機械仕掛けの飛竜 3章


【3】





 数日後には測定用の機械を持って、工房の職人たちが竜舎にやってきた。



 ドワーフの血を引いているのかと思うほど体格の良い、背の低い男性だった。


 ザガンと名乗った。


 連れている弟子はザガンと正反対の、細身で背の高い男だった。僅かに耳が尖っている。恐らくハーフエルフだと判断した。



 台の上に乗せられた仔竜の翼を、様々な器具を用いて測定していく。


 測定が終われば、仔竜を挟んで三人――ミカも含む――で、フォンハードには到底分からない談義を繰り返していた。




「火竜は名前の通り火の属性が強い。炎のエレメントを用いた素材を使うのが相応しいのでは?」


「でもそれだと偏っちゃわないの? 平均的な魔法金属使った方が安定すると思うなぁ」


「今のサイズならミカの意見の方が良いだろうが……大きくなった後が大変だ。全部を魔法金属使った日にゃあ、この火竜の翼で城が建つ」


「ならばストラスとミスリルの合金で如何でしょう?」


「ミスリルの安定度が下がっちゃう。それぐらいだったら黒炎石の方が良くない?」


「黒炎なぁ……。あれは飛竜と相性が悪い。魔物の石だ。下手をすると飛竜を喰らう」




 フォンハードは床に寝そべったままその会話を聞く。


 正直、半分も理解出来ていない。


 ミカの口からぽんぽんと専門用語が出てくるのには驚いた。


 趣味で工房に通っているとは聞いたが、これは既に趣味の域を超えている。



 職人たちとミカの間に囲まれて、台の上では仔竜がうつらうつらと眠っていた。


 どうやらこいつも分からなくて眠くなったらしい。



 飛竜と相性の良い素材、と言う単語を耳にフォンハードは口を開いた。




「――俺の骨は使えないか?」



 三人の視線が集まる中、内心どぎまぎしながら続けた。



「飛竜と相性の良い素材ならば、一番は飛竜自身だ。必要ならば俺の骨を切り出してもいい」


「それは無理だよ、フォンハード」


「……使えないか」


「ううん、とっても良い意見だと思う。思うけど……フォンハードの骨を切り出したりしたら、兄さんが黙っちゃいないと思う」




 それは確かだ。


 ラルフの嘆きと怒り狂う様子が目に浮かんだ。



 ただ、飛竜の骨を使うと言うのは良い意見だったらしい。


 三人の話し合いの方向性が纏まってきた。




「ちょっと外の国の素材になるが……火竜の骨を手に入れよう。何、翼じゃなくとも構わん。骨を魔術分化してそれを加えて合金を作成する」


「加える魔法金属の種類は……黒が2、紅が5で如何ですか、師匠」


「それでいい」


「付加する魔法も重要だね。ええと……飛行と軽量化?」


「軽量化がメインでいいだろう。自身のみの限定魔化を行う。それならば負担も減る」


「火竜は魔力が少ないでしょう。魔法石も必要ですね」


「それならうちの倉庫から持ち出すよ。兄さん、魔法使わないから余りまくってるもの」



 ね、とミカは火竜を見た。



「ね、スカーレット、それでいいよね? 貴方の身体に似合う、綺麗な宝石を選んであげるね」




 ……スカーレット?


「ミカ」


「ん?」


「何だ、その名前?」


「スカーレット。この子の名前。決めたの。いいでしょ?」


「………まぁ反対はしない」



 竜に名前と言う概念は無い。


 一部の飛竜を除いて殆どが単独で生きる。自分と他人、敵と味方、その判断が出来れば名前など不要なのだ。


 


 例外として、片割れを持つ飛竜は名前を名乗る。


 


