機械仕掛けの飛竜 4章




【4】



 水晶が壁に映し出した映像を見て、ラルフはそれが何か判断出来なかったようだ。


 しばしの沈黙の後に口を開く。



「……屍体だな」


「えぇ」



 頷いたのはこの水晶を持ち込んだ人物だ。


 外見は十代後半ぐらいに見える。濃い茶色の髪に平凡な顔立ち。青白い肌と紅い瞳、そして口を開くと見える尖った犬歯が無ければ不死の民とは思えぬほどの人間っぽい青年だ。



 これでもラキスの竜騎士団団員。ラルフの同僚だ。年齢的にも殆ど変わらない筈。


 不死の民は老化しない。己の一番好む年齢で時を止められる。ラルフも既に数十年単位で今の格好だ。


 この青年――バールも、この外見が好みなのだろう。



 フォンハードは考え、視線を壁に戻した。




 森の風景が映し出されている。


 少々開けた場所に肉塊が転がっていた。


 紅い血の広がる中、肉の塊。かなりの大きさだとは推測される。




「――飛竜の死骸だな」



 いや、と、フォンハードは鼻を鳴らした。



「残骸、と言う方が的確か」


「そうですね。――恐らくは銀竜。7、80歳と言う所でしょうか」



 バールが頷き、映像を切り替える。


 近距離での映像。


 僅かに鱗が残っている。


 鮮やかな銀。鱗の大きさを見れば、大体の年齢は判断出来る。


 確かにバールの言う程度の年齢だろう。



「此処でこの銀竜の屍体を解体したものと思われます」


「……解体?」



 ラルフが目を細める。


 こういう顔は悪くない。普段のデレデレ笑いよりもずっと好ましいものだと、壁に背を預けつつ、フォンハードは考える。



 屋敷の応接間。


 本来ならばフォンハードは入れない広さの部屋だ。


 ただ、フォンハードには使い魔がいる。例えば常に傍に控えさせている骸骨。今はその骸骨に己の魂を預け、この部屋に置いてある。


 国仕えの竜騎士としての任務がある際は常にこうしていた。


 スカーレットのいる竜舎まで他の竜騎士を呼び込むつもりはなかった。




 肘掛のある椅子に肘を預け、ラルフは頬杖を付く。


 そして目を細めたままバールに問うた。



「解体とは、どういう意味だ?」


「人間の中には竜狩りと呼ばれる職業があるのはご存知で?」


 


 ラルフがフォンハードを見た。


 ひとつ頷いて話し出す。



「冒険者と呼ばれる荒事専門の輩の中でも、飛竜を殺して売り飛ばすのを専門とした奴らだな。冒険者の中でも一流に属する腕前の者が多い筈だ」


「本来ならデュラハ国境に位置する森には来ない筈なんですが……どうやら銀竜目当てに来ていたようですね」



 外の国では殆ど銀竜は絶滅状態ですから、と、バールは続ける。



「つまり、竜狩りと呼ばれる奴らがこの銀竜を殺して解体した、と?」


「そういう事です」


「信じられん」



 ラルフは吐き捨てるような口調で言った。



「人間どもはいまだそのような野蛮な輩を存在させているのか? 人間にも竜騎士はいるのだろう?」


「竜騎士はいます。――ただ、片割れのいない飛竜を殺しても罪にはなりません。むしろ感謝されるぐらいです。……外の国では飛竜は魔物と同等の扱いをされていますから」


「……」



 バールは映像を消した。


 確かに竜騎士として長く見たいものではない。



「この森はデュラハの国境沿いにあります」


「国境で人間に好き勝手にさせる訳には行かない」


「なのですが」



 バールはため息のような声で言った。



「デュラハ国王からの許可がおりません。――血には血を。この銀竜が流したと等しい血を人に流させる……それが我等の戦いの流儀なのですが……」



 デュラハ国王は人が嫌いではないようだ。


 出来うる限り争いを避ける。


 彼が即位してから人造血液なんてものが不死の民に出回り始めた。


 ただ今までの国王でもっとも長き時を治めているのは事実。


 そして、恐らくデュラハ、ラキスの中でもっとも強き竜騎士だ。



「森への見回りの強化。二度の犠牲が無いように、との事です」


「ラキスの竜騎士団にもその任務か」


「そういう事です。――明日の夜から順に」


「夜に人が竜を狩るか?」


「主に昼間になるかと思います。――ただ、そんなに狩られる心配は無いと思いますがね」



 もう既に何も映っていない壁を見る。



「恐らくこの銀竜は子育ての為に森にいたと思われます」


「……非道な……」


「ラルフ、怒るのは分かりますが……どうか、落ち着いて。我々に人を殺す許可はおりていません」


「分かっている」


「なら、いいのですけど」



 銀竜は卵を抱いている間、巣から離れない。


 子供が孵化してもそれはさほど変わらない。守るべき子供がいるのならば、敵の前からも決して逃げないだろう。


 


 ブレスも無い銀竜。


 無抵抗に等しい。



 ラルフが怒るのも分かる。


 フォンハードも許されるのならば、そのような輩は八つ裂きにしてやりたい。


 いや、死んでも死に切れぬアンデッドへの変えてしまうのが一番だ。肉が落ち、骨が溶け、屑だけが残ってもまだ意識を残す。それぐらいが丁度良い。



 だが、王に抗うつもりは無い。


 


