とある風竜乗りの受難 1章

【1】



「――あれ、アル」


 ゴルティア国立大学。

 教授に頼まれた資料を手に、研究室へと急いでいたアル事アルベルトは、呼び止める声に足を止めた。


 見れば、同じクラスの男が少し不思議そうな顔をして見ている。


「どうした?」

「さっき、フルルが中庭に降りてくるの見えたんだけど、違ったのか?」

「フルル?」


 片割れの名前を出されてアルベルトは級友の顔をまじまじと眺めた。


 級友は不思議そうな顔でアルベルトを見ている。

 嘘を吐いている様子は見えなかった。

 中庭から距離のある此処にアルベルトがいるのが不思議なだけだろう。



 フルルは風竜のオス。風竜にしては大柄で身体の色も濃い。とにかく目立つ。


 ごくごく一般家庭に生まれ、育ったアルベルトの家に竜舎など無く、昼間は学校につれてきて、夜は近所の公園に置いてある。


 普通は。


「いや、今日は連れて来てないけど」

「え?」

「母親が親戚のところに行くって言うから、貸してきた」

「飛竜ってそんな事出来るのか」

「普通は無理。けどフルルは特別」


 片割れ以外の人間に身体を触らせない飛竜も多い。

 が、人懐こい風竜の中には片割れではない人間を乗せてくれるものもいる。

 フルルはかなり大らかな性格だ。傍にアルベルトがいなくとも、他人を平気な顔をして乗せる。

 アルベルトの両親はそれを良い事に、フルルを移動手段代わりに使っている。


「そうかぁ」


 級友は首を傾げた。


「あれだけ大きな風竜、絶対にフルルだと思ったんだけどなぁ」

「………」


 大きな、風竜?


「そっか、分かった。呼び止めて悪かったな、アル」

「いや、大丈夫」


 手を振って去っていく級友を見送った後、アルベルトはゆっくりと歩きだした。

 胸に抱いている本を抱え直す。

 

 アルベルトは眉を寄せた顔で歩いた。


 ……嫌な予感がする。


 何だろう、この嫌な予感は。



 大きな風竜?


 まさか、と考える。


「――まさかなぁ」


 不安のあまり言葉が出た。

 

 ゴルティアは金竜の国。国内にいる竜騎士も金竜乗りが多い。つまり、だ。風竜はさほど数が多くない。


 そして、フルルを見慣れている人間が、フルルと見間違うほどの大きさの風竜となれば、それはさらに、だ。


 ……アルベルトが知っている範囲で、それほど大きな風竜は一匹しかいない。


 

 アルベルトは黙々と歩き続ける。

 幼い頃は美少年だと言われた整った顔立ちをしかめながら、研究室へと歩き続けた。


 既に嫌な予感は進化を遂げ、確信に近いものになっている。

 研究室の扉の前に立った頃、圧力さえ感じる状況。


 決めた。


 アルベルトは心で呟く。

 教授に資料を届けたら、すぐさま今日は帰る。いや、家に帰ったら捕まる可能性がある。適当に時間を潰そう。何、ぼんやりと過ごすのならば得意だ。

 元狩人の母も言っていたじゃないか。獲物を待って何時間も過ごせないようじゃハンターとは言えないと。

 アルベルトはもちろんハンターではないが、暇な時間を暇にしないで過ごすなら得意だ。


 決めた。


「――失礼します」


 声を掛けて扉を開く。

 その途端、聞こえてきた笑い声に、アルベルトは全力で扉を閉めた。



 まずい。


 アルベルトの顔はこれ以上ないと言うほど強ばっていた。

 

 笑い声。

 教授の楽しげな声に重なるように聞こえた、ハスキーな女の声。聞きようによっては色っぽいとさえ思える声だ。

 だが、アルベルトはそれが魔物の雄叫びよりも恐ろしい。


 扉を背に、アルベルトは動けない。


 まずい。


 逃げなければ。

 しかし此処まで来ている以上、もう逃げるのは諦めた方が良いのでは?

