幽霊退治 3章



【3】



「嫌だ」



 同日夜。

 ようやく戻ってきたシズハを捕まえて幽霊退治の相談を持ちかけてみれば、帰ってきたのはこの一言だ。


 ちなみにシズハは現在、ベッドの中。

 遠方の老神官の護衛任務なんてのを行い、今日の夕方帰国したばかりだ。


「シズハ、そんな嫌って一言――」

「嫌だ。俺は眠い。疲れた」


 駄々を捏ねる子供の口調でそう言うと頭から毛布を被ってしまう。



「おいおい、シズハ、俺たち友達だろ」

「友達だから遠慮なく言う。眠い」

「シズハ、頼む、なぁ、この通りだ。――お前、神官の呪文使えただろ?」


 回復を行う片割れの手助けをしたいと、基本的な神官の呪文をシズハは学んでいる。

 そして、神官の呪文の中にはアンデットを攻撃する呪文も含まれていた。

 バダはそれを期待している。


「城の人たちが困ってんだよ。人の為になるのも騎士の役目だろ、なぁ」

「明日にしてくれよ。――幽霊相手なら、バーバラ様かゲオルグ殿に話を通しておくから……」


 バーバラはシズハが護衛していた老神官だ。地方の神殿の纏め役、と言う所の老婆。随分と小柄な老女ではあるが、魔法の腕は随一だと聞く。

 ゲオルグは神聖騎士団の所属騎士だ。かなり上位の方に位置される男であるが、他の神聖騎士団よりは話がしやすい。竜騎士に対してあまり抵抗が無いらしい。


 確かに彼らに話を通せばあっと言う間だ。

 アンデット退治の専門が出てくる。

 以上、終了。


 しかし。


「明日じゃ困る。ラーギィがしゃしゃり出てくる」


 毛布を剥ぐ。

 剥いだ毛布を奪い返される。

 それを数度繰り返した。


 ようやくベッドの上に座るぐらいまでシズハを起こしたが、シズハは毛布を身体に巻いていつでも眠れるような姿勢。


「ラーギィが張り切ってるなら任せればいい」

「……駄目なんだ」

「何故?」

「あいつ、俺とガドルアが臆病者だと言う」

「……」

「俺が臆病者じゃないのを証明出来なければ、口だけの謝罪であいつはずっとそう思っている。――俺はいい。事実、幽霊相手にぶっ倒れた臆病者だ」


 だけどガドルアは違う。

 

 バダを案じていただけだ。

 倒れて、運ばれ、そしてそのまま顔を見せてないバダを案じていただけだ。


 幽霊の幻に魘され、高熱で苦しむ幼かったバダの傍にずっといてくれたのも、ガドルアだった。

 彼は幽霊など微塵も恐れていない。

 

 先ほど顔を見せに行った際もそんな様子は無かった。

 バダの願いにも簡単に応じてくれた。

 


 シズハは少し考え込む。


「――分かった」

「シズハ」

「用意する」


 既に寝る準備をしていたのだ。


「おお、じゃあ、真夜中に迎えに来る」

「真夜中?」

「幽霊の目撃情報がその時間に揃ってるんだよ」


 ラーギィの見舞いと言えない見舞いを受けてから、シズハの元へ来るまで何もしなかった訳では無い。

 幽霊の目撃情報を集めていたのだ。


 ひとつ、真夜中だった。

 ひとつ、霧が出ていた。

 ひとつ、そこから溶けるように白いドレスの女が現れた。

 ひとつ、女はこちらを見て薄く微笑むと、そのまま壁に消えていった。



「俺が見たのも真夜中だったしな。その辺りの時間を探せばばっちりだろ? 場所もだいたい絞れた。中央棟か一番古い東棟って噂だった」

「中央に東って言っても広いだろ? 幽霊を感知するようなアイテムは?」

「此処」


 シズハの顔を示す。


「………俺、疲れてるんだけど」

「霊体感知の呪文ぐらい使えるだろ?」

「使えるけど……疲れてるんだけど」

「頑張れ!」


 バダが言うと、シズハはもう一度頭から毛布を被ってしまった。


「お、おい!!」

「約束は守る。行く。……でも、真夜中までもう少し寝る」

「……用意はしてくれよ?」

「ん」


 毛布の中から出てきた手がひらひらと振られた。







 真夜中に迎えに来てみればシズハは完全に熟睡中で、起こすのに一悶着あったのは別の話。

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