幽霊退治 4章


【4】


 シズハが小さな声で呪文を唱える。

 瞳を閉じ、胸の前で何か丸いものを掲げているような仕草で呪文。

 呪文は長い。

 そして、手が組み合わされた。


「……中央の方だな」

「よ、よし、そっちに行くか」

「……バダ」


 シズハが呆れた顔で振り返る。


「俺の服を離して欲しい。歩き難い」

「あ、うん、悪い」


 廊下は薄暗い。

 並ぶ窓から月明かりが落ちている。

 所々を照らす魔法の灯りも光は抑えられていた。

 月光のような光が満ちる。


 今にも幽霊が出そうな雰囲気。


 バダは前を歩くシズハを見る。

 時々眠そうに欠伸はするものの、他は普段と変わりは無い。


「シズハ」

「……?」


 声を潜めて問う。

 静かな夜だ。


「お前、幽霊は怖くないのか?」

「怖くない」


 当たり前のように言葉が返ってくる。


「人の魂だ。肉体があるか無いかの差。それだけの差だから、怖くない」

「……いや、その差って凄ぇ大きいと思うけど」

「そうか?」


 首を傾げている。



「俺の母が……コウ国の出身だからかな」

「ふぅん?」

「あの国、死者の魂が年に一度帰ってくるって言われてる。生きている人間は、その死者を迎える為に食事作ったり、あかりを灯したりする。――だから、この大陸の人たちよりも、死者は遠くない」


 東の異国、コウ国が崇める神は闇の王だと言われる。

 死者の国の王。

 大陸では邪神とされる神。

 