 例え逃げたって、風竜だって逃げられぬ程の速度で追いかけてくるに決まっている。


 考えるアルベルトの背後で、ゆっくりと扉が開いた。


 気付けば頭を抱えて屈み込んでいたアルベルトは、恐る恐る、ゆっくりと顔を上げた。


 思い切りよく開かれた扉。

 そこに女が満面の笑みで仁王立ちしていた。


 強くウェーブの掛かった髪は見事な真紅。瞳の色は濃い緑。派手な色合いに合わせたように、顔立ちも派手だ。

 顔のパーツパーツひとつが大きく、目立つ。パーツひとつだけを取って見れば決して美人とは言えないのだが、それが組み合わされると不思議な魅力を醸し出す。

 その魅力的な顔立ちは、年齢不詳と言うもうひとつの効果も付け加えていた。

 さすがに10代ではないだろうが、それ以上の年齢なら何歳にでも見えた。


 アルベルト自身は、二百歳を越える魔女と言う説を信じている。



 不敵な笑みを浮かべる顔に続く身体も、見事としか言いようがない。

 既に下着としか思えない胸元を覆う布地に、脚の線がくっきりと出るパンツ。男物のごつい上着に武器としか思えないブーツを身に付けていたって、衣類の下にある身体は凄まじくボリュームのある、非常に魅力的な女性のものだ。

 だからと言って決して太っている訳ではない。締まる場所は締まっている。だからこそ、ボリュームのある箇所が目立っているのだ。



「――やぁ、アルベルト」


 猫撫で声で呼ばれる。

 むしろ虎撫で声。猫なんて可愛い生き物じゃない、この人は。



「久しぶり。相変わらず可愛い顔して」


 息を、吸って、吐き出す。


「な、何の用ですか、ベネッタさん」


 アルベルトに名を呼ばれ、女――ベネッタは嬉しそうに笑った。

 そして片手を伸ばすとアルベルトの首根っこを捕まえ、軽々と持ち上げた。

 

 言い忘れたが、ベネッタの身長は成人男性として小柄ではないアルベルトが見上げるほどある。推定、2メートル弱。

 腕力もアルベルト以上。

 少なくとも、飛竜の腹に拳を叩き込んでダメージを与える人間と腕力が同等とは思いたくない。


「べ、ベネッタさん、おろして下さいよ! 自分で歩けますから!!」

「アハハハ!! 気にすんじゃないよ、運んであげるから」

  

 部屋に連れ込まれる。


「だ、誰か助けてくれ!!」

「物騒な事を言わない。ほーら、教授もあんたの事をお待ちかねだよぉ」


 嬉しそうに大笑いするベネッタに、アルベルトは室内に連れ込まれた。

 背後で扉が閉まる音がする。


「おお、アルベルト君、お帰り」


 満面の笑みで出迎えてくれたのは、下手するとベネッタの腰ぐらいまでの身長しかない老人だ。

 彼が教授。

 本名は、シンクレアうんたらなんたらと長い名前らしいが、面倒なので教授で統一。


 教授は元ウィンダム国立大学で古竜学を教えていた。

 なのに、何があったのか分からないが、設備が劣るこのゴルティア大学へと移動してきた。

 古い知り合いがこちらにいるらしい。詳しくは知らない。



 アルベルトとしては古竜学専門の教授がやってきてくれたのは喜ぶべき事。

 しかも助手に選んでもらったおかげで奨学金も出た。バイトから足を洗い、学業に専念出来ている。


 出来ている筈なのに。


 いまだアルベルトを片手でつまみあげているベネッタを見た。


「いい加減下ろしてくれませんか」

「このままお姫様抱っこに移行しようかと企んでいるんだけど」

「何する気ですか」

「昼間から言わせんじゃないよ」


 ハートマークが付きそうな言葉に本気で泣きそうになった。

 食われる。

 むしろ喰い殺される。


 空中でぶらぶらと動き、何とか脱出しようと試みた。

 ベネッタはアルベルトの抵抗を笑い、空いている椅子の上に落とす。酷く乱暴な落とし方で尻を打った。思わず呻く。


 その横、別の椅子にベネッタが腰掛けた。


 教授は呻く助手など見えていないように笑っている。ご機嫌の様子だ。


「アルベルト君、君のお友達、随分と飛竜に詳しいねぇ。いやいや、流石だ」

「お友達じゃありませんけど」


 椅子の中で身を縮める。


 満面の笑みのベネッタを見た。


「昔、バイトしていた運送会社の社長ですよ」

「運送会社?」

「飛竜運送とかみんな呼んでます」

「ティキ=ティカだよ。登録してある会社名は」

 

 ベネッタが笑う。


 風竜の最大の特徴はその移動速度。

 二対四枚の翼は、すべての飛竜の中でもっとも早く飛べる。

 その速度を利用し、運送業を始めたのがこのベネッタだ。

 

