機械仕掛けの飛竜 6章


【6】





 火竜のメスは強いと言われる。


 戦う力に長けている、と。


 そう言われても、フォンハードが一番知っている火竜のメスはスカーレットであり、この子に戦う力など到底見出せなかった。



 守るべき存在だ。



 フォンハードは頭を振る。


 いまだに眩むその視界を取り戻そうと必死になる。


 スカーレット。


 あの子は、どうなった?

 願いは通じ、僅かながらも視界を取り戻す。



 空中。


 巨大な金竜と小さな火竜が絡み合っている。


 金竜の怒りに任せた一撃を、危うい距離で交わしながら、炎のブレスを叩き付ける。


 スカーレットのブレスでは金竜の鱗を焼けない。炎が金の上で散る。



 それが分かればスカーレットはすぐさま攻撃を切り替えた。


 爪と牙で狙うのは、どんな生き物でも急所になりえる場所――眼球だ。



 ブレスを囮に金竜の攻撃を誘う。そしてその隙間に、小柄な身体を滑り込ませるように顔を狙った。


 爪が目を掠る。



 金竜が吼えた。


 痛みの声だった。



 動きは悪くない。


 悪くないのだが――スカーレットの背の機械仕掛けの翼。紅い炎が揺らめく。


 長時間、持たない。


 炎が消えたのならスカーレットは落下する。




 フォンハードは翼を広げた。


 片翼が痛んだ。


 だが飛べる。



「ラルフ、しっかり掴まっていろ!」



 叫び、そのまま金竜へと突っ込んだ。



 視界の横でスカーレットが見えた。身体を引く、驚きの様子。声が聞こえた気がした。お父さん、と、フォンハードを呼ぶ。



 金竜と絡み合うように動く。


 視界があれば、大柄な金竜も敵ではない。


 牙も爪も、身体の丈夫な位置に当てる。


 


 牙を剥く。


 金竜の喉に牙を立てた。口の中に血の味が広がった。


 吼える金竜。致命傷にはならない。



 こちらもそれを目的にはしていない。


 殺すつもりはない。


 身体を大きく振り、狙いを定める。


 翼を動かす。


 目的地は――湖。



 翼を緩め、そのまま落下の速度で湖を狙う。



 水面ぎりぎりで、金竜を水に叩き付ける。


 大きな水しぶきが上がった。



 湖ぎりぎりで翼を動かす。


 多少水は掛かったが、これぐらいなら問題は無い筈だ。


 ……水が苦手な不死の民であるラルフの手は、手綱越しでも分かるほど震えていたが、まぁ、これぐらい許してもらおう。



 


 驚いたようにいつかの水竜が顔を出す。


 フォンハードを認め、酷く不機嫌そうな様子を見せた。



 一瞬遅れて、ぷかん、と金竜が顔を上げた。


 その後頭部に水竜の水のブレスが激突する。


 ぷくん、と、もう一度金竜が沈んだ。




 ――頭を冷やせ、金竜。




 湖の上で呼びかける。


 やがて浮かんできた金竜は恨みがましい瞳でフォンハードを見た。


 少しは落ち着いたようだ。


 猫の喧嘩と一緒。水を掛けてやれば少しは冷静になる。




 が、金竜はまだ唸り続けている。



「――フォンハード」



 ラルフの呼び掛けに背後を見た。


 水辺に人間たちが並んでいる。


 傷を負っているが全員生きているようだ。



「――人間ども、これがお前たちのやった事の意味だ」



 フォンハードは緩やかに動き、岸辺に降り立つ。背の上でラルフが息を吐いたのが分かった。


 横に、スカーレットも降りた。フォンハードの傷を案じるように寄ってくる。



「金竜の生態を知っているな? それから妻と子供を奪えばどうなるか……分かるだろう」



 ボウガンを持っていた男が何か言いたげに顔を上げた。


 仲間が男の名を呼んだ。


 その静止を無視し、男が、言った。



「子供はまだ生きている」


「――本当か?」


「あぁ。――親は無理だったが、子供なら生きたまま取引出来る。昨日は親の部品を運ぶだけで手一杯だったから、子供は薬で眠らせて森に繋いである」



 それを取りに来た、と言う訳か。



 フォンハードは金竜にそれを伝えてやる。


 金竜が吼えた。



「返してやれ。ならばお前たちの命までは取られないだろう」


「先ほどの広場の近くだ。二股の木に繋いである」



 水音。


 金竜が羽ばたき、空中へと上がったのだ。


 恐らく彼の最高速度で先ほどの場所へ向かう。




 それから戻ってくる様子は無かった。


 子供がいなければすぐに戻ってきただろう。


 ならば子供を得られ――今後はその命を守る為に生きるだろう。野性の飛竜は己の本能に従う。金竜ならば己の群れ、特に子供を守るのが最優先になる。



 


