夢幻の塔 − 2(どんな状態でも顔がいい)

 


 青い空の下、たくさんの人の頭が視界の隅を流れてゆく。騒々ざわざわと気配が煩いのは、人々の無言の喧騒か。


 慌てて振り返ればさっきまであった筈のダンジョンの石門は跡形もなく、都会の駅前らしい賑やかさと、微かに電車の音がした。


「──いやもう絶対ダンジョンじゃない!」


 思わず叫べば鬱陶しそうに投げられる目線が痛い。

 ダンジョンはエキストラを雇っているのだろうか、いや、ありえないだろう。ないと言ってくれ。


 冷たい風が肌を撫で、その寒さに思わずブルリと震える。縮こまるように背を丸めて──それはまるで温もりを求める雛のように──コートのポケットに手を入れてから、二人は錆びついたブリキ人形のように顔を見合わせた。


「装備が変わって……?」

「イケメンに黒ロングコートはマジで犯罪だと思うんですよね」

「……大丈夫ですか?」

「頭は最初から大丈夫じゃないです」


 着ていたはずのゲームアバターの装備は失われ、温い白セーターに、赤いスカートは何やら小洒落たハイウエストで、若干腹が苦しい。


 見上げれば沢山のオーナメントが掛けられ、少しばかり重そうに枝をしならせている大きなツリーが、まだ明るい日に照らされてキラキラと輝いていた。

 立ち止まっては見上げる人もちらほらと、制服姿の女子高生は集まって自撮りをしている。


 なんとなく覚えのある光景。なんとなく、知っているような気がする光景。

 朧気ながらも確かにわかるのは「ここが元いた世界に限りなくよく似た場所である」ということだけだ。


「不思議ですね、もっと石の塔らしい造りだったんですが」

「絶対おかしいですよね!?」

「オカシイですねぇ」


 ほけほけと笑う彼に危機感の三文字はないものか。それともランクの高い冒険者はみんなこんな感じなのか。


 ──こんな感じかもしれない。

 脳裏を過るのは同じくAランク冒険者であるテオドールの顔。危機のキの字も無いような男だ。限りなく高いその可能性に、シキミは「私がしっかりしなくちゃ」と謎の使命感を抱いた。


「しかし……困りましたね。装備も武器も消えてしまいました」

「ごくごく普通の服ですね、これ。暖かいだけですよ。ナイフもないです」

「寒いよりマシですね」

「ポジティブですねぇ……」


 自分の装備をめつすがめつ、物珍しそうに眺める様はなかなか見れるものではないだろう。

 今までは、何でも知っているような顔をした彼しか見たことがなかったのだから、謎の嬉しさが胸にこみ上げる。

 それはまるで、親も知らない知識を手に入れたことを誇る子供のような、酷く幼い愉悦ではあったけれど。


「さて、どうしましょう。入口が見つからない以上戻れない……のが決まりセオリーだと思うのですが」

「……! 前例がありますか!」

「残念ながら」


 あてずっぽうですよとジークは微笑わらう。

 がっくりと肩を落として落胆したシキミに、彼は「塔でも目指してみますか?」と冬の寒空を指さした。



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