 戦闘能力が低い風竜とは言え、普通の魔物や動物相手には負けない。多少の危険な場所にも荷物を安全に運べる。


 かなり繁盛している筈だ。


 アルベルトはそこで教授の助手になるまでバイトしていた。

 フルルは大柄故に素早さに自信はないが、その分、体力と戦闘能力には優れている。

 大量の荷物を危険な場所へ運ぶ際などに重用された。

 バイト代もかなり弾んでもらった。

 

 悪いバイト先ではなかった。

 この、ベネッタもまぁ……その、性格的に問題があるが、上司としてなら頼りになる人だ。


「ベネッタさん、何の用ですか」

「アルベルト、一仕事してもらいたい」


 やっぱりそういう事か。


「場所はエオレ。運ぶのは特殊火薬。動くのは私のティキ=ティカとあんたのフルルだ」

「……エオレ……火山地帯の国ですね。あの辺りは火竜の生息地だ」

「野生の飛竜の攻撃を受けるおそれがある。普通の風竜じゃ捌ききれない。フルルぐらいに根性がある奴じゃないとね」

「下手に一撃食らったら、運んでいる火薬が爆発しませんか」

「するね」

「命懸け仕事ばかり」


 ベネッタが笑った。


「それだけあんたを信頼してるんだよ、アルベルト。――今からでも遅くないからうちの正社員にならないかい? 給金は弾むよ」

「遠慮します」


 命が幾らあっても足りないような仕事はしたくない。


 いまだに忘れられない。

 戦う気満々の野生の飛竜相手に、背後からブレスを食らいながら必死に逃げた事や、封じられていた古代の機械仕掛けの魔物が目覚めて戦う羽目になった事や。


 それから、それから。


 ああ、思い出したくない。



「俺は今教授の弟子なんです。そんな危ない仕事をしたいとは思いません。古竜学の研究だけで手いっぱいです。――ねぇ、教授?」


 アルベルトが話題を振った先。

 教授は、机の上の書類を散らかしていた。


「ええと、何処へやったか、ええと、それ、あっちだ、こっちだ!!」


 叫び声と共に見つけだす。


「エアレ!! あの辺りは火竜の繁殖地域があるとの噂だ! なぁ、アルベルト君、一緒に行ってもいいかね。是非調査を行いたい。丁度今は野生の飛竜の繁殖時期だ! 巧く行けば求愛行動が見られるに違いない。火竜の求愛行動はちょっと変わっていてね、一匹のメスの前で複数のオスが戦いあうんだ。一番強かったオスのみがメスにプロポーズ出来ると。いやぁ、観てみたいねぇ、求愛のバトル!」


 戦闘能力に優れた複数の火竜が戦いあう場所。

 考えただけでも恐ろしい。


「危険ですよ」

「古竜学を机上の学問と思ってはいけないよ。危険だからと逃げては何も調べられない」

「………」


 ぽん、と。


 ベネッタがとても良い笑みでアルベルトを見た。


「ほぉら、上からの許可も下りたし……ねぇ?」

「……」

「給金弾むし、それ以外の特別手当も出すから。ね?」

「そう言って何で上着を脱ぐんですか。特別手当は現金で宜しくお願いしますよ」


 死ぬほど要らん。

 

 残念そうにベネッタが上着を着る。

 

「アルベルトは相変わらずお堅い。いいじゃない、一度ぐらい」

「既に前科何犯だと思っているんですか!! 夜勤で止まる度に仮眠ベッドに忍び込んでくるし、宴会では酔った振りして俺をお持ち帰りするし!」


 大荷物のように肩に担がれて運ばれたのを思い出す。


「だって、アルベルト可愛いし」

「語尾にハートマーク付けても死ぬほど可愛くないので止めて下さい」

「でも本当にアルベルト好みなんだよ。成人しているとは思えないほど可愛いし、色白の金髪美少年なんてそれだけで犯罪。くわえて風竜の翼付きなんてきたら、運命としか思えない」

「……勝手に運命感じないで下さい……」


 片割れとの契約の証は、背にある一対の翼。風竜の翼だ。


 それをベネッタが異様に気に入っているのは分かっていた。

 そうか、これも彼女のポイントのひとつか。

 どうやってか隠す方法を考えよう。


 

