルファ……来ますかね?」

『来るに決まってる。あれだけ顔に泥を塗られておいて、それで泣き寝入りするようなキャラじゃないよ、あの男』

「……簀巻きから復活するような人ですからしつこいの当たり前ですよね……」

『本当に念入りに簀巻きにしたんだよ?』

「いや、もうそれはどうでもいいです」


 簀巻きにするような事をしなければ良かったのに。

 ため息を漏らした。


 そのため息を聞いたらしく、ベネッタの笑い声が届く。


「何ですか」

『いや、ねぇ。アルベルトもすっかり丸くなっちゃって、と思って。うちの店で一番のやんちゃ坊主だったあんたがねぇ』

「やんちゃって……」

『戦闘大好きだったじゃないか』

「別に好きじゃないですよ。厄介ごとに巻き込まれるのが多かっただけで」

『でも、さぁ』

「飛ぶのに集中しましょう。――通話切ります」

『あぁ、ちょっと――』



 ベネッタの言葉をすべて聴かずに通話終了。

 少し先、ティキ=ティカの背の上で、むっとしたようにこちらを振り返るベネッタが見えた。

 そちらも無視。


 フルルが鳴いた。


 戦闘好きの何が悪い事なのか、と問う声。


「人間は平和主義でいいんだよ」


 フルルの太い首を撫でた。


「ちゃんと言葉も、戦いを回避する知恵もあるんだ。だから、何でも力ずくで片付けようってのは間違い」


 でも、アルだって――


「……まぁ咄嗟に手が出てしまうのは認める」


 だろう?


「でもそれは若気の至り。今は違う。ちゃんと言葉と知恵で戦いを回避する」


 フルルが笑った。

 人間で言えば爆笑した所だ。


「何だよ」


 思わず拳でフルルを殴りそうになって寸前で止めた。

 さっき言ったばかりなのに既に手が出そうになった。


 フルルは笑う。

 笑ったまま、言った。


 

 人間の本質なんてそう簡単に変えられない。


「風の化身、自由の象徴の風竜の言葉とは思えないな」


 自由気ままに姿を変える存在だからこそ、なかなか人の本質は変えられないと知っている。


 一度形を取ってしまったものは、本当に、なかなか変えられない。


「人の、本質も? 本質は見えない。本質は、形が無いのに?」


 形はある。


「何処に?」


 アルベルト、お前がその本質。

 竜の心。その本質。

 だから、そう簡単に変わらない。


 だから。



「……だから?」


 戦いがあったら、遠慮せずに楽しもう?


「言いくるめただけだろ、お前は」


 我慢出来ずに、フルルの首を拳で叩いた。

 フルルは風の声で笑う。


 アルベルトはとりあえず不機嫌そうな顔をしておいた。

 この片割れに調子に乗られては困る。


 ただ夜風が本当に心地良くて、不機嫌な顔を維持しておくのも難しかったが。






 ゴルティアを抜け、しばし飛ぶ。

 夜の闇に混じり殆ど見えないが、この辺りは山岳。此処を抜けると草原があり、そして砂漠へ至る。砂漠の縁を選ぶように南下して、そして、火山の国へ到着する。


 頭の中で地図を広げた。


 夜を徹して飛び続ける事になる。それでも昼前に到着出来るかどうか、だろう。

 砂漠の昼は辛い。可能なら太陽が上る前に翼を休める場所に到着したいものだが。

 装備も特に用意していなかった。

 移動中に幾つか小さな街がある。それらに途中で立ち寄るつもりなのか。

 毎度の事。ベネッタからの説明は殆ど無い。

 