 改めて人間たちを見る。


 傷だらけだ。


 大きな傷も幾つもある。



「――竜狩りなど、止める事だな」



 フォンハードは人間たちに言う。


 横のスカーレットに目で合図し、翼を広げる。



「二度と俺たちの前に姿を現すな。次があれば死よりも辛い生を与えてやる。――死竜の名に懸けて」



 人間の言葉を待たなかった。


 


 朝が来る。


 空が明るい。



 背のラルフがそれに気付く。


 厚手のマントを被るが、それでも容赦なく光は彼を焼く。




 広げた翼で空に飛び立つ。スカーレットもそれに続いた。



 空中から見下ろす湖の中で、水竜が何があったのかよく分かっていない様子でこちらを見上げていた。








「――すまない」



 ラルフが背の上で謝罪する。


 マントを纏い、身体をフォンハードの背に伏せていた。出来る限り日を避ける姿勢。


 それでも陽光による火傷をかなり負っている。


 治療は時間が掛かるだろう。




「何が、だ?」


「結局……ふーが金竜と戦ったようなものだ」


「いや」



 フォンハードは笑う。



「助かった。――有り難う、ラルフ。お前はやはり俺の片割れだ」



 もっとも頼りになる存在だ。




 こんな甘い事を言えばどうなるかと思ったが、ラルフは何も言わない。


 手が首筋を撫でた。



「……有り難う、フォンハード」


「いいや」



 普段からこういう態度ならもう少しこちらも考えてやるのだがな。



「――家に戻れば、治療をしなければならないな」


「……あぁ」


「看病、してやろう」


「……ふー……本気か?」


「仕方ない」



 翼に力を込める。



 必死の様子で付いてくるスカーレットに言う。



「スカーレット、悪いが急ぐぞ。無理をするな、ゆっくり来い!」


「うん……」



 頷く声にフォンハードは速度を上げた。








 ラルフの火傷は思ったより酷く、治療士を呼ぶ羽目になった。


 彼が眠るまで約束どおり――骸骨ではあるが――傍にいた。


 それから、意識を竜の身体へと戻す。



 目の前に行儀良く座ったスカーレットが見えた。


 しょげている。


 怒られると思っているのだろう。



「――身体の調子は?」


「平気」


「痛くは無いか?」


「大丈夫……」



 視線が上がる。


 不安そうな色。



「……お父さん、怒ってる?」


「来るな、と伝言は残してない。――が、まだその身体で無茶はしないで欲しかった」


「……ごめんなさい」



 フォンハードはあちこち痛む身体を竜舎の床に伸ばす。


 こちらも治療士の世話になった。


 何とか骨は繋がったが、数ヶ月はおとなしくしているべきだろう。


 


 こちらが床に寝そべっていると言うのにスカーレットは寄ってこない。


 床に蹲っているものの、距離を置いている。


 


 じっ、と。



 視線はフォンハードを見ていたが。




 思わず、笑う。



「おいで」



 呼びかける。


 スカーレットは身を起こす。


 少しだけ迷って、それでも身体を寄せてきた。



「お父さん」



 緩やかに翼が動く。


 機械仕掛けの翼。膜の代わりに炎を宿した、スカーレットの為だけの翼。



「――もう少ししたら」


「なぁに?」


「戦い方も、教えてやろう」



 狩りではなく、敵を相手にした時の動き。


 効率的な爪、牙、ブレスの用い方。


 様々な相手への戦い方。飛竜ひとつ取っても、金竜相手と地竜相手ならば戦い方は大きく違う。



「私でも、戦える?」


「金竜相手に戦っていただろう」


「よく、覚えてない」


「それであれだけの動きが出来るなら、さすが火竜と言う所か」



 戦う為の飛竜。


 


 本能。


 この小さな火竜にもそれはちゃんと宿っている。



 スカーレットはいつかのようにフォンハードの骨の隙間に顔を埋めるようにしていた。



「よく分からないけど――お父さんが教えてくれるなら、頑張るよ」


 


 スカーレットの声はやはり何処か甘さを含んでいた。



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