 ふと教授の席を見ると姿が無い。

 嫌な予感と共に部屋を見回すと、既に荷物の準備を始めていた。

 筆記用具に、映像を記録する為の魔法の水晶球や、その他簡単な魔法のアイテム。それを大きなリュックに詰め込んで、背負えば完了。


 アルベルトは無言で頭を抱えた。


「――本気で給金は弾んでくれますよね」

「両手を出す。危険手当も片手」

「出発は」

「今夜」

「……分かりました」


 アルベルトは頷き、立ち上がった。


「一度、帰宅してから準備します」

「何を?」

「フルルは今日母親に貸してます。――それにドラゴンランスが家に置いてあるんです」


 武器の名前を口にすると、ベネッタは紅い唇をきゅっと吊り上げて笑った。

 嬉しそうな笑みだ。


「風竜乗りで当たり前のように武器を持とうとするあんたがさぁ、私、やっぱり好きだよ」

「……はぁ」

 

 もう何をやっても好みポイント増加しそうな気がしてきた。


 ため息を付きつつ、アルベルトは思い出す。


「そう言えば――ベネッタさん、ティキ=ティカで来たんですか?」

「そうだよ。中庭にいる」

「会っても、いいですか」

「ふぅん。私には会いたくないって顔していたくせに、ティキには会いたいんだぁ」

「そりゃ、当たり前です。ティキはベネッタさんと比べてとってもイイ竜ですから」

「アルベルト、私は冷たくされても燃えるタイプの女だよ?」

「本当、勘弁して下さい……って、教授?」


 教授が走り出した。

 残された声は、「中庭に飛竜かぁあああああああああ」。


 一足先に見に行ったらしい。



 アルベルトは椅子から立ち上がった。



「じゃあ、会いに行ってきます」

「私も行くよ」

「……えーと、ご一緒するのは構わないんですが、何で俺を横抱きにしようとするんですか。その手を離せ」

「はいはい、行っくよー」

「人の話を聞けぇええええっ!!!!」


 勿論、アルベルトの叫びは無視された。







 中庭。

 生徒たちが寛ぐその場所のほぼ中央、巨大な風竜が身体を横たえている。

 巨大なサイズではあるがあまり威圧感を感じない。それは細身の身体と、淡い緑色の体色からかもしれない。優しい、色なのだ。


 この風竜がティキ=ティカ。

 推定年齢250歳前後のオスの風竜。恐らく大陸最高齢の風竜だ。

 これだけの年齢の飛竜が竜騎士団に参加していないのは珍しいと思う。


 理由は片割れの性格もあるが、それと同じぐらい、ティキ=ティカが風竜だから、だろう。


 一般の騎士団はあまり風竜を竜騎士団に加入させない。

 戦闘能力が無い故にだ

 


 アルベルトはそれを聞くたびに、竜騎士と言っても飛竜の事をよく分かって無いんだなぁ、と心から思う。


 近付く片割れの足音を聞きつけたのか、黙って身体を伸ばし、目を閉じていたティキ=ティカが瞳を開く。

 淡い茶色の瞳。

 他の飛竜と同じ爬虫類の目ではあるが、不思議とティキ=ティカの瞳は穏やかで優しい。深い知性の色がある。


 微笑むような瞳をアルベルトに向け、ティキ=ティカは身体を起こした。


 年齢を重ねた飛竜はその存在自体が美しいとよく言われる。

 確かにティキ=ティカは綺麗だ。

 他の飛竜には見られない、独特のしなやかさがとても綺麗だと思う。


 ティキ=ティカがゆっくりと口を開いた。



「――アルベルト殿、お久しぶりでございます」


 綺麗な人語がティキ=ティカの口から流れる。

 声は男性のものだ。

 若いが落ち着いた男性の声。


「ティキ、久しぶり」

「左様で。半年振り、でございましょうか」

「そうだな」


 手を差し伸べて笑えば、ティキ=ティカはその手に顔を寄せてきた。

 軽く口付けるように鼻面を押し付けてくれる。


「アルベルト殿、また私の片割れが無理難題を言ったのでしょう。ご迷惑をお掛け致しますが、どうかお力を貸して下さいませ」


 『わたくし』と己を示すティキ=ティカの芝居が掛かった口調に笑う。


「いやもう、無理難題は慣れて来た」

「しかし今回は話が違う。――メルビンとアルファの一対と渡り合う羽目になりますでしょうから」

「…………」


 ぎぎぎぎぎ、と顔を動かし、空を見上げながら口笛を吹いているベネッタを見た。


「どういう事ですか……?」


 メルビンは覚えている。

 雷竜。確か……70歳ぐらいだ。オスの、得意技が猪突猛進な飛竜。

 怒り狂ったメルビンのブレスでもう少しで死ぬような目にあったのも記憶に新しい。


 そして、メルビンの片割れ、アルファ。


 騎士団崩れの雷竜乗りだ。隻眼で海賊のような眼帯を常に身に着けている。歳は40代に差し掛かったぐらいだろう。その年齢ならもう少し落ち着きを身に着けて欲しいと本気で思うぐらい、力ずくの解決を好む乱暴ものだ。