 この仔竜に片割れはいない。


 名前を付けようなど、フォンハードは考えていなかった。



 スカーレット。


 真紅と言う名。


 ……まぁ、悪くない。



 仔竜の鮮やかな紅の身体を見つつ、思った。


 既に台の上に突っ伏して眠っている。



「メスの火竜には相応しい名前だな」


「あ、やっぱり女の子なんだぁ」


「……考えずに付けたのか?」


「可愛いから女の子なんだろうなぁ、と思っただけ。竜の性別なんて私分からないもん」



 スカーレットは女性名だ。


 オスだったらどうするつもりだったんだろう。




 ミカはもうフォンハードを見て無い。


 再び工房の人たちと話初めてしまう。


 ますます本格的な話になってきた。


 フォンハードは軽く目を閉じて、それが終わるのを待つ事にした。



 目が覚めた頃、職人たちは帰ってしまっていた。


 身体の横ですぴすぴ寝ているスカーレットを抱き込んで、フォンハードはもう一度眠る事にした。



 十日もすれば試作品の翼が出来上がる、と、ミカから聞いた。







 丁度十日後。



 試作品の翼が出来上がった。



 奇妙なものに見えた。



 飛竜の翼の骨組み。黒っぽい金属で作られたそれは、所々に真紅の宝石が埋め込まれていた。


 間接部分は可動するように出来ており、取り付けられた本人の意思を汲み取り、動くようになっている仕掛けらしい。


 だが膜が無い。


 骨組みの間、風を受け、身体を飛ばせる翼膜が無い。




「――それでは飛べないだろう」


「まぁ見てろ」



 ザガンは笑いながらスカーレットの背にそれを取り付けた。


 奇形の翼は小さい。それを飲み込むように取り付けられる。


 スカーレットは不思議そうに自分の背を見ていた。



「今はいいが……将来的には台座を身体に埋め込む事になるだろうな」


「苦痛は?」


「無いようにする」


「……スカーレットが俺たちの言葉が分かるようになってからで十分だな?」


「あぁ、その頃で十分だろう」



 ザガンの返答を聞いてから、竜語でスカーレットに話しかける。


 翼を動かしてみろ、と、囁いた。


 スカーレットは首を傾げている。


 よく分からないらしい。



 それでも翼を動かした。


 本来からある片翼が動く。


 それを真似るように、もう片方の翼も。



 スカーレットの意思が届いたのが分かったように、骨組みだけの翼に変化が現れる。


 本来なら膜があるべき場所に紅の光が生まれた。


 炎のように揺らめくそれ。


 背後の風景さえ透けるほど透明な、脆ささえ感じさせるもの。



 だが、それは確かに羽ばたき、スカーレットの身体を浮かせた。



 思わずフォンハードは身体を動かす。


 スカーレットと、小さな火竜の名を呼んだ。



 呼ばれた本人は困っている。


 自分の身体が空中に浮かんでいるのを知って、怯えたように高く鳴いた。



 フォンハードは笑う。


 竜語で呼びかけた。


 おいで、と。


 仔竜はよろよろと飛び、フォンハードの顔の前に落ちた。



 機械仕掛けの翼にはいまだ炎の膜が宿る。


 それを不自由そうに羽ばたかせ、スカーレットはフォンハードの顔に擦り寄る。


 高い声が鳴いた。


 人語に訳すとこうだ。



 パパ、と。



 まぁママよりはマシだ。


 許そう。




 


 ザガンは長々と翼についての説明をして帰って行った。


 出来には満足そうだった。


 まだ試作品の段階。すぐに次の段階の作品に取り掛かると言っていた。


 


 ミカも嬉しそうにスカーレットの翼を眺めている。



「――ミカ」


「ん?」


「この前から思っていたのだが……お前は、随分と素材やら何やらに詳しいようだな」


「……」


「将来的にはそちらに進む気か」


「だったらいいなぁ、と思ってる」



 兄さんは反対するだろうけどね、と笑った。



「大体、私は貴族のお嬢様ってのが凄く似合わないと思うんだよね。そういう事に関して、全部駄目だし。そーいうのと比べると、物を作るのは意外に向いているみたいだし……何より、好きだから」