『アルベルト』


 唐突にベネッタからの通話。


「何か?」

『近い。来るよ』


 短い言葉で悟る。

 フルルが鳴いた。

 羽音が聞こえる、と、そういう意味。


「どうしますか」

『アルベルト、一暴れしてもいいけど?』

「火薬持っている俺にどうしろと」

『雷竜相手なら火薬も引火しないってぇ』

「本当に?」

『多分』

「力いっぱい多分って言うな!!」


 怒鳴ってからひとつ呼吸を整える。


「……俺だけ先行しますか?」

『なんで? 折角戦いがあるのに先行っちゃうのかい?』

「さっきは俺が運び役って――」

『もう忘れた』

「あのなぁ……」

『それにもう遅い』


 羽音は人間の耳にも届いていた。


 背後。

 飛竜の翼の音に間違いない。


 だが――音がふたつに聞こえる。

 手綱を操るまま、恐る恐る背後を振り返った。



 雷竜。

 金竜にも似た大柄な体躯に、鮮やかな青みを帯びた紫。唸る声は既に雷鳴。口元から顔に掛けて、幾つか金の光が走っていた。今にもブレスを吐きそうな様子の飛竜。


 瞳の色や角の様子から、それが間違いなくメルビンだと悟る。


 そして、そのメルビンに従うように、一匹の火竜がいる。

 まだ若い。50歳に届いたぐらいか?


 だが、厄介だ。


 この火竜はメスだ。

 火竜はメスの方が強い。しかも好戦的だ。


『良かったねぇ、アルベルト』

「良かったってどういう意味ですか」

『敵は二匹。これでどっちが先行するとか、そういうの無くなるよ』

「風竜2匹で、雷竜と火竜のペアに戦い挑む気ですか」

『私の辞書には逃亡なんて文字は無いよ』

「後で書き足しておいて下さい」


 本当に願った。


 距離が近付けば、2匹の飛竜は両方とも背に人を乗せているのが分かった。

 メルビンが乗せているのは間違いなく、アルファ。


 

 何で、飛竜の上に立っているんだろう。

 どうやら片足を自分の飛竜の首を蹴りつけるようなポーズをしているようだ。手綱でバランスを取っている。


 何か叫んでいるように見えた。

 が、竜の羽音が四つも重なっているんだ。もう少し近付くまで言葉は届かない。


「……今、最大級の風のブレスやったら落下しないかなぁ……」


 試す?