 ちなみに外見は筋骨隆々としたいかにもと言う感じの男。

 なかなかに迫力のある男前だと思うのだが……ベネッタの彼に関してのコメントは「胸毛がいや」。以上。



 そのアルファは現在、荒事専門の何でも屋をやっている。

 危険な荷物の運搬も引き受けていて、縄張りを巡って、何度かベネッタと争った事がある。



「……なんで、アルファと敵対してるんですか……?」

「今回の荷物、最初に引き受けたのがアルファ」

「横取りしたんですか?」

「違うよ。色仕掛けと酒で酔わせて簀巻きで海に沈めて、取引の日に行けなくしただけ」

「それは殺人でしょうっ?!」

「仕留めたと思ったんだけど、雷竜乗りは丈夫でヤだねぇ」


 アルベルトはティキ=ティカを見た。

 彼は軽く首を傾げている。


「アルベルト殿、何か?」

「ティキ、止めなかったのか?」

「簀巻きの紐を留めるお手伝いならばしましたが」

「とめるが違う! そっちのとめるじゃないっ!!」


 悪役だ。

 絶対にこっちが悪役だ。


 アルファもメルビンも、やられたらやり返す性格だ。

 徹底的にやってくる。

 少なくとも『簀巻きにして海に沈める』を目標にしているに違いない。


 これは他の風竜では荷が重い。


 フルルだって荷が重いっての。

 アルベルトは内心、逃げ出したくなった。



「おお、おお、おお、おお!!」


 ティキ=ティカに感動で打ち震えながら近付く教授がいなければ、全速力で逃げていただろう。


「じ、人語を此処まで巧みに操る飛竜がいるとは……!」

「お褒めに預かり光栄です。ティキ=ティカと申します。しがない風竜でございます。以後お見知りおきを。――恐れ入りますが、貴方様は何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

「アルベルトの先生だって。教授って呼べばいいんじゃないの?」

「宜しいでしょうか?」

「おお、おお、おお!」


 既に声なのか感嘆のため息なのか分からない。


 ティキ=ティカが目を細める。


「ならば教授。そう呼ばせて頂きます」


 ティキ=ティカの笑みを含んだ声を聞いた教授が、吼えた。

 凄まじく吼えた。


 両腕をぶんぶん振り回しながら、アルベルトに向き直る。


「アルベルト君! なんでこんなに凄い風竜を今まで紹介してくれなかったんだ! 素晴らしいよ、素晴らしいよ、君!!」

「ティキは紹介しても良かったんですが、その片割れが嫌だったんです」


 アルベルトの呟きの間に、教授はティキ=ティカに向き直っている。


「素晴らしいよ、ティキ=ティカ君! なぁなぁ幾つか質問しても良いかねっ?!」

「どうぞ、教授。私で答えられる範囲ならば」

「おおおおおおおおおっ!!」


 既に大興奮モード。

 もう何も目に入って無い。


 この教授を置いていける訳無いなぁ、と、アルベルトはげんなりと考えた。



 ぽん、と、肩が叩かれた。


「出発は10時。うちの店の前に30分前に集合。遅刻の場合は――」

「キスひとつとか言ったら俺はこの場でおります」

「……………」


 思っていたな。


 

 教授とティキ=ティカに視線を戻す。


「本当に人語が上手だ」

「有り難うございます。――これも必要な事でございまして」

「理由は?」

「片割れの仕事を手伝う為に私も営業を行っております。人相手ならばやはり言葉が通じる方が良いかと思いまして、勉強致しました」

「おお!」


 話はすっかり盛り上がっている。

 暫く、終わりそうにない。


 アルベルトは空を見上げた。


 ――しかしアルファとメルビンか。


 ……ドラゴンランスだけじゃなくて、鎧まで引っ張り出すべきだろうなぁ、と、アルベルトは今日何度目か分からないため息を付いた。



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