 そこまで、愚かではない。




「詳しい日程が決まり次第、改めて連絡に参ります。――無茶はしないで下さい、ラルフ」


「分かっている」


「と言っても、貴方は我々の中で一番好戦的ですから、心配です」



 バールの笑み。


 人懐こい、ますます不死の民に見えない笑み。


 


 ラルフはむっとしたようにその笑みを見る。



「すまんな、暴走癖があって」


「戦場では頼りになります」


「しかしこの性格の為にいまだに騎士団長にはなれない」



 ラルフがフォンハードを見る。



「片割れの能力ならばフォンハードの方が遥かに上回っていると言うのに」


「俺は今の平が一番楽だ」


「……ですって」



 くすくすとバールが笑った。




「では、ラルフ、俺は次の連絡がありますので」


「あぁ、分かった。――ミオナに宜しく伝えてくれ」


「はい」



 バールは今までで一番嬉しそうに笑った。


 ミオナはバールの片割れだ。まだ若い死竜のメス。



「ミオナ、最近凄い甘えん坊になってしまって。抱きしめて、って擦り寄ってくるのです。これってどうやって対処すればよいんでしょうかね?」


「思い切り甘やかす」


「ですよね!」



 最後にのろけをひとつ置いて、バールは帰って行った。





 残されて、じっと思案顔のラルフ。




「なぁ、ふー」


「却下」


「………」



 どうせ抱きしめさせてくれ、との願いだろう。



 フォンハードは骸骨の肩を竦めた。



「スカーレットの様子を見てくる」


「調子は悪いのか?」


「大丈夫だ。すぐに慣れる」



 あの子は強いから。



 そう答えればラルフは笑った。



「そうだな」


「あぁ」



 頷いて、フォンハードは骸骨との接続を切る。代わりに竜舎に戻ってくるようにと命令を与え、そして、自分の身体へ意識を戻した。



 目を開けば、すぐ間近に真紅が見える。


 スカーレットの身体だ。


 ぴったりと寄り添って眠っている。



 出会ってから既に20年ほど過ぎた。


 スカーレットも大きくなった。


 ただ他の火竜と比べると随分と小柄だ。身体も細い。筋肉がまったく身体に乗っていない。


 やはり生まれつき弱く出来ているのだ。


 ただ、その分心は強く育った。



 スカーレットの背中を見る。


 金属パーツとそれに付けられた金属の翼を見た。


 眠っている今は膜代わりの炎は現れていない。


 緩やかに大きな金属の骨組みが延びている。



 つい先日、骨に金属パーツを組み込む作業を行った。


 言葉で言えば簡単だが、一度は肉を開き、骨と金属の接続を行ったのだ。


 痛みを感じないように魔術を掛けていたとは言え、辛いものだったろう。


 スカーレットはそれに耐えた。


 今も耐えている。



 だがこれで翼は安定する。


 大きな翼を付けても骨格が耐え切れる。


 



 フォンハードの視線に気付いたのだろう。


 スカーレットが瞳を開く。数度の瞬きの後、細面の顔を寄せてきた。


 それに顔を寄せて答える。



「お父さん」



 甘い声が言った。


 綺麗な人語だ。


 人の言葉はきちんと理解出来る。共通語ならば会話は完全に可能だ。


 力は足りない。だが、火竜にしては頭が良い。


 良い子だ、と思う。



「身体は痛くは無いか?」


「平気」



 問い掛けに答え。


 顔を摺り寄せたままスカーレットが笑う。



「早く、飛びたい」


「少し待っていろ。数日は速度が巧く出ないらしい。――毒の沼地を低速では飛べないだろう、お前は」



 死竜と違って火竜に毒の耐性はない。


 毒の沼地を越えられなければ、毒を喰らう。


 


「早く森に行きたい。果物、食べたいな」


「少しの我慢だ」


「うん」



 口付けるように顔を寄せて、それからスカーレットは床に伏せた。身体はぴたりとフォンハードに寄っている。翼が軽く動いていた。目覚めをきっかけに、機械仕掛けの翼も炎を宿す。




 森、か。




 スカーレットの言葉を思い出す。



「スカーレット」


「なぁに?」


「飛べるようになっても森に行くのは暫くお預けだ」


「どうして?」


「森に、危険な人間たちが来ている」


「危険?」



 不安そうに揺れる瞳に頷き、大丈夫だと軽く突いてから言葉を続ける。



「竜を狩り、売り飛ばす人間だそうだ。銀竜が一匹、殺された。――ばらばらにされていた」


「酷い」


「あぁ、酷い。――だから、森に行くのは暫く止した方がいい。お前は戦う力が無い。そんな人間に見つかったら大変な事になる」


「うん……」



 不安そうにますます身を寄せてくる。


 小さな火竜の身体を翼で包むように抱いてやる。



 骨しか無い死竜の身ではあるが、火竜の温かい体温が伝わってくる。


 心地良い。



 


 やがて聞こえてくる寝息。


 


 果物か、と、フォンハードは小さく呟いた。




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