幽霊退治 6章(終)



【6】




 翌日。




 女王の間の隣室。

 女王がごく親しい人だけを招くその部屋に、4人。

 一人は女王。


 もう一人は女王よりも高齢の老女。小柄な身体を神官服に包み、にこにこ笑顔でソファに座っている。


 もう一人は神聖騎士団の騎士らしい中年の男。座る事なく老女の横に控えている。老女とは逆に笑みとは無縁そうな難しい顔をしている。


 残り一人は革鎧の男。赤毛の男だ。女王の間だと言うのに、背に大剣、腰には長剣を差している。そして壁に寄りかかり、立っていた。



「随分と賑やかな夜だったようね」


 女王が笑う。

 老女――バーバラがゆっくり何度も頷き、同じく笑った。


「あれだけ賑やかな夜は暫くぶりです。都会に出てくると面白いものが見えますねぇ」

「面白くしちまって済まねぇな」


 苦笑交じりに赤毛の男――バートラムが言う。


「うちの竜騎士団の二人がちょっとはしゃいじまったみたいだ。陛下……」

「ならば我等も裁かれるべきだろう」


 最後の一人が声を出す。


「第二部隊は私の管轄だ」

「ゲオルグ、バートラム、良いわ。今回はお咎めなしに」

「……は」

「有り難うございます、陛下」


 あらあら、と老女が笑った。


「これだから今の女王は甘いと言われるのですよ?」

「でも今回ばかりは……最初の悪さの原因は違うのだし」

「ですがねぇ……シルスティンの城に住むものが、幽霊程度で大騒ぎだなんて……」


 バーバラの声。


「これだけ古いお城だもの。幽霊の一人や二人やいてもおかしくないって……分かっている筈だと思ったのだけど」

「よりによって幽霊を怖がる者たちの前に現れるのが悪いのです。寂しいのなら私の前にいらっしゃい、とお話しましたから」


 女王が笑う。

 

 

「だからもう大丈夫。やんちゃをしたら封じられると分かっていたら、もういたずらはなしでしょう?」



 話は終わり、と言わんばかりに周囲を見回す。



「所で――その白竜乗りはどうするおつもり?」

「竜騎士団には要らねぇな。白竜乗りと一緒の戦場に立つ気はねぇわ」


 バートラムは女王の前だとは思えぬ口調で言う。

 ゲオルグは少々迷った後に口を開く。


「竜騎士だと言う事が知れ渡れば、神聖騎士団にこのまま在籍するのは無理になるかと」

「ならば私の神殿で預かりましょうかねぇ」


 バーバラが笑う。


「第二部隊なら魔法は得意でしょう。うちの神殿で面倒見ます」

「それが良いでしょう。バーバラ様の神殿ならば、竜と共にいる事も可能ですから」


 女王が頷いた。


「それでは――そのように」


 バーバラが杖を付いて立ち上がる。

 ゲオルグを見た。


「お前……どうしたの?」

「何か?」

「身体の調子が悪いのかい?」

「いいえ」

「そぅ……気を付けて」

「有り難うございます」


 バーバラはゆっくりと部屋を出て行った。

 その少し後、軽く頭を下げるような動作の後、バートラムも部屋を出る。

 ゲオルグは女王に対する礼を示し――同じように立ち去った。


 女王だけが残される。


 微かな笑い声。

 少女の笑い声だ。


「あら――もう遊びに来たの?」


 自分の真後ろに立った半透明の幼い少女に、女王は笑いかけた。












「――イルノリア、何でそんなに怒ってるんだ?」



 一方その頃。

 シズハはそっぽを向いてしまったイルノリアを宥めるのに必死だった。


 それを見ながら、バダはガドルアに寄りかかり、にやにや笑っている。

 ガドルアは不安そうにイルノリアの様子を伺っているが、まぁ、たまにこういうのを見るのも面白い。



 バダのにやにや顔に気付いたシズハがむっとしたように見る。


「何を言った?」

「シズハがスノウベルってメスの白竜をキレイだってベタ褒めしてたんだぜー、と」

「余計な事を……」

「イルノリア、聞いたか。浮気の証拠を告げ口されて、旦那が怒ったぞ」

「ち、違う! イルノリア、あの、これは――確かにスノウベルは綺麗な子だったけど……え? 顔? いや、顔は舐められたけど……って、浮気者って、イルノリア!!」


 イルノリアはぷぃっとそっぽを向いている。

 そしてこちらに近寄ってきた。


「え、俺がその気ならって……」

「お、イルノリアも浮気するか。どうぞどうぞ」


 ガドルアを示したバダの手に、すり、とイルノリアは顔を摺り寄せる。



「……あれ、俺?」



 背後でガドルアが大ダメージを受けている。


 可愛いとさえ思えるイルノリアの甘えっぷりを抱きとめながら、「あ、思ったより悪くねぇなぁ」とバダは考える。



「い、イルノリア……」



 シズハの声に、そっとイルノリアの耳に囁いた。


「……シズハ、泣くぜ?」



 いいの、と拗ねたような幼い少女の声が聞こえた気がした。








 まぁ、この二人の事だ。今夜には仲直りしている筈。

 問題は――




 巨大な岩に押しつぶされたようにショックを受けている片割れをどうしようかなぁ、と、バダは考えるのだった。



               終



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