「そうか」


「……フォンハードも反対する?」


「いや」



 低く、笑った。



「お前が貴族のお嬢様らしい事をやっている方が反対だ」


「……その言い方はちょっと気になるよぉ」


「ダンスを習えばドレスを破く、楽器を弾けば鳥が落ちる、料理を作れば毒薬が出来、絵画を習えば教師が絶望し、剣技を習えば剣を吹っ飛ばす――」


「あぁ、もう、それは止めて」



 剣の名前でミカは心底嫌そうな顔をした。



「もう、剣を使うのは沢山! 兄さんの顔に傷を付けた事件で、本当に兄さんの取り巻きに睨まれたんだから」



 ラルフの顔の傷。


 あれはミカが付けたものだ。


 手合わせの最中に持っていた剣をふっ飛ばし、ラルフの顔に当てた。


 下手をすると片目を持っていかれた。


 肉親だからと油断していたのもあるが、それ以上に剣が飛ぶなどラルフは想像してなかったのだろう。


 彼自身は驚いたと大笑いしていた。



 フォンハードも笑う。


 すまん、と笑いの中に謝罪を混ぜて。



「――ねぇ、フォンハード」


「うん?」


「私ねぇ、竜具作成者の免許取りたいの」


「……」



 武器や防具の作成に詳しくないフォンハードでも分かる言葉だった。


 竜の素材を用いて武器や防具を作成する者。彼らは皆、竜具作成者の免許を持つ。それは、師匠にあたる人物から腕を認められる事であり、一流の作成者の証だ。



「私……戦う力って殆ど無いから、兄さんが戦いに行くと、留守番でしょ? でも竜具作成者の免許取れたら、少しは……手伝い出来るかなぁ、って」


「……」


「内緒だよ、フォンハード」


「そうだな、内緒にしておこう。――ラルフがそんな事を聞いたら調子に乗ってしょうがない」


「だよねぇ」



 ミカが笑った。


 笑ったまま、両腕を伸ばす。



 フォンハードの鼻面を両側から叩く。


 軽い力。心地良いぐらいだ。



「フォンハードにも何か作ってあげるね」


「あぁ、そうなれば頼もう」


「うん!」



 ミカの返事に混じって足音が聞こえた。


 扉が開く音。


 ラルフだ。



「ミカ、客は帰ったのか?」


「うん。――じゃあね、フォンハード、スカーレット」



 ひらひらと手を振って扉近くの兄に駆け寄る。



 ふと思いついたように振り返った。



「ねぇ、フォンハード、私もふーちゃんって呼んでいい?」


「駄目だ」



 即答したのはフォンハードではなくラルフ。


 物凄い顔をしている。



「フォンハードを略称で呼べるほど心を許されているのは片割れである私だけだ」


「……いや、そんなに心許してるつもりはないって言うか、正直ふーって呼び方も気持ち悪いし、ラルフのそういう考え方が激しくキモい」


「…………」



 本当に orz のような姿勢になっているラルフを見た。



「わ、私はふーの片割れで……世界で唯一のふーの魂であり、ふーのたった一人の――」



 呪文のようなぶつぶつを聞きながらミカが肩を竦めた。


 諦めた顔。



 ラルフの肩に手を掛け立ち上がらせる。



「はいはいはいはい、分かった、分かったよぉ、兄さん。大丈夫、ふーちゃんなんて呼ばないよー。フォンハードって今までどおりに呼ぶね」


「――私がふーを思うのと等しく、ふーも……――」


「分かった分かった、ゆーっくり聞いてあげるから、こっち来ようねー」




 吸血鬼の兄妹が竜舎から出て行くのを呆れつつ見送った。









 スカーレットが飛ぶ練習をしている。


 すぐに落下してしまう。


 何年も翼の無い生活をしていたのだ。すぐに慣れろと言う方が無理だ。



 フォンハードは小さな火竜に顔を寄せ、優しく言ってやる。


 無理をするなと、ゆっくりやれ、と。


 何、時間ならある。


 ゆっくりと覚えればいい。



 まだお前が覚えるべき事は幾らでもある。


 飛び方は勿論、それ以外も。


 今は店で買って来た肉を喰らっているが、獲物を獲り、喰らう方法を覚えねばならない。


 ブレスもちゃんと覚えねばならない。あれも少々、コツがある。


 飛竜の常識も教えてやらねばならない。


 沢山ある。



 何、ゆっくりとやっていこう。



 それから、もうひとつ――覚えてもらわなければならない。



 スカーレット、と名を呼ぶ。


 これがお前の名前だ。


 お前を示す言葉だ。


 覚えるがいい。


 理解するがいい。


 自分が片割れが存在する飛竜と同等、人と言う存在に愛されて生きる飛竜である事を、忘れてはならない。


 その機械仕掛けの翼と、この名前がある限り。



 スカーレットは黙ってフォンハードの言葉を聞いていた。


 そして、元気良く高く鳴いた。





 あぁ、もうひとつ。


 人語も覚えさせなければならない。


 ラルフはともかく、ミカは竜語をまったく理解しない。


 此処で生活する以上常識だ。



 


 子育て計画。



 そんなに悪い気はしなかった。


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