「いや、いい。うっかり本当に落ちて死なれたら、さすがのあの人のでも寝覚めが悪い」


 雷竜乗りは丈夫だから平気だと思う。


「………」


 それもそうだ。


 試そうかと思ったが、既に距離は近い。

 火竜乗りの姿はよく見えない。

 小柄な人物のようだが……。



 ティキ=ティカの姿が視界に入った。

 飛ぶのをやめて滞空している。瞳を細め、相手を見ているティキ=ティカの表情は穏やかに見えた。



「――ようやく追いついたぞ、ベネッタっ!!」


 馬鹿でかい声が叫ぶ。

 雷竜乗りは声が大きい。特に何の信憑性も無い噂だが、アルベルトはとりあえず信じる事にした。


「此処であったが百年目! このアルファ様に恥を掻かせやがって、いいか、てめぇこのアマ、徹底的に後悔させてやるっ!」

「うるさぁい」


 ベネッタの声。


「ゴルティアの竜騎士団が怖くてゴルティア国内では私を襲えなかったタマ無しが格好付けんじゃないよ」

「はて、その状態で色仕掛けに引っかかったのですか? なんともまぁ、人の繁殖の本能は凄まじいものです」


 アルベルトは無言で頭を抱えた。

 何でまぁ、この一対は火に油を注ぐのか。それも燃え盛る火に勢い良くバケツで油を注いでいるとしか思えない。


 アルファの顔は怒りの余り、赤を通り越して黒い。

 手綱を握る手がぶるぶる震えているのが分かる。


「ベネッタ」

「なんだい」

「殺す」

「殺せるもんなら殺して?」


 自分の胸を示して笑う。


「あんたみたいな口だけ男に私が殺せるならさぁ」


 紫色が弾けた気がした。


 アルベルトは咄嗟に身を引く。



 気付けば、目前、ティキ=ティカと雷竜が組み合っていた。


 その背、二人の竜騎士も武器を合わせている。

 ランスと言うよりも剣に近いアルファの武器と、刃の無い棒状の長いベネッタの武器。

 打ち合ったのは一度。

 すぐさま、二対は離れる。


 口元から雷を吐き出し続けるメルビンに対し、ティキ=ティカは余裕の表情だ。

 目を細めて、雷の一対を見ている。


「どう致しましょうか、ベネッタ」

「倒そう。今度はアルベルトに怒られないように徹底的に簀巻きで海」

「今度は重石を倍にしましょう」

「いいね。紐も倍にしよう」


 アルベルトは盛大にため息を付く。

 距離があっても会話が届くのは、恐らくティキ=ティカが風を操っている。此処にいる全員に自分たちの会話を聞かせているのだ。

 

 楽しんでいる。

 ティキ=ティカは心底、この状況を楽しんでいる。


 ちなみに会話の合間合間、「凄い、凄いぞ!」とかはしゃぐ声が聞こえているので教授も元気だと推測。

 こちらも心底この状況を楽しんでいる。

 放っておこう。



 手綱を握るアルベルトの手にかすかな抵抗。

 アルベルトはようやく気付く。


 火竜乗りの存在を忘れていた。


 

 乗っていたのはまだ若い少女だ。

 火竜の鱗のような真紅の髪を肩の上で切り揃えた、気の強そうな少女。まだ十代後半ぐらいに見えた。

 竜の片割れに合わせたように、まだ若い、少女。

 それでもドラゴンランスを構えていた。


 金属らしいパーツを使った鉢巻から、長い布地が伸びている。それが今、夜風に遊ばれていた。


「――その」


 何となく、戦いにくい相手だ。



「俺はただの荷物運びなんで……」

「――何処の」


 少女がぽつん、と言った。


「え?」

「何処の……竜騎士団にも所属してないから、名乗りは無い」

「あ、あぁ……俺も竜騎士団所属じゃないから――」

「でも名前はある。――火竜乗りのネル。この子は……ティアラ」

「ええと……俺はアルベルト。こいつは、フルル」


 少女の口元が少し緩んだ気がした。


 背後で雷竜と風竜の戦いが繰り広げられていると言うのに。


 その音が気にならない。


「名乗りは終了」


 少女――ネルが言った。

 火竜――ティアラが吼える。


「行きます」

「え、ちょっと、待って――ってっ!!!」


 速度は速くない。

 見てから避けるのが可能なぐらいの火竜の速度。

 だが、接近し、振り払われた前足は思ったより重い。喰らったら、ちょっとどころじゃなく痛いと推測。

 


 表情はあまり出てないが、片割れを見る限り戦う気満々の少女。



「あー……もう」


 仕方ないなぁ。


 アルベルトは呟いた。

 フルルが風の声ではしゃぐ。

 


 戦いか? 戦いだな、アルベルト?


「お前、本当、風竜辞めて火竜になってこい!!」


 出来たらしておく。



 大笑いする片割れの首を手で叩いてから、アルベルトもドラゴンランスを構えた。


「よし、さっさと片付けるぞ! で、ティキとベネッタは放置で荷物を運ぶ!!」


 アルベルトの発言に少女は目を細めた。

 不満そうな顔だった。


 フルルが笑う。


 ほら、やっぱり戦いで決着が付く。


「……あの子が怪我をしない程度の戦いにする」


 フルルがまだ笑っている。

 了解、と、声だけが伝わってきた。




 そして、火竜対風竜なんて言う非常識な戦いが始まった。




 ――背後で、雷竜対風竜(風竜優勢。オプションに教授の解説付き)なんて言うもっと非常識な戦いが繰り広げられていたが、まぁとりあえず、無視する事にした。


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