幽霊退治 1章


【1】




 おとなしく顔をタオルで磨かれていたガドルアが、顔を動かした。竜舎の扉が気になるようでそちらを見ている。


「どうした?」


 バダは片割れの顔を覗き込む。

 こちらの視線を受けてもガドルアはいまだ不思議そうな顔。扉をちらちら見ている。

 真似るようにそちらを見た。


 しっかりと閉めたと思った竜舎の扉が薄く開いている。


「……あれ」


 時刻は既に真夜中に近い。

 いくら城内の外れとは言え、その時刻にガドルアと話している声が外まで聞こえたら拙いとちゃんと扉を閉めた筈なのに。


 竜舎を見回せば、他の飛竜たちはのんびりと寝ている。

 シルスティンの竜騎士団で一番敏感――と言うか臆病な――イルノリアは今夜はいないものだから、多少の物音では他の飛竜たちは動じない。


 飛竜にはあるまじき、腹を見せて寝ている火竜のロックの横を通りぬけて、扉に近付く。



 扉を閉めようとして、隙間から覗き込んでいる視線に気付いた。

 思わず身体が引いた。


「な、な」


 本気で血の気が引いた。

 だが、その瞳が笑ったのに気付いて思わず安堵。

 扉を開けば、白いワンピースを着た少女が立っていた。

 7、8歳ぐらいだろうか。淡い茶色の髪を肩ぐらいまで伸ばした可愛らしい少女。

 彼女はバダを見て上目遣いに笑っている。


「何してんだ?」


 ガキがこんな時間に。


 少女は笑うものの答えない。


 城内には住み込みで働いているものも多い。

 幾ら城下町が近いとは言え、家族単位での住み込みもある。ならば使用人の子供か。

 子供は飛竜を珍しがる。真夜中に目が覚めて見に来たのか、と考える。随分と飛竜好きな子供だ。


 しかし真夜中にうろうろとは関心しない。

 追い返さなければ。



「なぁ――」

「お兄ちゃんは私が怖くないの?」

「は?」


 少女の問い掛け。

 怖い?

 何が、だ?


 少女の言葉を思い出す。


 ……私?


 この、少女の事、だよなぁ、とバダは考える。



 少女が俯いた。

 肩の線が震えている。

 笑っているのだ。


「なぁ、何言ってんだ、お前?」

「うふふ」


 少女が声に出して笑った。

 そして、俯かせていた顔を上げる。


 可愛らしい少女の顔。

 その反面が無残に砕かれている。

 柘榴のような傷口を晒し、無事な口元が確かに笑みを浮かべていた。

 紅い色がこぽこぽと、泡を混ぜるように滴る。


「ねぇ、お兄ちゃん、私が怖くないの?」


 小さな手が伸び――酷く冷たい感触がバダに触れた。



 その後の事は覚えて無い。




 

 物の見事に卒倒したのだから。

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