「シズハはその神様信じてんのかよ?」

「俺は……聖母様かな」


 そう言ってからシズハは少し笑った。


「でも俺は宗教家じゃないから、結構、適当。臨機応変に祈る。入団試験前は勉強の神様に祈ったし」

「だよな」


 そういうものだ。



 他愛も無い雑談。

 だが少し心が軽くなった。


「なぁ、シズハ」

「どうした?」

「……アリガト」

「どう致しまして」


 シズハが笑った。





 中央に来てからシズハはもう一度呪文を唱えた。

 唱え終わってから何故だか沈黙。


「――バダ」

「ん?」

「……いや、やっぱり、何でもない」

「ンだよ、気持ち悪いな。言えよ」

「ん……気のせいだと思うから」


 道を示す。


「多分、こっち」

「おぉ」


 シズハが言いかけた事が気になったが、さっさと歩き出されてしまえば付いていくしかない。

 置いていかれて幽霊に遭遇悲鳴卒倒フルコースだけは遠慮したい。



 通路を曲がり、別の通路へ。


 そして月光に照らされる通路にそれは立っていた。


 ぼんやりとした――月光とは異なる灯りに照らされた、長いドレスを着た女。


「で、ででででで――」

「落ち着け、バダ」


 シズハの背中にしがみ付き、奇妙な言葉を話すだけの人間になったバダに反し、シズハは冷静。


「人間。生きてる」

「………ぇ?」



 恐る恐る顔を出して見れば、通路に立っていたのはメイドだ。

 ドレスだと思ったのはメイド服だし、月光とは違う灯りとは手に持った布を掛けたランプだ。布越しの為にぼんやりとした灯りだったが、間違いなく、ごく普通の灯り。



「――どなたですか?」



 掛けられた声も可愛らしい少女のもの。


 二人の前に立ったのは、十代後半ぐらいの黒髪のメイドだった。

 サイドを少し短めにし、後ろを長く伸ばした髪型。それに囲まれた顔は、冷たいとさえ取れる整ったもの。美少女と言うよりも美人と言うべき顔立ちの少女だ。


 少女は少し迷った。

 迷いを見せる少女に対し、笑いかけたのはシズハだ。


「失礼。俺たちは怪しいものではなくて――」

「存じてます。竜騎士団のシズハ様と……バダ様でしたね」


 将来有望株と言うことで、シズハを知っているメイドは多い。バダも把握してくれてるとは。

 なんとなく、嬉しい。

 少女の顔は見覚えがある。黒髪の少女。

 たしか――


「申し遅れました」


 少女は身体の前で手を合わせ、深々と頭を下げた。


「私はこの城でお勤めをさせて頂いております、アリアと申します」


 そうだ、アリアだ。

 シルスティンの郊外出身の女の子。珍しい黒髪なので覚えていた。メイドの中で一番の可愛い子、ベスと親しいので更に印象深い。


 顔を上げたアリアは姿勢を正し、口を開く。


「大変恐れ入りますが、お二人は……なぜこちらに?」

「幽霊を探しに」


 シズハがあっさり答える。


 アリアはシズハとバダを見る。瞳に少し用心するような色が浮かんでいた。

 それもそうだ。真夜中に幽霊探しする騎士なんて、正直用心したくもなる。


「……そうですか、幽霊探しに……」

「逆に聞くけど、アリアさんは?」


 バダは問い掛ける。


「こんな時間に――」

「あ、あの……探し物を……」

「まさか、幽霊」

「えぇ、まぁ、そういう所です」


 アリアは俯いて聞き取り難い声で言う。


 バダとシズハは顔を見合わせる。

 メイドの中には幽霊を怖がっている子もいる、とラーギィが言っていた。

 勇敢なメイドが幽霊退治?

 手にランプ一個持っただけで?

 


「アリアさん」

「はい」

「魔法使えるとか?」

「いえ」

「武器は?」

「持っていません」


 幽霊退治とは思えない。



「――アリア、こっちの部屋には……」


 そう言って近くの部屋の扉から顔を出したのは若い男だった。

 シズハとバダを認め、慌てたような表情を作り、アリアを見る。

 彼女がひとつ頷く。

 どうやら覚悟を決めたようだ。

 音を立てぬように部屋から出てくる。


 鎧は着ていないが腰に差している剣は、神聖騎士団の下っ端に支給される剣だ。簡単な祝福が施されている筈。


 そうか、護衛付きと言う訳か。


 神聖騎士がアリアの横に並ぶ。

 長身だがどうも頼りない。

 優しそうなのは確かなのだが。

 アリアは男を見上げる。

 男も困ったようにアリアを見返す。


 そして、男はこちらを見て口を開いた。


「その……お二人は、何故こちらに? ――申し送れましたが、私はクレスト。神聖騎士団第二部隊所属です」


 第二部隊は魔法の専門部隊だ。

 その下っ端だとしても、恐らく神官だ。

 幽霊退治の人員としては何の問題も無い。


「幽霊退治」


 バダは答える。

 クレストは見て分かるほどうろたえた。


「そ、その……剣でばっさりとかそういう予定で……?」

「幽霊に剣が効くのか、シズハ?」

「普通は効かない筈」


 シズハは首を傾げて答える。

 大体の幽霊は剣が効かない。

 シルスティンの幽霊だけ別、ってオチは無いだろう。


 クレストを見れば、彼は笑った。


「そうですよね。よく見れば、お二人とも武器を持ってないご様子ですし」


 何故そんなにほっとしたような顔をするのか。

 


 シズハはクレストを見て言った。


「クレスト殿は幽霊退治で?」

「え?」


 アリアが軽く突く。

 慌ててクレストが頷いた。


「え、えぇ、まぁ、退治と言うか……探しに……」

「見つけたら神聖騎士団の方なら還す事も可能ですね。――良かった、俺は攻撃する呪文は知っていても還すのは苦手なもので……」


 バダ、とシズハが言う。


「どうせなら同行願って――」

「却下」

「え?」

「行くぞ、シズハ。――じゃあ、そっちはそっちで頑張って下さい」

「ば、バダ?」



 まだ何か言いたげなシズハを引っ張って歩き出した。

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