幽霊退治 2章


【2】




「――情け無い」


 医務室で倒れた時にぶつけた頭を冷やしているバダを見舞いに来たのはラーギィだ。


 シルスティン竜騎士団所属金竜乗り。

 すらりとした長身に、竜騎士よりも吟遊詩人でもやった方がいいような美貌。

 下手に見た目がよいし、本人も女には優しいと言う性格で非常に女性にモテる。そこも気に入らないし、必要以上に同期のバダに突っかかってくるのも気に入らない。

 

 まぁ気に入らないなら向こうも一緒だろう。


 向こうは向こうで、砂漠の蛮族出身のバダがシルスティンの竜騎士団にいるのが気に入らないのだ。

 


「何だって、噂は本当か? バダ」

「……うるせぇ」

「いやいや、確認させてくれよ。――本当に、竜舎の中で女みたいな悲鳴をあげて気絶してたって本当かい? しかも、なぁ――あんなものを見て? 本当に……」

「うるせぇって言ってるだろ!!」


 怒鳴り、続ける。


「あぁ認めてやるよ! 血塗れのガキの幽霊見て悲鳴上げたし気絶したんだろうな! 覚えてねぇけどそうなんだろっ!!」


 ラーギィがにやにや笑っている。

 見舞いなんて嘘だ。

 バダを馬鹿にしに来た。



 しかしこればかりは駄目だ。

 


 身体のある敵ならば幾ら沢山いても怖くない。自分の倍の体格がある相手にだって挑める。

 だが、幽霊だけは駄目だ。

 幽霊は駄目だ。

 怖い。

 本当に怖い。

 考えている今だって鳥肌が立つ。

 

 

 ついでに頭も痛くなってきた。

 怒鳴ったせいだろう。

 氷の入った袋で頭を冷やす。



 思い起こせば子供の頃。

 少し年上の幼馴染みは砂漠に渡る風の音を示してこんな風に言ったものだ。

 ――あれは幽霊の泣き声。砂漠の夜は冷えると、温かい血が欲しいと生者を求めてさまよっている声なんだよ。

 幼馴染みの声と表情で、幼いバダは本気でそれを信じた。


 しかも運悪く、人血を吸う魔物が現れて近隣で失血死する人が現れた。

 幼いバダは幽霊話を信じきり、仕舞いには、怯え過ぎで体調を崩した。

 高熱で魘され、夢の中でバダは何度も『砂漠の幽霊』に殺された。一晩に何十、何百回と。

 

 これでトラウマになるな、と言う方が無理だ。



 ラーギィが芝居がかかった仕草で両腕を広げる。



「いや、ねぇ。君の事、みんな心配してるんだよ。無事だって皆に報告しておくね、うん」

「……」


 その皆って言うのは主に城のメイドたちやら、他の騎士なんだろうなぁ、と痛む頭で考える。


 臆病者のレッテルを貼られるのは非常に癪だ。


「まぁ幽霊の目撃情報ってのが結構増えてね。メイドの中でも怯えている子もいるし、私が近いうちに動くよ。私は多少神聖魔法も使えるしね」


 それに、と、ラーギィは笑う。


「私は幽霊など怖く無い」

「俺だって不意を付かれなきゃ平気だっての」

「いやいや! バダは休んでいるといい。あんな高音の悲鳴を上げられちゃあ、大変迷惑だ」


 悲鳴を上げたのは恐らく本当だろう。

 高音かどうかは別として。

 迷惑なのも確かだろう。

 思わず、黙る。


 ラーギィは「そらみろ」と言わんばかりに笑う。


「まぁバダはガドルアの所に行ってやるといい。あいつも何だか落ち着かない。――流石片割れ同士、弱点も一緒で仲良い事だ。慰めあうのもいいんじゃないか? 臆病者同士で」

「――おい」


 それだけは聞き捨てならない。


「俺の事は好きに言えよ。幽霊見てビビッて卒倒したのは事実だしな。――だけどガドルアを臆病言うのだけは許せねぇぞ」


 ラーギィの表情が変わる。

 しまった、とそういう顔になる。

 調子に乗って忘れていたのだ。

 臆病者は火竜に対する最も酷い侮辱の言葉だ。


「――す、すまん。言い過ぎた」

「おぉ」


 ラーギィはこういう時はすぐに謝る。

 和を好む金竜乗りの顔がこういう時だけ現れる。


 すぐさま消えるが。


「ま――まぁ、バダは本当にゆっくりしているといい。幽霊退治は今夜にでも私が――」

「ラーギィ、幽霊は俺が何とかする」

「え?」

「何とかするって言ってんだよ! 俺たちが臆病者じゃねぇって分からせてやる」

「わ、分かった」


 バダの迫力に負けたようにラーギィが何度も頷く。


「しかし、今夜が条件だ。怯えている女の子たちが可哀想なんで早く幽霊騒動を解決したい」

「今夜で幽霊騒動は終わりだっての。俺が何とかしてやる」

「ふ、ふん、明日の朝には卒倒している君が見つかる方に金貨を賭けてもいいけどね」


 ラーギィはそんな捨て台詞を残して去って行った。



 バダは暫く考える。

 ――ラーギィの言う事は認めたくないが……一部事実だ。幽霊なんて何度目撃しても卒倒する自信がある。


 ならば、サポート役が必要だ。


「……いるじゃん」



 便利なのが。

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